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第三章 ろくでなしのロク
18. 恐れ知らずな青ウサギ
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ホームルームの時間になっても、担任教師が現れないことを良いことにそこかしこで、昨夜の動画を眺めながら会話が白熱している。
浮夜絵師の活躍はいまでは日常茶飯事なことであるが、今回とりわけ大きく話題になっているのには、理由がふたつあるからだ。
ひとつは、やはり動画だ。最新技術を駆使した特別な隠密行動戦闘服が標準装備なほど、公安警察の極秘任務が多い浮夜絵師の映像は、普通出回らない。
おまけにリモートワークが社会に浸透し、働き手の通勤移動が最小限に抑えられているこのご時世、夜に好きこのんで外をほっつき歩く酔狂な人間もいないため、主な活動時間が夜間である浮夜絵師を目撃することも僅少である。
なので、今回のように彼らの一部始終がネット上に放置されていることは、とても珍しい。
いまの日本は、急激に治安が悪化している。六年前に世界を揺るがした感染症のパンデミックに乗じて、誰もがその存在を認めざるを得ないほど、落画鬼が増えたからだ。
特に最近では、女性を狙った連続通り魔殺人事件に落画鬼が関与している可能性が高く、捜査が難航していることなど、連日暗いニュースが飛び交っていた。
そんななかで拡散された青ウサギの動画は、多くの人がウィキやネットニュースでしか知り得ない浮夜絵師が、確かに存在していると再認識させ、希望を与えたのである。
もうひとつの理由は、現役の浮夜絵師たちがこれまで、あえて避けてきたことで、長いこと不在であった“青ウサギの浮夜絵師”が再び現れたことだ。
ウィキによると、浮夜絵師たちの隠密行動戦闘服は、日本最古の漫画『鳥獣戯画』に登場する動物たちがモチーフだけあって、デザインバリエーションも豊富だとある。
そして、装備の発光色は、浮夜絵師たちそれぞれの魂の色が反映されるため、在籍中のほかの浮夜絵師と見た目が被らなければ、モチーフは自由に選択できるのだそうだ。
現在は前任の死亡によって、青色の人間がウサギ装備を選んでも、なんら問題はない。
だが、かつての青ウサギは “伝説の浮夜絵師”だの、“史上最も影響力のある浮夜絵師”と評価された偉大な人物であるのだから、その装備に込められた期待と重圧は計り知れない。
畏敬の念から、例えどんなに優れた浮夜絵師でさえも袖を通すどころか、手に取ることすら到底できなかったことなのである。
だから、このなかなかの恐れ知らずな青ウサギの登場に皆、日本で一番売れているマンガ雑誌の新連載のように、沸き立ってしまうのも無理はない。
「実は、青ウサギの浮夜絵師が死んでなかった説」
「そりゃないっしょ……。伝説の青ウサギが現役だったのって、浮夜絵師が都市伝説扱いされてた頃よりもっと前……。たぶん俺らが生まれる前だろ」
ふと、生存説を唱える男子生徒に、もうひとりが自らのスマホを見せながら反論する。
「この動画、俺のスマホより画質悪いからはっきりわかんねーけど、青ウサギ、ガキっぽくね? 俺らと歳変わんなそ」
「そうだよなー。死んでなかった説なら、もっと歳いってるよなー……」
「新人だったとしても、ソロで活動するってどんだけよ」
下手したら、自分たちと同い年かもしれない浮夜絵師が、少し離れた大都会で命を張っている。想像するだけで、気が遠くなる思いだ。
そんな男子生徒たちの会話の間に、女子が飛び入り参加する。
「浮夜絵師って、三人一組のチーム行動が基本だって、ウィキに書いてあるもんね。神絵師は例外みたいだけど」
“神絵師”とは、浮夜絵師界において、トップに君臨するほどの事件検挙率を誇る凄腕の浮夜絵師を特別視した呼び方だ。
時に天候をも操るほどの絵心を持ち、圧倒的な画力で悪を挫くその姿。人々から賞賛され、尊敬を集める彼らはまさに神話に出てくる神そのものと言わんばかりの存在である。
「あーそれ“三原色”って呼ばれてるやつだろ。俺も前にググったことあるわ」
何度も何度も再生数を稼ぎながら、食い入るように青ウサギの浮夜絵師を見つめては、分析や考察を重ねるクラスメイトたち。
しかし、基本的に情報源がインターネットという彼らの知見の狭さでは、動画から得られる情報はあまり多くはなく、会話は堂々巡りになっている。それでもなお、やめられないのは誰かと常にこの話題を共有していないと情緒が維持できないからである。
それほどまでに、この映像は青少年たちにとって刺激が強かった。
緑光は、窓際に位置する自分の席で彼らに聞き耳を立てつつも、交ざりたい気持ちをぐっと堪えていた。誰とでも気さくに話せるタイプでないことも理由のひとつだが、それ以上に目の前のタブレット端末に表示された進路希望調査票、その一文字も書かれていない入力欄に、彼を解放する気がないからだ。
高校受験を控え、二週間あったはずの提出期限の半分を過ぎてもなお、それは真っ白である。
そもそも、“魂の色”が可視化された現代において、進路希望で悩む人間などまずほぼいない。
現にほかのクラスメイトたちは、各々にデジタル配布された進路希望調査票を遅くても一日、早い者では教師の説明が終わる前に送信ボタンをタップし、すっきりした顔をしていた。もちろん皆、適当にやっているわけじゃない。
生まれたときから、そう決まっているだけなのだ。
魂の色のおかげで、もう将来について深刻に悩む必要がない。素晴らしい社会なのだから。
そして緑光もまた、己の進むべき道を正確に理解している。
