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54.休日

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 相変わらずレイはお忙しいようだが、さすがにそろそろだろうとニコは思っていた。
 あのマイナがご両親の前だというのにレイに甘えたからである。

 今までもマイナは無自覚にデレたり惚気たりしていたけれど、昨日は明らかに違った。
 あれだけマイナからハッキリと好意を寄せられたのだから今晩こそはと、そう思っていたのだ。
 定期連絡では何も言われなかったけれども。
 確かにレイは今日も早くからお仕事だけれども。

(なんで何もしないのよ!?)

 寝崩れ以外、何も感じない夫婦の寝室のベッドを前に二コはがっくり項垂れた。
 昨日は少々透け感がありつつも、いやらしくないナイトドレスを用意していたというのに。

(馬車から降りてきたマイナさまの、あの真っ赤な顔は何だったの!? しかも、しきりに『あーるじゅうはち』と呟いていたというのに)

『あーるじゅうはち』が何を意味するのか本当のところは知らないが、少々大人向けの小説を出してきて、これがそう、と真っ赤な顔で言ってたので多分そういうことだと思う。

(一体、何をしたっていうの!?)

 さり気なく聞いてみても、昨日は何も教えてもらえなかった。
 そして、その流れからの肩透かしである。
 ニコは朝から憤慨していた。

(……今日、私ってばお休みなのよね)

 休みなのに気になり過ぎて確認に来てしまった。
 今日はマイナにくっついて様子を観察することもできない。

 確認のために血相をかえて部屋に入ったとき、掃除に取り掛かるところだったミリアを脅かしてしまったというのに収穫無しとは。

「どうされたんですか!?」

「や、休みなの忘れてたわ、あはは」

「ニコ先輩は働き過ぎです!! 私が頼りないせいで申し訳ありませんっ」

 誤魔化すためについた嘘のせいで、ミリアを心配させた上に謝らせてしまった。

「違うの、ミリアのことは頼りにしてるよ? マイナさまのこと、よろしくね」

「お任せください。この身に代えてもマイナさまをお守りすると誓います」

「堅いー!! そんなことまず起こらないから。今日はお出かけもなさらないはずだし」

「……そうですね。私のこういう堅いところが駄目なんでしょうね」

「駄目ではないわ。真面目なところがとてもいいと思う。引継ぎもしっかりしてくれるからとても助かっているの」

「ありがとうございます」

 はにかむようにミリアが笑った。
 ちゃんとフォローできているだろうか?
 ちょっと不安だ。
 
「ねぇ、せっかくだから、もうちょっと緩く結ったら?」

「髪ですか?」

「そう。ウェーブのかかった可愛らしいハシバミ色の髪がもったいないよ」

「いえ。仕事の邪魔になりますから」

「んー。そっか。お仕事の邪魔しちゃってごめんね。では、よろしく」

 手を振って部屋を後にした。
 休日でも屋敷ではまかないが出るので、食堂に行って朝食を食べることにした。

(今日はハムエッグか。マイナさまが食べたのかな?)

 最近ではタルコット公爵家の使用人たちにもお米が浸透してきている。
 余ったときなど食堂に置いてあるからだ。
 隣に座っている古参のメイド二人もお米を食べている。

(みんなお米の虜になればいいわ。美味しいから)

 などと、ニコが余裕をもっていられたのはここまでだった。

「ゾラが結婚するらしいわよ」

「聞いた聞いた、ヘンリクとでしょ?」

「まさかと思ったわ」

「私はそうでもないかなー。なんだかんだ仲良かったよ」

「本当?」

 ニコはフォークを落とした。
 ついでに開いた口が塞がらなかった。

(ヘンリク……ヘンリク……ヘンリクって、あの、赤髪の護衛よね!?)

「ニコ、フォーク落としたよ? え、どうしたの?」

「え、えらるどさん……」

「な、なに?」

 目を見開いたニコを見たエラルドは顔を引き攣らせた。
 エラルドは食器を片付けるところだったようだ。

「ちょっと、お話があるんですけど……今」

「今!?」

「すぐ、すぐ済みます」

「さすがに今は時間がないよ。登城したあと夕方なら時間あるけど。今日休みだよね?」

「はい」

「来れる? 王城の食堂でよければ話聞くけど」

「行きます!!」



 ニコは自分の部屋の掃除をして、時間を潰した後いそいそと王城へ向かった。
 エラルドが門番にニコが来ることを伝えておいてくれたので、王城にはすんなり入れた。

「お待たせ」

「いえ、お忙しいところ、申し訳ありませんでした」

「で、どうしたの?」

 エラルドは、特に何も買わないまま席に着いた。
 ニコは落ち着かないのでコーヒーを飲みながら待っていた。

「ゾラ先輩が結婚するって本当ですか?」

「あぁ! そのことか。うん、本当だよ」

(本当だった!!!!)

