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五章、眠れる火竜と獅子王の剣
100、剣は二十二本ございます!
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その生き物は、巨大だった。飛竜に似ているけれど、彼らよりも大きくて、禍々しくて、不気味だ。
黒い岩みたいな鱗がびっしりと全身を覆っていて、まるで岩の塊が蒼穹を飛んでいるみたいだ。尾は長く爪も牙も鋭く、双眸は昏く濁っていた。
鱗の隙間からはマグマを彷彿とさせるぎらぎらした灼熱の光が洩れていて、恐ろしい。
本能的に畏れを抱いてしまう、そんな威容だ。
「火竜……あれが、火竜」
火竜を視て、僕は慄くより先に「こういう歪な生き物を知ってる」という感覚を強く抱いた。
「穢れてしまっている。歪んでしまったんだ」
妖精が負の感情により狂って狂妖精になるように。
獣も竜も穢れ歪んで、暴れ狂う。
きっと滅亡が近づいた世界で、僕はこんな生き物をたくさん視たのだ。
「狂ってる。この竜、狂ってるんだ」
短い杖を振って、魔力を練る。近くにあった水や料理、空気中に含まれる水の成分を搔き集めるようにして。
「坊ちゃん……!」
ネイフェンの声が聞こえて、僕は頷いた。
「僕が守ってあげるよ。ネイフェン」
現在の世界ではロザニイルに遅れを取ってしまったけれど。
見上げた視界で、火竜が大きな頤をくわりと開けるのが視える。
喉の奥にマグマのような熱そうな光が視えて、僕は指揮者のように水の魔力を従えて左から右へとサッと振った。
竜から吐き出された溶岩流みたいなブレスが地上へと翔けて、悲鳴が上がる。
水の魔力は薄く左から右へと広がって、柔らかにそれを受け止めてジュワジュワと白い水蒸気をあげた。
「あっつ……っ」
周囲の気温が一気に上がって、ひらかれた野外なのに数秒ほどの時間、サウナみたいになる。風があっという間に熱した空気を攫って、涼しくしてくれたのが幸いだった。
「みんな、無事……?」
視界の端っこでロザニイルやアップルトンが同じように杖を操っているのがわかった。
「妖精族がいるぞ」
「妖精族だ」
アップルトンのフードが風に煽られて外れてしまって、妖精族の特徴ある風貌が露わになっている。
「殿下! 剣は二十二本ございます!」
モイセスが問われる前に剣の数を報告している。数を聞いて「足りるかな」と考えてしまう自分が恐ろしい。
殺気というには生ぬるい、圧倒的に上位種に位置する強靭な生き物の殺戮の意思が、ひしひしと天から降ってくる。
火竜は獰猛な鼻息を繰り返して興奮状態の様子で、長大な竜翼を荒々しく上下に羽搏かせた。
離れているのにその翼が風を叩く轟音が聞こえるような錯覚を覚えるほど、それは力強い動作だった。
皺がれた声が響いたのは、その時だ。
「おのれ火竜め! ワゥラン様も、ワゥラン様の戦果物も、この身を焼かれてもお守り致しますぞ!」
チュエン爺だ。
近くにノウファムがいて、何か魔術を使っている。
注目を惹くような類の魔術だろうと僕には思われた。
「以前痛い目に遭わせてやったのに、まだ懲りずにわしらの前に顔を出しよって! 大人しく巣に籠り寝ていればいいものを。我ら獣人族は、何度でもおぬしを撃退してやるとも! おお、おお!」
声が大きく響く。
「仇じゃ! おぬしは、友の仇じゃ! おのれ、おのれ!」
声が響く中、火竜はノウファムの方向をじっと見て、空中で数回手足をバタバタと暴れさせた。
「……っ!?」
「気を付けろ、さらに狂暴化している!」
緊張を高める地上のみんなが固唾を呑んで見守る中、やがて火竜は耳を劈く悍ましい咆哮を迸らせた。
……そして、火山の方角へと飛び去って行った。
