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1章、楽師、南海に囀りて

21、俺の美しい楽師さん

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 海底の朝は、天に向けてのぼる無数の泡沫がキラキラと輝くようで美しかった。
 遠い陽光に変わり、幻想的な海草がネオンカラーの光を放ち、華やかだ。

   21、俺の美しい楽師さん

「……」
 夜の余韻よいんを身のうちに感じながら身支度みじたくを終えててがわれた部屋を出れば、番犬のように扉の前で待っていたらしき青年がいた。
 体格の良い鎧姿――清潔感のある、好ましいと思える青年。
 ハルディアである。
 朴訥ぼくとつとした気質を感じさせる碧眼へきがんがサミルを見上げて喜色きしょくを浮かべ、破顔するのが不思議と安心する――、

「おはよう、サミルさん!」
「おはよう、ハルディアさん」
「昨夜はよく眠れた?」
「ああ、ぐっすりと――」
 
 ふと夜に仕入れた仕事にまつわる話を思い出す。
(ハルディアもルカ皇子にそれなりに何か報告できる情報がないと、皇子に誉めて貰えぬのではないかな!)
 
 サミルは思案した。
 ハルディアには結構世話になっているではないか。
 個人的な好意も、ある――、
 
「俺は予言しようぞ」
(適当な事を言って喜ばせてやろう。何がいいかな? 『明日の天気は晴れでしょう』?)
 自問しつつ言葉を向ければ、ハルディアの顔が緊張するのがわかった。

(おお、ハルディアさん。わかりやすい! お前さんは密偵などには向かないな!)

「ど、どんな?」
 探るような気配に、サミルは目を細めた。
「ルカ皇子――」
 名前を呟けば、ぎくりとした気配が感じられる。

(ああ、ハルディアさん。わかりやすい! これだから可愛いと思っちまうんだ、俺は!)

 サミルは口元をゆるゆる緩めて出鱈目でたらめを並べた。

「ルカ皇子が酒池肉林の果てにお前さんを手籠てごめにしようとして、逃げられる……!」
「な、な、なんだって……っ」

「そしてグリエルモが代わりに犠牲になる!」
「ま、まさかそんな……っ」

「最終的に俺がお前さんをお姫様抱っこして駆け落ちかな!」
 ハルディアがするりと手を伸ばし、サミルの編み髪に口付けをした。
「そこは逆がいいな」
「こほん……」
 こそばゆいような感覚を覚えて、サミルはそっと目を逸らした。
 頬に朱色がともる。
 
 ――ちょっとばかし暴走したではないか。
 まあ、いい!
 
 気分が上向くまま、足取り軽く渡り廊下を進めば、賑やかな声が聞こえてくる――聞き慣れた賑わい――船団の連中だ。
「よお、おはよう」
 朝御膳のもてなしが備えられた宴会場に行けば、もはや見慣れた船団の同志らが思い思いに飯を頂いている。

「凄かったぜ。人魚が群がってきてさ……」
「ま、まじか……!」
 一部の連中が集まり、昨夜の武勇伝に花を咲かせていた。
 武勇伝とはつまり、『精の提供』とやらだろう。
「提供したのか……」
「そりゃあ、もう。熱く濃厚にしぼり取られたぜ」
「お前の血が混ざった人魚が生まれるのか? うわあ」

 ハルディアが驚愕きょうがくしている。
「聞いた? サミルさん。人魚と人間って子が成せるんだな」
「おう。お前さんも記念に提供してきたらどうだ」
「俺はちょっと、気乗りがしない……」

 朝の御膳はやはり異国情緒あふれる献立で、シャキシャキとした緑ねぎの美味い発酵スープにふっくら炊き上がった白い米、そして昨夜を思い出す緋色の欄干橋らんかんばしモチーフの器に盛られた刺身、竹で編まれたかごのような器に明るい黄緑の笹の葉が敷かれ、上にほこほこと並ぶ白い蒸し饅頭まんじゅうのようなもの――、

 ハルディアがもごもごと何か言っている――、

「俺は誰にでも腰を振るわけじゃないんだ。そこは大事っていうかさぁ……」
 水菜の漬け物をはしで摘んでぼやく顔の前に持っていけば、ハルディアの碧眼が丸くなる。
「い、いただく?」
「おう」
 口が大袈裟おおげさなほど開く――箸から水菜を食らう姿は微笑ましい。

(ふうむ。俺は弟がおらぬが、いればこのような感じであろうか?)
「美味い」
「気にいると思ったさ」

 食を進めている耳には、どうもマヌエルが船団を抜けて早朝に出立した混沌騎士団について行ったとか、ついでにアレクセイも行ってしまってミハイ皇子がちょっと寂しそうだとか、そんなうわさが入ってくる。

「あっ、結局アレクセイはあっちに戻ったのかァ……ミハイ皇子は寂しいだろうね」
 ハルディアがミハイ皇子に同情的な目をうかべるので、サミルは優しい気持ちになった。
「しかしそうなると、妖精と意思疎通できる人がいなくなっちゃったね、サミルさん? サミルさんは色んな国の言葉が喋れるんだっけ」
「まあ、それなりに。だが、ここの妖精の言葉はいまいちわからん部分も多くてなあ……非言語コミュニケーションになるかね。ジェスチャーで意思疎通するとか――イけるか?」
 試しに、とサミルが片手の親指と人差し指で丸を作ると、眉根をきゅっと寄せつつ、ハルディアが親指と人差し指と小指を立てる。
「ははあ、ハルディアさんのそりゃ『大好き』ってハンドサインじゃないかね。照れるぜ」
「サミルさんのそれは……俺に価値がないと……?」
「いや、『金』」
「か、金……」

 のらりくらりと飯を終えれば、小魚のお供を連れた人魚がゆらゆらと尾鰭おひれをくねらせ、迎えに来る。

「あー……」
 ――卵に歌を、だっけ。
 記憶を探りつつ、サミルは言葉を探した。
ヨーウォ? シャント?」
 人魚たちが肯定の気配濃き微笑みを浮かべ、頷いてくれる。
「行こうか」
「意思疎通できてるねぇ」

 席を立って人魚の後に続けば、何やら面白そうな事をすると思ったらしき冷やかしの連中がぞろぞろと付いてくる。

「へーい、へーい……」
 ハルディアが試しにと人魚たちに身振り素振りをあれこれと試し、コミュニケーションをはかっている。
「その『へーい』は言う必要があるのか」
「無言よりいいかなって」
 
 御殿の外に出れば、明るい海中景色が広がっていた。
「ここは綺麗な場所だね、本当に!」
 はしゃぐように笑うハルディアの、張りのある白色人種の肌に薄金の髪が朝の幻想光にキラキラとしていた。

「お前さんも綺麗だよ」
「ひゅう……」
 思わず呟けば、驚いたような目と口笛が返される。
 
「それを言うならこっちのセリフかな、俺の美しい楽師さん」
 
 にこりと笑って抱きついてくるのが無邪気で、心地よいと思う自分に気付いてサミルはそっと肩をすくめたのだった。
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