「あれ、ショック?」

「……すみません。勝手にショックを受けているだけなので気にしないでください」

 勝手に仕事に打ち込むゾラに期待し、自分を重ね、目標に掲げていた。
 迷惑な話だろう。
 メイドだろうと執事だろうと、ほとんどの人が結婚する。
 ニコの両親だって、侍女と執事という使用人同士の結婚だ。

「俺もまだ経緯は詳しくは知らないんだけど、大旦那さまが二人をくっつけようとしていたからね」

「そう……なんですか?」

「うん。ヘンリクは馬鹿な男だけど、多分……結婚したら落ち着くと思うんだけど……心配?」

「あ、いえ……お相手にも確かに驚きましたけど、ゾラ先輩は結婚されないのかと勝手に思っていて……」

 言葉にすると恥ずかしかった。
 結婚するゾラ先輩にガッカリしていたことに気付いてしまったからだ。

(幸せを祈るならまだしも、こんな気持ちになるなんておかしい。忙しいエラルドさんを呼びつけてまで、私ってば何をやってるのかしら)

 唇を噛みしめたニコを、エラルドは宥めるように言った。

「ゾラさんて、仕事一筋って感じが格好よかったからね。憧れる気持ちはよくわかるよ」

「……すみません。なんか、自分が嫌になります」

「いや、別に俺なんかに謝らなくていいよ。俺も結婚なんて考えられないってほうだから、ニコが何でって思う気持ちもわかるよ。しかも相手はヘンリクだろ? そりゃ驚くよね」

 優しく言われ、思わず頷いてしまった。

「大旦那さまの考えること全てが理解できるわけじゃないけど、彼女は大奥さまの侍女としてかなり可愛がられてはいるからさ。何か事情があったんだと思うよ?」

「……はい」

 エラルドは細い目をさらに細めて、諭すように語りかけてくれた。

「ありがとうございました」

「……うん。あのさ、ニコ」

「はい」

「飲みに行くか?」

「え?」

「実はレイさまにもう上がっていいって言われてて」

「……昼間から飲むってことですか?」

「もう昼じゃないよ。ちょっとだけ早い夕食?」

「早い夕食。なるほど?」

 支度を終えたエラルドと門の前で待ち合わせをして、城下町に向かった。
 連れて来られたのは個室のお店で、すごく高そうだった。

「ここ、お高いのでは?」

 ずらりと並んだ料理とお酒に、完全に腰が引けてしまった。

「いや、大丈夫」

「でも、あの……」

 忙しくてお金をあまり使うことがないから、持ち合わせは多少あるが足りるだろうか。
 ニコの不安に気付いたかのようにエラルドが言う。

「急に誘ったし、今日は俺の奢りだから安心してたくさん食べて?」

「そんな、奢っていただく理由がありません。むしろご迷惑をおかけしたのに」

「迷惑って?」

「お忙しいところを王城まで押しかけてしまって」

「それは俺が来てって言ったよね?」

「それはそうですが」

「俺もここのところずっと忙しくてさ。息抜きしたかったんだよね。ヨアンには悪いんだけど、少しだけ付き合ってよ」

 茶化すように言われたが、なんのことだろうと首を傾げる。

「ヨアンと付き合ってるんじゃないの?」

「付き合う? ヨアンと?」

「あれ。最近仲いいから、やっとまとまったのかと思ってた」

「誰かと付き合ってたら男性と二人きりでご飯は食べませんよ」

「それもそっか?」

 ニコは頷いた。

(私は男性と付き合うってことすら考えたことないなぁ……)

 出てくるお料理もお酒も全て絶品だった。
 マイナの作る料理に似ていたこともあり、出されたものは全て平らげてしまった。
 エラルドは話が上手く、場が保たないということもなかったせいか、自然と会話が弾む。
 口当たりのいい高いお酒がスルスルと喉を通っていった。

「美味しい」

 溜息を吐きたくなるほどの豊潤さに、うっとりしてしまう。
 そんなニコを見つめるエラルドの顔が、ぼんやりと滲んでいった。


 * * *


 そうして次の朝、目覚めたとき目に飛び込んできたのは男性の裸だった。

 ニコ、人生最大の失態であった


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