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クリスティーヌの専属侍女であるハイジは、既に女主人を変えてしまったかのように冷たくなった。王命が下ったと、知らせを受けた今朝のことである。
レイは既に登城しており不在だった。
すぐにクリスティーヌも登城し、離婚届にサインするよう通達がなされた。
動揺している間にも、ハイジはクリスティーヌが公爵家に来たばかりのころ身に着けていた安物のドレスを着せ、髪をきつく結んだあと、悪女のような濃いメイクを施した。
食堂へ行くことは叶わず、部屋の片隅で冷えきった朝食が出された。
クリスティーヌは、パンのカケラと少量のスープという、使用人以下の食事を平らげて薄く笑った。
(このぐらいで音をあげていたら修道院では生きていけないの。冷めたご飯でも食べられるだけマシだということを、私は既に知っているのよ)
そんなクリスティーヌを、ハイジは驚いた表情で見つめていた。
レイに愛されていない『悪女』に仕えるのは、さぞ不本意なことだったことだろう。
レイがようやく想い人と添えるのだ。
一刻も早く邸を去り、皆を安心させてあげることがせめてもの恩返しだろう。
こんな『悪女』にも、公爵家の皆は色々な事を教えてくれた。
特に執事のシモンとメイド長のアンは、心を尽くしてくれたと言ってもいい。
最後まで変わらない態度で接してくれた。
「一年間ありがとう」と、最後に伝えることができてよかった。
「すぐに修道院へ送っていただけませんか? 北にあるジョルダン修道院へ入りたいのですが」
「ジョルダン!?」
「ええ」
「失礼ながら、ジョルダンは貴婦人がお入りになるような場所ではありません」
「わたくしは元男爵家庶子です。父に捨てられていたら平民で、それこそ職を失った母に育てられないと捨てられてしまえば死んでいたことでしょう。あるべき場所へ帰るだけです」
目の前にいる、一周目の学園で見たときよりも精悍になったロジェを安心させるようにクリスティーヌは微笑んだ。
タルコット公爵夫人として王宮の夜会に訪れる度に、密かにロジェを目で追っていたことには気付かれていたかもしれない。ロジェは聡い人だから。
ロジェは前世でも今世でもクリスティーヌの心の支えであり憧れの人だった。
今世は夜会でロジェとダンスを踊ることもできた。
最高の思い出だ。
(もう、この人生に悔いはない)
そっと思い出に浸るクリスティーヌの手を、伸びてきたロジェの手が握った。
「私と結婚していただけませんか?」
「まさか!!」
「……貴女も、私のことが怖いですか?」
氷の宰相補佐などという二つ名が流れているロジェは、婦女子に怖がられているらしい。
見目麗しく、常に笑顔を浮かべているレイとは正反対である。
二人は学園にいるころからよく比較されていた。
(ロジェ様の魅力がわからないなんて、みんなの目は節穴ね)
思わず笑みが漏れた。
「全く。怖くありませんよ。ですが、お断りいたします」
「なぜ。私には婚約者も恋人もいません。公爵家ほどの贅沢は無理ですが、これでもカヌレ伯爵家の三男であり、そこそこ稼いでいます。不自由はさせないと約束します」
真摯な話しぶりに、心が動きそうになる。
クリスティーヌは唇を引き結び、首を振った。
「……申し訳ありません。もう、結婚に疲れてしまったのです」
ロジェからの強い視線を感じたけれど、目をそらした。
政に巻き込まれてしまったクリスティーヌを気の毒に思っているのだろう。
ロジェは、優しい人だから。
同情だとわかっていても、気にかけてもらえたことが嬉しい。
(でも、その好意を受け取ることはできない……)
レイは既に登城しており不在だった。
すぐにクリスティーヌも登城し、離婚届にサインするよう通達がなされた。
動揺している間にも、ハイジはクリスティーヌが公爵家に来たばかりのころ身に着けていた安物のドレスを着せ、髪をきつく結んだあと、悪女のような濃いメイクを施した。
食堂へ行くことは叶わず、部屋の片隅で冷えきった朝食が出された。
クリスティーヌは、パンのカケラと少量のスープという、使用人以下の食事を平らげて薄く笑った。
(このぐらいで音をあげていたら修道院では生きていけないの。冷めたご飯でも食べられるだけマシだということを、私は既に知っているのよ)
そんなクリスティーヌを、ハイジは驚いた表情で見つめていた。
レイに愛されていない『悪女』に仕えるのは、さぞ不本意なことだったことだろう。
レイがようやく想い人と添えるのだ。
一刻も早く邸を去り、皆を安心させてあげることがせめてもの恩返しだろう。
こんな『悪女』にも、公爵家の皆は色々な事を教えてくれた。
特に執事のシモンとメイド長のアンは、心を尽くしてくれたと言ってもいい。
最後まで変わらない態度で接してくれた。
「一年間ありがとう」と、最後に伝えることができてよかった。
「すぐに修道院へ送っていただけませんか? 北にあるジョルダン修道院へ入りたいのですが」
「ジョルダン!?」
「ええ」
「失礼ながら、ジョルダンは貴婦人がお入りになるような場所ではありません」
「わたくしは元男爵家庶子です。父に捨てられていたら平民で、それこそ職を失った母に育てられないと捨てられてしまえば死んでいたことでしょう。あるべき場所へ帰るだけです」
目の前にいる、一周目の学園で見たときよりも精悍になったロジェを安心させるようにクリスティーヌは微笑んだ。
タルコット公爵夫人として王宮の夜会に訪れる度に、密かにロジェを目で追っていたことには気付かれていたかもしれない。ロジェは聡い人だから。
ロジェは前世でも今世でもクリスティーヌの心の支えであり憧れの人だった。
今世は夜会でロジェとダンスを踊ることもできた。
最高の思い出だ。
(もう、この人生に悔いはない)
そっと思い出に浸るクリスティーヌの手を、伸びてきたロジェの手が握った。
「私と結婚していただけませんか?」
「まさか!!」
「……貴女も、私のことが怖いですか?」
氷の宰相補佐などという二つ名が流れているロジェは、婦女子に怖がられているらしい。
見目麗しく、常に笑顔を浮かべているレイとは正反対である。
二人は学園にいるころからよく比較されていた。
(ロジェ様の魅力がわからないなんて、みんなの目は節穴ね)
思わず笑みが漏れた。
「全く。怖くありませんよ。ですが、お断りいたします」
「なぜ。私には婚約者も恋人もいません。公爵家ほどの贅沢は無理ですが、これでもカヌレ伯爵家の三男であり、そこそこ稼いでいます。不自由はさせないと約束します」
真摯な話しぶりに、心が動きそうになる。
クリスティーヌは唇を引き結び、首を振った。
「……申し訳ありません。もう、結婚に疲れてしまったのです」
ロジェからの強い視線を感じたけれど、目をそらした。
政に巻き込まれてしまったクリスティーヌを気の毒に思っているのだろう。
ロジェは、優しい人だから。
同情だとわかっていても、気にかけてもらえたことが嬉しい。
(でも、その好意を受け取ることはできない……)
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