しかし、それを素直に入力しようとすると、なぜか手が止まってしまう。魂の色が導く答えを書くだけの簡単なお仕事が、彼にはどうしてもできなかった。
浮夜絵師の活躍はいまでは日常茶飯事なことであるが、今回とりわけ大きく話題になっているのには、理由がふたつあるからだ。
ひとつは、やはり動画だ。最新技術を駆使した特別な隠密行動戦闘服が標準装備なほど、公安警察の極秘任務が多い浮夜絵師の映像は、普通出回らない。
おまけにリモートワークが社会に浸透し、働き手の通勤移動が最小限に抑えられているこのご時世、夜に好きこのんで外をほっつき歩く酔狂な人間もいないため、主な活動時間が夜間である浮夜絵師を目撃することも僅少である。
なので、今回のように彼らの一部始終がネット上に放置されていることは、とても珍しい。
いまの日本は、急激に治安が悪化している。六年前に世界を揺るがした感染症のパンデミックに乗じて、誰もがその存在を認めざるを得ないほど、落画鬼が増えたからだ。
特に最近では、女性を狙った連続通り魔殺人事件に落画鬼が関与している可能性が高く、捜査が難航していることなど、連日暗いニュースが飛び交っていた。
そんななかで拡散された青ウサギの動画は、多くの人がウィキやネットニュースでしか知り得ない浮夜絵師が、確かに存在していると再認識させ、希望を与えたのである。
もうひとつの理由は、現役の浮夜絵師たちがこれまで、あえて避けてきたことで、長いこと不在であった“青ウサギの浮夜絵師”が再び現れたことだ。
ウィキによると、浮夜絵師たちの隠密行動戦闘服は、日本最古の漫画『鳥獣戯画』に登場する動物たちがモチーフだけあって、デザインバリエーションも豊富だとある。
そして、装備の発光色は、浮夜絵師たちそれぞれの魂の色が反映されるため、在籍中のほかの浮夜絵師と見た目が被らなければ、モチーフは自由に選択できるのだそうだ。
現在は前任の死亡によって、青色の人間がウサギ装備を選んでも、なんら問題はない。
だが、かつての青ウサギは “伝説の浮夜絵師”だの、“史上最も影響力のある浮夜絵師”と評価された偉大な人物であるのだから、その装備に込められた期待と重圧は計り知れない。
畏敬の念から、例えどんなに優れた浮夜絵師でさえも袖を通すどころか、手に取ることすら到底できなかったことなのである。
だから、このなかなかの恐れ知らずな青ウサギの登場に皆、日本で一番売れているマンガ雑誌の新連載のように、沸き立ってしまうのも無理はない。
「実は、青ウサギの浮夜絵師が死んでなかった説」
「そりゃないっしょ……。伝説の青ウサギが現役だったのって、浮夜絵師が都市伝説扱いされてた頃よりもっと前……。たぶん俺らが生まれる前だろ」
ふと、生存説を唱える男子生徒に、もうひとりが自らのスマホを見せながら反論する。
「この動画、俺のスマホより画質悪いからはっきりわかんねーけど、青ウサギ、ガキっぽくね? 俺らと歳変わんなそ」
「そうだよなー。死んでなかった説なら、もっと歳いってるよなー……」
「新人だったとしても、ソロで活動するってどんだけよ」
下手したら、自分たちと同い年かもしれない浮夜絵師が、少し離れた大都会で命を張っている。想像するだけで、気が遠くなる思いだ。
そんな男子生徒たちの会話の間に、女子が飛び入り参加する。
「浮夜絵師って、三人一組のチーム行動が基本だって、ウィキに書いてあるもんね。神絵師は例外みたいだけど」
“神絵師”とは、浮夜絵師界において、トップに君臨するほどの事件検挙率を誇る凄腕の浮夜絵師を特別視した呼び方だ。
時に天候をも操るほどの絵心を持ち、圧倒的な画力で悪を挫くその姿。人々から賞賛され、尊敬を集める彼らはまさに神話に出てくる神そのものと言わんばかりの存在である。
「あーそれ“三原色”って呼ばれてるやつだろ。俺も前にググったことあるわ」
何度も何度も再生数を稼ぎながら、食い入るように青ウサギの浮夜絵師を見つめては、分析や考察を重ねるクラスメイトたち。
しかし、基本的に情報源がインターネットという彼らの知見の狭さでは、動画から得られる情報はあまり多くはなく、会話は堂々巡りになっている。それでもなお、やめられないのは誰かと常にこの話題を共有していないと情緒が維持できないからである。
それほどまでに、この映像は青少年たちにとって刺激が強かった。
緑光は、窓際に位置する自分の席で彼らに聞き耳を立てつつも、交ざりたい気持ちをぐっと堪えていた。誰とでも気さくに話せるタイプでないことも理由のひとつだが、それ以上に目の前のタブレット端末に表示された進路希望調査票、その一文字も書かれていない入力欄に、彼を解放する気がないからだ。
高校受験を控え、二週間あったはずの提出期限の半分を過ぎてもなお、それは真っ白である。
そもそも、“魂の色”が可視化された現代において、進路希望で悩む人間などまずほぼいない。
現にほかのクラスメイトたちは、各々にデジタル配布された進路希望調査票を遅くても一日、早い者では教師の説明が終わる前に送信ボタンをタップし、すっきりした顔をしていた。もちろん皆、適当にやっているわけじゃない。
生まれたときから、そう決まっているだけなのだ。
魂の色のおかげで、もう将来について深刻に悩む必要がない。素晴らしい社会なのだから。
そして緑光もまた、己の進むべき道を正確に理解している。
しかし、それを素直に入力しようとすると、なぜか手が止まってしまう。魂の色が導く答えを書くだけの簡単なお仕事が、彼にはどうしてもできなかった。
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