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21-1 秘められた感情
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十八日の夜、フェリクスと共に出かける、ということが決まってから、奏は色々と準備を始めた。
と言っても、変装の準備では無い。
どうやら魔法で変装させてくれるようだし、身バレの危険なんてものはほとんど無いと言っても過言では無いだろう。
それ以前の、――陽の季節、騎士の大会が始まる前に、フェリクスから指輪を貰っていたが、それに対するお返しが未だに出来ていない。
折角なので、十八日に間に合うように用意したい、と思っては居るのだが、現実は中々上手くいかないものである。
そもそも、欲しいものが『奏の色の何か』である。奏の色、と言われても、奏は平凡な日本人なので、目の色は基本的に黒色だし、髪の色も多少明るいものの、それくらいである。黒色か茶色、あとは唇の色だとかも言われたが、唇の色のものを渡すって、結構、含みが凄いように思う。
かといって目や髪の色も、どちらかといえば重ためな贈り物ではあるのだが。
フェリクスから渡された指輪に対して、重たいな……という感想は全く抱かなかったが、自分がするとなるとちょっと、気が引けてくる。だが、ここで自分と全く違う色を渡すわけにもいかない。約束したのだから、渡したとして、「これって奏の色じゃないよね」くらいのことは言いそうである。
朝食後、奏はそっとため息を零しながら、ルーデンヴァールにやってきた時に持っていた通勤用鞄を手に取る。
ずっしりと重い。内定が決まった時に、父母が長く使えるものを、と就職祝いに買ってくれた鞄で、内部には収納スペースがいくつか備え付けられている。
内部には、通勤の際に持ち歩いていたものがいくつか鎮座している。財布、それに携帯、ワイヤレスイヤホン、文庫本、それと手帳。文具類が多いだろうか。
……今、奏には自由に出来るお金がほとんど無い。無論、レンドリア辺境伯から送られてきた贈り物自体はあるのだが、まさかそれを売って金にするのは、人としての良心が痛むので出来ない。
それもあって、自身が持ってきた物を売りに出し、それを元手に贈り物を用意しよう、と考えていたのだが、どれが売れるのかさっぱりわからない。
奏は机の上にいくつかの物を並べて、吟味するようにじっと見つめる。ボールペンとか、どうだろう。インクも多めだし。ただ、この世界の文字を書くに使うペンは羽ペンやガラスペンのようなものばかりで、ボールペンを出した所で価値をわかってもらえるかどうか。
文庫本は、と考えて、読めないものに金を出す人間がいるだろうか、と奏は首を振った。言語学者とか、そういう人が居たらあるいは、と思うが、そもそも未知の国の言葉に興味を示すかもわからない。
ワイヤレスイヤホン、携帯は論外だ。既に充電が切れている。何にも出来ない。
手帳は、ノートとして使えるかもしれないが、この世界にも紙があるし、ノートのようなものもある。貴族くらいしか手に持っていないので、その辺りを考えたら、もしかしたら売れるかも、というくらいだろうか。
手帳にはスケジュールが書き込んである。――ただ、それも、ここへ飛ばされてきた日にちから、糸が切れたように無くなっている。所狭しと書かれた文字を懐かしく思いながら目を落としていると、ノックの音が響いた。
はい、と声をかけると、「聖女様。ステリアでございます」という言葉が返ってくる。どうぞ、と声をかけると扉が開き、ステリアが手に箱のようなものを持って入って来た。
「失礼致します。聖女様、レンドリア辺境伯からお荷物が」
「えっ。もしかして指輪でしょうか。早くないですか……?!」
「恐らく、とても……素早く……仕上げていただけたものかと存じます。どうぞ」
ステリアが、テーブルに布を敷き、その上に箱を置く。豪奢な作りをした箱だった。手紙が添えられているようで、封蝋が取られている。多分、フェリクスの目によって、先んじて確認が入ったのだろう。手紙を手に取り、文字列に指を落とす。書かれている内容が、すぐ、脳裏に浮かぶ。
