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外伝、冷血な魔教の君は令和の倫理とハピエン主義に目覚められたようで
2、桜梅桃李、追い出され
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薫風が頬をふわりと撫でていく。
青梅雨が通り過ぎた夏めく【九山】は、日差しの中で濃く鮮やかな緑をみせていた。
涼を得るための打ち水は幻想めいた陽炎をゆらりとさせている。
明散は、感情というものが欠落しているのではないか。
そう思うほどに、表情が変わらない。
もう人間と違う生き物なのではないか。
そう感じるくらい、他の人間と何かが違う。決定的に違う何かを感じる。
皆も口をそろえて彼を特別だと讃えていて、けれど本人はそんな周囲さえ気に留めることがない。
まるで、大自然にそびえたち悠久を生きる大樹。
自分と別のものを視て、感じている。
そんな気配だ。
……それが、悔しい。
明散が大弟子に指名されるのも悔しい、昇仙されるのも悔しい。
「明散という存在が許せない。俺はあの男が嫌いだ……何をしても全然気にしてないって顔をして、なんでも簡単にこなして……どうして同世代にあのような天才がいるのか」
明彧は負け犬根性をこじらせて、自分の修行を疎かにしてまで明散の足を引っ張ろうと試行錯誤した。
「師兄。そのお気持ち痛いほどにわかります、全く、才能ってやつには叶わないや」
「地道に努力するのが馬鹿らしいや!」
明彧の周りには、同じように明散に嫉妬する門弟たちが自然と集まるようになった。
世代はまちまちで、明散よりも長くその道にいる修行者もいれば、同期もいれば、後輩もいる。
「あいつを見ていると、頑張っても無駄だって思えてしまう」
「そうそう! オレたちが死んでも、仙人様になってずーっと生きてるんだろうな」
「根本的な性質に差を感じるよな。まず、俺たちみたいにちっぽけなことに気を取られたりしないものな」
「仕方ない。気にしたらだめだ、あいつは特別だから……」
同志たちは一緒になって明散の陰口を叩いて傷を舐め合ったりしていたが、明彧はそんな同志たちをみてますます苛立つのであった。
「ええい同志たちよ、嘆くだけではいけない。行動するのだ! 俺はやるぞ俺はやるぞ」
「やるぞって、何をだよ」
明彧は狼耳をぴんっとたてて、ぎらぎらとやる気に漲る目で同志たちを順に見つめた。
「桜梅桃李――俺は、別の道をいくっ!」
桜梅桃李とは、「みんな違ってみんなきれいだね」というニュアンスの言葉だ。
蒼穹を思わせる明彧の眼差しは何かを吹っ切ったように晴れやかであった。
「同じ道を追いかけても、奴に追いつくことはできない。足を引っ張ることすらできない。近道だ。別の道を駆けるのだ」
同志たちは不安そうに顔を見合わせた。
「それは、どういう意味なんだ?」
「なんだかよくないことをしようとしてないか?」
明彧は同志たちに構想を語る。
「何年もかけて自分の力を育み高めるのではなく、周りから力を頂けば手っ取り早い。力は奪うのだ」
紅紐に括られた長い漆黒の髪が、若葉風に涼し気に揺れた。
日差しを受けて艶を魅せる髪の流れは美しく、声は生き生きとしていた。
「ち、……力を奪うって」
「……このように!」
明彧は両方の手をあわせ、気を練るようにしてから舞うようにその手を広げ、天を仰ぐように手のひらを上に向けた。
そして、周囲をひたしている目に視えない透明な空気を搔き集めるようにふわふわと手を泳がせた。
そより、と――空気がうごく気配が、全員に感じられる。
近くに茂る緑木、草花、そういった自然生物から、少量ずつの気が溢れて、零れて、明彧に手繰り寄せられていく。
「明彧師兄、その術は自然と寄り添い、気を分けてもらう術だな」
「しかし、そんな風に吸い続ければ自然を枯らしてしまうぞ。本来その術は、何年も大樹の近くで瞑想することで……」
