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 足下が、じんわりと、冷たい地面に触れる感触があった。しゅるしゅると音がする。息をするような、とぐろを巻くような、――なんとも言えない音だ。日常、耳にすることの少ない音、と言う形容が一番近いかもしれない。

 視界は黒く染まっている。どこかで水滴の落ちる音が聞こえた。とぐろを巻く音は、やがて、人の声のようなものが混じり始める。少年の声と青年の声が入り交じったような、年の違う二人が一緒に話して居るような、そんな声音だ。

 いれて。いれて。いれて。

 そう言っているのが聞こえる。少年の声に、聞き覚えがあるような気がして、冬里は小さく息を飲む。それはここ数日、連日のように聞いている、子どもの声だった。
 加賀くん、と言葉を口にする。僅かに疑問を孕んだそれは、音にはならなかった。だが、その声を聞き留めたのか、継続的に聞こえていた音が止まる。そうしてすぐ、冬里の足下に何かが巻き付いた。
 ひんやりと冷たく、少しざらっとしたそれ。それは、冬里が動けないでいる間に、すりすりと体を撫でるように動く。

 耳元に暖かな何かが濡れた。舌のようなそれだ。それが、耳の形を撫でるように動いて、耳朶を甘噛みする。足に巻き付いていた何か、触手のようなものが、ゆっくりと冬里の服の下に迷い込み、そのまま腹部を撫で、胸元に触れた。敏感な部分をすりすりと撫でるように動いて、冬里は小さく息を飲む。

「ねえ、冬里、いれて」
「だれ? ――加賀、くん?」

 今度は声が出た。加賀くん、のはずではない。彼はこんな風な触れ方はしないし、濡れたような吐息を零すこともない。そう思うのに、気付けば名前を呼んでいた。耳元に寄せられた唇が小さく笑う音が、鼓膜を揺らす。

 夢だ、と思う。そうでなければ、現実味のない状態が、全く理解出来ない。柔らかく触れるように冬里の体を愛撫する触手に、体が不随意的に震えるのがわかった。最初は冷たかったそれが、冬里の体温を奪って、ゆっくりじんわりと人肌のような熱を持ち始めていくのがわかる。胸の先をすり、と撫でるようにそれが動くと、なんとも言えない感覚がした。
 ぼんやりとした思考に、じんわりと、快楽のようなものが叩きつけられているような、気がする。

「んっ、あ、あ……っ、あ……」
「冬里、いれて、逃げないで、ねえ、一緒に居て……」

 甘い声は掠れたように響く。なんて夢を見ているのだろう、なんて思いながら、冬里は喉を震わせる。甘く与えられる刺激に小さく声を漏らしながら、冬里は加賀の名前を縋るように呼んだ――。

 ――そうして、不意に、目を覚ます。
 びっしょりと汗をかいていた。なんて夢を見ているのだろう、とどうしようもない自己嫌悪に陥る。欲求不満に陥っているのだろうか。自慢ではないが、冬里はそこまで性欲の強い方ではなかった。こんな風に、淫夢のようなものを見ることなんて、無かったはずなのに。

 しかも、これが一度や二度ではない。祖母の家に来てから二週間、頻回に見るのだ。むしろ見ない日の方が少ないかもしれない。
 祖母の居ない家で、淫らな夢ばっかり見る孫。言葉にしたら最低過ぎて、冬里は小さく笑ってそのまま首を振った。
 とりあえず、シャワーを浴びよう。


 シャワーを浴びて着替えると、思考が明瞭になり、体もさっぱりしてきた。服を着替え、そうしてからリビングに向かい、テレビをつける。少し大きくて、祖母が見ていたせいか字幕が表示されるテレビだ。字幕の消し方をしらないので、そのままにしている。
 天気予報が映し出された。今日は晴れ、熱中症に気をつけて欲しい、とキャスターが口にしている。

 夏が年を経るごとに大変な暑さになってきているような気がする。実家に居たら、エアコンは朝の内はつけないで、と怒られるところだが、ここはそうではない。存分に冷房を堪能させてもらおう、なんて思いながら、冬里はエアコンのスイッチをつけた。
 それと同時に、ぶー、と呼び鈴の音がする。

 冬里は僅かに瞬いて、それからゆっくりと立ち上がる。廊下を歩いて玄関へ向かうと、冬里を待ち構えていたかのように、もう一度呼び鈴が鳴った。

「こんにちは。いれてください」

 加賀の声だ。耳にした瞬間、ぞわ、と背筋をなんともいえない感覚が駆け上っていく。それに気付かないふりをして、冬里は鍵を開けた。扉を開くと、加賀が立っている。
 黒い髪、黒い瞳。白魚のような肌はすべすべとしていて、日焼けというものを一切感じさせない。夏という季節から、そこだけ切り抜かれてしまったかのような存在だ。

「加賀くん。おはよう」
「――うん、おはよう。冬里」

 優しげな声を零して、そうしてから、加賀はこてん、と首を傾げた。中に入っても良いかどうか。それを問うような瞳に、冬里は「どうぞ。入って」と答えて一歩下がる。
 するりと室内に足を滑らせた加賀は、ゆっくりと深呼吸するように息を零すと、冬里を見た。白い肌に、喜色が滲む。紅を掃いたような、そんな控えめな喜びを示しながら、加賀は冬里に手を伸ばしてきた。白い指先が、すり、と冬里の手に触れる。

「会いたかった。いれてくれて、ありがとう」
「……大げさだよ」

 まるで遠く離れた相手に恋を歌うような、そんな声音に、冬里は小さく笑う。そうしてから、「今日はスイカがあるよ」と囁くように言葉を続けた。
 
 冬里が祖母の家に来て、加賀に出会ってから、二週間。
 それからずっと、加賀は冬里の家に足繁く通ってくるようになった。むしろ来ない日の方が少ないかもしれない。
 冬里が用意したお菓子を食べ、驚いたように頬に触れながら「甘い。良い匂いがする」と笑ったり、庭園の掃除をした後など、庭園にある大きな木に登って、枝に寝転ぶ。その小さな体躯のどこにそこまでのバランス感覚が養われているのか、冬里には全く理解出来ないほどである。

 一度、器用に枝へ足をかけ、ぶら下がった時など、冬里は本気で慌てた。慌てながらぶら下がったままの加賀の体を抱きしめ、そうしてゆっくりとその場に下ろした。
 危ないから二度としないで欲しい、とお願いをすると、加賀は微かに瞬いた後、小さく頷いた。照れたように、嬉しそうに――柔らかく頬を染めながら、「冬里が言うなら、もうやらないよ」と、囁いた。

 加賀は、自分のことを余り喋らない。どこに住んでいるのだとか、どの学校に通っているのだとか。冬里が訪ねても、柔らかく微笑んで、口を閉ざしてしまう。
 言いたくないことであれば、冬里としても無理に聞くつもりはない。ただ、毎日のようにやってくるこの子どもが、大変な目に遭っているのであれば、多少なりとも助けになりたい、という気持ちがじんわりと滲むのは、仕方無いことだろう。

「スイカ。緑色と、黒色の、やつ」
「ふふ。赤色もあるよ。食べたことある?」
「ううん。無いよ」
「無いのかあ……、気に入って貰えると良いなあ」

 スイカは好き嫌いが激しい食べ物だ。好きな人は好きだし、嫌いな人は嫌いである。冬里は好きだが、加賀がどうかはわからない。とりあえず出してみて、もし苦手そうな様子を見せたら、全て冬里が食べきることにしよう、と決めながら、台所へ向かった。
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