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本編

初夜ー1 初めまして、添い寝屋です

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初夜ー1

今、この人、異世界で添い寝をしろって言った?

意味のわからない状況に頭を抱える俺に申し訳なさそうな顔をしながらも、キリノは話を続ける。

「私の主ーーグランは異世界のとある国で国王をしているんですが、仕事が忙しいせいか不眠症になってしまいまして。色々な方法を試してみるも上手くいかず、たまたまこちらへ出張に来ていた私が御社のサービスを見つけ、依頼したのです。ーー異世界転移に対する追加料金もお支払い致しますので、お願いできないでしょうか」

「待って待って待って。色々聞きたいことあるんですけど、不眠症って添い寝で治るんです? ちゃんと病院行ってカウンセリングとか受けた方が」

寝つきが悪いレベルの人なら対応したことがあるけど、本格的に患っている人が俺が添い寝したぐらいで症状が改善するとは思えない。

「一番にそこを気にされるんですね。一応、医師にはかかってるんですが、なかなか改善しなくて。で、医師の薦めもあり、誰かに添い寝をしてもらうのはどうかと。もちろん、主が眠らなくても正規料金をお支払い致しますし、文句をつけることもありません」

「専門家にかかってるなら安心です。じゃあ、今夜はできるだけリラックスしてもらって無理やり眠るんじゃなく休んでもらう、くらいの感じがいいですかね?」

無理に眠ろうとするとかえってストレスになりそうですし、というとキリノは安堵したように息を吐いた。

「そういう感じでお願いします。他に何かご質問はありますか」

「グランさん、グラン様? は国王様なんですよね? 俺、敬語があんまり得意じゃなくて。それでも大丈夫ですか。ていうか、日本語通じますか」

失礼だと怒らせて打首なんて事態は絶対に避けたい。

「問題ありません。日本語は通じますし、とても大らかな方ですのでーーそれより、異世界とか国王とか、自分で話していてなんですが、すごく怪しいですよね。私の話を信じて頂けるんでしょうか」

確かに突拍子もない話だ。でも。
キリノにじっと目を見つめられながら訊かれたので、逆に問い返した。

「嘘なんですか?」

「いえ、事実です」

この人が嘘をついているとは、思えない。

「じゃあ、信じますよ。ていうか、最初から疑ってないです。俺、人が嘘ついてるの、なんとなく分かるんで。悪意に敏感っていうか」

ブラック企業に勤めたお陰で身についた処世スキル。どんなに取り繕われても悪意を持った人やヤバい人は目を見れば勘づく。
このアルバイトを始めてからも何度か役に立った。そんな話をするとキリノは。

「本当ですか?」

「俺の話は信じてくれないんですか?」

「いえ、失礼しました。信用させて頂きますーーでは、行きましょうか」

「どこへ?」

「もちろん、異世界へ」

そう言ってにっこりと微笑んだキリノに連れてこられたのは、駅近くの公園内に設置されたトイレ。設置後間もないのか、嫌な匂いもなく清潔そうだ。

でも、俺たちは異世界へ行くんじゃなかったのか。

「って、ここってトイレですよね」

「はい。この掃除用具入れの扉を私が開くと、異世界へ行けます」

「魔法陣的なのが地面から浮かび上がるのかと思っていたんですが」

「ああいう演出も素敵だなとは思うのですが、普段使いには向かないんですよ」

言いにくそうにキリノが異世界転移事情を教えてくれた。
確かにいちいち魔法陣描くのも大変だし、光が出たらそれだけで何事かと騒ぎになってしまう。
トイレの掃除用具入れっていうのが情緒に欠けるけど、目立たないし実用的かもしれない。

「言い忘れておりましたが、帰りは陛下ーーグランがどちらへでもお帰りになりたい場所へお送りいたしますので、ご安心ください」

何そのどこでもドア仕様。

「めっちゃ便利ですね。助かります」

そんな話をしながらキリノがドアを開けると、そこは本当に用具入れではなく、執務室みたいな本棚とテーブルセットが置かれた部屋が見えた。先導するキリノに続いてドアを抜ける。

「ここが異世界ですか」

「はい、界渡りの間です。ーー陛下の私室はこちらの先です」

そう言うキリノと部屋を出ると長い廊下が続いていた。突き当たりには、重厚な両開きの扉が鎮座している。
その扉の前で止まると、キリノはコンコンっとノックした。

「キリノです。ーー陛下、お連れ」

しました、とキリノが言い終わらないうちに扉の向こうから低い声が響く。

『通せ』

せっかちな人かな。
このまま入ってもいいのかとキリノを見ると、困ったような微笑みを返される。

「トモルさん、私はついて入れませんので、この扉を開けて入ってください。ーー陛下をよろしくお願いします」

失礼しますと声を掛けながら扉を開くと、眉を顰めた綺麗な顔立ちの男性が澱んだ空気を纏って立っていた。
こっちを見る金色の瞳も力無く曇っているし、腰まで長く伸ばされた白銀の髪も手入れがされてないのか艶がない。

ブラック企業に勤めていた頃の自分と同じ表情をした国王陛下に言葉にできない気持ちが湧き上がる。

しばし、無言で見つめ合った後、大きく息を吸い、ゆっくりと話し掛けた。

「ご利用ありがとうございます。添い寝サービスひつじ屋のトモルです。本日はよろしくお願いします」

「トモル、か。私はグラン。この国の王だ。ーー今夜はよろしく頼む」
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