「奴が巣に戻っていくぞ」
緊張を解かずに空を見守り、地上の全員が互いの気配を探り合う。
先に声を響かせたのは、ズハオだった。弓を従者に渡して、代わりに腰に佩いた剣の柄に手を伸ばしている。
「戦士よ! 我が友たちよ! かの火竜は、かつて我が国を脅かした因縁の敵である。先祖らが多大なる犠牲を払い追い払いしのち、巣に籠り眠っていた奴が目覚め、今また我らの前に姿を見せたのである」
野太い声は、勇ましかった。
「我ら獣人族は、長くあの火竜を意識して生きてきた。いつあの獰猛な火竜が目覚めるかわからぬ恐怖を抱きながら、巣に踏み込んで刺激し、被害を出すことを怖れて討伐を決行できずにいたのである」
ワゥランがズハオに対抗するように従者に弓を渡している。
「我らの歴史ある国土、先祖代々根を張りし故郷を守ることに躊躇する者はいまいな?」
空気を震わせるズハオの声は、いかにも戦士然としていて、熱っぽい。
太鼓に似ている、と僕は思った。
大きな声が、ずしんと腹に響くようで、胸の真ん中をまっすぐに拳骨で突くような――そんな声だった。
「火竜を放置してはいけない。あの狂暴な火竜を野放しにはしてはならない。我らが代にて決着をつけ、未来を生きる子孫らがこの先何にも恐れず安全に暮らせるようにしようではないか!」
同意の声が幾つも上がり、連鎖して、空気を一色に染めていく。
同調の熱が高まる中、ズハオは腰から【妖精殺し】の剣を抜き、天を衝くように気高く雄々しく切っ先を上げた。
「汝らが力尽きる時、それは仲間や家族を守るために全力を奮い、誇りを胸に死ぬのである! 恐れるな! それは誇りであるのだから!」
彼の信奉者たちが、配下たちが、声をあげて武器を抜く。
儀式みたいに揃って天に武器を掲げる。
「戦士は恐れず、怯まず、突き進む! 誇らしき我らが英雄祖霊の方々よ、遥かなる天上の神々よ、我らの武勇をご照覧あれ!」
「誇らしき我らが英雄祖霊の方々よ、遥かなる天上の神々よ」
士気を高揚させ、闘志を漲らせた獣人の戦士たちが目を爛々とさせ、唱和する。
「――我らの武勇をご照覧あれ!」
「ここで動かない選択はありません。ズハオ殿たちが危地に挑むなら、それを見捨てるのは戦士の行いではない。こうなりますと、一致団結、協力して火竜討伐に向かうのみ……」
ワゥランは小さく呟き、対抗するように声をあげた。
「皆様、これは天の与えた好機です。我々は試練に挑むため、戦いに必要な準備をしていたところでしたから。そして、他国勢の協力も得ているのですから。このタイミングで火竜が目覚めたのは、まさに天が我らに決着を付けよ、過去に犠牲になった先祖の仇を討てと言っているに違いありません」
ズハオと比べると迫力はなく、覇気がない。
けれど、ワゥランの声は落ち着いていて、不思議な安心感があった。
「火竜の巣には、数千年かけて火竜がコレクションした金銀財宝が蓄えられているという伝承があります。討伐の暁には、全国民でそれを山分けし、祖先たちに喜びを報告して一晩中楽しく踊りあかそうではありませんか」
ワゥランは悪戯っぽく王国勢と砂漠の国勢を視て、ネイフェンとよく似た仕草でウィンクをした。
「ああ、もちろん、我々の親しき友人たちにも山分けはいたしますからね!」
ワッと歓声があがる。現金だ。
「ここに人の輪ぞありけり! 人の絆の力をもって、我らは火竜に立ち向かわん!」
「おーっ!」
ワゥランは配下に命じて、怯えて逃げて行った人たちを追いかけて保護し、無事に近隣都市まで避難させた。
そして他の有力都市に馬を走らせて、警戒と応援を呼び掛けることにした。
「長く眠っていた火竜は腹を空かせて弱っているだろう。奴が弱っているうちに叩くぞ」
ズハオが速攻を呼び掛けて、火口付近にあるという火竜の巣の場所を共有して先陣を切ってくれる。
