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21~29 異世界で実戦を経験するまで

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「……なんか浮かない顔ね?」


「うん。ちょっとね……」


 結局、さっきの視線が誰のものか最後までわからなかった。

 だけどは敵ではないような気がする。


「そういえば、さっき王様の側にいた騎士様たちって何者……? 他の騎士様たちとは明らかに雰囲気が違ったんだけど……」


「あの三人は特別だからね。これはもちろん家柄がっていう意味じゃないわよ。『魔法騎士団』に所属するエリートたちの中でも最強クラスの実力を誇る四人のトップエリートたち――――」


『ミラード・グリエンス』。

『ルイン・マートル』。

『アイリス・フィールド』。

『ジーク・ストレイン』。


「この国で彼らより強いのは賢者の称号を持つ私だけ。【王の国インぺリア】最強と名高い四人の『魔法騎士ルーン・ナイト』のうちの三人が壇上にいた彼らよ。ハッキリ言って、今のあなたじゃ足元にも及ばない存在だわ」


「……」


 ……だろうな。

 俺のにも、あの三人のステータスは映らなかった。

 おそらく、あの三人が強いだけじゃない。

 それだけ今の俺が弱すぎるんだ。

 実戦と訓練を積み重ねてきた彼らと平和な国でのんびり暮らしてきた俺とじゃ天と地ほどの差がある。

 俺は現状を見つめ直すため、その三人についてもう少し詳しく聞いてみた。


「……陛下の左サイドに立っていた金髪の青年を覚えてる?」


「うん」


「彼の名前は『ミラード・グリエンス』。若くして魔法騎士団の『騎士団長ナイト・リーダー』の座にのぼりつめた当代最強の魔法騎士ルーン・ナイトよ」


 金髪のセミロングに若々しく美しい顔立ち。

 メインの武器は2種類の両片手剣。

 状況に合わせて使い分けるのか、二刀流の剣士なのかはわからない。

 防具は強度と引き換えに全体の重量を抑えたバランス型。

 いかにも王道の騎士様って感じだな。

 当代最強ということは、彼が現時点における魔法騎士団の最高戦力であることを意味する。


「そんなに強い人がいるんだったら、俺なんかに頼る必要なかったんじゃない?」


「確かにミラードの実力は申し分ない。だけど勇者の資質に恵まれなかった彼は契約の儀を果たすことが出来なかったの」


「何でそこまで勇者の存在にこだわるのさ? ぶっちゃけ、魔王さえ倒せれば何でもいいんだろ?」


「魔王を倒すには聖剣の力が必要不可欠なのよ」


「だから、何で……?」


「あなたには言ってなかったけど、聖剣にはあらゆる魔力事象を破壊できる最強の『反魔力技能』アンチ・マジック・スキルが備わってる。強大な魔力を誇る魔王にとって聖剣の使い手に選ばれた勇者は唯一の天敵たる存在。私たちが勇者の存在にこだわるのはそういうワケ。どう、ご理解いただけたかしら?」


「……」


 なにかと嫌味な言い方するヤツだな……。

 今さら彼女の性格にとやかく言うつもりはない。

 しかし、俺だって傷つくときは傷つくんだぞ。

 俺は気分を落ち着かせるために一度深呼吸した。


「……それで、他にはどんな騎士様がいたの?」


「陛下の背後に立っていた背の高い騎士を覚えてる?」


「ああ、うん……」


「彼の名前は『ルイン・マートル』。魔法騎士団の『副団長サブ・リーダー』にして【王の国インぺリア】随一の槍使い。彼の卓越した防御技術は『鉄壁の守りアイアン・ガード』と称され、私は彼が戦場で傷を負った姿を一度も見たことがない」


「え……、一度も?」


「そう。、よ」


 戦場で一度も傷を負ったことがないとか化け物すぎる。

 まさにリアル本多忠勝だ。

 ちなみに本多忠勝とは、かつて徳川家康に仕えていた伝説の武将の一人である。

 負け戦では家康を逃がすために殿しんがりを務め、57戦を無傷で切り抜けた正真正銘の化け物だ。

 それと同レベルの戦士がこの国では二番手クラス。

 やはり俺という存在が不要に思えてならない。

 ルインはかなりワイルドな風貌をしており、髪はショートのダークグリーン。

 メインの武器は先述通りの槍。

 防具は騎士団長様と同じくバランス型。

 ディフェンスに優れた前衛型の戦士である。


「そして最後に、私にイチャモンをつけてきた女騎士だけど――――」


 おい……。


「彼女の名前が『アイリス・フィールド』。史上最年少で王直属の親衛隊長に抜擢された【王の国インぺリア】最強の剣士よ」


 王直属……?