『――先日ご依頼頂いた指輪の作成を終えました。是非ご活用ください。また、こちらに関しては一度贈ったものですから、聖女様のお好きなようにされていただけばと存じます。他の宝石に関しても、いつでも加工のご依頼頂ければそのようにさせていただきます。指輪の意匠には、ささやかながら、ルーデンヴァールにおける幸運を示す象徴を刻んでおります。身につける人の未来が、輝かしい光で溢れておりますことを祈念申し上げます』
書面の最後にはレンドリア辺境伯のサインが書かれている。流石に、何度もアクセサリーに加工をお願いするわけにもいかないし、するつもりもない。残りの宝石などは、奏が去る前に全てフェリクス、並びにルーデンヴァール王家に残して行くつもりである。きっと有意義なことに使ってくれるだろう。
箱に手をかけると、表面にぼんやりとした紋様が浮かび上がった。程なくして、かちり、と鍵の開く音がする。多分、魔法がかけられているのだろう。箱を開けられる存在を、限定的にしているのかもしれない。
蓋を開くと、内部はリングケースのような形をしており、いくつかの指輪が等間隔に鎮座している。それらを確認してから、奏は頷いた。
「すごい、綺麗ですね」
「本当に。一級品の宝石というのは、あまり見られないものです。特に、レンドリア辺境伯が治めるあたりは、質の良い鉱石が出ることで有名ですから、これらも相応の働きをしてくれるかと」
ステリアが静かに続ける。宝石を傷つけて魔法を使う――とはいえ、美しい輝きを放つ宝石達を傷つけるのは、中々、わかっていても難しい。フェリクスから渡された指輪だって、出来れば傷つけずにずっと持っていたいくらいだ。
……まあ、共に魔法を使うのにフェリクスからの指輪を使ったとして、傷が付いた後も、持ち歩くつもりではあるのだが。
「――渡してこようかな」
「はい。午前中、フェリクス殿下は執務室にいらっしゃるかと。急ぎの用事は無いと聞き及んでおります。星の季節は、緩やかな時期ですから」
「良かった。ちょっと行ってきますね」
ステリアが腰を折る。「それまでに、私は軽食をご用意しておきますね」と囁くのに頷いて、奏はフェリクスの執務室へ向かった。
もう既に道は歩き慣れていて、目を瞑っていてもフェリクスの執務室に訪れることが出来そうだ。――ここへ来て、もう半年近く経つのだから、当然とも言えるかも知れないが。
月日が経つのは早い。――半年、と心の中で繰り返して、奏はそっと首を振る。あとどれほどの年月を、奏はここで過ごすことになるのだろう。
調べる限り、聖女が過ごす日にちはまちまちだ。一年ほどで帰る聖女もいれば、十年以上、ルーデンヴァールに腰を落ち着けていた聖女も居る。十年経った状態で現代に戻るのは、奏ならば中々に恐怖を抱くが、きっとその時の聖女は何をしても帰りたい理由があったのだろう。
急に来て、急に帰る。けれど、ここに残る聖女も居た。彼女達は一様に、「ここに居ると『選択』をした」と言っていたのだとフェリクスから聞いた。
選択出来るものなのだろうか。帰る時に――帰らない、と考えて、残ることが出来るようなものなのだろうか。奏には全くわからない。
だが、――その時が来るとして、まだもう少しだけ、先であってほしい、と思う。
考えている内に、フェリクスの執務室に到着する。扉の前の衛兵に声をかけると、室内に奏の来訪が告げられる。間を置いてどうぞ、という声が返ってきて、扉が開いた。
内部に足を踏み入れる。机に向かっていたフェリクスが、奏に気付いて相好を緩めた。
「どうしたの? 何か話したりないことでもあった?」
「話したりない、というか……、少しお渡ししたいものがあって」
「なに」
フェリクスは椅子から立ち上がると、奏の傍に近づいてくる。室内には数人の使用人が居て、フェリクスが「少し下がっていて」と声をかけると、彼らは腰を折って部屋から出て行ってしまう。
二人きりの時にしかフェリクス、と呼ばない、と言っているからか、フェリクスは奏と顔を合わせるといつも、室内に二人だけになるようにする。
「レンドリア辺境伯から届いたんですが――」
「ああ、指輪? 見たよ、細工も何もしていなかったし、手紙も問題無かったと思うけれど、何かあった?」
「これ、どうぞ」
そっと箱を差し出す。贈り物の横流し、のように思われるかもしれないが、もちろんレンドリア辺境伯には許可を取っている。
