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しおりを挟む冬里が扉を開くと、するりとその体が室内から抜けるように外へ出る。冬里を見て、頬を染めて嬉しそうにしながら、加賀はそのまま、ゆっくりと歩いて行く。宵闇に溶けるようにして、その姿が消えた。
――それを眺めてから、冬里は扉の施錠をきちんとする。すると不意に、携帯が着信を告げる音が鳴り響いた。慌ててリビングに向かい、携帯を手に取る。母の名前が表示されていた。
「もしもし。お母さん?」
「冬里。どう? 元気?」
母は挨拶もそこそこに、快活な言葉を響かせる。冬里は小さく笑って、「元気だよ。もう本当ゆるゆる過ごしてる」とだけ続けた。
「ご飯は? ちゃんと食べてる?」
「食べてる、食べてる。昨日も今日も自分で作ったよ。近くにスーパーがあるから」
と言っても、祖母の家は坂の上にある。スーパーがあるのは坂の下だ。徒歩で十分から十五分ほど歩いて坂を下り、荷物を抱えて元の道を上がるのはなかなか大変だが、それもまあ楽しいと言えば楽しいだろう。
「部屋は来て直ぐに綺麗にしたし。というより、あんまり汚くはなかったよ」
「そう。良かった。そうだ、本棚があったでしょ」
「うん。ある。おばあちゃんの部屋に、色々あったよ」
「それ、勝手に読んで良いからね。暇だろうし。読書しなさいよ、折角だから」
「はいはい」
言葉を投げた瞬間に返ってくる。気の置けない会話であることに小さく笑っていると、「お盆前には帰ってくるんでしょ?」とだけ続けた。
「どうしようかなあ。初盆は確か八月の後半だったから、それまでに帰れば良いかなあとか」
「ええ! 嘘でしょ、あんた、大丈夫なの?」
「大丈夫って?」
「だって……」
母が電話口で小さく笑う。そうしてから、「小さい頃、おばあちゃんの住んでる村には変わった祭があるから、もう行くのやだ、ってなんども言ってたじゃない」と続けた。
「……そうだったっけ」
「そうよ。あんたが……小学生くらいの時に、ほら、私――お母さんが夏紀を出産するのもあって、一人でお盆まで泊まって。その時にお盆の祭とかちあって、あんたがもう火が付いたのってくらい泣き出して、それからお盆は泊まらないようにしていたじゃない」
「祭って……」
覚えが無い。どんな祭だったっけ、と声をかけると、母は呆れたように吐息を零し、そうしてから「かがちさまのお祭りよ」とだけ続けた。
「かがちさま?」
「そう。昔……いや、由来は良いか。とにかく、お盆になると小学生が色んなお家を訪ねるのよ、お盆を持って。それで、『こんにちは、いれてください』って扉越しに声をかけてくるの。家の中の人は『いいえ。どうかお帰り下さい』って返す。外にお菓子を置いておくから、子どもたちはそれを貰って他の家に向かう、っていうお祭りが……」
「――」
「覚えてないの? 呆れた、あんなに怖がってたのに!」
冬里の喉が、僅かに震える。母の言葉に上手く返事が出来ず、そっと呼吸を繰り返してから、「待って、かがちさまって、何、……何?」とどうにかそれだけの言葉を吐き出す。
「かがちさまは、かがちさま。この辺り、昔は水害とか凄かったのよ。それをおさめるために、昔の人達が大きな大きな蛇を祀ってね……、まあ、気になるなら調べたら良いわ」
うっすらと、皮膚に寒気が走る。冬里は小さく頷いて、「そうする」とだけ続けた。
その後、母親から毎日の食事に気をつけること、そしてエアコンを付けるときはきちんとお腹まで布団を被ること、なんていう小言めいたことを言われてから、通話を切った。
焦燥感のようなものが体中を支配する。お盆の祭。かがちさま。調べなければ。
そうだ――そうだ、幼い頃は祖母の家に来るのが怖かった。それは、そう、確か、あの年も誰かに会って。
誰かに。――誰に?
胸の奥がぐるぐると鳴動する。覚えていない。どうしてだろう。わからない。
通話を終えたばかりの携帯を見つめる。祖母の家がある土地の名前、そしてかがちさま、と検索欄に打ち込んだ瞬間、不意に軽快なリズムが鳴り響いた。
お風呂が沸いたことを知らせる音だ。だが、スイッチは入れていないはずだ。
ゆっくりと立ち上がり、廊下をひたひたと素足で早足に歩き、冬里は浴槽に続く扉を開く。浴槽にはやはり何もなかった。栓をしていないのだから当然とも言えるだろう。
冬里は浴槽に近づいて栓をする。そうしてから再度、風呂を沸かすためのスイッチを入れた。軽快な音が鳴り、少ししてお湯が溜まっていく音がする。腹の奥がじんわりと熱を持つような心地を覚えて、抱えていた恐怖感が一瞬にして霧散する。
湯気の立つ水面を眺めていると、なんだか、自分の様々な考えが、解けて行くような心地がする。
考えすぎ、なのかもしれない。きっとそうだろう。お祭りが怖かったのだって、幼い子どもである、獅子舞だって怖がる年頃だ。だから、それだけで。
きっとそれ以外に理由は無い。
浴槽の縁を握る手に力がこもる。
どうしてここに固執するような考えばかりが頭の中に浮かぶのか、冬里は気付かなかった。
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