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20-1 星の季節

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「星の季節が巡ってまいりましたね」

 朝、ステリアが奏の髪を整えながら、言葉を弾ませる。櫛で柔らかく毛先から髪を梳きながら、「聖女様は星の季節についてご存知ですか?」と首を傾げた。
 奏は瞬く。暇な時に、フェリクスが用意してくれた本をいくつか完読したが、星の季節に関して何か書かれていた覚えは無い。強いて言えば、今日から奏は謹慎が解かれ、城下へ行くことが出来るようになった、というくらいだろうか。
 ちら、と視線だけをステリアに向ける。

「何かあるんですか?」
「はい。――星の季節は、恋人達の季節とも言われている季節なのです。この時期は、ルーデンヴァールにおいて、一番夜の深い季節と呼ばれています」

 夜の深い季節。紡がれた言葉を奏は脳内で反芻する。どういう意味なのだろうか。
 鏡越しに奏はステリアを見つめる。ステリアは器用に指を動かしながら、ゆったりとした口調で言葉を続けた。

「この季節の間、ルーデンヴァールは夜を迎えるのが早くなるのです。星が空に昇る時間が長いことから、星の季節――と。夜が長いので、街もこの季節だけ、夜を美しく飾るんですよ」
「へえ……、見てみたいです」
「是非。城下でも城内からでも、美しい空と色とりどりに飾られた街並みが見られるかと」

 つまりは、イルミネーションみたいなものが夜に街を飾る、ということなのだろうか。
 現代ならばともかく、ルーデンヴァールには電気という概念は無い。基本的にそういった科学的なものは、魔法が成り代わるようにして存在している。なので、イルミネーションと言っても、ルーデンヴァールでは街を飾るのは魔法によって作られた何か、なのではないだろうか。

 考えると興味が湧いてくる。魔法で彩られた街、一度くらい見てみたいものである。ステリアが勧めてくるくらいなのだから、きっと綺麗なのではないだろうか。

「ちなみにですが、星の季節十八日において、夜、誰かと共に出歩く――というのは、とても特別な意味を持っているんですよ」
「特別な意味、ですか? なんでその日だけ?」
「はい。――これからも共に在りたい、という相手を誘う日であると言われています。それもあって、誘う相手は親密な相手が多いのだと。実は、これは以前、ルーデンヴァールを訪れた聖女様に関係していて……、いえ」

 ステリアはそこまで口にして、それから口を噤んだ。息を零すようにして笑い、「良ければ、フェリクス殿下にお尋ねになってください」と囁く。
 物凄く気になるところで会話が切られてしまったような気がする。ええ、と思わず声を上げて、奏は首を振った。

「そもそも、ステリアさんはともかく、フェリクス殿下が私にきちんと教えてくれるとは……」
「いえ、嘘は吐くかもしれませんが……、すぐに、必ず真実を教えて頂けると思いますよ」

 ステリアは言い切る。どうしてそんなに自信があるのだろうか。

「ステリアさん、私がフェリクス殿下にたくさん嘘を吐かれているの、知ってるのに……?」
「それでも、です。もし嘘を吐かれたと思ったら、聖女様も嘘を吐きかえしてみてはいかがでしょう? 恐らく、とても慌てて直ぐに真実を口にするかと」

 柔らかな微笑みと共に告げられた言葉に、奏は呆ける。
 ――ステリアがフェリクスのことを大切に思っている、というのは、今までの関わりの中でなんとなく察する所だ。
 だからこそ、嘘を吐かれたら吐きかえしてみては? なんて、奏を唆すようなことを言うとは、思いも寄らなかった。
 奏の表情に気付いたのか、ステリアは息を零すようにして笑う。

「フェリクス殿下は、お心を隠すのがお上手ですから。こういうときにこそ、素直になっていただかないといけません」
「……素直になりますかね?」
「ええ、絶対に」

 ステリアの手が、奏からそっと離れる。寝間着から、室内着のような滑らかな質感のドレスに着替え終わった頃には、朝食の時間が近づいてきていた。
 行ってきます、と声をかけると、ステリアは流麗な所作で礼を取る。開いた扉から、食堂までの道のりを歩みながら、奏は首を傾げた。

 今まで、フェリクスが直ぐに真実を教えてくれたことはあまりないように思う。
 今回も多分、奏に嘘を吐いて、奏が勘違いしてわあわあ言うのを楽しそうに見てきて終わるのではないだろうか。
 考えながら歩いて行く内に、食堂に到着する。中に入ると、先んじて椅子に座っていたフェリクスが奏を見て相好を崩した。

「おはよう、奏」
「おはようございます。……毎回私遅れてませんか? すみません。次はもっと早く来ます……!」

 なんだか、いつ来ても絶対にフェリクスが先に居るような気がする。これでも出来る限り朝食の場には早めに来ているのだが、フェリクスは更に早めに来ているのかもしれない。
 申し訳なさを覚えながら謝罪を口にすると、フェリクスは首を振った。

「いいよ。そんなに待っていない、僕も今来た所だから。――それより、星の季節が巡ってきたね」
「そうですね。もう私、城下へ行ったりしても良いんですよね」
「もちろん。良いよ。ただ、あまり過信して行動しないようにね。体調が悪くなったり、違和感を覚えたら直ぐに護衛騎士に助けを求めることを約束して」
「――約束します」

