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17-1 力の代償

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 王城に到着し、程なくしてから、謁見室に向かう。
 既に場は整えられており、奏がフェリクスに連れられて室内に入ると、アレウスが豪奢な椅子に腰を下ろしていた。こちらへ、と呼ばれ、傍に向かう。
 アレウスの傍に立つような格好で待つのと、ほとんど時を置かずして、謁見室の扉がノックされた。アレウスが入れ、と声をかけると、扉が開き、精悍な男性が中へ入ってくる。

 騎士の大会で優勝をした、カヴァリロである。大会の際に着用していた衣服を着替えたようで、今は紺色を基調とした礼服を身につけている。カヴァリロはゆっくりと奏たちの傍に足を進めると膝を折って、頭を下げた。

「顔を上げると良い。勝利を勝ち取り、名誉を示した貴殿に、ルーデンヴァール王家が一つ望みを叶えよう。望むことを言うと良い」

 ゆったりとした速度でアレウスが言葉を言い切る。カヴァリロは緩慢な仕草で顔を上げ、アレウス、フェリクス、そして奏へ順繰りに視線を向ける。
 目線の先を奏に留めたまま、「ありがたき幸せです」と囁いた。男性らしい、少し低い声音だ。

「――私の望みは決まっています」
「申してみろ」

 カヴァリロは顎を引くようにして頷き、「聖女様のお力をお借りしたいのです」とだけ口にした。

「私の主君、レイナルド・レンドリア辺境伯が、ノヴァリアを治めていることはご存知かと思われますが、緑の季節、そのご子息が、禁足地に立ち入ってしまいました」

 カヴァリロは首を振る。「無論、禁足地への立ち入り、そしてそれに生じた呪いは、自業自得であると言われればそうであるかもしれません」と囁く。

「ですが、ご子息は――軽々に禁足地へ足を踏み入れるような方ではありません。それだけは確かなことで……誰もが、ご子息の回復を祈り、日々を過ごしております。どうか、お力をお貸し下さい」

 アレウスがふむ、と頷いて奏を見る。奏は静かに視線をアレウスへ投げかけた。
 ロバート・デュモル伯爵も、呪いを受けた、と口にしていた。だが、呪いに侵されているとはいえ、話もままならない――というような状況ではなかったはずだ。
 恐らく、禁足地に踏み込むにしても、呪いの程度があるのかもしれない。フェリクスも、呪いについて説明をする時に「辺境は魔物との戦いが激化していたから、魔物の汚染がいつまでも無くならない」と口にしていた。

 王都にも禁足地はあるが、魔物による汚染は長い年月をかけて、少しずつ薄くなってきているのかもしれない。そういった汚染の程度によって、呪いの強さが変わるのであれば、カヴァリロの言うご子息の呪いは、酷く体調を悪くするもの、なのだろう。

 ならば、奏のすることは決まっている。元々、アレウスからも手を貸して欲しいと言われていたのだ。今更、言葉を翻すわけにはいかない。

「私は大丈夫です、私の力でどうにかできるなら、手を貸します」
「――聖女様」

 カヴァリロが瞬く。その瞼が震え、虹彩が揺れながら奏を見つめた。泣き出しそうだ、と思う。それほどまでに、彼の主君、その子息の状況は逼迫しているのだろう。
 ――それを考えると、今日、大会に参加した騎士達は、きっと同じように並々ならぬ思いを抱いていたはずだ。それなのに、奏はその中から一人だけしか救うことが出来ない。

 無力感のようなものがじんわりと背筋に滲む。フェリクスが、奏を横目に見て、囁くように「奏」と名前を呼んだ。そっと、背中に指先が触れる。
 敏い人だ。だから、多分、奏の心の動きにも気付いたのだろう。優しく言い含めるような声音に、奏は息を吐く。

「ありがとうございます……!」

 カヴァリロは頭をぐっと垂れるようにして感謝を告げた。

「……ご子息はノヴァリアに居るのか?」

 フェリクスが静かに言葉を続ける。やけに冷たい声音だった。フェリクスからしたら、奏が優勝景品のようになる状況は今も尚、受け入れがたいものなのだろう。カヴァリロは首を振る。

「ルーデンヴァールの別邸におられます」

 フェリクスが瞬く。感情を根こそぎ削り落としたような顔で、フェリクスはカヴァリロを見つめた。
 その目が、決着が着く前から重病人をどうして領地ではなく王都近くに連れてきたのだ、という懸念のようなものが見える。

 アレウスが弟の様子を見てか、フェリクスが何かを言うよりも先に「もし勝てなければどうするつもりだったのだ」と笑った。
 確かに、もし負けてしまえば、呪いに蝕まれている人を辺境からわざわざ王都近くまで輸送し、何もせずに帰る、ということになっていただろう。

