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五章、眠れる火竜と獅子王の剣
99、今日は剣も壊れず、平和でござるな
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山頂付近の火口の噴火により溶岩や火山砕屑物など積み重なり形成された円錐状の火山――【オルグ火山】での試練の日。
都市と火山の中間位置に設置された拠点は、ちょっとした小さな集落みたいになって関係者や獣人族の応援団が集まっていた。中には、物見遊山の旅人が混ざっていたりもする。一言でいうと、お祭りムードだ。
兎の耳を揺らす薬屋さんや、雑貨屋の店主さんまでもが足を運んでいて、分厚い布の大きな天幕が並んで、商人が屋台なんか出してたりする。商魂たくましい。
「こちらは狩りたて新鮮な火蜥蜴の肉を炙り、甘辛特製ソースを絡めた逸品でございます」
ワゥランの従者であり、素材活用班を任せられたチュエン爺が審査員に料理をチェックしてもらっている。
「確かに確認した! それではワゥラン様の班に素材活用ポイントが加算する!」
ポイントを加算されたあとの料理は、立食パーティよろしくテーブルに群れて待ち焦がれる応援団におすそ分けだ。
「火鳥肉のフライド・カレー、食べてって!」
ちょっと離れたところでは、ライバルであるズハオの素材活用班の中で砂漠の国のライスと呼ばれていた人が美味しそうな料理を並べていた。
ライスは目元以外布で隠していて風体があやしげだけど、意外と接客が得意そうで、様になっている。
「負けねえぞ! オレたちの火蜥蜴サンド見てくれ! 火蜥蜴に挟まれて野菜もこんがり」
「焦げてるじゃねえか!」
ロザニイルが力作を披露すると、野次が飛んできた。
「このオコゲが美味いんだよぉ! 食ってみろよお!」
「新しい食材が届きましたよ~」
アップルトンが知らせてくる。
視線を向けると、火山側からワゥランの狩猟班とズハオの狩猟班がそれぞれの戦果を担いでやってくる。
「ワゥラン様の班10体、ズハオ様の班12体!」
審査員のチェック後、まるまるとした狩猟物が素材置き場に運ばれる。運ばれた狩猟物は浄化・分解担当が部位分けをして、部位ごとの保管処に納めていく。
「殿下、追加の火鳥でござる」
モイセスの声に頷いたノウファムが剣を抜き、すぱりすぱりと肉を断ち、骨を断つ。
「手羽先。テール。もも肉。ササミ。レバー……」
隣では「今日は剣も壊れず、平和でござるな」と感慨深く呟くモイセスが同じように剣を躍らせ、鳥肉を斬っていく。
「肉が増えたからお代わり作れるぞー!」
ロザニイルはそう言ってソースで口の周りをべたべたにした小さな子供にテーブルナプキンを渡し、にっこりした。
そんな現場なので、見物人は眺めて楽しい、食べておいしい、勝負も気になる、屋台もあって買い物もできる、と実に楽しそうだ。
「あのお兄ちゃんたちは何をつくってるの?」
「魔導具? 呪具?」
「装飾品みたい」
小さな子供の声と見物人の視線を感じながら、僕はアップルトンが運んできた火鳥の尾羽や火蜥蜴の爪に微弱な魔力を燈し、加工済の札がついた箱に入れていく。
その箱の中身が今度は職人のもとに運ばれて、装身具や武具に活かされ、ちょっとした防火のお守りや、火種なしで火を燈すランプ、火の魔力をうっすらと宿す剣身や矢になるのだ。
「坊ちゃん、屋台に果実飴がございましたぞ。一休みなさってはいかがですかな!」
ネイフェンが赤くて艶々した棒付きの果実飴を差し出してくれるので、僕は作業を中断した。
「ありがとう、ネイフェン」
果実飴は、外側が透明度の高い飴で、ちろちろと味わっていると中の果実に辿り着く。ちょっとしなしなの果実が甘酸っぱい。
飴と一緒にカチコチになって、くたびれたのだろうか。
僕がちょっと作業に疲れたみたいに、果実もくたびれてるんだ――そんなことを考えると、しゃりっとした歯触りが愛しくて、ひとくちひとくちが大切に想えた。
「ワゥラン殿もいかがですかな」
ネイフェンが声をかけると、ワゥランはちょっとびっくりしたようだった。
「ありがとうございます、騎士殿」
「ネイフェンと申します」
その手がおずおずと伸びて果実飴を受け取る。僕は二人を見守りながら、果実の酸っぱさに胸がきゅう、となった。
「魔物が最近増えているときいていたのですが、やっぱり多いですね。王国の方々が仰る『穢れ』というのもあるかもしれません、普通の獣もなにやら狂暴性が増しているみたいで」
「危険でございますな。戦果を求めるのはもちろんですが、くれぐれも御身をお大事に、お怪我をなさらぬよう」
「ありがとうございます。少し休憩したら、また出発します」
ワゥランはふにゃりと微笑み、赤い舌でぺろぺろと果実飴を舐める。
「ご武運を」
穏やかな声で呟くネイフェンは、普段通りだ。けれど。
――いいえ、殿下。私はそのような恐れ多き身分ではございませぬ。
ネイフェンは、本当はワゥランの異母兄なんじゃないだろうか。
僕はこの時、そう思った。
「ネイフェンは騎士として優秀で、頼りになるんですよ」
そっと空気を震わせると、猫の眼が僕に注がれる。
「……もしよければ、この後の狩猟にお連れになられてはいかがでしょうか。彼は、ワゥラン殿のお役に立てるかと……」
胸の中で、鼓動が跳ねている。
自分の発言で動揺している自分が、おかしい。
――気に入られて、異母兄だとわかって、ワゥラン殿が「近くにいてほしい」とネイフェンを求めたら?