最初の依頼の文章も、ステリアに手伝ってもらって書いた。内容は簡単で、『頂いた宝石を指輪に加工し、フェリクス殿下に差し上げたいのですが、宜しいでしょうか』ということを、物凄く貴族的な流麗な文章で書いた。
――奏が、気を失い、寒さに震えていたあの日。
フェリクスは、ステリアに命じて、自室から魔法を使う為のアクセサリーをほとんど、持ってこさせたらしい。そうして、室内の防寒や、奏の体を温めたりすることに、ほとんど使ってしまったようだった。
三日間、甲斐甲斐しく奏の看病を重ねてくれたのだから、アクセサリーの消耗数だって伊達ではない。まだ暖かな季節だというのに暖炉に火をくべ、その火を絶やさないように、夜中、番をする。
そういった話を、奏はステリアから聞いた。フェリクスはそういったことを一言も口にしない。三日間、キミを看病したのは僕なんだけど? その恩を返してくれる? 夜中起きていたの、大変だったなあ、くらいのことは言いそうなのに、恩に着せるような言葉を、奏の前では一度も口にしなかった。
それこそ、体調が戻って良かった、顔色がいつもの色に戻って嬉しい、――元気になってくれて、安心した。そのような言葉を、何度も、何度も、口にした。
大きな魔法を使うための宝石というのは、手に入れづらい。だというのに、惜しみなくそれを奏に使い、そのことを一切口にしない。フェリクスはそういうところがあった。
なので、その分を補填する、というわけではないが、使った分を返す必要があるだろう、ということは前々から考えていた。
「どうぞって……、これはキミのだよ。僕に渡す必要は無い」
「いえ。――指輪、沢山使ってくれたって、聞きました」
「……ステリアか……」
フェリクスが静かに言葉を続ける。苦虫をかみつぶしたような表情で「良いよ」と首を振った。箱を押し返そうとするので、奏としても力を込めてフェリクスの方に押しつける。
「レンドリア辺境伯からはちゃんと許可も貰っているので……!」
「好きなようにしろって手紙に書いてあったのはそういうことか! 本当に良いから。僕が使いたくて使っただけだ。奏が絶対に気にするだろうから、何も言わなかったのに」
「教えてくれたステリアさんに感謝ですね!」
「そうだね! 後できちんと直々に話に行かないと!」
フェリクスが怒ったように言葉を続ける。――本当に行動に移しそうで、奏は苦笑を零す。
と言っても、変装の準備では無い。
どうやら魔法で変装させてくれるようだし、身バレの危険なんてものはほとんど無いと言っても過言では無いだろう。
それ以前の、――陽の季節、騎士の大会が始まる前に、フェリクスから指輪を貰っていたが、それに対するお返しが未だに出来ていない。
折角なので、十八日に間に合うように用意したい、と思っては居るのだが、現実は中々上手くいかないものである。
そもそも、欲しいものが『奏の色の何か』である。奏の色、と言われても、奏は平凡な日本人なので、目の色は基本的に黒色だし、髪の色も多少明るいものの、それくらいである。黒色か茶色、あとは唇の色だとかも言われたが、唇の色のものを渡すって、結構、含みが凄いように思う。
かといって目や髪の色も、どちらかといえば重ためな贈り物ではあるのだが。
フェリクスから渡された指輪に対して、重たいな……という感想は全く抱かなかったが、自分がするとなるとちょっと、気が引けてくる。だが、ここで自分と全く違う色を渡すわけにもいかない。約束したのだから、渡したとして、「これって奏の色じゃないよね」くらいのことは言いそうである。
朝食後、奏はそっとため息を零しながら、ルーデンヴァールにやってきた時に持っていた通勤用鞄を手に取る。
ずっしりと重い。内定が決まった時に、父母が長く使えるものを、と就職祝いに買ってくれた鞄で、内部には収納スペースがいくつか備え付けられている。
内部には、通勤の際に持ち歩いていたものがいくつか鎮座している。財布、それに携帯、ワイヤレスイヤホン、文庫本、それと手帳。文具類が多いだろうか。
……今、奏には自由に出来るお金がほとんど無い。無論、レンドリア辺境伯から送られてきた贈り物自体はあるのだが、まさかそれを売って金にするのは、人としての良心が痛むので出来ない。
それもあって、自身が持ってきた物を売りに出し、それを元手に贈り物を用意しよう、と考えていたのだが、どれが売れるのかさっぱりわからない。