 魔法騎士団の中でも親衛隊は少し特殊な立ち位置にあるのか……。


「あの人って、たぶん俺と同い年ぐらいだよね?」


「ええ。彼女は今年でよわい16。あなたよりもふたつ年下ね」


 ってことは真弓美と同年代なのか……。


「それで親衛隊長ってヤバくない……?」


 俺は頭の中で思ったことをそのまま口にしていた。


「それだけ本当にすごいのよ。彼女の剣技は……」


「……」


「性格は少し生意気なところがあるけど、あのは紛れもないよ」


 ……天才。

 彼女が自分以外にその言葉を使うとは思わなかった。

 さっきまで仲が悪い二人だと思っていたが、俺は考えが甘かったのかもしれない。

 同じ陣営で戦場に立つ者同士、そこに必要なのは仲良しこよし間柄ではない。

 互いに認め合うだけの実力と信頼さえあればそれでいいのだ。

 この世界に来たからには死ぬ気で頑張るつもりでいたけど、俺はまだまだ戦場というものを舐め腐っていたらしい。

 俺はその場で床にしゃがみ込み、両手で顔を覆い隠した。


「……あなた、何やってるの?」


「反省」


「……」


 冗談半分でも女を作って遊ぶとかカッコつけなきゃよかった。

 ティトレアは性格に難があるけど頭は悪くない。

 さすがに俺の冗談を真に受けたりしないだろうけど……。

 今になって急激に恥ずかしくなってきた。


「ティトレア。もう一人の騎士様についてはまた今度教えて……。今は何を聞いても耳に入らない」


「……そうさせてもらうわ。むしろ最初からそのつもりだったし」


 そういえば、さっき女騎士様のことを話し始めるときにって言ってたよな?

 どうして今じゃダメなんだろ?

