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六章、逆転、反転、繰り返し

125、ガレット・デ・ロワと金の王冠

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 人魚たちが船の周りをぐるぐると踊るようにして泳ぐ中、船上の人間たちはおっかなびっくり手を振ってみたり食べ物を投げてみたりして交流を図った。
 言葉は通じないが友好の意思は伝わったようで、人魚がウインクしたり手を振ってくれると次々と喜びの声があがった。

 楽団メンバーも安心した様子で、ノリノリで演奏を続けている。
 途中でアップルトンがハープを手にして混ざり、モイセスが大きな手製のぬいぐるみクマさんを振って応援していた。仲が良い。

「坊ちゃん、ガレット・デ・ロワでございます」
 パプリカとサーモンのポタージュをふうふうと覚ましながら味わっていた僕に、ネイフェンがネコヒゲをぴんっとさせて誇るような顔で菓子を運んできた。

「金色の王冠が乗ってる。綺麗だね」
 アーモンドクリームが入った円いパイケーキは、中にフェーヴ小さな人形が入っている。
 切り分けてフェーヴ小さな人形が当たった人には幸運があるので、ロザニイルが張り切って腕まくりをした。
 
「よしエーテル、お前は切り分けたのを誰に渡すか指名する係な。目隠しだ」
「僕、責任重大じゃない?」
 
 目隠しをさせられて、ロザニイルとネイフェンが楽しそうに切り分けるのを聞く。
「オレが切っちゃうぞー」
「ロザニイル様! 私が切りますから」
「んじゃ一緒に切ればどうよ? 共同作業だぜ!」

 僕が大人しく待っていると、二人は無事切り分け終えたらしい。
「お~」
 声が周囲から聞こえる。
 人が周りに集まっている。
 そして、その「お~」はなんだ。切り分けた瞬間ぽろっとフェーヴ小さな人形が転がり出た「お~」なのか、たまたま切っただけではどれに入っているかわからなかったっていう「お~」なのか。

「ハイ最初の皿~。エーテル、誰にこの皿配ろうか?」
 見えないのだから、僕に責任はない。
 悩みようもない。
「じゃあ、切り分けたネイフェンに」
「オレ様も切り分けたのよエーテル!!」
「次の皿はロザニイルでいいよ」
 次々と皿を配る相手を指名していき、目隠しを取ればロザニイルがニカッと快活な笑顔でフェーヴ小さな人形をつまんでいた。

「ロザニイル、おめでとう」
「ふふん! お前にあげよう、エーテル。兄ちゃんから幸運の御裾分けだぜ」
 ロザニイルは僕のお皿にフェーヴ小さな人形を乗せてくれて、金色の紙でつくられた王冠も頭に乗せてくれた。

「おっ、似合うじゃねえか。今日はエーテルが王様だぞー!」
 ロザニイルは満足そうに僕を視てからノウファムをつついた。
「ノウファム、お前は王様役をお休みな」

 普段通りの温度感で自然にかけられた言葉に、僕はどきりとした。
 そぉっとノウファムを見ると、パイ生地を頬張る瞳の色は穏やかだ。

「では、俺は何なのだ?」
 ぽつりと呟かれた質問は、迷子の少年みたいな声色だった。

 僕はドキドキしながらフェーヴ小さな人形をつまんで、ノウファムの目の前に差し出した。
「僕のお兄様です。僕、お兄様に幸運をあげます……」

「おーい、ははっ。オレがあげた幸運だぞ~? いいけど! 隙あればイチャイチャするなお前たち!」
 ロザニイルが茶化している隣で、ノウファムはお兄さんな顔で微笑んだ。
 
「人形をくれるのか?」 
「こうするんだよ」
 
 僕はフェーヴ小さな人形の顔をノウファムの頬にちゅっとつけた。
 ノウファムがちょっとびっくりしたみたいな顔で固まっている中、周囲は大喜びで囃し立てた。

「ひゅう、幸運のキスしてもらってよかったなノウファムぅ」
「殿下、耳が赤いですぞ!」
「お熱いですねえ、ところで私、演奏してたらガレット・デ・ロワを貰いそびれてしまって心が淋しいです」
「ア、アップルトン殿……!!」

