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「ティアラ!来ちゃった!!」
「!?お、お母様!?」


 朝食のために食堂に来たら、満面の笑みで手を振るお母様が、いた。そして、控えめに後ろに立つ…底の知れない侍女…ハンナも。というか、今着いたの!?


「あらー、ちょっと見ないうちに逞しくなった?」
「た、逞しく…あ、腕の筋肉がついた?」
「違うわよ、顔付きが、よ」
「顔付き…」


 それは知らない。顔は毎日鏡で見てるけど変わったところと言えば…水面下の魚が見えるようになったくらい。


「夜中に向こうを出たんですか?危ないですよ!!」
「うふふ、大丈夫よ…護衛もいるし、ハンナもいるから」
「こちらに来て大丈夫なんですか?」
「アイゼンが知らせた通り、春満開の御三方は葬儀みたいな空気感になっていたけれど、仕方ないのよ」
「まぁ…そうですよね」
「考えが甘いと言うか…目先の事すら花吹雪で見えていないのかも知れないわね。そのまま散れば良いのに」
「…お母様…怖い」


 そう?と和かに笑うお母様は、いつものお母様で。でも、纏う空気感は侯爵夫人のものだ。涼しい顔をして蹴落とし合う社交界で、誰にも染まらずにいるお母様。いつもその凛とした姿に憧れる。


「アリーシャは…大丈夫なんですか?」
「そうねぇ…ずっと部屋から出て来ないけれど、それで済むと思っているなら永遠に愛しの王子様と結ばれる事はないでしょうね」
「まぁ…そうですね」


 泣いていても物事は前には進まない。自分が起こした事に一つづつ向き合うしかないんだから。


「けれど、サイラス殿下はどうしたんですかね?もっと聡明だと思っていました」
「メッキが剥がれただけよ。今まで親の言いなりで、今回初めて自分の意思で動いたけれど…っていう所かしら」
「詰めが甘いというか、行き当たりばったりというか…」
「全方向に穴しかないわね」


 すん、としたお母様の表情に思わず吹き出してしまった。子供の悪戯に手を焼いたと言いたげな顔だ。


「ティアラ、やっぱり変わったわ。でもお母様は嬉しい」
「変わりましたか?お母様が嬉しいならいいです」
「いつも遠慮してたでしょ?」
「ふふ…お母様は言いたい事は言いなさいと言っていたけど、出来なかったんです。今は…」
「言えてるわ、素敵よ」


 花が咲くようにお母様が笑う。やはり、ここに来て私は変わったのだろう。でも、今の方が楽だわ。リュダールが好きだった私ではなくなるかも知れないけれど、私の人生だからそれはそれでもういいわよね。


「あ、もうこんな時間…!お母様、私は戦いに行かなくてはなりませんので、これで失礼致しますわ」
「戦い?ティアラ、あなた何と戦っているの!?」
「あぁ!朝の入れ食いの時間に遅れてしまうわ!お母様!帰って来たら教えます!では!」
「あっ!ティアラ!」


 お母様の声が聞こえたけれども、今はダメなの!その時間を逃したら魚はこちらを見てはくれないのよ!私の思いは無視されてしまうの!悲しいわ!


「何なのかしら、早く会いたいという切ないこの気持ち!」
「まるで恋ですね、お嬢様!準備は万端です!行きましょう!」
「ありがとう!!」


 モニカが竿と網と餌を持って来てくれた。私達はギリギリ淑女と言えるくらいの速さで歩く。
 やっと釣り場に辿り着くと、リーン様が物凄く大きなターイを釣り上げている所だった。


「わぁっ!リーン様凄いわ!」
「おっ!来たね?おはよう!」
「師匠、今日の餌は何ですか?」


 びったんびったんと跳ねるターイをよいしょと掴み、網に入れるリーン様は神様に見える。どうやったらあんな大きなターイが…!!


「ティアラ様にプレゼントだ」
「えっ!?」
「この仕掛けをつけて、投げてみて。きっと大きいのが釣れるよ」
「まぁっ!!ありがとうございます!!」


 私は飛び上がらんばかりに嬉しかった。ターイが釣れたらお母様に食べさせてあげたいわ!!


「モニカ嬢はこっち。スズーキン狙うって言ってただろ?」
「まぁっ!これがスズーキンを誘う仕掛けなんですね!?絶対に釣ります!!」
「先に小さなアジーを釣って針に付けて泳がせるんだ」
「わかりました!!」


 モニカは早速アジー獲得に勤しんでいる。そういえばこの間、漁師さんにスズーキンのムニエルが美味しいと聞いていたような…。私も負けて居られないわ!!


「よしっ!釣るわよ!!」
「あはは!ティアラ様、気合い入ってるなー」
「お嬢様!頑張りましょう!!」


 私はリーン様から貰った仕掛けをぽちゃんと海に落とす。糸を上下させてみて魚を誘う。




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