 王様たちとの顔合わせのときもその人だけ参列してなかったし、何か特別な任務に就いてる人なのか……。


「……」


 わからないことをあれこれ考えても仕方ない。

 俺は床から立ち上がって再び前に歩き出した。



 ――――――――――――



 ライゼンとティトレアが廊下の角を曲がる。

 その直後にアイリス・フィールドが廊下の陰から姿を現した。

 当然、ライゼンたちはそのことに気づいていない。

 アイリスは後ろに振り向き、何もないはずの天井の隅をしばらく見つめていた。


「……」


 そして五秒ほどが経過し、彼女は何事もなかったかのように来た道を引き返していった。
 
 すると天井の隅から人型の黒い影のようなものが現れる。

 ティトレアが何故その場で四人目の騎士について話さなかったのか……。

 それはに盗み聞きされている可能性があったからだ。

 その者は独自のスキルで常に姿を隠しており、王命に従って城内の安全を見守っている。

 【王の国インぺリア】が誇る最強格四人の『魔法騎士ルーン・ナイト』が一人――――

 『ジーク・ストレイン』。

 さすがのティトレアも本人が盗み聞きしている可能性がある中で情報を開示するのは気まずいものがあったのだ。

 そしてライゼンが彼のことを知るのはもう少し先の話である。

 黒い影ジークは天井を這うようにして移動し、やがてその場から姿を消してしまった。



 ――――――――――――



「少しここで待ってて」


 そう言ってティトレアが自室の中に入り、俺は彼女が出てくるのを部屋の前で待っていた。

 ここは俺の自室ではなく、彼女が自分専用に使っている部屋だ。


「これを使って」


 ティトレアは30秒もしないうちに部屋の中から出てきた。

 そして部屋の中から取ってきたを俺に授ける。


「安物だけど、ないよりはマシでしょ?」


 彼女に与えられたのは光牙を納めるための鞘だった。

 安物ということは、お城の支給品でないことを意味している。

 わざわざ俺のために用意してくれたのか……。

 俺は鞘を床に置いて光牙に巻きつけていた布を取り外した。

 そして床から拾い上げた鞘の中に光牙を納める。

 これで持ち運びがずいぶんと楽になった。


「あの店主、なかなかのセンスしてるわね。さすがにだったかしら……」


「……」


 コイツ、安物とか言いつつ高価な品を値切りやがったな。

 自分の顔や立場がいいことに足元見やがって……。

 店主は今ごろ涙目になっているに違いない。

 そのせいで礼を言う気が完全に失せてしまった。


「……何か言うことはないの?」


「……」


 コイツ、絶対ロクな死に方しねえわ……。

 俺は彼女に礼を言いつつ、一日の売り上げを無駄にさせてしまった店主に頭を下げた。


「あ、ありがとうございます……」


 そして、ごめんなさい……と。



 ――――――――――――



 その後、自室に案内された俺は部屋の前でティトレアと別れた。

 部屋に入った瞬間にこれまでの疲労が一気に噴き出し、俺は自室のベッドに倒れ込んだ。


「……疲れた」


 俺が与えられた部屋は自宅のボロアパートよりも広く、ホコリ一つ発見できないほどキレイに整えられていた。

 床には赤い絨毯。

 ソファーやタンスなどの家具もキッチリ揃えられている。

 普通の宿泊施設なら1泊10万くらいするんじゃないか?

 時間的には夕方過ぎくらいのはずだが、窓の外はすっかり暗くなっている。

 とにもかくにも今は眠い。

 俺はメシの時間までひと眠りさせてもらうことにした。


「……」


 ――――と、そのときである。

 突然、部屋の窓ガラスが大きな音を立てて砕け散った。


「っ――⁉」


 正直、心臓が口から飛び出るくらいビックリした。

 俺はベッドから跳ね起きて状況確認を行う。

 すると割れた窓ガラス付近の床でがひざを着き、着地体勢に入っていた。

 どうやらこの男が窓を突き破って室内に侵入してきたらしい。

 男はずいぶんと落ち着き払った様子で全身に付着したガラスの破片を払い落とし始めた。

 その男はまだ俺の存在に気がついていない。

 そもそも誰だ、コイツは……?