「明彧、術を止めろ! そのまま吸い続けると木を枯らしてしまうぞ」
何人かが制止するが、明彧は止まらなかった。
「どうだ。これで、自分の実力を越えた力を集められる」
ぎらぎらとした眼でそう言い、自分のやり方をよしとする同志たちに真似するようにそそのかす。
それは、明らかに正道といわれる道から外れた術だった。
道徳的ではない、外道の技だ。
ゆえに、この段階で同志の中からは何人も「そのやりかたはまずい」と異を唱えて同志をやめたり、正派九山派の師や長老たちに報告する者が出たのだった。
当然の結実として明彧とその同志たちは「その外道な術の探求を即刻やめよ」と言い渡された。
しかし、彼らは簡単に力を得られる感覚に昂り、その愉しさに溺れて、他者の言うことを聞かなかった。
「オレたちが強くなっていくから焦っているんだろう」
「今までのように長年かけてちまちま修行するなんて馬鹿莫迦しい。それがはっきりとわかってしまって、長老たちは困ってるんだな」
「長老たちは新しい修行方法の良さがわからないんだ、頭がカチコチに硬くて保守的で、昔ながらの修行方法や伝統が大好きなものだから」
同志たちは正道を嘲笑い、高まった力を他者にふるって、自分たちがいかに強くなったのかを誇示するようになった。
そしてついに彼らは破門を言い渡され、九山から追い出されることになったのだった。
明散は、山を去る明彧を靜かな目で見送った。
去り行く明彧たちを案じたり、惜しむような気配を微塵も見せなかった。
ただいつも通り、無機質で何も感じないような人形めいた綺麗な顔で――人間離れした不思議な気配で、山の頂きから彼らを見下し、見送った。
「あいつめ、最後まであんな顔で。おぼえていろ」
明彧はぎりぎりと悔しがり、殊更に強がって声を張り上げた。
「打倒、九山だ。今は叶わないが、俺たちを理解しなかった連中をいつか負かせてやろうぜ!」
同志たちは、ある者は鼻をすすり、ある者は拳をふりあげ、明彧に応えた。
「しかし、師兄、オレたち、何処へ行こう」
年少の門弟が恐る恐る問いかける。
――ずっと山に籠っていた彼らには、追い出されたあと、他に行く場所はなかったのだ。
青梅雨が通り過ぎた夏めく【九山】は、日差しの中で濃く鮮やかな緑をみせていた。
涼を得るための打ち水は幻想めいた陽炎をゆらりとさせている。
明散は、感情というものが欠落しているのではないか。
そう思うほどに、表情が変わらない。
もう人間と違う生き物なのではないか。
そう感じるくらい、他の人間と何かが違う。決定的に違う何かを感じる。
皆も口をそろえて彼を特別だと讃えていて、けれど本人はそんな周囲さえ気に留めることがない。
まるで、大自然にそびえたち悠久を生きる大樹。
自分と別のものを視て、感じている。
そんな気配だ。
……それが、悔しい。
明散が大弟子に指名されるのも悔しい、昇仙されるのも悔しい。
「明散という存在が許せない。俺はあの男が嫌いだ……何をしても全然気にしてないって顔をして、なんでも簡単にこなして……どうして同世代にあのような天才がいるのか」
明彧は負け犬根性をこじらせて、自分の修行を疎かにしてまで明散の足を引っ張ろうと試行錯誤した。
「師兄。そのお気持ち痛いほどにわかります、全く、才能ってやつには叶わないや」
「地道に努力するのが馬鹿らしいや!」
明彧の周りには、同じように明散に嫉妬する門弟たちが自然と集まるようになった。
世代はまちまちで、明散よりも長くその道にいる修行者もいれば、同期もいれば、後輩もいる。
「あいつを見ていると、頑張っても無駄だって思えてしまう」
「そうそう! オレたちが死んでも、仙人様になってずーっと生きてるんだろうな」
「根本的な性質に差を感じるよな。まず、俺たちみたいにちっぽけなことに気を取られたりしないものな」
「仕方ない。気にしたらだめだ、あいつは特別だから……」
