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七章、勇者の呪いと熱砂の誓い

139、王は壊れかけではないか、大空は我らのもの

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   SIDE エーテル

 
「あら。具合が悪そうね」
 ちょっと驚いたように言ったドゥバイドは、ひと目で特別な剣だとわかる大きな剣を抱えていた。

 とても重そうで、頑丈そうで、刃は研ぎ澄まされていて、なんでも斬れてしまいそうだ。
 魔力も感じられる。神聖なような、邪悪なような、肌がひりつくようなオーラがある。
 ……そんな大剣だ。

「不死の剣アルフィリオンよ」
 ドゥバイドはそう言って僕の首に手を滑らせた。とても冷たくて、ひんやりする。

「風邪かしら。おかしな病でなければいいのだけれど」
 本気で心配するような声が、僕の耳朶を震わせる。
 僕はそっと俯いた。体調が微妙なときに優しさや気遣いみたいなものをこのドゥバイドが見せてくるのが、なんだか困った感じがした。

 ……情を移さないようにしたいのに。
 
「こほっ、……」
 小さく咳をして、ドゥバイドは「あらやだ」と笑った。
「アタシも体調が微妙だわ」

 何気ない自然な言葉に、胸が突かれた思いがした。

「……」

 ドゥバイドはしげしげと僕の表情を見て、くすぐったそうに顔をくしゃりを歪めた。

「アナタ、アタシのことを心配してくれるのね」

 ドゥバイドは嬉しそうにくすくすと笑い、不死の剣を手に僕の側から離れた。
 そして、瞼を閉じて夢でも見るように願うのだった。


「まだ時間があるなら、この可愛い子たちと一緒にいたいわ」
 
 部屋の隅に置かれた黄金のランプがきらきらと輝いている。
 
「……ごらんなさい、あれが奇跡よ」
 ドゥバイドは僕たちを窓辺へと招き、外を見せた。
 高層の部屋窓から見下ろす形の首都風景はいつもと変わらぬ砂の色と建物の色で、建物群を守るように聳える外壁は物々しい気配に満ちていて。

 ――その向こうに、何かが見える。
 
「あ……」
 
 飛竜だ。
 飛竜が飛んでいる。王国の飛竜だ。
 あれは空行の斥候に違いない。
 結界を見て下がっていく――仲間が近くまで来ているに違いない。

「こんなに近くに、もう」

 『大陸連合軍』だ。
 首都を守る外壁の向こうに、『大陸連合軍』がいる。
 
「ランプちゃんは、いつもより強い結界を張ってくれたわ」
 ドゥバイドは喉を鳴らし、奇跡を示した。
 首都を守る外壁のさらに外側に、半透明の結界が張り巡らされている。

「いかに王国の英雄とやらが超人的な魔力でも、あの堅牢な結界を破るには時間がかかるでしょう」 
 

 
   SIDE 灰色の魔術師


 灰色の魔術師の『英雄』は、背が高い。
 何者にも染まらぬ漆黒の髪は風に揺れて、結界を見つめる隻眼は剣呑だった。
 
 夜藍色のマントが背にゆっくりと揺れている。
 魔力を帯びた銀の瞳には、遠い距離にいる『英雄』の褐色の指が視えた。

 自身の首に下げたネックレスの皮紐を持ち上げて、そこに括られた指輪を右手が摘まむ。

(あれは、【覇者の指輪】……!)
 古の時代、妖精族が世界を支配していた頃。
 強力な力を持った特別な存在、妖精の中でも特に力の強い古妖精と呼ばれる存在が『遊び』の一環として造ったといわれる指輪だ。

 その指輪を填めて古妖精に認められた者は、古妖精の後ろ盾を得て、人間の王になれる。
 妖精たちの庭であった大地に、妖精の代わりに庭を管理する代官のような王として君臨し、必要なときには妖精の奇跡の助力を仰ぐこともできる、……と。
 
(ランプの奇跡に奇跡で対抗しようというのですか、

 灰色の魔術師は兄が指輪を填める光景をスローモーションのように見届けた。
 
 は焦っているに違いない。
 幾度となく張り巡らされた結界を都度都度強引に破り、魔力を消耗し続けている。
 以前から患っている不眠の症状もあり、夜もろくに休んでいないという。

(……古の時代と現代は違う。妖精たちの庭であった大地は、現在はそうではない。過去の人生で、【覇者の指輪】は妖精族の怨念をそれ自体から溢れさせて、穢れの原因になっていたのですよ。危険です)
 
 兄ノウファムが指輪を填めた瞬間、その周囲からぶわりと一斉に何かが湧きあがった。

「!!」

 煙のように。
 雲のように。
 人の身体から、足元の陰から、何か小さなものが無限に湧く。
 小さく耳障りな音を立てたそれらは――……一体一体がとても小さな、羽をもつ妖精たちだった。


 「王になろうとする者がいる」
 「その心は王にふさわしいだろうか」

 声が響く。
 この世のものと思えぬ美しさで。
 光を音に変えたなら、このようであろうかと思われるような清らかさで。
 澄んだ声が、透き通るような声が、冷たく無機質に響き渡る。

 ――「王の心は弱い」「王は疲弊している」「王は……壊れかけではないか」


 湧き上がった小さな妖精たちは空を覆い隠すように上空へとあがっていく。
 そして、飛翔していた飛竜を見つけて口々に叫んだのだった。


「大空は我らのもの」


「飛竜ごときが大きな顔をするのではないわ」


 雷に打たれたように飛竜が悲鳴をあげ、次々と落ちていく。
 魔術師団は慌てて杖を振り、落下する飛竜隊を守ろうと魔力を練った。
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