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第二章 ペンは剣よりも強し
12. (物理)だけど
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青ウサギの少年は(せっかくいままでビルを傷付けない動きしてたんだけどな)とでも言いたげに、軽く肩をすぼめる。
どうやら、少年にとっても想定外。はじめて使った技だったのだろう。
この光景を見たら、『西遊記』の如意棒は実在したといっても、誰も否定したりはしないはずだ。
「“ペンは剣よりも強し”とは、言ったもんだな」
そう、少年が持っていたGペンが巨大化したのである。
自慢の毒牙ごと磔にされ、悔しそうにのたうち回る蛇。それにぶら下がったまま、なにが起こったのかいまだに把握できず、借りてきた猫状態の落画鬼本体。
少年はそれらを目の端に捉えつつ、彼自身もまた巨大化したペン軸に、片手のみで宙吊りになっている。そんな危険な状態にあるにも拘わらず、当の本人は、至って暢気な様子で付け加える。
「(物理)だけど」
もちろん、このことわざが本来の意味と違うことは理解している。しかし意のまま、伸縮自在に操れる最新テクノロジーを搭載した“文房具”とは名ばかり、ひとつ間違えれば世界を滅ぼすであろう代物なのだ。(皮肉たっぷりに)感心せずにはいられない。
そんな彼の様子から少し遅れて、やっと思い出したかのように怒り狂う落画鬼。牙を粉砕され、尾も封じられ……。落画鬼そのものの残る力は、虎の獰猛さ宿るバチクソ硬い爪のみ。
それを出し惜しみすることなく、腹立つほど少しも避けようとしない無防備な少年に飛びかかるも、リーチが足らないことも計算済みだったのだろう。
渾身の一撃は空を切り、その鋭い風の音だけが少年の髪を撫でた。
こうして見ても、少年が圧倒的な強者であることは明確だが、煽っていると捉えられてもおかしくない無防備な姿、範囲攻撃をギリギリで避ける肝の座りようは、死の意識に無頓着な子どもであるからなのか、それとも自身の強さへの自惚れからくるものなのか。
己が身の安全を一切、考慮しない危険な闘い方だった。
落画鬼は攻撃が届かないとわかっていても尚、馬鹿のひとつ覚えのようにくり返し飛びかかり続けている。その様は、ブランコで遊ぶデカブツのように滑稽だ。
「絶対殺すって感じだな」
この落画鬼には、「浮夜絵師は見つけ次第、その身がどうなろうとも必ず殺せ」と、そのライターの想いが描き込まれているのだろう。
落画鬼の強烈な執念に、それまで一切、無表情を崩さなかった少年は、初めて鼻を鳴らした。
「猿に鳥、蛇に虎……。思いつくもんぜんぶ盛れば、この俺に勝てるとでも?」
少年の言葉で、思い出したかのように四方八方から烏羽が襲いかかるのだが、街の底から逆さまに降り注ぐ、羽根の私雨がその軌道を奪う。伯林青色をした、にわか雨のことだ。
「センスがない」と、淡々と続けられる言葉は、もはや落画鬼そのものへ向けられていなかった。闘いはまだ終わっていないにも拘わらず、少年はこの化け物への興味を完全に失ってしまったのである。
暇を持て余すかのように、片手で身体をゆらゆら揺らす様は、鉄棒でなんとなく遊んでいる年相応の子どものようで。そもそも、世界を滅亡させるかもって物ですら、この扱いようである。
そんな少年の色のない瞳を、烏羽の羽柄が貫こうとした既の所で、少年は逆上がりついでに避けると、巨大化したペン軸の上に立つ。
相変わらず、何事もなかったかのように涼しげな表情を崩さない。
いくら巨大化したといえど、鉄骨一本分の幅があるかわからないペン軸の上でも少しもよろけることなく、片手にあった赤錆色の鏑矢と、そしてもう使い物にならないであろう壊れた弓に視線を落とす。
さっきは邪魔が入ったが、いまならイケるとでも思ったのだろう。少年は再び、外れた弦の先と短くなってしまった上弭を片手で握りしめ、片足を下弭に掛ける。
ピンと弦が鳴る。
その音に、身動きのとれない落画鬼はさっきまでの殺意はどこへやら、烏羽を一枚残らず自らの身に集約させ、防御一辺倒になる。七層にはなるだろうか。これまででいちばん分厚い、鎧のような壁が少年の前に立ちはだかった。
しかし無表情のまま、山鳥の美しい尾が用いられた鏑矢を向ける少年の前では、落画鬼がなにをしたところで、いっそ哀れに見える。
少年は、感情のない声色で「だからrkgk止まりなんだよ」と、この落画鬼を生み出した犯罪者を容赦なく批難しては、弦を引き絞った。
耳をつんざくような澄んだ弦音が闇を裂き、浮夜絵があれだけ苦戦していたものよりさらに分厚い、漆黒色の雲を一気に貫く。
「お前の敗因は、コンセプトがブレ過ぎたことだ」
落画鬼の断末魔は、ちょうど近くを通った最終電車の走行音に虚しくかき消されていった。
社畜女のスマホが垂れ流す、シャウト鳴り響くアウトロと共に……。
――浮夜絵師。
自ら思い描いたものを具現化させる力を持つ、特異な絵師たちの総称である。
