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16-1 呪い

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 騎士の大会、二日目が始まる。
 昨日と同じく、フェリクスと共に会場に向かい、奏は椅子に腰を落とした。
 ちら、と横目でフェリクスを伺う。フェリクスはすぐに奏の視線に気付き、美しい虹彩を奏と合わせると、柔らかく微笑む。全く普段と変わらない。

 耳元でキスまがいのことをされた。奏は本当に驚いて、夜も中々寝付けなかったのに、フェリクスは全くそうではない様子だ。
 それを見ていると、なんだか昨日ベッドの上で煩悶していた自分がとんでもない道化のように思えてくる。フェリクスからしたら、昨日のことなんて、次の日に一切影響を与えないものだったのだろう。

 ちょっとずるい、と思ってしまって、奏は首を振った。
 いや、ずるいってなんだ。何を考えているのだろうか?
 奏はそっと息を零す。とにかくもう忘れよう、と出来る限り椅子の端に座っていると、フェリクスが笑った。

「なんでそんなところに座っているの。もしかして椅子の使い方知らない?」
「知ってます、けど……!」

 出来れば距離も置きたい、と思いながらずりずりと椅子を動かす。だが、それを押しとどめるように椅子が浮いて、フェリクスの椅子の傍に奏の座っている椅子が移動をした。
 昨日と同様、近い距離である。

「一緒に見よう。今日はこの後、授与式もあるからね」
「授与式……」
「そう。――優勝した騎士に、望むものを捧げる式典だ。試合が終わった後、王城で話を聞く手はずになっている」

 授与式。紡がれた言葉を反芻して、奏は頷く。

「その後は、ステラ様もいらっしゃるから、兄上と晩餐会がある。もちろんキミも参加するんだよ」
「私も!?」
「そう。ステラ様も、奏を気にされているみたいだから」
「私を……?」
「そう。聖女が現れたのは、百数十年ぶりだからね。生きている間に見られるのなら、見てみたい、ということなんだろう」

 フェリクスは言葉を続ける。なるほど、『奏』ではなく、『聖女』に興味があるのだろう。

「でも……、アレウス殿下の婚約者の方に会いたいと思って頂けるなんて、光栄ですね」
「そう? ステラ様は……なんというか、本当に国のために行動される方で……、……行動に、思い切りがあるというか。だから、奏のことも気に入って、浚おうとするかもしれない」
「さ、……さらうって……」

 とんでもない言葉が零れ落ちているような気がする。人を浚うような人なのか。
 思わず呆けて、奏は笑う。――先ほどまで胸の奥で渦巻いていた、なんとも言えない気まずさが払拭されていくような気がする。多分、気のせいでは無いのだろう。
 フェリクスは多分、そういった奏の気まずさを察して、話題を選んでいるのではないだろうか。
 奏はフェリクスを見つめる。フェリクスは昔を思い出すように相好を崩した。

「兄上も、よくステラ様に浚われそうになっていた」
「なんだか聞いているだけで凄い方に思えるんですけれど……」
「凄い方だよ。僕も幼い頃から、何度かお会いしたことはあるけれど……」
「――フェリクス殿下の、幼い頃」
「うん。気になる?」

 フェリクスが笑う。今では飄々とした態度を取るフェリクスだが、幼い頃はどうだったのだろう。
 流石に幼い頃から、今みたいに嘘を吐いたり笑ったりするようなことは無いと思うが。幼い頃の姿が想像出来ない。

「少し……」
「そう。――幼い頃は、兄上と似ている、とよく言われていたな」
「アレウス殿下と?」
「そう。信じていないね。まあ、成長するにつれて、そう言われることは無かったんだけど。髪の色も目の色も似ていたから」

 紡がれた言葉に呆ける。髪はともかく、目の色も、似ていた――とは、どういうことだろう。
 アレウスの目は赤色だ。だが、フェリクスの目の色は、金色と緑のグラデーションがかった色をしている。似ている要素が全く無い。
 聞いて良いのか、悪いのか。少しだけ考えて、奏は心中で息を吐く。

 フェリクスがそれ以上言葉を連ねない。ということは多分、聞いて欲しくないこと、なのだろう。
 なら、奏は無理をしてそれを聞かない。いたずらに問いかけて、フェリクスを傷つける可能性があるからだ。

「そうだったんですね。今は……なんというか、アレウス殿下って格好良い系で、フェリクス殿下は美人系ですもんね」
「……美人系って。何? 初めて言われた」

 フェリクスが笑う。目元を緩めて、喉を鳴らすようにして微笑む姿は、まさしく美形のお兄さん、という言葉が似合う。
 美人系、という描写は間違っていないように思う。幼い頃はとんでもない美少年だったのではないだろうか。

「……目の色のこととか、聞かないんだ」
「聞いて良いなら聞きます。でも、話さなかったってことは、聞いて欲しくないんだろうなって思って」

 じっと視線を合わせて返す。フェリクスは眦を赤くして、困ったように笑った。

「……聞いて欲しい、と、思ってしまっているのは僕の方かもしれないね。奏には、……僕に関する、沢山のことを知って欲しいと思う。欲が出てきてしまっているみたいだ。僕は自分が思うより、面倒くさい男だったのかもしれない」
「今更では?」
「聞き捨てならないな。最近は確かに面倒くさいかもしれないけれど、奏と会ったばかりの頃は全然面倒くさい男じゃなかったと思うけど」

 どうだろう。そもそも初っぱなから嘘吐いて喜んでいたのだから、中々に面倒くさい男なのではないだろうか。
 そう思うが、口にするのは控えた。奏にも大人としての良識というものがある。
 だが、口を噤んだことに何かを感じ取ったのか、フェリクスの手が伸びてきて、奏の頬に触れる。すり、と軽く撫でるようにしてつねられて、直ぐに離れていく。

「キミの保護監督責任者は僕だよ。キミは一度僕に対する敬意というものを学ぶ必要があるみたいだね。今度教えてあげるよ、つきっきりで、朝から晩まで」

 そういうところ――!
 奏は苦笑を零す。そうしてから、つねられた分はやり返してやろう、と手を伸ばした。すり、とフェリクスの頬に触れると、眦が赤くなる。白い肌が濡れたように朱を佩いて、少しばかり艶めかしさを覚える。
 すり、と撫でてから、軽く頬をつまみ、直ぐに手を離す。フェリクスがつねられた部分を指先で撫でた。そこに残る熱に、触れるように、優しく。

「何? 嫌なの?」
「さすがに朝から晩までは嫌ですね……」

 奏は頷く。朝から晩まで礼儀指導とか、出来る限り避けたい。奏の在籍していた会社ですらマナー講習は二時間ほどで終わったというのに。
 思わず苦笑を零し、奏はフェリクスを見つめた。
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