上 下
83 / 125

83.揚げ出し豆腐

しおりを挟む


 抱っこでの移動はレイがいないと不便だということで、急遽マイナのための車椅子が用意された。
 足の腫れも引いてきたので必要ないような気がしたが、そこはレイである。無理をすると長引くと言って用意してくれた。

(この世界の車椅子ってどうなんだろうと思ったけど、そんなに悪くはないかなぁ)

 木製の車椅子である。
 高級品の車椅子をすぐに入手してしまうタルコット公爵家の力には恐れ入る

 ミリアに押してもらいながら、マイナは遠い目をした。

(でもミリアとカールの三人でも移動できるのは、やっぱりありがたいよねぇ)

 レイが言うには、公爵夫人が足を怪我しようものなら普通は寝たきりになるそうだ。
 マイナとしては考えられないが、この世界のことを思えばそうだろうなとも思う。

 ジッとしていられないので今日は義母と庭園でお茶をする予定だ。
 ボルナトも呼んだので、義母の意見も聞きつつ金木犀で売る商品の選別を行うのだ。

(今日はどんな品を持ってくるのかなぁ)

 なんなら義母には前世風ワンピースとか着てもらいたい。
 出るところが出て腰が細く、とても色っぽい義母である。

(カシュクールワンピースとか似合いそう)

 むふふと、色っぽい義母を脳内で着せ替え人形にしていたら食堂の前で義母に会った。
 肌が艶々しており、朝だというのに気だるい色気に満ちている。

(お義父さま……)

 早朝に見た義父も、いつも以上に色っぽかった。
 察するところである。
 義母は朝には起きれず、昼食には何とか間に合ったというところだ。
 挨拶を交わし、テーブルについた。

「お義母さま、本日は和食というメニューです。お口に合うといいのですが」

 朝食は銀鮭に白米にお味噌汁、それからキスの天ぷらと大葉の天ぷらだった。
 ちなみにバアルに一番初めに伝授した和食が天ぷらだった。それが今では前世で食べたどの天ぷらよりもバアルの天ぷらが一番美味しいといえる腕前になってしまった。

 もうそれだけでメニューは十分という感じだが、レイと義父には足らないらしくローストビーフのお寿司が五つも添えられていた。
 マイナの皿にはちょこんと一つだけ。

(お寿司の作り方だってさらっと教えただけなのに、やっぱりバアルって天才なんだわ。美味しい)

 いきなり生ものを出すより受け入れやすいだろうとバアルは語った。
 狙い通り、義父どころかレイまでおかわりをしていた。

(お義父さまには無事にお米は受け入れられたわ。残るはお義母さま……)

 ドキドキしながら昼食を待っていると、マイナと義母の前に置かれたのは鯛茶漬けだった。

(バアル!! さすがね!!)

 朝起きられなかったということは、義母は疲れているということ。
 そんなとき、香り高く食べやすい鯛茶漬けを口にしたら……。

「まぁ、なんて優しくて品のあるお味なの」

 そうでしょうそうでしょう。
 マイナもこの世界に転生してからのほうが、和食の素晴らしさを噛みしめているぐらいだ。
 以前は当たり前に存在し過ぎていたのだろう。

(前世って、美味しいものだらけだったんだなぁ)

 この世界だって悪くない。
 悪くないどころか公爵家ともなると一流シェフが家にいるのだからむしろ贅沢である。
 そんな贅を凝らしたお料理を、ひと口ずつ食べて残すのもまた貴婦人の常らしいが、勿体ない。

(そういえばお義母さまって、ご飯はあまり残さないような?)

 お菓子を食べないことはあっても、お肉はかなり食べているイメージがある。
 ますます義母が好きになった。
 ちなみに、べイエレン公爵家もご飯を残すタイプの人はいない。
 母も割と食べるというか、母の場合は食べきれる量をきちんとシェフが把握していると言った方がいいかもしれない。

 義母は横に添えられた揚げ出し豆腐を口にしている。
 トロッとした餡と揚げた豆腐、その上にのる大根おろしの絶妙なハーモニー。

(絶対うまいやつよ……)

 これもバアルに一度教えただけだが、再現性が高いどころか超えてきている。
 出汁が甘過ぎず絶妙な味わいだ。
 サイズ感も義母に合わせてひと口サイズで、とても贅沢な一品に仕上がっていた。

「まぁ。これも素晴らしいわ。このお豆腐というのは、揚げても美味しいのね」

「そうなんです」

 もはやマイナはドヤ顔であった。
 義母はお米も気に入ったようで、和の味付けに抵抗が無いのであればマイナが隠れてお米を食べる必要もなくなった。
 何か月も義両親がこちらにいたところで苦しむことはない。小麦粉からの解放である。

