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七章、勇者の呪いと熱砂の誓い

148、そなたが無理に強がる必要がないように(軽☆)

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 少なくとも、今現在、僕は普通の男性でしかない。
 
 夕食を終えて、僕はひとりでコソコソと浴場にいた。
 お世話するという人たちにお断りして一人ですることといえば、ちょっと他人には見せにくいことだ。

「……」
 浄化の魔術を重ねつつ全身を丁寧に洗って、少し後ろに体重を傾けるようにして脚をひらく。
 はしたない恰好をした自分が恥ずかしいが、これは必要なことなのだと自分に言い聞かせるようにして鏡を見た。

 鏡に向けた下半身に、濡れることのなくなった場所がある。
 右手の人差し指でそっと入り口に触れると、触れた感触にも触れている自分の視覚情報にも情けない気持ちが湧いてくる。

 ここ、ただの排泄する場所だよ……僕の後孔は、触れた指先にそう訴えてくるようだった。

 ――ここ、果たして今までみたいに使えるのだろうか。
 
 僕はハレムで繋がっていた美男子たちを思い出した。
 彼らは繋がっていた。
 聖杯ではない男性同士でも、挿入はできるのだ。
 それは、間違いない……はずなのだが……。
 
「……う、ん」
 ふにふにと入り口を指先でつついて、くにっと第一関節まで中指を入れてみる。
 異物が入りましたよって感じの違和感が後ろにある。塗れていない内壁がこすれると、傷付きそうで怖い感じだ。
 あと、鏡で見る自分の姿がとてもはしたない。
 
「うぅ……」 
 
 む、無理なのではないだろうかっ?
 一本の指をちょっと入れただけでも、なんだか「ここは入れる場所ではありません」と身体が訴えてくるようだ。
 前とはやっぱり、違う。

 僕は眉をへなりと下げて指を抜きかけた。そして、その体勢のまま固まった。
 
「ひゃっ……」
 素っ頓狂な悲鳴が僕の口から零れたのは、鏡に他人が映っていたからだ。
 それも、ノウファムが。
 股をひらいて後孔の様子をみる僕の背後で呆然としている姿が。

「……」
 鏡越しに見るノウファムは、臣下から渡されたらしきお風呂グッズを手に僕の痴態を凝視していた。

「ノウファム様、……なぜ、こちらに」
 指をつぽんと抜いて脚を閉じ、僕は浴槽に逃げ込んだ。
 何もなかったことにするには衝撃が大きすぎる気がする。とんでもない現場を目撃された気がする。
 頭が沸騰しそうになりながら、僕は油断していた自分を悔いた。
 
「そなたが一人で入浴しているというから」
「お風呂を楽しみにきてくださったのですね」
 
 ノウファムはしずしずと頷き、神聖な儀式に挑むような顔で自分の身体を洗い始めた。
 よかった。先ほど見た破廉恥な僕の行為には触れないでくれる様子だ。

「僕、お手伝いしましょうか……」
 
 おずおずと申し出れば、ノウファムは真面目な顔で首を横にした。
 なんだか鬼気迫る気配だ。
 お湯を流す音が柔らかく響いて、パニック状態だった心を少し落ち着かせてくれる気がしたのが救いかもしれない。
 ざばぁっという湯音を立てて身体の泡を流しながら、ノウファムは視線を下に落とした。

「今そなたが近寄ると俺はそなたを襲う」
「あっ、はい」

 すごいことを言われてしまった。
 いや、その前に僕がすごい光景を披露してしまったのだけど。

 僕はしおしおとなって項垂れた。

「申し訳ありません、お兄様」
 都合の良いときだけ弟ぶるのか、と心の中で自分につっこみを入れつつも、僕は自分で自分を擁護せずにはいられなかった。
「あ、あれは必要な……その……点検といいますか、準備といいますか……」
 どうして僕はいつも下品な振る舞いをしたり品性を疑われることばかり言ってノウファムを驚かせてしまうのだろう。
 軽い自己嫌悪が湧いてくる。でも、仕方ないじゃないかっ……!
 