同志たちは一緒になって明散の陰口を叩いて傷を舐め合ったりしていたが、明彧はそんな同志たちをみてますます苛立つのであった。
「ええい同志たちよ、嘆くだけではいけない。行動するのだ! 俺はやるぞ俺はやるぞ」
「やるぞって、何をだよ」
明彧は狼耳をぴんっとたてて、ぎらぎらとやる気に漲る目で同志たちを順に見つめた。
「桜梅桃李――俺は、別の道をいくっ!」
桜梅桃李とは、「みんな違ってみんなきれいだね」というニュアンスの言葉だ。
蒼穹を思わせる明彧の眼差しは何かを吹っ切ったように晴れやかであった。
「同じ道を追いかけても、奴に追いつくことはできない。足を引っ張ることすらできない。近道だ。別の道を駆けるのだ」
同志たちは不安そうに顔を見合わせた。
「それは、どういう意味なんだ?」
「なんだかよくないことをしようとしてないか?」
明彧は同志たちに構想を語る。
「何年もかけて自分の力を育み高めるのではなく、周りから力を頂けば手っ取り早い。力は奪うのだ」
紅紐に括られた長い漆黒の髪が、若葉風に涼し気に揺れた。
日差しを受けて艶を魅せる髪の流れは美しく、声は生き生きとしていた。
「ち、……力を奪うって」
「……このように!」
明彧は両方の手をあわせ、気を練るようにしてから舞うようにその手を広げ、天を仰ぐように手のひらを上に向けた。
そして、周囲をひたしている目に視えない透明な空気を搔き集めるようにふわふわと手を泳がせた。
そより、と――空気がうごく気配が、全員に感じられる。
近くに茂る緑木、草花、そういった自然生物から、少量ずつの気が溢れて、零れて、明彧に手繰り寄せられていく。
「明彧師兄、その術は自然と寄り添い、気を分けてもらう術だな」
「しかし、そんな風に吸い続ければ自然を枯らしてしまうぞ。本来その術は、何年も大樹の近くで瞑想することで……」
「明彧、術を止めろ! そのまま吸い続けると木を枯らしてしまうぞ」
何人かが制止するが、明彧は止まらなかった。
「どうだ。これで、自分の実力を越えた力を集められる」
ぎらぎらとした眼でそう言い、自分のやり方をよしとする同志たちに真似するようにそそのかす。
それは、明らかに正道といわれる道から外れた術だった。
道徳的ではない、外道の技だ。
ゆえに、この段階で同志の中からは何人も「そのやりかたはまずい」と異を唱えて同志をやめたり、正派九山派の師や長老たちに報告する者が出たのだった。
当然の結実として明彧とその同志たちは「その外道な術の探求を即刻やめよ」と言い渡された。
しかし、彼らは簡単に力を得られる感覚に昂り、その愉しさに溺れて、他者の言うことを聞かなかった。
「オレたちが強くなっていくから焦っているんだろう」
「今までのように長年かけてちまちま修行するなんて馬鹿莫迦しい。それがはっきりとわかってしまって、長老たちは困ってるんだな」
「長老たちは新しい修行方法の良さがわからないんだ、頭がカチコチに硬くて保守的で、昔ながらの修行方法や伝統が大好きなものだから」
同志たちは正道を嘲笑い、高まった力を他者にふるって、自分たちがいかに強くなったのかを誇示するようになった。
そしてついに彼らは破門を言い渡され、九山から追い出されることになったのだった。
明散は、山を去る明彧を靜かな目で見送った。
去り行く明彧たちを案じたり、惜しむような気配を微塵も見せなかった。
ただいつも通り、無機質で何も感じないような人形めいた綺麗な顔で――人間離れした不思議な気配で、山の頂きから彼らを見下し、見送った。
「あいつめ、最後まであんな顔で。おぼえていろ」
明彧はぎりぎりと悔しがり、殊更に強がって声を張り上げた。
「打倒、九山だ。今は叶わないが、俺たちを理解しなかった連中をいつか負かせてやろうぜ!」
同志たちは、ある者は鼻をすすり、ある者は拳をふりあげ、明彧に応えた。
「しかし、師兄、オレたち、何処へ行こう」
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