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【番外編】ヒロインの髪がピンクだなんて知らなかった

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 次の日、わたしたち家族全員は、グラント公爵家の家族用の使用人部屋にいた。使用人部屋とはいえ、今まで住んでいた部屋の三倍はある。三部屋もある上に、とても清潔で明るい部屋だ。

 アルフさんが、アルフレッド・グラントという名の公爵令息だと知ったのは、屋敷に連れて来られてからだった。
 わたしは、グラント公爵家でメイドとして働かせてもらえることになり、弟妹と一緒に読み書きなどの勉強も教えてもらえることになった。とても嬉しい。
 父は馬屋番を、母はキッチンの下働きをさせてもらっている。本当にありがたいことだ。感謝してもしきれない。

 パン屋のご主人は未遂ということで一週間ほど騎士団に留め置かれ、反省させ、再犯させないようキツイお仕置きをされたとか。軽い刑罰でごめんね、粘ったけれどこれ以上は無理だったとアルフレッド様に謝られた。結果はどうあれ、パン屋で働かせてもらえなかったらご飯が食べられなかったのでいいです、と言ったらアルフレッド様が哀しそうな顔をした。

 事件から三週間が経ち、グラント公爵家の雰囲気にもようやく慣れてきた。最初は全てが豪華過ぎて緊張してしまい、邸内を歩くだけでも汗がとまらなくて困ってしまった。慣れるしかないと先輩たちに励まされて耐えたが、仕事が終わると毎日気絶するように眠った。

 そんな最初のころを懐かしみながら、掃除場所へ向かう。廊下の角を曲がったところで、今日も笑顔の美しいアルフレッド様に会った。

「サヤちゃん! だいぶ顔色いいね!」
「ありがとうございます。アルフレッド様のおかげです」
「やだなー、アルフでいいのに」
「恐れ多いことです」
「まぁいっか、爺に怒られても困るしね?」

 アルフレッド様は片目をパチンと閉じた。その仕草に思わず頬を熱くしてしまった。

 ちなみに、アルフレッド様の言う爺とは、家令のローレン様のことで、屋敷内のことを全て把握していらっしゃる、威厳のある老紳士である。わたしにとっては雲の上の方だ。

「ふふ、可愛い。おっと、浮気じゃないからね、違うからね」

 アルフレッド様は素敵な美男子なのに、ちょっとだけ、ひとり言が多い。

「君にお知らせが二つほど」
「はい、なんでございましょう」
「君、ジテニラ王国の血筋かも」
「えっ!?」
「あと、従兄が君の健気さと可愛さに惚れてしまったみたい」
「えええっっ!!??」
「血筋のことより、従兄のほうが気になるの? ふーん。マクスウェルには朗報だね」
「えええ!?」

 頭が混乱する。ジテニラ王国??
 アルフレッド様の従兄のマクスウェル様は、綺麗なグレーの瞳の、わたしを救って下さった騎士様だ。

「公爵家の使用人に迎えるにあたって調べてわかったことだから、事実確認のためにご両親に聞いたんだけどね。悪いようにはしない、ただの確認だって言っても君のこと本当の娘だって何度も言ってたよ。素敵なご両親だね」

 思わず溢れそうになった涙を必死で堪えた。
 
 アルフレッド様の話が本当なら、両親は捨てられていたわたしを拾い、分け隔てなく育ててくれたことになる。
 顔立ちが似ていない上に、髪色もわたしだけピンクだったから、心の底では感じていたことだった。それでもなお、二人の子どもでありたい気持ちが強く、あまり考えないようにしていたのだけれど。

 読み書きのできない両親は貧乏で、わたしを育てる余裕などなかったはずなのに。

「ピンク色の髪は西の隣国のジテニラ王国に多くてね。うちの国とはいざこざが絶えなかったんだけど、辺境付近ではジテニラ王国の人と恋に落ちる女性もいてね、出産したもののジテニラ色ともいえるピンク色の髪に困って捨ててしまうってことが時折あるんだよね。その線で探ってたんだけど、その顔立ちとピンクに近い菫色の瞳がゼルマー辺境伯の血筋じゃないかと。直系ではなく傍系の可能性が高いんだけどね……どうする? もっと詳しく調べようか?」