――こうして、僕たちは獣人たちと一緒に火竜討伐隊として【オルグ火山】の火口に向かったのだった。
黒い岩みたいな鱗がびっしりと全身を覆っていて、まるで岩の塊が蒼穹を飛んでいるみたいだ。尾は長く爪も牙も鋭く、双眸は昏く濁っていた。
鱗の隙間からはマグマを彷彿とさせるぎらぎらした灼熱の光が洩れていて、恐ろしい。
本能的に畏れを抱いてしまう、そんな威容だ。
「火竜……あれが、火竜」
火竜を視て、僕は慄くより先に「こういう歪な生き物を知ってる」という感覚を強く抱いた。
「穢れてしまっている。歪んでしまったんだ」
妖精が負の感情により狂って狂妖精になるように。
獣も竜も穢れ歪んで、暴れ狂う。
きっと滅亡が近づいた世界で、僕はこんな生き物をたくさん視たのだ。
「狂ってる。この竜、狂ってるんだ」
短い杖を振って、魔力を練る。近くにあった水や料理、空気中に含まれる水の成分を搔き集めるようにして。
「坊ちゃん……!」
ネイフェンの声が聞こえて、僕は頷いた。
「僕が守ってあげるよ。ネイフェン」
現在の世界ではロザニイルに遅れを取ってしまったけれど。
見上げた視界で、火竜が大きな頤をくわりと開けるのが視える。
喉の奥にマグマのような熱そうな光が視えて、僕は指揮者のように水の魔力を従えて左から右へとサッと振った。
竜から吐き出された溶岩流みたいなブレスが地上へと翔けて、悲鳴が上がる。
水の魔力は薄く左から右へと広がって、柔らかにそれを受け止めてジュワジュワと白い水蒸気をあげた。
「あっつ……っ」
周囲の気温が一気に上がって、ひらかれた野外なのに数秒ほどの時間、サウナみたいになる。風があっという間に熱した空気を攫って、涼しくしてくれたのが幸いだった。
「みんな、無事……?」
視界の端っこでロザニイルやアップルトンが同じように杖を操っているのがわかった。
「妖精族がいるぞ」
「妖精族だ」
アップルトンのフードが風に煽られて外れてしまって、妖精族の特徴ある風貌が露わになっている。
「殿下! 剣は二十二本ございます!」
モイセスが問われる前に剣の数を報告している。数を聞いて「足りるかな」と考えてしまう自分が恐ろしい。
殺気というには生ぬるい、圧倒的に上位種に位置する強靭な生き物の殺戮の意思が、ひしひしと天から降ってくる。
火竜は獰猛な鼻息を繰り返して興奮状態の様子で、長大な竜翼を荒々しく上下に羽搏かせた。
離れているのにその翼が風を叩く轟音が聞こえるような錯覚を覚えるほど、それは力強い動作だった。
皺がれた声が響いたのは、その時だ。
「おのれ火竜め! ワゥラン様も、ワゥラン様の戦果物も、この身を焼かれてもお守り致しますぞ!」
チュエン爺だ。
近くにノウファムがいて、何か魔術を使っている。
注目を惹くような類の魔術だろうと僕には思われた。
「以前痛い目に遭わせてやったのに、まだ懲りずにわしらの前に顔を出しよって! 大人しく巣に籠り寝ていればいいものを。我ら獣人族は、何度でもおぬしを撃退してやるとも! おお、おお!」
声が大きく響く。
「仇じゃ! おぬしは、友の仇じゃ! おのれ、おのれ!」
声が響く中、火竜はノウファムの方向をじっと見て、空中で数回手足をバタバタと暴れさせた。
「……っ!?」
「気を付けろ、さらに狂暴化している!」
緊張を高める地上のみんなが固唾を呑んで見守る中、やがて火竜は耳を劈く悍ましい咆哮を迸らせた。
……そして、火山の方角へと飛び去って行った。
「奴が巣に戻っていくぞ」
緊張を解かずに空を見守り、地上の全員が互いの気配を探り合う。
先に声を響かせたのは、ズハオだった。弓を従者に渡して、代わりに腰に佩いた剣の柄に手を伸ばしている。
