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20-2 星の季節
しおりを挟む「特別な日で、これから先もずっと一緒に居たいと思う相手と出かける日、ということくらいで」
「そう。……成り立ちは知らないんだね。元々、星の季節、十八日は、聖女の記念日なんだよ」
「聖女の……ですか? 一体どういう?」
「聖女が、グルシド男爵という貴族を助け、その貴族に求婚された日だ。――そして、それを受け入れた日でもある。それもあって、星の季節十八日は、これからも共に居たいと思う相手と出かけることが推奨されている」
滔々と紡がれる言葉に奏は瞬く。
フェリクスは先ほど、『嘘を吐けば、奏が自分と出かけてくれると思った』と言っていた。それはつまり、奏が行きます、と言えば、『じゃあ行こう』と笑顔で返してくれるような、お誘いだった可能性がある。
もしそうなら、フェリクスは、奏と『これからも共に居たい』と、思ってくれているのだろうか、なんて考えてしまって、奏は心中で首を振った。
いけない。本当に自惚れが激しい。もう少し客観的に自分を見なければ。
ともすれば頬が赤くなりそうで、奏はそっと手の平を顔に押し当てる。フェリクスは奏の様子を見て、間を置いてから、言葉を続けた。
「何をしているの?」
「いえ、すみません。気にしないでください」
「気になるよ」
フェリクスの表情がにわかに綻ぶ。嬉しそうに奏を見つめる瞳の視線が突き刺さるようで、なんとも恥ずかしくなってきた。
フェリクスは敏い。多分、奏が顔を赤くしかけているのにも、そしてその理由も、なんとなく察せられているような気がした。だからこそ、更に恥ずかしくなってくる。
見ないでください、と奏が続けると、フェリクスはふ、と息を零すように笑った。わかったよ、と視線を逸らしながら、上機嫌に言葉を弾ませる。
「……先ほどの話に戻るけれど、あの話にはあまり知られていない続きがある。聖女は元の世界に帰ってしまうんだ」
「それは……、あの、悲恋なのでは」
先ほどまで完全にハッピーエンドみたいな話だったのに、急にバッドエンドに舵切りしている。一体何があったというのか。奏は驚きながら、恐る恐る言葉を口にする。
もし悲恋で終わるとしたら、十八日に親しい相手と出かける人達がなんだか間抜けではないだろうか。いずれ別れるということを示唆されているようにも見える。
フェリクスは相好を崩した。
「そうだね。でも、グルシド男爵は、全く悲しんでいなかったようだよ。いや、悲しんでいる所を見せなかった、というのが正しいのかもしれないな」
「実は不仲だったりしたんですか?」
「いいや。そうじゃない。ただ、その時は……魔物も多く出ていたからね。グルシド男爵は、家令に『聖女が一番幸せである場所は、魔物に脅かされ、命を削りつづける、ここじゃない』と言い残していたらしい」
つまりはそういうこと、なのだろう。
聖女はグルシド男爵と結婚をして、家庭を築いた。だが、その当時のルーデンヴァールは、魔物が跋扈し、日々の命を脅かされるような場所だった。
聖女が元の世界に帰る日が来たとき、グルシド男爵はその手を放したのだろう。ここに居るより、元の世界に居た方が幸せで居られると、そう信じて。
多分、それまでに、何度も話し合って決めたことなのではないだろうか。残る、残らない、二つの選択を吟味して、そして、――聖女は、残らない方を、選んだ。
奏は息を詰まらせる。最近、奏以前の聖女について、考えることが多くなった。彼女達の選択、そしてそこに至るまでの経緯を、知りたいと思う。
知ったからといって、奏の選択に影響を及ぼすとは限らない。
ただ、今までにも、奏と同じような人達がいて、――同じような能力を得た人達が、辿った道筋を、知りたかった。
「相手を想うからこそ、手を離すことがある。そういう話だ。だからこそ、星の季節十八日は、大切な相手と出かける日だとされている」
フェリクスは言い切り、それから首を振った。
「まあでも、昔から親密な関係の相手と出かけることを推奨されているわけだけれど、僕が知らないだけで、もしかしたら今は友人同士で出かけている人達も多くいるかもしれない。結局の所、祭事というものは、人々に合わせて変わっていくものだから」
フェリクスの言葉に奏は頷く。確かに、成り立ちから意味を変えていく祭事というものは多い。
もしかしたら、今は友人同士で出かけることもある――というような日になっている可能性もあるだろう。
「そうなんですね。グルシド男爵の話、……一瞬、物凄く悲しく終わるのかと思いました」