 満足な昼食を終え、食堂を出たところでエラルドに会った。
 最初に見た時よりは顔の腫れが引いている。

「休んでなくて大丈夫なの?」

「はい。おかげさまで。酷いのは見た目だけになりました」

「回復が早いのね」

「案外、丈夫なんですよ」

「よいことだわ」

「この顔で出歩くと皆に心配されるので部屋にいようと思ってたんですけど、どうにも暇すぎて」

 頬をかくエラルドは、以前より気さくな雰囲気になった。

「昼食は食べたの?」

「これからです」

「そう……ミリア、そろそろ休憩よね? エラルドと昼食に行っていいわよ」

「私ですか?」

「うん。あのね、暇な人って誰かと喋りたいものなのよ」

「私でよろしいのでしょうか? あまり面白い話などできませんが」

 ミリアがオロオロとエラルドを見つめた。
 エラルドは満面の笑みで「面白い話なら私がしますよ」なんて言い返していた。

「話はまとまったわね。じゃ、カール。庭園までしっかり押してちょうだい」

「了解です」

 本来であれば歩いて庭を散歩している時間であるが、仕方がない。
 外の空気が吸えるだけマシなのである。

「さあて、二人きりになったわよ」

 マイナは庭園の噴水の前で鼻息も荒くカールに告げた。

「カールの恋バナを聞こうじゃないの」

「絶対そうくると思ったー!! 暇なマイナさまってロクなことしない!!」

「カールに言い寄って来ているという学園の女子の話を聞かせなさい!! ついでに学園でクールキャラを気取っているという、カールのキャラについても詳しく聞かせてもらうわよ!?」

「ろくでもない主人で、僕は悲しい」

「今の暴言は聞かなかったことにしてあげるわ。さあ、話すのです」

 マイナはしつこかった。
 歩けないというだけで暇すぎた。
 エラルドの気持ちがわかりすぎる。
 ついでにヨアンも、ニコが付いているとはいえ動けなくてうずうずしていることだろう。

 義母とのお茶会の時間まで、根掘り葉掘りカールから聞き出すマイナであった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マレカ・シアール〜王妃になるのはお断りです〜

橘川芙蓉
恋愛
☆完結しました☆遊牧民族の娘ファルリンは、「王の痣」という不思議な力を与えてくれる痣を生まれつき持っている。その力のせいでファルリンは、王宮で「お妃候補」の選抜会に参加することになる。貴族の娘マハスティに意地悪をされ、顔を隠した王様に品定めをされるファルリンの運命は……?☆遊牧民の主人公が女騎士になって宮廷で奮闘する話です。

【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。

海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】 クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。 しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。 失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが―― これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。 ※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました! ※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】不誠実な旦那様、目が覚めたのでさよならです。

完菜
恋愛
 王都の端にある森の中に、ひっそりと誰かから隠れるようにしてログハウスが建っていた。 そこには素朴な雰囲気を持つ女性リリーと、金髪で天使のように愛らしい子供、そして中年の女性の三人が暮らしている。この三人どうやら訳ありだ。  ある日リリーは、ケガをした男性を森で見つける。本当は困るのだが、見捨てることもできずに手当をするために自分の家に連れて行くことに……。  その日を境に、何も変わらない日常に少しの変化が生まれる。その森で暮らしていたリリーには、大好きな人から言われる「愛している」という言葉が全てだった。  しかし、あることがきっかけで一瞬にしてその言葉が恐ろしいものに変わってしまう。人を愛するって何なのか? 愛されるって何なのか? リリーが紆余曲折を経て辿り着く愛の形。(全50話)

【完結】 悪役令嬢は『壁』になりたい

tea
恋愛
愛読していた小説の推しが死んだ事にショックを受けていたら、おそらくなんやかんやあって、その小説で推しを殺した悪役令嬢に転生しました。 本来悪役令嬢が恋してヒロインに横恋慕していたヒーローである王太子には興味ないので、壁として推しを殺さぬよう陰から愛でたいと思っていたのですが……。 人を傷つける事に臆病で、『壁になりたい』と引いてしまう主人公と、彼女に助けられたことで強くなり主人公と共に生きたいと願う推しのお話☆ 本編ヒロイン視点は全8話でサクッと終わるハッピーエンド+番外編 第三章のイライアス編には、 『愛が重め故断罪された無罪の悪役令嬢は、助けてくれた元騎士の貧乏子爵様に勝手に楽しく尽くします』 のキャラクター、リュシアンも出てきます☆

推しに婚約破棄されたとしても可愛いので許す

まと
恋愛
転生したのは悪役令嬢。いやなんで??愛する皆に嫌がらせなんて出来る訳がない。 もう愛でるしかないやん。それしかないやんな悪役令嬢が、皆の幸せの為に奮闘するお話。

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

虜囚の王女は言葉が通じぬ元敵国の騎士団長に嫁ぐ

あねもね
恋愛
グランテーレ国の第一王女、クリスタルは公に姿を見せないことで様々な噂が飛び交っていた。 その王女が和平のため、元敵国の騎士団長レイヴァンの元へ嫁ぐことになる。 敗戦国の宿命か、葬列かと見紛うくらいの重々しさの中、民に見守られながら到着した先は、言葉が通じない国だった。 言葉と文化、思いの違いで互いに戸惑いながらも交流を深めていく。

処理中です...