 心配性だな、と思うが、奏ももし、目の前でフェリクスが倒れるなんてことがあったら、同じように口出ししてしまうかもしれない。
 ただ、そういったことになる前に、フェリクスが体調悪そうにしていたら、多分、奏は聖女の力を使うだろう。フェリクスは絶対に助けを求めてこないだろうから、尚更だ。

 ――あんなにも、差し出された手を選ぶことに恐怖を抱いていたというのに。なんだか肝が据わってしまったような感覚がある。
 でも、実際、奏の考えはずっと変わっていない。奏のことを、物扱いをする相手には、使いたくない。――けれど、人として見てくれて、きちんと奏と対話してくれる相手には、使いたい。ただ、それだけだ。

「星の季節は夜が長いって聞きました。それと、夜が長いのもあって、街中が綺麗に彩られるのだとか」
「ああ――ステリアから聞いたの? それとも本を読んだ?」
「ステリアさんから。少しだけ」

 奏は頷いて返す。フェリクスは口元に手を寄せて、それから奏を見つめた。
 探るような視線だ。――からかおうと考えている、一歩手前の顔、といっても、過言では無い。

「そう。夜がとても綺麗に彩られるんだよ。中でも十八日は星の輝きが増す日と言われていて……、実際、とても美しいんだ。城内からしか見たことが無いけれど、記憶に強く残るくらいには」
「そうなんですか……気になります」
「そう。――見に行く?」
「え?」
「連れて行くよ。魔法を使って、空から眺めるのも楽しいだろうし、キミが望むなら徒歩で街を歩くのも良い。十八日は友人同士で出かけるのが良いとされているからね」

 奏は瞬く。――十八日に、外に出るのを、恐らく誘われているのだろう。
 だが、ステリアは、十八日の夜、共に外を歩く相手とは、特別な意味を持つ、と言っていた。これから先も共に居たい相手を誘うのだと。
 なので、十八日に外へ出かけたら、確実にそういう目で見られるようになるだろう。つまり、この二人は親密で、更にこれから先も共に居たいと思って居るのだな、という誤解を招くはずだ。間違っても友人同士で出歩く場面では無い。

 ――多分、この誘いは、からかいのようなものなのだろう。もしここで、奏が行きたいです! と答えたら「冗談だよ、君、十八日に出歩く意味知ってる? 二人で出かけたら勘違いされるから気をつけて」とからから笑いながら返してきそうだ。想像が出来る。

 奏は息を詰まらせる。そうして、先ほど言われたステリアの言葉を思い出した。
 そう、嘘には嘘を、からかいにはからかいを返す!

「――いえ、じゃあ、ステリアさんと一緒に出かけようかなあと思います!」
「……え?」
「ステリアさんは私がここに来てからずっと世話してくれていますし……同性の友達と言っても過言ではないですよね。ずっとお礼がしたかったので、良い機会なのかもしれません」

 奏が笑みを浮かべながら続けると、フェリクスは瞬いた。「ステリアには恋人が居るから」と早口に続ける。その表情が、いつもの余裕じみたものから崩れている。

「恋人と一緒に出かけると思うけれど」
「でも友人同士で出かけるのが良いってされているんですよね?」
「……、……」

 奏が首を傾げると、フェリクスはなんともいえない表情を浮かべた。

「……僕は?」
「フェリクス殿下もご友人と出かけられては?」
「なに。僕はキミの友人ではないとでも言うの?」
「友人ですよ、でも今回はステリアさんと行こうかなあと。楽しみです!」
「待って」

 フェリクスが慌てたように制止をかける。困ったように視線をうろつかせた後、観念したように息を零した。

「友人同士で出かけるのが良いと言うのは嘘だよ。ごめん。からかって……はないけれど、少し打算を考えた。そう言ったら、キミは僕と出かけてくれるだろうと思ったから」

 早口に言葉を続け、フェリクスは首を振る。それから、眉根を寄せて奏を見かけた。
 恨みがましさのある表情である。初めて見る表情だな、なんて思いながら、奏は思わず息を零して笑う。
 奏が笑ったことで、からかわれたことに気付いたのだろう。フェリクスは目を軽く見開いた。

「からかったの?」
「からかったというか……」

 嘘を吐かれたので、嘘を吐きかえしただけである。奏が笑い声を零すに連れて、フェリクスは首を振った。

「……ステリアの入れ知恵でしょう」
「ふふ。はい。嘘を吐かれたら嘘を吐きかえせ、って言われました」
「……僕、一応この国の第二王子なんだけど」
「もちろん、知っています。でも今、私の目の前に居るのは偉大なる『第二王子』じゃなくて、友人の『フェリクス』なので」
「……そう」

 フェリクスは首を振る。にわかにその頬を赤らめて、口元を隠すように手の平で覆うのが見えた。
 はあ、と吐息を零す音が耳朶を打つ。いつもからかわれてばかりの奏では無い。ちょっとくらい、そう、こういうときくらい、やり返しても良いだろう。
 ステリアも言っていたことだし。

 やり返した、という高揚感を抱えて笑みを深めていると、フェリクスは「他に何か聞いた?」と首を傾げる。奏は首を横に振った。
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