 年は俺よりいつつくらい上に見える。

 そして恐ろしく美形だ。

 顔立ちや体格は男のものだが、黒く長い髪は女性のように美しい。

 服装のカラーリングは黒一色。

 教会の神父が着ている黒いコートキャソックのような格好だ。

 俺が頭の中であれこれ考えていると、男はようやく俺の存在に気づいた。


「……おや? あなたは一体誰ですか?」


「それはこっちのセリフだ! せっかく用意してもらった部屋をめちゃくちゃにしやがって!」


 俺は謎の男に当然の文句を言った。


「これは失敬……。では、わたくしの方から名乗らせていただきましょう」


 そう言って男は右手を胸に左手を腰に当て、こちらに頭を下げてきた。


「私は偉大なるにお仕えする『暗黒騎士ブラック・ジャック』が一人――――人呼んで『大地のアザゼル』にございます。以後、お見知りおきを」


「っ――⁉」


 コイツ、魔王の手先か……⁉

 俺はベッドから降りてアザゼルと名乗る男と対峙した。

 光牙はまだベッドの上に置いてある。

 奴の目的がわからない以上、こちらから刃を向けるのはかえって危険だ。


「俺は頼善勇士郎。今日この国に来たばかりの新参者だ」


 俺は自身が勇者であるという情報を伏せつつ自己紹介を行った。

 ここで正体を明かすのは自分から殺してくれと言うようなものだ。

 最悪なことに、俺の『観察眼』インスペクト・アイにヤツのステータスは映らない。

 つまり相手は格上。

 どうあがいても俺に勝ち目はない。

 俺がただのザコと認識し、見逃してくれれば儲けモンだが――――


「そうですか。では、ライゼン殿――――あなたにはここで死んでいただきます」


「っ――」


 さすがにそこまで甘くねえか……。

 こうなったら死ぬ覚悟でるしかない。

 派手に窓を壊してくれたおかげで見回りの兵士さんたちが異変に気づいているはずだ。

 救援が駆けつけてくれるまで粘りきれば俺の勝ち。

 しかし、素人の俺が格上相手にどこまで耐えられるか……。

 俺はベッドの上に置いてあった光牙に手を伸ばした。


眷属けんぞくよ」


 アザゼルの呼びかけに応じて床下からドス黒い液状の物体が現れる。

 は徐々に形を変えて二体の犬型のモンスターが誕生した。


「その者を速やかに始末なさい」


 あるじからの命令を受けて犬型のモンスターが俺に襲いかかってきた。

 『観察眼』インスペクト・アイの情報によると、犬型のモンスターの名前は『地獄の猟犬ヘル・ハウンド』。

 魔獣に属する四足歩行型のモンスターである。

 サイズは大型犬クラス。

 凶暴性が非常に強く、とにかく動きが速い。

 体中から黒いオーラのようなものが立ちのぼり、真っ赤な目がギラギラと輝いていた。


「グルァァッ――!」」


 二体の『地獄の猟犬ヘル・ハウンド』が勢いをつけて同じタイミングでジャンプした。

 注意すべきは四足歩行型モンスターの特徴である鋭い爪による引っかき攻撃と鋭い牙による噛みつき攻撃である。

 防具を身に付けていればある程度のダメージは防げるだろう。

 しかし、俺はあいにく制服姿のままだ。

 一撃でも急所に食らったら致命傷になりかねない。

 俺は素早く光牙を抜き放ち、二体の『地獄の猟犬ヘル・ハウンド』を同時に払い飛ばした。

 『地獄の猟犬ヘル・ハウンド』が空中で一回転して床に着地する。

 そして今度はタイミングをずらしながら別々に襲ってきた。


「っ――」


 俺は一体目の引っかき攻撃を光牙ではじき、二体目の引っかき攻撃を右に回避した。

 しかし、『地獄の猟犬ヘル・ハウンド』の爪先がわずかに引っかかる。

 左腕に鋭い痛みが走り、傷口から血がにじみ出してきた。

 一体目がななめ後ろから再び攻撃を仕掛けてくる。

 俺は振り向きざまに光牙を振り払い、『地獄の猟犬ヘル・ハウンド』の急所をキレイに捉えた。


「ギャウッ――‼」


 運よく俺の攻撃がクリティカルヒットし、一体目は今の一撃で絶命した。

 傷口から緑色の血を溢れさせ、床に倒れてそのまま動かなくなる。

 その直後、二体目の『地獄の猟犬ヘル・ハウンド』が左右にステップを刻みながらこちらに接近して来た。

 俺は『地獄の猟犬ヘル・ハウンド』の動きに合わせて上段から光牙を振り下ろす。


「っ――」


 しかし、俺の攻撃は『地獄の猟犬ヘル・ハウンド』に回避されてしまい、俺は床に思いきり光牙を叩きつけてしまった。

 その反動が重いしびれとなって両腕にのしかかる。


「うわっ――!」


 俺がひるんだ隙に二体目の『地獄の猟犬ヘル・ハウンド』が飛びかかって来た。

 俺は『地獄の猟犬ヘル・ハウンド』に押し倒されて背中から床に倒れる。

 『地獄の猟犬ヘル・ハウンド』が牙をむき、俺の首を狙って噛みつき攻撃を仕掛けた。
 

「くっそ――」


 俺は光牙を『地獄の猟犬ヘル・ハウンド』の口に挟み込み、どうにか噛みつきを防いだ。

 首を噛まれたら一発でやられてしまう。

 すると『地獄の猟犬ヘル・ハウンド』が前脚を暴れさせ、俺の腕を何度も引っかいてきた。

 ぶっちゃけ、かなり痛い。

 しかし、痛みに気を取られている余裕など今の俺にはなかった。


「このっ――!」


 俺は左足を思いきり振り上げ、『地獄の猟犬ヘル・ハウンド』の股間をつま先で蹴り上げた。


「キ、キゥ~ン……」


 途端に『地獄の猟犬ヘル・ハウンド』の動きがにぶくなる。

 どうやらこの個体はオスだったようだ。

 今度は違う意味でのクリティカルヒットだ。

 俺は『地獄の猟犬ヘル・ハウンド』を押しのけて体勢を入れ替える。

 そして振り上げた光牙の切っ先を『地獄の猟犬ヘル・ハウンド』の腹部に思いきり突き刺した。


「ギャンッ――‼」


 俺の真下で『地獄の猟犬ヘル・ハウンド』がもがき苦しんでいる。

 そのせいで傷口がどんどん広がり、緑色の血があちこちに飛び跳ねた。

 あまりに悲惨な光景に俺は思わず目を背ける。

 やがて『地獄の猟犬ヘル・ハウンド』は動かなくなり、その場で力尽きた。


「はあ……、はあ……、はあ……」


 し、死ぬかと思った……。

 腕の傷はかなりひどいことになっている。

 同じ箇所を何度も引っかかれたせいで皮膚の内側が完全に見えてしまっていた。

 制服の袖はバラバラに引き裂かれ、俺の血と混ざってぐちゃぐちゃだ。

 すると背後から拍手が送られてきた。


「お見事です。動き自体は素人そのものですが、要所の判断は悪くない」


「……」


「さすがは――――といったところです」


 俺の正体に気づいたアザゼルの目の色が変わった。

 そりゃ目の前であれだけ聖剣を振り回せば、さすがに気づくよな。

 勇者は魔王の天敵として魔族サイドにうとまれる存在。

 俺がヤツの立場なら成長段階で仕留めておきたい相手だ。


「伝説の勇者――――『アーサー・ペンドラゴン』の死から100余年よねん……。とうとうこの時代にの使い手が現れたか……」


「……」


 ……何か色んな情報がいっぺんに来たぞ。

 伝説の勇者が昔の王様だったなんて話は聞いていない。

 それにアーサー・ペンドラゴンって――――またベタな名前だな。

 
〈……〉


 そのときである。

 光牙の柄がドクンと脈打ち、俺に対話を求めてきた。

 ……光牙?