「悲恋ではあるけれどね。グルシド男爵はその後、後妻をとることは無かった。そのせいもあって、貴族としての爵位は返上されているし、グルシド男爵という家系も断絶してしまっている。貴族は何よりも家名を継ぐことを優先とするものだから、グルシド男爵の終わりは悲劇とも言えるだろう」
フェリクスはそっと目を伏せた。ただ、と静かに続ける言葉には、僅かな羨望が滲んでいる。
「――そこまで相手を想うことが出来るのは、羨ましいことだと思うよ。グルシド男爵にとって、聖女は唯一の存在だった。居なくなった後も、幸せを祈り、彼女の席を空けてしまうくらいには」
「……」
「それで、どうなの?」
フェリクスが首を傾げる。どう、とは。話の流れが見えない。
奏が首を傾げると、「返事をもらっていないけれど」とフェリクスは続ける。
「返事? ですか?」
「出かけようっていう話だよ。どうする?」
「えっ。え? 本気なんですか?」
奏が声を上げると、呆れたようにフェリクスが表情を崩す。
「もちろん。嘘で誘うことはないよ。流石にそれは駄目だろう。人として」
人として駄目なことは既に色々している気がするが。奏は苦笑する。
「……でも、私と出かけたら、フェリクスは誤解されてしまいますよ。そうなったらご迷惑がかかるので」
「変装をすればいいだけでしょう。目さえ隠したら僕なんて目立たないよ」
「うーん……」
正直、目を隠していても立ち居振る舞いや所作からなんとなく高貴な方であるという察しが付くので、あまり意味が無いように思う。フェリクスは今すぐに、自分に対する認識を改めてほしい。
奏は首を振った。フェリクスは納得いかない、というような表情を浮かべる。
「そんなに嫌なの?」
「嫌というか……」
「――それにほら、僕も実は十八日に出かけたことはないから。相手もいなかったしね。それもあって、少し興味があるんだ」
まるで名案を思いついた、というようにフェリクスが続ける。
「だからこれは、お願い、でもあるのかもしれない。奏、僕と一緒に十八日に出かけよう。美しい街並みと星空を、キミに覚えてもらいたい。そしてその記憶に僕も入れて欲しいと思う」
静かに紡がれた言葉だった。だからこそ、本当に――お願いなのだろうな、ということがわかる。
フェリクスは以前、「覚えていて欲しい」と口にした。そして、「それが幼い頃からの夢だった」とも。誰かの記憶に残りたい、と強く願っていたフェリクスからすると、星の季節を体験したことがなく、なおかつフェリクスを覚える、と豪語している奏と共に過ごしたい、と思うのも、心の動きとして当然のものだった。
「本当に私で良いんですか? ……大切な人と出かける夜なのでは、無いですか?」
「実際、僕にとってキミは大切な人だし、キミにとってもそうでしょう? 何せキミを保護しているのは僕なのだから」
フェリクスは事もなげに言葉を続ける。確かに――そうではあるけれど。奏とフェリクスの関係性は、保護をする者とされる者である。奏が何かしたらフェリクスに責任を負う必要が出てくる以上、大切、という枠組みからは確かに外れないだろうが。
奏が何も言えずにいると、フェリクスは視線を揺らした。少し不安を滲ませたように、奏を見つめてくる。
「なに。……キミにとって僕って、大切じゃないの? そこらへんに捨てても良いようなゴミみたいな存在? それとも踏みつけにしても良い雑草とか?」
「いえ、あの、大切です。大切」
「そう。なら問題ないね。キミが断る理由も無くなった」
フェリクスは鷹揚に頷く。なんだか良い感じに言いくるめられたような気がする。
しかし、見つからないように変装する、と言っているし、奏も変装をしたら――多少は、問題ない、だろうか。これから先、誰かと――そう、誰かと、婚姻を結ぶフェリクスの、迷惑にならないのであれば。
「ご迷惑をおかけしませんか?」
「心配性だね。しないよ。だから誘っている。気になるなら、変装の際は魔法を使おう」
ここまで言葉を尽くされて、断るわけにもいかないだろう。
それに、――奏も、もし許されるなら、フェリクスと共に美しい夜空を見に行きたかった。
フェリクスが奏に覚えていて欲しい、と思うのと同じように、奏もフェリクスに覚えていてほしいと思う。
「……わかりました。フェリクス、良かったら、私とお忍びデートしませんか?」
「ふ。あは。うん。しよう。十八日に、ね。――ありがとう、奏」
少し冗談めいた口調で奏が言葉を続けると、フェリクスも同じように笑みを零しながら言葉を続ける。
結局の所、奏はフェリクスのお願いに弱いのかもしれない。当日は絶対に、そう、フェリクスの未来を傷つけることが無いような完璧な変装をしなければ、と決意をしながら、奏は食事に手を伸ばした。
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