「よい」
 ざばりと浴槽に身を沈めて、ノウファムが湯面にアザラシ人形やクジラ人形をぷかぷか泳がせている。
 モイセスの趣味に違いない。

「殿下。ぼ、僕は、……いつもあのようなことをしているわけではないのです」
「ああ」

 顎まで湯に浸かって隅っこで縮こまる僕に、人形が寄せられる。
 身体のまわりにファンシーな人形が集まると、僕はちょっとだけ心を慰められた。

 ――言っていいだろうか。やめておいたほうがいいだろうか。

 悩みつつ、僕はそっと想いを口にした。

「殿下が『夜に続きを』と仰ったので、僕のあそこ、使えるのかなって思っ……」
「ごほっ」

 ああ、やめておけばよかった!
 明らかに動揺したリアクションのノウファムに背を向けて、僕は両手で顔を覆った。

「……すみません」
「い、いや。俺が悪かった……? のだろうか……?」

 ノウファムが困ったように呟いて、湯と人形をかき分けて僕の背中に近付いてくる。
 湯の流れと気配でそれを感じて、僕は謎の緊張感に包まれた。

「エーテル」
「ひゃいっ」

 名前を呼ばれただけなのにビクッとなって変な声を返してしまう。これは色々とダメだ。のぼせてしまいそう。パニック状態になってしまいそう。
 
「……もうあがって、『兄さん』と寝よう」
 僕の後ろからお兄さんな声が優しく声をかけてくる。

「……っ」
 じわりと目が熱くなる。

 気を使わせてしまった。すごく。

「エーテル?」
 そっと様子を窺う気配が優しくて、切なくなる。
「触れるが、構わないな?」
 肩に手を置かれて、びくりと全身が跳ねる。拒絶したいわけじゃないのに、身体が強張る。

「ぼ……僕、」

 みっともない姿を見せてしまった。
 今も、見せている。
 
「情けない顔をしているんです」
 
 僕はノウファムを支える側のはずなのに、すごく頼りない声を出してしまっている。
 感情的で、子供みたいだ。
 
「以前みたいにできる気がしないんです」

 こんなことを言ったら、ノウファムはもう僕に触れてくれなくなるに決まってるのに。
 大丈夫です、できるからしてくださいって言わなきゃだめなのに。
 
 感情が溢れて、胸に渦巻いて、吐息が震える。
 背中が熱い。
 時間を戻したい――でも、戻せない。やり直せない。

「俺が困らせた」
 そっとノウファムが言葉を返してくる。浴槽の湯がゆらりと揺れる。肌が重なる。
 後ろから抱きしめられると、視界が歪んで僕の目から透明な雫が落ちた。
 ぽちゃりと滴る熱さが情けなくて、僕は唇を結んで耐えようとした。なのに、溢れて止まらない。

「……っ、ふ、……っう、う」

 みっともない声が出て、平静を装えない。

「俺がいつも情けないから、そなたは強がってくれるんだな」
 お兄さんのような声で、王様の彼が耳朶を震わせる。耳が熱くて、溶けてしまいそうだ。
「……っ、ノウファム様は……、情けなく、なんて」
「世話が焼けると言っていた」
「あう」

 言った。
 間違いなく言った……。

 僕は自分の失言を振り返り、悔いた。

「エーテル、『兄さん』に触れられるのは、嫌ではあるまい」
 お兄さんの声が僕に笑いかけて、頭を撫でてくれる。
 濡れた手はあったかくて、上からお湯の雫がぽたぽた垂れてくるじゃないか。