 何だよ、いきなり?

 今はそれどころじゃねえだろ?


〈……〉


 アーサー・ペンドラゴン……。

 聖剣カリバーン……。

 そうか。

 お前、記憶が……!

 すると次の瞬間、俺の頭に光牙の意思とは無関係な音声的な何かが響いてきた。


の封印が解除されます。『武装覚醒』及び、『真空の斬撃波』エアリアル・スラッシュを解放……〉


 その音声的な何かはレベルアップのお知らせ的な情報のみを与え、それ以降は完全に沈黙してしまった。

 だが、何となくわかる。

 光牙が失った記憶の一部を取り戻し、封印の一部が解除されたのだ。

 俺は『観察眼』インスペクト・アイ能力ちからで自身のステータス画面を開き、新たに習得したスキルの確認を行った。

 『魔力破壊』マジック・ブレイク

 いかなる魔力事象も瞬時に破壊できる最強の『反魔力技能』アンチ・マジック・スキル

 これがティトレアの言っていた例のヤツだろう。

 次は『武装覚醒』。

 武器の潜在能力を最大限に引き出し、戦闘力を大幅にアップさせる覚醒技。

 使用方法は武器に魔力を循環させ、その意思を呼び覚ますこと……。

 光牙の意思……?

 そうか。

 だから名前が必要だったんだ。

 『武装覚醒』は使い手の呼びかけにより武器の力を目覚めさせる覚醒技。

 武器の名前を知らなければ呼びかけることすら出来ない。

 俺は一人で勝手に納得しながら最後のスキル項目に目を通した。

 『真空の斬撃波』エアリアル・スラッシュ

 魔力を物理エネルギーに変換させ、強力な斬撃を撃ち出す必殺技。

 変換させたエネルギーを刀身にとどめたまま敵を斬り裂くことも可。

 要は現時点における俺の切り札である。

 さっそく使ってみたい気持ちもあるが、戦いの序盤で切り札を見せびらかすわけにはいかない。

 何事にも下準備というものが必要だ。

 『真空の斬撃波』エアリアル・スラッシュは魔力を消費して強力な斬撃を撃ち出す必殺技だが、魔法タイプの技じゃない。

 ならばバフをかけてから使った方が良いに決まっている。

 俺は頭の中で光牙に魔力を送り込むイメージを浮かべ、光牙の中に眠る戦いの意思を呼び覚ました。


「起きろ――――光牙!」


 次の瞬間、光牙の刃から力強い光が解き放たれた。

 光牙全体に黄金色のオーラがまとわり付き、俺自身の戦闘力が大幅にアップする。

 俺は床から立ち上がり、光牙の柄をギュッと握りしめた。


「『武装覚醒』――――ですか。……なるほど。これは中々に手ごわい相手だ」


 ハッキリ言って皮肉にしか聞こえない。

 俺の『武装覚醒』を見ても、アザゼルはまだまだ余裕の表情だ。

 救援の到着まであと少し……。

 それまでは何としてでも生き延びてやる。

 そしてついに俺とアザゼルの戦いが幕を開けた。


「……参ります」


 そう言ってアザゼルがものすごいスピードで突っ込んできた。

 俺は光牙をななめに構え、素早く防御態勢に入る。

 アザゼルの手刀が真横に振り払われ、俺はガードごとはじき飛ばされてしまった。


「ぐっ――!」


 通常攻撃でこの威力……。

 直撃したらただじゃ済まないぞ。

 するとアザゼルが再び距離を詰めて来た。

 右手の手刀が上から振り下ろされ、俺は頭上で光牙を横に構えた。



「っ――!」


 お、重い……。

 どうにかアザゼルの攻撃をブロックするが、あまりの重圧にひざが崩れる。

 すると目の前からアザゼルの右足が飛んで来た。


「があっ――!」


 俺はアザゼルに顔面を蹴り上げられ、鼻の穴から血が噴き出した。

 今の一撃で意識が飛びかける。

 首の骨が折れなかっただけでも奇跡だ。

 アザゼルは間違いなく追撃を狙ってくる。

 俺は後ろに倒れ込む勢いを利用し、後転で距離を取りながら体勢を立て直した。

 追撃を予測していた俺はアザゼルの動きに合わせて素早く上体を沈めた。

 俺の頭上をアザゼルの回し蹴りが通過し、攻撃の回避に成功する。