ネイフェンも、異母弟の近くで――故国で、同じ獣人種族の仲間たちと過ごすほうがよかったりしないかな?
もしネイフェンがこの国に残りたいと望んだら、僕は、「いいよ」って言うのだろうか。
「今までありがとう、元気でね」って笑ってお別れを言ったりできるのだろうか。
「坊ちゃん……」
ネイフェンが何かを言いかけたとき、遠くから悲鳴のような報告が聞こえた。
「大変ですッ、火竜が、火竜が――起きています!」
王国勢や砂漠の国の人たちが唖然とする中、拠点に悲鳴が連鎖した。
「なんだって……?」
「火竜が起きているって聞こえたわ」
「そんなはずないだろうっ、今は眠っていて、安全なはず――」
軽いパニック状態だ。
「眠っているはずじゃないのか!?」
「こっちに来ます!」
非日常のお祭りムードを楽しんでいた人たちが一斉に浮足立ち、一目散に逃げ出した。
「キャアアアッ!」
「逃げろ……!!」
食べかけの料理がテーブルに残され、椅子がひっくり返されて、みんなが火山から離れていく。
「え……え……?」
思い出したのは、この国に来る時に聞いた話だ。
――ある時、火蜥蜴や火の鳥がたくさん住む【オルグ火山】からとても恐ろしい火竜が現れて、国が危機にさらされたときに……。
「火竜って、倒したんじゃないんだ?」
僕はなんとなく、国が無事なのだから襲ってきた火竜は倒されたのだと思っていたのだけれど。
……生きてたんだ。
ワゥランとズハオが動いたのは、同時だった。
武器を携え、配下の者たちに声をかけている。
状況に全く頭が追い付かない――僕がぽかんとしていると、ネイフェンが僕の腕を引いて移動するよう促してくれる。
「来るようです、逃げましょう!」
「来るって。火竜……?」
手を引かれて数歩踏み出したところに、サッと暗い影が差す。
陽光を遮る正体に気付いて、僕は眼を瞠った。
「わぁ。大きい」
――口から出た感想は、我ながらちょっと緊迫した場にそぐわない間抜けな響きであった。
都市と火山の中間位置に設置された拠点は、ちょっとした小さな集落みたいになって関係者や獣人族の応援団が集まっていた。中には、物見遊山の旅人が混ざっていたりもする。一言でいうと、お祭りムードだ。
兎の耳を揺らす薬屋さんや、雑貨屋の店主さんまでもが足を運んでいて、分厚い布の大きな天幕が並んで、商人が屋台なんか出してたりする。商魂たくましい。
「こちらは狩りたて新鮮な火蜥蜴の肉を炙り、甘辛特製ソースを絡めた逸品でございます」
ワゥランの従者であり、素材活用班を任せられたチュエン爺が審査員に料理をチェックしてもらっている。
「確かに確認した! それではワゥラン様の班に素材活用ポイントが加算する!」
ポイントを加算されたあとの料理は、立食パーティよろしくテーブルに群れて待ち焦がれる応援団におすそ分けだ。
「火鳥肉のフライド・カレー、食べてって!」
ちょっと離れたところでは、ライバルであるズハオの素材活用班の中で砂漠の国のライスと呼ばれていた人が美味しそうな料理を並べていた。
ライスは目元以外布で隠していて風体があやしげだけど、意外と接客が得意そうで、様になっている。
「負けねえぞ! オレたちの火蜥蜴サンド見てくれ! 火蜥蜴に挟まれて野菜もこんがり」
「焦げてるじゃねえか!」
ロザニイルが力作を披露すると、野次が飛んできた。
「このオコゲが美味いんだよぉ! 食ってみろよお!」
「新しい食材が届きましたよ~」
アップルトンが知らせてくる。
視線を向けると、火山側からワゥランの狩猟班とズハオの狩猟班がそれぞれの戦果を担いでやってくる。
「ワゥラン様の班10体、ズハオ様の班12体!」
審査員のチェック後、まるまるとした狩猟物が素材置き場に運ばれる。運ばれた狩猟物は浄化・分解担当が部位分けをして、部位ごとの保管処に納めていく。
「殿下、追加の火鳥でござる」
モイセスの声に頷いたノウファムが剣を抜き、すぱりすぱりと肉を断ち、骨を断つ。
「手羽先。テール。もも肉。ササミ。レバー……」
隣では「今日は剣も壊れず、平和でござるな」と感慨深く呟くモイセスが同じように剣を躍らせ、鳥肉を斬っていく。
「肉が増えたからお代わり作れるぞー!」