奏は机の上にいくつかの物を並べて、吟味するようにじっと見つめる。ボールペンとか、どうだろう。インクも多めだし。ただ、この世界の文字を書くに使うペンは羽ペンやガラスペンのようなものばかりで、ボールペンを出した所で価値をわかってもらえるかどうか。
文庫本は、と考えて、読めないものに金を出す人間がいるだろうか、と奏は首を振った。言語学者とか、そういう人が居たらあるいは、と思うが、そもそも未知の国の言葉に興味を示すかもわからない。
ワイヤレスイヤホン、携帯は論外だ。既に充電が切れている。何にも出来ない。
手帳は、ノートとして使えるかもしれないが、この世界にも紙があるし、ノートのようなものもある。貴族くらいしか手に持っていないので、その辺りを考えたら、もしかしたら売れるかも、というくらいだろうか。
手帳にはスケジュールが書き込んである。――ただ、それも、ここへ飛ばされてきた日にちから、糸が切れたように無くなっている。所狭しと書かれた文字を懐かしく思いながら目を落としていると、ノックの音が響いた。
はい、と声をかけると、「聖女様。ステリアでございます」という言葉が返ってくる。どうぞ、と声をかけると扉が開き、ステリアが手に箱のようなものを持って入って来た。
「失礼致します。聖女様、レンドリア辺境伯からお荷物が」
「えっ。もしかして指輪でしょうか。早くないですか……?!」
「恐らく、とても……素早く……仕上げていただけたものかと存じます。どうぞ」
ステリアが、テーブルに布を敷き、その上に箱を置く。豪奢な作りをした箱だった。手紙が添えられているようで、封蝋が取られている。多分、フェリクスの目によって、先んじて確認が入ったのだろう。手紙を手に取り、文字列に指を落とす。書かれている内容が、すぐ、脳裏に浮かぶ。
『――先日ご依頼頂いた指輪の作成を終えました。是非ご活用ください。また、こちらに関しては一度贈ったものですから、聖女様のお好きなようにされていただけばと存じます。他の宝石に関しても、いつでも加工のご依頼頂ければそのようにさせていただきます。指輪の意匠には、ささやかながら、ルーデンヴァールにおける幸運を示す象徴を刻んでおります。身につける人の未来が、輝かしい光で溢れておりますことを祈念申し上げます』
書面の最後にはレンドリア辺境伯のサインが書かれている。流石に、何度もアクセサリーに加工をお願いするわけにもいかないし、するつもりもない。残りの宝石などは、奏が去る前に全てフェリクス、並びにルーデンヴァール王家に残して行くつもりである。きっと有意義なことに使ってくれるだろう。
箱に手をかけると、表面にぼんやりとした紋様が浮かび上がった。程なくして、かちり、と鍵の開く音がする。多分、魔法がかけられているのだろう。箱を開けられる存在を、限定的にしているのかもしれない。
蓋を開くと、内部はリングケースのような形をしており、いくつかの指輪が等間隔に鎮座している。それらを確認してから、奏は頷いた。
「すごい、綺麗ですね」
「本当に。一級品の宝石というのは、あまり見られないものです。特に、レンドリア辺境伯が治めるあたりは、質の良い鉱石が出ることで有名ですから、これらも相応の働きをしてくれるかと」
ステリアが静かに続ける。宝石を傷つけて魔法を使う――とはいえ、美しい輝きを放つ宝石達を傷つけるのは、中々、わかっていても難しい。フェリクスから渡された指輪だって、出来れば傷つけずにずっと持っていたいくらいだ。
……まあ、共に魔法を使うのにフェリクスからの指輪を使ったとして、傷が付いた後も、持ち歩くつもりではあるのだが。
「――渡してこようかな」
「はい。午前中、フェリクス殿下は執務室にいらっしゃるかと。急ぎの用事は無いと聞き及んでおります。星の季節は、緩やかな時期ですから」
「良かった。ちょっと行ってきますね」
ステリアが腰を折る。「それまでに、私は軽食をご用意しておきますね」と囁くのに頷いて、奏はフェリクスの執務室へ向かった。
もう既に道は歩き慣れていて、目を瞑っていてもフェリクスの執務室に訪れることが出来そうだ。――ここへ来て、もう半年近く経つのだから、当然とも言えるかも知れないが。
月日が経つのは早い。――半年、と心の中で繰り返して、奏はそっと首を振る。あとどれほどの年月を、奏はここで過ごすことになるのだろう。