「僕、いやじゃ、ない……っ」
「俺と触れ合うのは、好きか?」
「す……」

 後ろから頬が寄せられて、僕のうなじが真っ赤になった。
 くっついたところがじんじんして、落ち着かない気分になってしまう。心臓が騒がしい。

「す、き……」

 蕩けるように湯気に想いを混ぜて言えば、ノウファムは安堵したように僕を抱き上げて、首筋にキスを落とした。
 
「ふあっ……」
「ありがとう」
  
 穏やかな海みたいな隻眼が僕を見つめて、青年らしい晴れやかな笑顔を浮かべてくれる。

 それはすごく綺麗で、特別な感じの笑顔だった。
 僕の心は爽やかな夏の風が吹き抜けたみたいになって、涙が自然と引っ込んだ。
 
 直前までの居たたまれない気持ちが浄化されるみたいな気分。

 大きくて清潔なタオルで身体を拭われて、ナイトローブが着せられる。お人形になったみたいに、僕はぼんやりとされるがままになっていた。
 ノウファムは自分も着替えてから、僕の世話をするのが楽しくて仕方ないといった気配で甲斐甲斐しく僕の髪を拭いて、こめかみにキスをした。

「そなた、許可がいらないとも言っていたな」
「はい……」

 確かに、そんなことも言った。
 僕は大体、ノウファムになら何をされてもいいのだ。
 ノウファムはいつも気を使うけれど……。

「よし、よし」
「ん……」
 なでなでと頭が撫でられる。
 なんだか、子供扱いされているみたいだ。

 僕がぼんやりとしていると、ノウファムは横抱きに僕を持ち上げて、部屋に連れて行ってくれた。
 
「『兄さん』と寝ようか? エーテル?」
「はい」
 続きは、しないのだな。
 僕が出来ないと言ってしまったから。

 僕がしょんぼりとしていると、ノウファムはベッドに僕をふわりと寝かせて、顔を近づけた。

「なんというのだったか、そなたが以前、口にした……」
 
 なにやら言葉を探している。なんだろう。
 僕が目をぱちぱちと瞬かせていると、ノウファムは思い当たった様子で目を細めた。
 
「えっち、だったな」
「えっ」

 そういう単語をまず使わなそうな人が口にした『えっち』の衝撃に、僕は凍り付いた。

「えっち、をしようと思うが、構わぬか」
「えっ……えっ」

 僕の情緒が追い付かない。
 追いつかないが、この状況は夢ではないらしい――ノウファムは僕の返事を待つように至近距離で微笑んでいる。なんだか笑顔が神々しい。オーラがある。

「ノウファム、様」

 自分の声が甘ったるくて、恥ずかしくなる。

「エーテル。そなたが生意気を言うのは好きだし、許すが――そなたが無理に強がる必要がないように、俺がそなたの不安を取り除こう。俺が守ろう。俺が幸せにする……俺は誓う」

 ノウファムの声が糖分過多で、僕の心を溶かしてしまいそうだ。
 
「……! ……!!」
 言葉が出てこない。真っ赤になって呼吸を浅く繰り返すことしかできない。
 胸がいっぱいだ――くすぐったいような、むずむずするような感覚でいっぱいだ。

「ぼ、僕の身体、あなたの……受け入れられるか、わかんない……っ、です……」

 自分が何を言っているのかもわからない。
 けれど、また失言してしまった気がする。
 そんな僕の手がノウファムに握られる。あったかい。

「できる」
 ……言い切る! 言い切られた!
 迷いなく断言されると、なんだか「その通りなのかな」って気がしてくるじゃないか。不思議だ。
 
「は……」
 僕が言葉にならない吐息を零すと、ノウファムは腰をゆるく僕の脚に押し付けるようにした。
 熱くて硬い、確かな欲望の感触に僕の脚がビクッとなる。

「そなたと仲良くしたい」
「はう」 
「そなたを抱きたい」
「ふあ……」
「そなたを気持ちよくさせたい」
「っ……!!」
「大事にする……」

 ノウファムが切々と訴えて、吐息を奪うように僕の唇に自分のそれをそっと触れ合わせる。

 ――し、死んじゃいそう。
 なんだか、死んじゃいそうなくらい、気分が高揚してしまう……っ!

「……ん、ン……っ」 
 僕は夢の中にいるような気分で目の前の王様にしがみつき、必死に舌を突き出して「仲良くしたい」という想いを伝えたのだった。 
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