「戦士よ! 我が友たちよ! かの火竜は、かつて我が国を脅かした因縁の敵である。先祖らが多大なる犠牲を払い追い払いしのち、巣に籠り眠っていた奴が目覚め、今また我らの前に姿を見せたのである」
野太い声は、勇ましかった。
「我ら獣人族は、長くあの火竜を意識して生きてきた。いつあの獰猛な火竜が目覚めるかわからぬ恐怖を抱きながら、巣に踏み込んで刺激し、被害を出すことを怖れて討伐を決行できずにいたのである」
ワゥランがズハオに対抗するように従者に弓を渡している。
「我らの歴史ある国土、先祖代々根を張りし故郷を守ることに躊躇する者はいまいな?」
空気を震わせるズハオの声は、いかにも戦士然としていて、熱っぽい。
太鼓に似ている、と僕は思った。
大きな声が、ずしんと腹に響くようで、胸の真ん中をまっすぐに拳骨で突くような――そんな声だった。
「火竜を放置してはいけない。あの狂暴な火竜を野放しにはしてはならない。我らが代にて決着をつけ、未来を生きる子孫らがこの先何にも恐れず安全に暮らせるようにしようではないか!」
同意の声が幾つも上がり、連鎖して、空気を一色に染めていく。
同調の熱が高まる中、ズハオは腰から【妖精殺し】の剣を抜き、天を衝くように気高く雄々しく切っ先を上げた。
「汝らが力尽きる時、それは仲間や家族を守るために全力を奮い、誇りを胸に死ぬのである! 恐れるな! それは誇りであるのだから!」
彼の信奉者たちが、配下たちが、声をあげて武器を抜く。
儀式みたいに揃って天に武器を掲げる。
「戦士は恐れず、怯まず、突き進む! 誇らしき我らが英雄祖霊の方々よ、遥かなる天上の神々よ、我らの武勇をご照覧あれ!」
「誇らしき我らが英雄祖霊の方々よ、遥かなる天上の神々よ」
士気を高揚させ、闘志を漲らせた獣人の戦士たちが目を爛々とさせ、唱和する。
「――我らの武勇をご照覧あれ!」
「ここで動かない選択はありません。ズハオ殿たちが危地に挑むなら、それを見捨てるのは戦士の行いではない。こうなりますと、一致団結、協力して火竜討伐に向かうのみ……」
ワゥランは小さく呟き、対抗するように声をあげた。
「皆様、これは天の与えた好機です。我々は試練に挑むため、戦いに必要な準備をしていたところでしたから。そして、他国勢の協力も得ているのですから。このタイミングで火竜が目覚めたのは、まさに天が我らに決着を付けよ、過去に犠牲になった先祖の仇を討てと言っているに違いありません」
ズハオと比べると迫力はなく、覇気がない。
けれど、ワゥランの声は落ち着いていて、不思議な安心感があった。
「火竜の巣には、数千年かけて火竜がコレクションした金銀財宝が蓄えられているという伝承があります。討伐の暁には、全国民でそれを山分けし、祖先たちに喜びを報告して一晩中楽しく踊りあかそうではありませんか」
ワゥランは悪戯っぽく王国勢と砂漠の国勢を視て、ネイフェンとよく似た仕草でウィンクをした。
「ああ、もちろん、我々の親しき友人たちにも山分けはいたしますからね!」
ワッと歓声があがる。現金だ。
「ここに人の輪ぞありけり! 人の絆の力をもって、我らは火竜に立ち向かわん!」
「おーっ!」
ワゥランは配下に命じて、怯えて逃げて行った人たちを追いかけて保護し、無事に近隣都市まで避難させた。
そして他の有力都市に馬を走らせて、警戒と応援を呼び掛けることにした。
「長く眠っていた火竜は腹を空かせて弱っているだろう。奴が弱っているうちに叩くぞ」
ズハオが速攻を呼び掛けて、火口付近にあるという火竜の巣の場所を共有して先陣を切ってくれる。
――こうして、僕たちは獣人たちと一緒に火竜討伐隊として【オルグ火山】の火口に向かったのだった。
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