 準備が良すぎる、という言い方もおかしいかもしれないが、負けてしまえばその分負担だけを強いる形になる。
 アレウスの言葉に、カヴァリロは瞬く。そうして、静かな声で言葉を続けた。

「勝て、と命じられました。なれば、騎士として、勝つ以外に選択がありましょうか」

 ――一瞬、物事の裏を考えてしまいそうになって、奏は首を振った。カヴァリロは、勝つ自信があったのだ。恐らく、このルーデンヴァールにおける全ての騎士よりも自分が強いという自認があった。だからこそ、無理をおしてでも子息を連れてきたのだろう。

「素晴らしい自信だな……いや、自信、ではないか。現に貴殿が騎士の中で一番秀でているのだから」
「過分なお言葉です」
「よい」

 アレウスは手を振る。一刻を争うような人が、ルーデンヴァールの領地内で、苦しみながら助けを待っている。
 ならば、奏がすることは一つだ。

「……アレウス殿下、フェリクス殿下、私はこのまま直ぐに向かっても大丈夫でしょうか?」
「よろしいのですか?」

 カヴァリロが声を上げる。制御出来ずに出てしまった、とでも言うような声音だった。
 騎士からしたら、聖女がすぐに動いてくれるものだとは思っても無かったのかも知れない。フェリクスが瞬く。そうして、「僕も着いていくよ」とだけ続けた。

「兄上。ステラ様によろしく伝えておいて」
「――ああ、わかった。良ければまた機会を持とう」
「ありがとうございます……! すぐにご案内いたします」

 直ぐにカヴァリロは別邸の住所を口にする。
 フェリクスが頷く。奏、と名前を呼ばれて、奏も同じように頷いた。差し出された手を取る。
 行きましょう、と囁くと、フェリクスは一瞬、痛むような顔をする。ごめん、と囁くような声音は、きっと奏にしか聞こえていない。だからこそ、奏は笑みを浮かべて返す。

 フェリクスが謝ることなんて一つも無い。まるで奏に起こる全てのことを、自分の罪だと思って居るかのようだ。

「大丈夫です。行きましょう。フェリクス殿下が着いてきてくれるなら、私も心強いです」

 繋いだ手に力を込める。フェリクスは何も答えなかったが、奏の手を握り返してくれた。
 それで充分だった。


 カヴァリロの先導のもと、レンドリア辺境伯の子息が居るらしい、別邸に到着する。
 爵位の高いもの、かつ、ルーデンヴァールから離れた場所に住んでいる貴族たちは、王都内に別邸を構えることが多い。恐らく、この屋敷もそうなのだろう。

 格調高い内装は、手入れが行き届いており、丹念に人の手が入れられている。どうやら屋敷内の清掃のためか、使用人の姿がちらほらと見える。彼らは一様に、奏を見るとほっとしたような、泣きそうな顔をした。

 柔らかなカーペットを踏みしめて、カヴァリロに促されるようにして二階にある一室に入った。
 内部は、暗かった。恐らく意識的に灯りを落とされているのだろう。扉を開けた瞬間に、むわ、と室内の香りが滲んで来る。
 甘いような、――酸っぱいような、形容しがたい匂いだ。
 奏が何か反応するより先に、フェリクスが息を詰まらせる。

「こちらです」
「――待って」

 カヴァリロが率先しようとするのを、フェリクスが止める。
 奏の手を取り、「少し話したい」と続けた。

「時間はあまり取らせない。騎士カヴァリロ、多少時間を頂いても?」
「それは――もちろん、大丈夫です。今日中に聖女様のお力添えを頂けることこそが、僥倖ですから。何時間でも待つことが出来ます」
「そこまでは待たせない。聖女様、少し良いかな?」
「……なんでしょう?」
「こちらへ」

 言いながら、フェリクスはそっと微笑み、奏の手を取る。先ほど歩いてきた道のりを遡り、屋敷の外に出て少し歩いた所で、「やめたほうがいい」と静かに告げる。
 何を、とは言うまでもない。浄化を、だろう。

「……どうしてですか?」
「僕はキミに負担をかけさせないように、騎士の大会の優勝者に対する浄化の程度を書類にまとめて、兄上に出していた」
「……」
「今回の件は、おおよそその枠から離れている。――多分、僕を治した時とは比にならないほど、奏の体温を奪うよ」

 フェリクスは奏を見つめる。真摯な瞳だった。どこまでも――どこまでも、奏のことを心配しているような目だ。

「兄上はゆくゆくは王になる。だからこそ、今回のようなことで待ったをかけることが出来ない。古くからの慣習に基づいた契約を、一存で破ることは出来ないからね。けれど僕は、違う。僕はキミを保護する役目がある。その上で言う。やめた方が良い」
「……」
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