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2章、黒豹の王子と惑乱の妖狐

35、三日目のコミュニケーションと、懺悔(軽☆?)

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 サミルは、一夜の関係に慣れていた。
 金をもらって繋がる関係で覚えたのは、『客』を興奮させる為にするキス。
 蛇が獲物を絡めて刺激するような、他人が触らない敏感な部分から快感の渦を強引に起こすような、獣のごとき、発情を促すような行為だ。

 
35、三日目のコミュニケーションと、懺悔

 『至上の交感ポリネシアンセックス』三日目を迎えたサミルとハルディアは、激しすぎないディープキスが解禁されていた。
「激しすぎないのラインがわからないんだよな」
「教えたのが未経験の王子だしな……」
 不思議な緊張感を共有しながら慣れた様子で互いに全裸になり、どちらからともなく顔を寄せた。

 目を開けたまま、まるで生命でもかかっているかのような真剣な眼差しで見つめ合う。
 相手もそうだし、自分もそうだから、どちらも茶化すことはなかった。
 歯と歯をかちあわせるように最初のキスが衝突して、触れ合った瞬間胸の奥に火がつく。
 一瞬離れて、にらみ合う。欲望が刺激されているとお互いにわかって、互いにかるく開けたまま口を合わせる。食い合うように、求め合うように。
 
「ン……」
 腰を無意識に揺らしながら舌を出し、互いの舌先に挨拶をする。
 唾液を交換するようにくちくちと音をたてて舌で気持ちを伝えあえば、じんじんと快感が広がって、それ以上に焦がれる想いが伝わるようだった。

 ねぶるように唇で互いにもみ合って、舌先をくすぐりあってから、軽く離れて息を継ぐ。
 視線を合わせたまま呼吸の速度まで合わせるような自分と相手の境界が溶けていくようで、ハルディアが睫毛をふせて情欲に駆られた表情をみせるのがスローモーションのようにみえて、サミルはぞくぞくと煽られた。
「ん……っ」
「は……っ」
 どちらからともなく、また口を開けて、顔を傾けて、角度を変えた口づけをする。
 軽く唇どうしで揉みあい、軽く離してリップ音をたてて、口の端から熱い吐息と唾液をあふれさせながら舌を絡ませる。
 
「……ふ、ぁ」
 腹の奥がきゅうきゅうとする。つよく、より激しく絡み合いたくなって、仕方ない。
 上擦ったような、鼻に抜けるような声がこぼれる。
 自分の声とは思えないくらい、甘い声が漏れてしまう。

 舌先を吸われて、肩をふるわせて眉根をよせれば、それにそそられたような獣欲をみせる眼が近い距離でぎらぎらとして、衝動に耐えるようにするのだ。
 ――そんな顔をする。
 サミルは自身もまた似たような顔をしているだろうと思いながら、目の前の雄を慈しみたい気分が高まって堪らなくなった。
 そして、そんな持て余す熱を、相手への情を、言葉ではなくキスで伝える。
 自分の想いをつたえるようにもどかしく愛しくつついて、誘うように動かして、相手の反応を探るように、待って、舌先のうごきでコミュニケーションを取っているのを感じる。
 すると、『この相手は心身ともにつながるパートナーだ』という感覚が湧いて、快楽と別の幸福感みたいなものが、心地よさが全身を浸してくれるのだ。

「は、は、は……」
「ん、んんっ」
 どれくらい絡めば『激しい』なのか、どこまでが『許される』のか。
 そんな思いに縛られるように情熱的に口付けを繰り返せば、深めるたびに謎の背徳感が充ちてくる。
 それがますます行為を煽るようで、止まらなくなりそうなのだ。

「ああ……これ、止められない」
 ハルディアが熱に浮かされたような眼で、弱音を吐いた。
 白皙を欲情の色に染めて、目じりに熱を佩き、碧眼を血走らせて、荒い息をついて。
「触れたい。やばい。俺は押し倒すから、どうか殴って止めてくれ」
「やってもいいんじゃないか。俺は歓迎な気分だぞ」
「ああ、この人ってば止めないんだ。くそっ」

 衝動をぶつけるように乱暴にハルディアが口を開け、サミルの首元に甘噛みをする。
 甘噛みというには、強いが。
「イッツ!」
「ごめん、ごめんよ……」
 謝りながらも止められないといった調子で、口付けという名目の甘噛みが肩へと散らばっていく。
「ウッ、ん、あ、あ……っ」
「は、は……」

 罪悪感のような感情と獣欲を濃く眼に浮かべて、ハルディアが泣きそうな顔をしている。
(さすがに止めてやるべきか)
 思いつつ、サミルはその頭をぽんぽんと撫でてやった。

「これは、気持ちよくなるためにやるんだろ。仲を深めるスキンシップだろうよ。そんな顔するな、英雄さん」

 そうすると、荒ぶっていた気配がふと柔らかくなる。俯いて、ハルディアが何かに堪えるように呼吸を紡いでいる。
「ふ、ふ……」
「大丈夫か」
「ああ」
 ハルディアのがっしりとした肩が小刻みに震えて、むっちりとした雄を感じさせる胸元に汗が流れる。

「無理しないでいい」
 砂時計を見ながら言うと、金髪が揺れた。ふるふると、必死な様子で。

「ち、違う。違うんだ。俺……こんなに優しくしてもらって」
 純朴さをおもわせる、遠い異国の空みたいな薄青の瞳に、痛みに似た感情が揺れていた。
「謝りたい」

「ん……」
 性的な衝動がすこし和らぐ気配が二人の間に立ち込めて、しかし相変わらず残り時間は律儀に裸で――ハルディアは語るのだった。

「もう知ってると思うけど、俺はサミルを騙してたんだ。もともと仕事で、『一緒に行動して報告しろ』って言われてさ」
「ああ、そんなのとっくに知ってる。気にしないぞ」
  
 懺悔でもするように、まっすぐな声が続く。
 
「でもさ、抱いたりするつもりはなかったんだ。ただ、本当に美人でさ。他の奴が買うのを見てられなくて、買うって言っちゃったんだよ――本当に、一目惚れなんだよ。言っても説得力ないかもしれないけどさ……」
 必死な声が罰してほしいような許してほしいような複雑な感情を露呈していて、サミルはむずがゆくなって頬を染めた。

「あ……ありがとう。俺は信じるよ」
 口先が達者なうぬぼれのある自分が、この時は初恋を前にした初心な青少年のような心境になって、サミルは他に何も言えなくなったのだった。
 
 
 
 
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