夜空に、浮かばせるように描く“浮夜絵”を使役し、人間の力では到底太刀打ちできない、落画鬼討伐を可能にする唯一の存在。
その戦う姿から、いつしかそう呼ばれるようになった現代の英雄なのだ。
どうやら、少年にとっても想定外。はじめて使った技だったのだろう。
この光景を見たら、『西遊記』の如意棒は実在したといっても、誰も否定したりはしないはずだ。
「“ペンは剣よりも強し”とは、言ったもんだな」
そう、少年が持っていたGペンが巨大化したのである。
自慢の毒牙ごと磔にされ、悔しそうにのたうち回る蛇。それにぶら下がったまま、なにが起こったのかいまだに把握できず、借りてきた猫状態の落画鬼本体。
少年はそれらを目の端に捉えつつ、彼自身もまた巨大化したペン軸に、片手のみで宙吊りになっている。そんな危険な状態にあるにも拘わらず、当の本人は、至って暢気な様子で付け加える。
「(物理)だけど」
もちろん、このことわざが本来の意味と違うことは理解している。しかし意のまま、伸縮自在に操れる最新テクノロジーを搭載した“文房具”とは名ばかり、ひとつ間違えれば世界を滅ぼすであろう代物なのだ。(皮肉たっぷりに)感心せずにはいられない。
そんな彼の様子から少し遅れて、やっと思い出したかのように怒り狂う落画鬼。牙を粉砕され、尾も封じられ……。落画鬼そのものの残る力は、虎の獰猛さ宿るバチクソ硬い爪のみ。
それを出し惜しみすることなく、腹立つほど少しも避けようとしない無防備な少年に飛びかかるも、リーチが足らないことも計算済みだったのだろう。
渾身の一撃は空を切り、その鋭い風の音だけが少年の髪を撫でた。
こうして見ても、少年が圧倒的な強者であることは明確だが、煽っていると捉えられてもおかしくない無防備な姿、範囲攻撃をギリギリで避ける肝の座りようは、死の意識に無頓着な子どもであるからなのか、それとも自身の強さへの自惚れからくるものなのか。
己が身の安全を一切、考慮しない危険な闘い方だった。
落画鬼は攻撃が届かないとわかっていても尚、馬鹿のひとつ覚えのようにくり返し飛びかかり続けている。その様は、ブランコで遊ぶデカブツのように滑稽だ。
「絶対殺すって感じだな」
この落画鬼には、「浮夜絵師は見つけ次第、その身がどうなろうとも必ず殺せ」と、そのライターの想いが描き込まれているのだろう。
落画鬼の強烈な執念に、それまで一切、無表情を崩さなかった少年は、初めて鼻を鳴らした。
「猿に鳥、蛇に虎……。思いつくもんぜんぶ盛れば、この俺に勝てるとでも?」
少年の言葉で、思い出したかのように四方八方から烏羽が襲いかかるのだが、街の底から逆さまに降り注ぐ、羽根の私雨がその軌道を奪う。伯林青色をした、にわか雨のことだ。
「センスがない」と、淡々と続けられる言葉は、もはや落画鬼そのものへ向けられていなかった。闘いはまだ終わっていないにも拘わらず、少年はこの化け物への興味を完全に失ってしまったのである。
暇を持て余すかのように、片手で身体をゆらゆら揺らす様は、鉄棒でなんとなく遊んでいる年相応の子どものようで。そもそも、世界を滅亡させるかもって物ですら、この扱いようである。
そんな少年の色のない瞳を、烏羽の羽柄が貫こうとした既の所で、少年は逆上がりついでに避けると、巨大化したペン軸の上に立つ。
相変わらず、何事もなかったかのように涼しげな表情を崩さない。
いくら巨大化したといえど、鉄骨一本分の幅があるかわからないペン軸の上でも少しもよろけることなく、片手にあった赤錆色の鏑矢と、そしてもう使い物にならないであろう壊れた弓に視線を落とす。
さっきは邪魔が入ったが、いまならイケるとでも思ったのだろう。少年は再び、外れた弦の先と短くなってしまった上弭を片手で握りしめ、片足を下弭に掛ける。
ピンと弦が鳴る。
その音に、身動きのとれない落画鬼はさっきまでの殺意はどこへやら、烏羽を一枚残らず自らの身に集約させ、防御一辺倒になる。七層にはなるだろうか。これまででいちばん分厚い、鎧のような壁が少年の前に立ちはだかった。
しかし無表情のまま、山鳥の美しい尾が用いられた鏑矢を向ける少年の前では、落画鬼がなにをしたところで、いっそ哀れに見える。
少年は、感情のない声色で「だからrkgk止まりなんだよ」と、この落画鬼を生み出した犯罪者を容赦なく批難しては、弦を引き絞った。
耳をつんざくような澄んだ弦音が闇を裂き、浮夜絵があれだけ苦戦していたものよりさらに分厚い、漆黒色の雲を一気に貫く。
「お前の敗因は、コンセプトがブレ過ぎたことだ」
落画鬼の断末魔は、ちょうど近くを通った最終電車の走行音に虚しくかき消されていった。
社畜女のスマホが垂れ流す、シャウト鳴り響くアウトロと共に……。
――浮夜絵師。
自ら思い描いたものを具現化させる力を持つ、特異な絵師たちの総称である。
夜空に、浮かばせるように描く“浮夜絵”を使役し、人間の力では到底太刀打ちできない、落画鬼討伐を可能にする唯一の存在。
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