「ほう……」


 俺はアザゼルが背中を向けた瞬間を狙って前に出た。

 反撃を狙うなら今しかない。

 しかし、アザゼルの反応速度は俺の予想をはるかに上回っていた。


「ぐはぁっ――‼」


 俺が前方に踏み込んだ瞬間にアザゼルの後ろ回し蹴りが俺の腹部に直撃する。

 カウンターをカウンターで返されてしまったのだ。

 俺の体はものすごい勢いで後ろに吹っ飛び、背中から部屋の壁に激突した。


「かはっ――!」


 トラックにはねられたかのような凄まじい衝撃が全身を駆け巡る。

 直後に襲ってきた強烈な痛みに俺の目から涙がこぼれ落ちた。


「っ――!」


 息が苦しい。

 右のアバラが全部持っていかれた。

 『武装覚醒』の恩恵がなければ内臓が破裂していただろう。

 そして今ここでハッキリした。

 こんな化け物を相手に素人の俺が耐えられるわけない。

 死への恐怖心と生存本能が俺に語りかけてくる。

 今すぐ降参して命乞いをしろ、と……。

 さすれば命だけは助かるかもしれない。

 救援が来るまで何としてでも生き延びる。

 それがこの場における最善の策だ。


「……」


 ……だが、本当にそれでいいのか?

 例えそんな形で生き延びたとしても、そのような弱気な考えでは遅かれ早かれ俺は死ぬ。

 魔王になんて勝てるはずがない。


「……?」


 俺が動き出したのを見て、アザゼルの動きが一瞬止まった。

 俺はその隙に光牙を拾い上げ、抗いの意思を見せる。

 さっきの攻撃を食らった際に光牙を手放し、『武装覚醒』が解除されてしまっていた。

 ヤツと戦うには『武装覚醒』の力を今一度借りなければならない。

 俺は心の中で光牙に強く語りかけた。


「……」


 悪いな、光牙。

 もう絶対に手放さねえからよ。

 もう一度俺に力を貸してくれ。


〈……〉


 すると光牙の意思が再び俺の中に流れ込んできた。

 ならば今一度立ち上がってみせよ、と……。

 俺はその意思に従い、光牙を杖代わりにしてどうにか床から立ち上がった。

 すると光牙から力強い光が解き放たれ、『武装覚醒』のオーラが再び光牙に宿り始めた。

 わずかながら、俺の体に力がよみがえる。

 戦いはまだ終わっちゃいない。


「……」


 するとアザゼルが回し蹴りを繰り出し、それを食らった俺は真横に吹っ飛ばされた。

 部屋のベッドに頭から突っ込み、木製のベッドが粉々に砕け散る。

 俺は再び地面に倒れるが、今度は光牙を手放さなかった。

 そのおかげか、先ほどよりダメージが少ない気がする。

 俺は光牙の支えを借りずに自力で床から立ち上がった。

 そして今度は光牙をしっかりと構える。

 アバラの骨折に加え、頭部から流れ出た血が視界の半分を塞いでいた。

 もう片方の目も、ほとんど何も見えない状態だ。

 しかし、俺にはまだ最後の切り札が残っている。

 ここで諦めるわけにはいかない。

 必殺技をお披露目するにはまたとない機会だ。


「……良い目をしている。反応も悪くない。しかし、あまりに経験不足だ。いい加減あきらめて大人しく死んでください」


「……」


 それに黙って従ってやれるほど俺は大人じゃない。

 今の俺ではヤツに太刀打ち出来ない。

 そんなことは最初からわかっていた。

 負けイベだろうが最後まで醜く抗う。

 それが人間というものだ。

 俺は左足を後ろに引き、半身の体勢で左脇の裏に光牙を隠した。

 重心を下に落とし、居合のような構えを取る。

 するとアザゼルの顔つきが変わった。


「……いいでしょう。あなたのその勇姿に敬意を表し、次の一撃でその命――――断ち切って差し上げます」


 俺の覚悟がヤツにも伝わったのか、アザゼルは付き合う義理もない勝負の土俵に自ら足を踏み入れた。

 実力の差はハッキリしている。

 なのに俺との勝負に付き合ってくれるなんて案外律儀だな。

 それとも俺は何かを試されているのか?