調べる限り、聖女が過ごす日にちはまちまちだ。一年ほどで帰る聖女もいれば、十年以上、ルーデンヴァールに腰を落ち着けていた聖女も居る。十年経った状態で現代に戻るのは、奏ならば中々に恐怖を抱くが、きっとその時の聖女は何をしても帰りたい理由があったのだろう。
急に来て、急に帰る。けれど、ここに残る聖女も居た。彼女達は一様に、「ここに居ると『選択』をした」と言っていたのだとフェリクスから聞いた。
選択出来るものなのだろうか。帰る時に――帰らない、と考えて、残ることが出来るようなものなのだろうか。奏には全くわからない。
だが、――その時が来るとして、まだもう少しだけ、先であってほしい、と思う。
考えている内に、フェリクスの執務室に到着する。扉の前の衛兵に声をかけると、室内に奏の来訪が告げられる。間を置いてどうぞ、という声が返ってきて、扉が開いた。
内部に足を踏み入れる。机に向かっていたフェリクスが、奏に気付いて相好を緩めた。
「どうしたの? 何か話したりないことでもあった?」
「話したりない、というか……、少しお渡ししたいものがあって」
「なに」
フェリクスは椅子から立ち上がると、奏の傍に近づいてくる。室内には数人の使用人が居て、フェリクスが「少し下がっていて」と声をかけると、彼らは腰を折って部屋から出て行ってしまう。
二人きりの時にしかフェリクス、と呼ばない、と言っているからか、フェリクスは奏と顔を合わせるといつも、室内に二人だけになるようにする。
「レンドリア辺境伯から届いたんですが――」
「ああ、指輪? 見たよ、細工も何もしていなかったし、手紙も問題無かったと思うけれど、何かあった?」
「これ、どうぞ」
そっと箱を差し出す。贈り物の横流し、のように思われるかもしれないが、もちろんレンドリア辺境伯には許可を取っている。
最初の依頼の文章も、ステリアに手伝ってもらって書いた。内容は簡単で、『頂いた宝石を指輪に加工し、フェリクス殿下に差し上げたいのですが、宜しいでしょうか』ということを、物凄く貴族的な流麗な文章で書いた。
――奏が、気を失い、寒さに震えていたあの日。
フェリクスは、ステリアに命じて、自室から魔法を使う為のアクセサリーをほとんど、持ってこさせたらしい。そうして、室内の防寒や、奏の体を温めたりすることに、ほとんど使ってしまったようだった。
三日間、甲斐甲斐しく奏の看病を重ねてくれたのだから、アクセサリーの消耗数だって伊達ではない。まだ暖かな季節だというのに暖炉に火をくべ、その火を絶やさないように、夜中、番をする。
そういった話を、奏はステリアから聞いた。フェリクスはそういったことを一言も口にしない。三日間、キミを看病したのは僕なんだけど? その恩を返してくれる? 夜中起きていたの、大変だったなあ、くらいのことは言いそうなのに、恩に着せるような言葉を、奏の前では一度も口にしなかった。
それこそ、体調が戻って良かった、顔色がいつもの色に戻って嬉しい、――元気になってくれて、安心した。そのような言葉を、何度も、何度も、口にした。
大きな魔法を使うための宝石というのは、手に入れづらい。だというのに、惜しみなくそれを奏に使い、そのことを一切口にしない。フェリクスはそういうところがあった。
なので、その分を補填する、というわけではないが、使った分を返す必要があるだろう、ということは前々から考えていた。
「どうぞって……、これはキミのだよ。僕に渡す必要は無い」
「いえ。――指輪、沢山使ってくれたって、聞きました」
「……ステリアか……」
フェリクスが静かに言葉を続ける。苦虫をかみつぶしたような表情で「良いよ」と首を振った。箱を押し返そうとするので、奏としても力を込めてフェリクスの方に押しつける。
「レンドリア辺境伯からはちゃんと許可も貰っているので……!」
「好きなようにしろって手紙に書いてあったのはそういうことか! 本当に良いから。僕が使いたくて使っただけだ。奏が絶対に気にするだろうから、何も言わなかったのに」
「教えてくれたステリアさんに感謝ですね!」
「そうだね! 後できちんと直々に話に行かないと!」
フェリクスが怒ったように言葉を続ける。――本当に行動に移しそうで、奏は苦笑を零す。
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