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117.薔薇の花

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 マイナは朝から準備で大忙しだった。
 まずはミリアをお使いへ行かせ、エラルドと同じ馬車に押し込むことができた。

「さあ。帰って来る前に飾り付けよ!」

 食堂にこの世界の言葉で、ハッピーバースデーミリアと書いた紙を貼っていく。
 ミリアの誕生日は一か月も先だという意見がニコから出たが無視した。
 利用できるものはなんでも利用するのが今のマイナである。

(いっそ結婚しなさいと命令しちゃってもいいんだけどねぇ)

 記憶を取り戻してよくよく自分の性格を思い出し、整理してみたところ、祖父顔負けの尊大さであった。
 ヨアンに対し若干三歳で「わたくしのために生きなさい」と命令しただけのことはある。

(第六感を失っていたときの私は遠慮ばかりしていて、もどかしいったら!!)


 出産時に思い出した記憶がとにかく、もどかしい。
 若干、可愛いといえば可愛いと思えるぐらいのもどかしさなのが、憎い。
 レイがあのころのマイナを可愛いと思っているのも、正直に言えば憎い!!

 でも戻れない!!

(おのれ、以前の私よ……!! とっとと聞いてしまいなさいと、今なら思える出来事もそっと胸にしまい込み、誤魔化して、やたらじれったいくせに、可愛いとか、どんだけ!! ミリアとエラルドもじれったいわ!!)

 互いに好きなことは明らかなのだから、さっさとくっついてしまえばいいのだ。
 エラルドに遠慮なんかいらない。
 むしろあんな気取った眼鏡は振り回せばいいのだ。

 メイド達が色とりどりの紙を貼り、花で飾っていくのを監修しながらイーロの運んできたショートケーキの出来栄えに頷いた。

「素晴らしいわ、イーロ。二段のショートケーキなんて初めて見たわ」

「ありがとうございます!!」

 初めてケーキ作りを全て任されたイーロである。
 張り切ったのだろう。
 イーロも昨日からソワソワしていた。

 今日はミリアの誕生日でもあり、初めてショートケーキ製作を成したイーロのお祝いでもあり、無事に領地に行って餡子を伝授してくるという重要な使命を果たすための祈願でもある。

 晩餐では飾り付けを変え、今度は義父母とのお別れパーティーを行うのだが、昨晩は義母が寂しいといって泣き始めて大変だった。
 抱っこしたケンちゃんを離さなくなってしまったのだ。

「ケンちゃん、マイナさん、わたくしと一緒に領地に来て!!」と泣き叫び、危うく頷いてしまうところだった。

 美女の懇願に弱いマイナである。
 義父も期待を込めた眼差しをマイナに向けていた。

(泣いてるお義母さまって、なんて可愛らしいのかしら……)

 義母の涙はもはや罪である。
 レイはそんな義母に「父上とさっさと帰って下さい」と冷たく言い放っていた。


「さあ、カールの出番よ。馬車付けへ急ぎなさい」

 ミリアとエラルドが帰って来たとの知らせが入った。
 カールは頷いて、自ら志願した当て馬役になるべく玄関ホールへ向かった。
 エラルドを挑発して、もう一度告白させる作戦だ。

(カールは演技が上手いから安心ね!!)

 マイナもニコを伴ってそそくさと成り行きを見学できる部屋まで移動した。
 窓の前に置かれたソファーに腰を掛け、ウキウキと窓の外を見守る。
 ちなみに今の時間、ケンちゃんは乳母と義母とゾラと一緒にキャッキャウフフしている。
 人見知りをしないイイ子なのだ。
 義母は残り少ない屋敷での滞在時間をなるべくケンちゃんと過ごしたいのだという。
 義両親は、マイナが勝手に変わった名前をつけたというのに怒りもせず、良い名前だと受け入れてくれた。

(本当に素敵な義父母さまで私は恵まれてるわね)


「マイナさま、馬車が到着しました」

 ニコが小声で言った。
 ニコは妊娠したというのに、仕事中に吐くこともなくとても元気だ。

 タルコット公爵家の使用人たちは年齢が高めなこともあって、ミリアの結婚やニコの妊娠にも好意的で応援する声が多い。
 これがべイエレン公爵家であったならば、今回のお誕生会も開催できなかったような気がする。

(レイさまの侍従なんてモテないはずないしね)

 ミリアもべイエレン公爵家にいたころは気を張っていたと思う。

 重要な役職に付いている男性使用人は給金を多くもらっているので結婚相手として人気が高いのだ。
 その手の揉め事は、ぼんやりしていたころのマイナでさえ承知していたぐらいだ。
 ベイエレン公爵家であれば、ニコの妊娠にも妬みの声が聞こえただろう。
 仕事を満足にこなせないとなれば、批判の声は大きくなる。
 ニコの母親も苦労したらしい。

(屋敷内で結婚できればそのまま家族用の使用人部屋に移れるし、辞めなくて済むもの。人気があるのも羨まれるのも仕方ないわね……)

 この世界の女性にとって、結婚相手選びは死活問題なのだ。


「ミリアさん、お話があります!!」

 馬車の扉を従僕が開けるなり、カールが叫ぶ。

 ミリアはお仕着せではなく可愛らしいワンピースを着て、エラルドに抱き上げられながら降りてきた。

「あれ? 何もしなくても、まとまっちゃった!?」

 マイナの間の抜けた声が広い客室に響く。

 一番滑稽だったのは、薔薇の花を差し出しているカールだろう。
 やり切る勇気は称讃に値する。

 何とも言えない顔をしたエラルドが「お、おう……」と答えてしまい、カールが差し出した薔薇の花がエラルドに捧げられたかのように見えてしまった。

 キャッと、どこからか歓喜の声が聞こえた気がする。

「ねぇ、ニコ。なんかややこしいことになっているような気がするのだけれど気のせいかしら?」

「気のせいではないような気がします……」

 遠い目をしながら、窓の外を見つめるマイナであった。


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