「調べなくていいです。わたしは父と母の子です」
「うん、そう言うと思った」

 アルフレッド様は、今まで見た中で一番綺麗な顔で笑った。

「あと、マクスウェルは本気だから、結構口説かれると思うけど頑張ってね?」

 まさか!
 これから習うと言っても、まだ文字も読めないような女にあんな立派な方が……と思っていた。

 けれどもその後、本当に熱烈にマクスウェル様に口説かれ、最終的には頷いてしまった。
 貴族様のお相手にはなれないと何度も断ったのだが、アルフレッド様の従兄とはいえ、継ぐ爵位もないただの騎士だと言われ押し切られた。

 サファスレート王国の紳士は、普段とても真面目なのに、口説くとなると途端に熱烈になるらしい。真面目な人ほど真面目に熱烈だからちょっとビックリすると思うよと、アルフレッド様が仰っていた意味が今ならわかる。

 桃色の天使とか桜貝の姫とか、ピンク色に良い思い出はなかったのにマクスウェル様に言われると、とても嬉しかった。こんなことを言われるのも今だけだから浮かれててもいいよね————と、呑気なことを思っていた過去のわたしに言いたい。

 ずっと熱烈に愛を囁かれるから……!!


「あの、マクスウェル様」
「マックス、と」
「む、無理です」
「どうして? 愛しいコスモスの妖精に愛称で呼ばれたいと願うのは私の我儘?」

 文字を読む練習になるからと言って連れてきてもらったカフェの、外テーブルの真ん中で堂々と口説かれている。

 わたしの髪を一房手に取って、口付けるの止めてもらえませんか!!
 皆様の視線が刺さります!!

「も、文字を読む練習を……あの、メニューを見せてください」
「うん、マックスって呼んでくれたらね」

 マクスウェル様は、アルフレッド様に似た優しい顔でほほ笑んでいる。騎士様を、恋人になったとはいえ庶民のわたしが愛称で呼ぶのは恐れ多い。

 初めて会った時、暗い場所だったので気付かなかったけれど、マクスウェル様は銀に近い綺麗なグレーの髪の美男子だ。周りの女性が皆、頬を染めて見ている。

「マ……、マックス様」
「ありがとう、サヤ。これがメニューだよ。食べたい物、全部食べていいからね?」
「全部は無理ですが、あの……とても……厚かましいのですが」

 わたしだけ美味しいものを食べるのは、とても気が引ける。

 お姉ちゃん何時に帰ってくるの?と二人揃ってわたしを見上げた可愛い顔が浮かぶ。二人が時計を読めるようになったのも嬉しい。一時にお迎えに来てもらうから、五時ごろには帰って来るよ、と伝えたときは、ルルは「三時間だね!」と言っていたので、まだまだ勉強は足りないようだけれど。ロンはまだ時計を読むので精一杯だ。

「ルルとロンにもケーキを買って帰ろうね?」
「あ、ありがとうございます!!」

 マクスウェル様、大好き!!

「いま私のこと大好きって思った?」
「はいっ! えっ!! どうして?」
「うーん。どうしてかな? アルフの従兄だからかな?」
「??」
「わからなくていいよ、メニューに読めない文字ある? ここが飲み物でここがケーキ。どれも美味しいって評判だから何を頼んでも大丈夫だよ……って、どうしたの? どこか痛い? お腹かな!? お腹痛い!?」

 わたしは首を振った。
 どうしてだろう、涙が止まらない。

「わからないです、なんだか胸がいっぱいになってしまって」

 そう言ったら、立ち上がって傍に来てくれたマクスウェル様に抱きしめられた。

 そのままグズグズと泣いていたら周りから拍手の音が聞こえだして、さすがのマクスウェル様も照れていて、とても可愛かった。


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