 本当ならワンターンキルされていてもおかしくない状況だった。

 眷属を召喚した点から考えても、ヤツは生粋の武闘家ではない。

 ヤツが魔法という攻撃手段を使わないのは勇者おれ『魔力破壊』マジック・ブレイクを警戒してのことか?

 いな

 ここまで実力差がある相手にそこまでする必要はない。

 さっさと俺を片づけて本来の目的を果たす。

 それがこの場におけるアザゼルの最善策だったはずだ。 


「……」


 俺は雑念を振り払い、目の前の勝負に集中することにした。

 今は何を考えても仕方ない。

 この勝負を制さなければ、どのみち終わりだ。

 アザゼルが右腕を引き絞り、後ろにタメを作る。

 俺は両目を閉じて全ての魔力を光牙に注ぎ込んだ。

 一発逆転を狙う以外に俺が生き残るすべはない。

 最大火力の『真空の斬撃』エアリアル・スラッシュをもってヤツを迎え撃つ。

 これが最後の勝負だ。


「「……」」


 そして、あるタイミングで空気が大きく揺れ動いた。

 アザゼルが床を蹴り、凄まじい速度でこちらに突っ込んでくる。

 ――――が、俺はまだ動かない。

 自然体を維持したままギリギリまでヤツを引きつけた。

 アザゼルが右手を振り上げ、指先がピンと伸びきる。

 俺はここぞと言わんばかりのタイミングで前方に踏み込み、アザゼルの懐に素早く潜り込んだ。


『真空の斬撃波』エアリアル・スラッシュ――――‼」


「っ――⁉」


 黄金のオーラをまとった光牙の刀身が蒼白い光を放つ。

 俺は強大なエネルギーを宿した光牙を全身全霊を込めて振り切った。


「「……」」


 俺とアザゼルの立ち位置が入れ替わり、互いに背を向け合うような形となる。

 やがてアザゼルの腹部に大きな裂傷が走り、そこから大量の鮮血が噴き出した。


「ごほっ……! お見事です……」


 アザゼルは口から血を吐き出し、がっくりと床にひざをついた。

 勝負は制したが体の震えが止まらない。

 俺は光牙を振り切った姿のまましばらく動けなかった。


「相手が私でなければ――――


「え……」


 次の瞬間、今度は俺の胸元に裂傷が走り、傷口から大量の鮮血が噴き出した。

 視界がぐらりと揺れ動き、平衡感覚を保てなくなった俺はそのまま地面にぶっ倒れた。

 うつ伏せに倒れた俺の体からじわじわと血があふれ、床の絨毯に血だまりが広がっていく。

 命の灯が少しずつ弱くなっていくのが自分でもわかった。

 胸の傷はアザゼルより浅いが、俺の体はそれまでにもダメージを積み重ねている。

 今の一撃が決定打となってしまったのだ。


「この私にここまでの深手を負わせるとは……。やはり勇者の力は侮れない……」


 アザゼルは何事もなかったかのようにすくっと立ち上がり、俺の側に歩み寄ってきた。

 俺はななめ後ろに首を傾け、アザゼルの方を見る。

 すると驚くべき光景が目に飛び込んできた。

 なんと俺が斬り裂いたアザゼルの傷口が既に治りかけていたのだ。

 ついには完全に塞がってしまい、アザゼルは完全なる復活を遂げた。


「その傷ではもう助かりませんね。このまま放置しておいてもよろしいのですが――――」


 そう言ってアザゼルは右手を高々と振り上げた。


「あなたは魔王様の脅威となりる存在だ。ここで確実に仕留めさせていただきます」


 出血多量で意識が薄れていく中、俺はアザゼルから死刑宣告を下された。

 どうにか抵抗したいところだが、体に力が入らない。

 光牙は手元にあるが、『武装覚醒』のオーラは完全に閉じてしまっている。

 万事休すとは、まさにこのことだ。


「さらばです、勇者ライゼン」


 アザゼルが右手の手刀を振り下ろし、俺の脳裏に走馬灯のようなものが駆け巡った。

 これまで過ごしてきた地球での思い出が一気によみがえる。

 共に過ごした友人や家族のことを思い浮かべながら、俺はギュッと目をつむった。

 すると次の瞬間――――


『満月の射撃』フルムーン・シュート――!」


「っ――⁉」


 何者かが部屋の外から『魔法の矢』を放ち、扉越しにアザゼルを狙撃した。

 魔法の矢が部屋の扉を貫通してアザゼルの方に飛んでいく。

 アザゼルは素早くその場から退避し、白い輝きを放つ魔法の矢を回避した。