 
 賑やかな空気の中で、ノウファムは年相応の青年の顔で居心地よさそうに寛いでくれた。

「お兄様、みんなで過ごすのは楽しいですね」
 僕が風に飛ばされそうな王冠を抑えながら笑うと、褐色の手が王冠を直してくれる。
「ああ、……楽しいな」

 過去の王様は、即位してからは情勢不安や暴君化もあってピリピリしていることが多くて、こんな風に無礼講な雰囲気の中で寛ぐことがなかったのだ。
 僕はそれを思い出して、この温かな仲間たちに囲まれた現在が嬉しくなって、とても優しい気持ちになった。
 
「ノウファム……」
 この青年を支配するのではなくて、傍で支えてあげたい。
 僕は小さな声で寄り添うように言葉を紡いだ。
「僕、格好良い貴方も、ちょっと困ったところのある貴方も、お兄さんな貴方も、僕に弱いところを見せてくれる貴方も、全部好き」

 寄り添った体温がポッと温かさを増すのが愛しい。
「――ありがとう、エーテル」
 ノウファムの声はとても嬉しそうで、僕は幸せな気持ちでいっぱいになった。
 

  
 わいわいとご馳走を楽しんでいると、ふと船員が誰何すいかの声をあげるのが耳に届く。
「不審人物だ!」 
「何者だ!?」
 
 何事かと見てみれば、そこには白いローブの――ステントスがいた。

 一瞬、白いローブを見て別の期待を抱いた僕の胸に淡く落胆の陰が落ちたのは、僕の心の中だけの秘密だ。

「今日は呼んでないが」
 ノウファムは微妙に失礼なことを言っている。
 
「おおい、可哀そうだろそういう言い方しちゃ。どしたステントス、お前もパーティ混ざりにきたか? 酒飲む?」
 ロザニイルが黄金酒の樽ジョッキをステントスに渡している。
 
「酒はうまい、我は頂く」
 ステントスは気にした様子もなく樽ジョッキを受け取り、楽団の演奏に楽し気に身体を揺らした。

「あんまり狂気が強くなった感じがしませんね」
「穢れがそれほど増えていませんな」
 アップルトンとネイフェンがコソコソと話している。

 ノウファムはステントスの姿に少し考えてから、僕の頭に手を伸ばした。
「エーテル。これをあの者にあげたいが、構わぬか」

 金色の紙でつくった王冠だ。
 僕はウンウンと頷いた。

「はい、ノウファム様」

「……今度、代わりに何か贈ろう。欲しいものを考えておいてくれ」 
 ノウファムは甘やかに囁くと、王冠を持ってステントスに近付いた。


「人間の王がそなたに……」
「待った」 
 言いかけた言葉をロザニイルが遮る。
「ノウファム、さっき言っただろ。今日はお前、王様じゃねえって」

「……」 
 ノウファムはとても意表を突かれた顔でロザニイルを見た。 

「王様じゃなくても、贈り物はできる」

 ロザニイルは友達の顔で笑って、ノウファムの肩をぽんと叩いた。
 
 ――ああ、いいなあ。僕も二人と同じ年だったらな。
 
 僕がちょっとだけ嫉妬する中、ノウファムはちょっと緊張した様子でステントスに王冠を掲げてみせた。

「……ステントス。そなた……お前の友として、俺はこの王冠を贈りたい」
 

 青年の声に、ステントスは顔をまっすぐ見つめ返して頭を下げた。

 金色の紙でできた王冠がステントスの頭に乗せられると、ロザニイルが力いっぱい拍手した。

 僕も一緒に拍手をすると、周りの人がひとり、またひとり拍手をし始めて――やがて、船上のみんなが友人たちに拍手を送ったのだった。
 
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