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2章、ヒーローはオメガバースに抗いたい。

番外編:兎の花嫁と亡びの蛇(3)

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 更夜こうやが亡くなったのは、雨が続いた月の末、雨がもうじきあがる頃。

 彼の守る地域に水妖の群れがやってきて、兎の集落を襲おうとしたから。
 集落を守ろうとして群れに立ち向かい、その果てに撃退しつつの落命だった。

 無力な兎だったランは、倒れた蛇をただ抱きしめることしかできなかった。

 蛇は森色の瞳を瞬かせて、彼の愛しいつがいを見つめた。
 そして、掠れた声で詫びるのだった。

「ごめんね。ごめんね、兎さん。俺の可愛い花嫁さん」

 ――君をひとりにしてしまう。

 夜が明けて世界は雨上がりを迎えた。
 雲の隙間から金色の光が幾筋も差し込んで、神々しい。

更夜こうや更夜こうや……っ」
 番がどれほど名を呼んでも、冷たいむくろはもう応えない。

 身体は強張って、人というより人形のよう。
 呼吸もない。鼓動もない。
 物みたいになってしまっている。
 そう感じる自分は、死を理解しているのだ。
 
「い、いやです。いや……っ」
 ほろり、ぱたりと透明な涙が溢れて、こぼれて、止まらない。

 手が震えて、頭がくらくらする。
 大切なものが零れてしまった。
 取返しのつかない事が起きてしまった。
 たったひとり、そんな現実の中にいる。
  
 彼はもう二度と起きないのだ。
 眼を開けることはないのだ。
 優しく微笑む顔はもう見れなくて、名前を呼んでもらうこともなくて――死んでしまったのだ。

 ……最期に未練の瞳をみせて、哀し気に悔しそうに、謝りながら死んだのだ!


(そんな、そんなの、ひどい)
 ランはぶんぶんと首を横に振った。
(あの温かで優しいひとが、そんな風に終わるなんて。わ、私は、どうしてなにもいえなかったの。どうして何もできなかったの。どうして何もできないの……)


 胸には無力感が溢れていた。

 朝がきて、夜がきて、また朝がきて。
 世界でただひとつの大切なものが失われても、時は淡々と過ぎて、世界は動き続けた。

(諦めなければいけない。受け入れなければならない。送ってあげなければ……)
 そんな想いと共に、相反する意思が高まっていく。
(――このまま終わりにしない。私は、この状態から現実に抗ってみせる。彼を私が助ける……)

 ――不可能だ。
 もう、どうしようもない。

 氷の塊が臓腑にぎゅうぎゅうと詰められたみたいに、絶望が全身を支配している。
 
 諦めないといけない。
 現実は、動かないのだ。
 どんなに頑張っても、もう無理なのだ。
 それを認めないといけない……、
  
 
『尚山に向かった群れがこっちに合流したんだけど、彼らはとても強くなっていて、魔人と呼ばれる存在になっていた』

 追い詰められた脳裏に、天啓めいて声が蘇る。

「ま、……魔人……――」

 ランはのろのろと顔をあげた。

 魔人は、外道の術を使うのだ。
 世の理に反して、人の道を外れて、現実に抗って欲望を叶える――それを良しとするやからなのだ。

「尚山に行けば、私も力を得られる……?」

 ――呟く声は、狂気の始まり。

「ああ、私の番。私の更夜こうや。私が助けます、貴方を。私は諦めません、貴方を。私、私は……死に抗う。貴方の死に抗います」

 兎はそう呟いて、胸のうちで絶望と希望を戦わせながら口の端を歪めた。

「何年、何十年、何百年かかっても……諦めない。私は認めない。私は貴方を取り戻す……!!」

 こうして兎のランは『疯狂ファンクァン』――変人とか変態とか魔人たちに呼ばれる泰然タイランになったのだった。
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