「くっ、新手ですか――⁉」


 アザゼルが部屋の出入り口の方をにらみつける。

 すると何者かがものすごいスピードで部屋の中に飛び込んできた。


――――『水晶剣クリスタル』!」


 その者は左腰の鞘から青いオーラをまとった細剣を抜き放ち、それをアザゼルに向かって鋭く突き出した。

 アザゼルは月面宙返りムーンサルトの突きを回避し、破壊された窓付近に着地した。

 俺は意識が朦朧とする中、アザゼルを退かせた謎の剣士の顔を見た。


「あ……、アイリス……さん……」


 出入り口付近ではティトレアも弓を構え、アザゼルを狙っている。

 どうやら救援の到着がギリギリ間に合ったようだ。


「よりにもよって――!」


 アザゼルは眉をひそめ、後ろの窓枠に足をかけた。

 ティトレアが再度アザゼルを狙い撃つが、アザゼルは彼女の矢をかわしつつ窓の外に飛び出していった。


「待って――!」


 アイリスさんがアザゼルのあとを追いかけようとするが、ティトレアがそれを制した。


「一人じゃ無理よ」


「……」


 ティトレアの身体能力ではアイリスさんのスピードに付いていけない。

 しかも外はもう夜の時間帯である。

 一人でヤツを追うのはあまりに危険だ。

 アイリスさんは細剣を鞘に納め、素早く俺の側まで駆け寄ってきた。

 床にひざを着いて俺の体を抱き上げ、傷の具合を確認する。


「出血がひどい……。――――賢者殿。急ぎ、治癒魔法を!」


「わかってるわ」


 ティトレアもすぐに俺の側までやって来た。

 そして彼女は俺に向かって素早く弓を引いた。


「『治癒の星ヒール・スター』――!」


 俺の胸に白い光の矢が撃ち込まれ、体の中にするりと入り込んできた。

 すると俺の全身に白いオーラが広がり、体の傷がみるみる回復していった。

 ティトレアの治癒魔法の一種である『治癒の星ヒール・スター』は、光の矢で射抜いた相手を瞬時に回復させることが出来るのだ。

 体の傷は塞がったが、消耗した体力や失った血液まで戻るわけじゃない。

 そのせいか急激に喉が渇いてきた。

 俺は意識がギリギリ残っているうちにティトレアに謝罪の言葉を口にした。


「ごめ……、ティトレア……。俺……、負け……」


 ちゃんと謝りたいのに声がかすれてうまく喋れない。

 ティトレアが弓をギュッと握りしめ、床に両ひざを着いた。


「あなたは大バカよ……」


「……」


「アザゼルは魔王軍最強の戦士と恐れられる魔王の『懐刀』ふところがたなよ。そんな化け物を相手に素人のあなたが勝てるわけないでしょ」


 これはあとから聞いた話だが、魔王軍には『暗黒騎士ブラック・ジャック』と呼ばれる四人の大魔族が存在する。


 『大火のベリアル』。

 『大海のマスティマ』。

 『大嵐のベルゼブブ』。

 そして俺が今回戦った――――『大地のアザゼル』。


 ヤツらは魔王軍の中でも最強クラスの強者つわものたちであり、その力は単騎で魔法騎士団の一個中隊を制圧するほど化け物じみている。

 俺は愚かにもその中の一人と初期状態で張り合おうとしてしまったわけだ。


「あなたが生き残れたのは運が良かっただけ。お願いだからこんな無茶は二度としないで」


 しかし、俺がヤツの相手をしなければ城内はもっとひどいことになっていたはずだ。

 アザゼルが俺の部屋に入り込んできたのも、ただの偶然である。

 そう考えると今回は本当に運が良かったんだな。

 それにしてもアザゼルの目的は一体何だったんだ?

 結局、ヤツは何の目的も果たさないまま姿を消してしまった。

 考えをまとめたいところだが、頭がうまく働かない。

 おそらく血が足りないせいだろう。

 脳の機能が著しく低下し、考えるのをあきらめた俺は最後の最後でとんでもないボケをかましてしまった。


「ティトレア……。一つ聞いてもいいかな……?」


「……?」


「君って、本当は何歳――――――――げふっ!」


 その瞬間、ティトレアのひじが俺のみぞおちにめり込み、俺は完全に意識を失ってしまった。
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