ロザニイルはそう言ってソースで口の周りをべたべたにした小さな子供にテーブルナプキンを渡し、にっこりした。
そんな現場なので、見物人は眺めて楽しい、食べておいしい、勝負も気になる、屋台もあって買い物もできる、と実に楽しそうだ。
「あのお兄ちゃんたちは何をつくってるの?」
「魔導具? 呪具?」
「装飾品みたい」
小さな子供の声と見物人の視線を感じながら、僕はアップルトンが運んできた火鳥の尾羽や火蜥蜴の爪に微弱な魔力を燈し、加工済の札がついた箱に入れていく。
その箱の中身が今度は職人のもとに運ばれて、装身具や武具に活かされ、ちょっとした防火のお守りや、火種なしで火を燈すランプ、火の魔力をうっすらと宿す剣身や矢になるのだ。
「坊ちゃん、屋台に果実飴がございましたぞ。一休みなさってはいかがですかな!」
ネイフェンが赤くて艶々した棒付きの果実飴を差し出してくれるので、僕は作業を中断した。
「ありがとう、ネイフェン」
果実飴は、外側が透明度の高い飴で、ちろちろと味わっていると中の果実に辿り着く。ちょっとしなしなの果実が甘酸っぱい。
飴と一緒にカチコチになって、くたびれたのだろうか。
僕がちょっと作業に疲れたみたいに、果実もくたびれてるんだ――そんなことを考えると、しゃりっとした歯触りが愛しくて、ひとくちひとくちが大切に想えた。
「ワゥラン殿もいかがですかな」
ネイフェンが声をかけると、ワゥランはちょっとびっくりしたようだった。
「ありがとうございます、騎士殿」
「ネイフェンと申します」
その手がおずおずと伸びて果実飴を受け取る。僕は二人を見守りながら、果実の酸っぱさに胸がきゅう、となった。
「魔物が最近増えているときいていたのですが、やっぱり多いですね。王国の方々が仰る『穢れ』というのもあるかもしれません、普通の獣もなにやら狂暴性が増しているみたいで」
「危険でございますな。戦果を求めるのはもちろんですが、くれぐれも御身をお大事に、お怪我をなさらぬよう」
「ありがとうございます。少し休憩したら、また出発します」
ワゥランはふにゃりと微笑み、赤い舌でぺろぺろと果実飴を舐める。
「ご武運を」
穏やかな声で呟くネイフェンは、普段通りだ。けれど。
――いいえ、殿下。私はそのような恐れ多き身分ではございませぬ。
ネイフェンは、本当はワゥランの異母兄なんじゃないだろうか。
僕はこの時、そう思った。
「ネイフェンは騎士として優秀で、頼りになるんですよ」
そっと空気を震わせると、猫の眼が僕に注がれる。
「……もしよければ、この後の狩猟にお連れになられてはいかがでしょうか。彼は、ワゥラン殿のお役に立てるかと……」
胸の中で、鼓動が跳ねている。
自分の発言で動揺している自分が、おかしい。
――気に入られて、異母兄だとわかって、ワゥラン殿が「近くにいてほしい」とネイフェンを求めたら?
ネイフェンも、異母弟の近くで――故国で、同じ獣人種族の仲間たちと過ごすほうがよかったりしないかな?
もしネイフェンがこの国に残りたいと望んだら、僕は、「いいよ」って言うのだろうか。
「今までありがとう、元気でね」って笑ってお別れを言ったりできるのだろうか。
「坊ちゃん……」
ネイフェンが何かを言いかけたとき、遠くから悲鳴のような報告が聞こえた。
「大変ですッ、火竜が、火竜が――起きています!」
王国勢や砂漠の国の人たちが唖然とする中、拠点に悲鳴が連鎖した。
「なんだって……?」
「火竜が起きているって聞こえたわ」
「そんなはずないだろうっ、今は眠っていて、安全なはず――」
軽いパニック状態だ。
「眠っているはずじゃないのか!?」
「こっちに来ます!」
非日常のお祭りムードを楽しんでいた人たちが一斉に浮足立ち、一目散に逃げ出した。
「キャアアアッ!」
「逃げろ……!!」
食べかけの料理がテーブルに残され、椅子がひっくり返されて、みんなが火山から離れていく。
「え……え……?」
思い出したのは、この国に来る時に聞いた話だ。
――ある時、火蜥蜴や火の鳥がたくさん住む【オルグ火山】からとても恐ろしい火竜が現れて、国が危機にさらされたときに……。
「火竜って、倒したんじゃないんだ?」
僕はなんとなく、国が無事なのだから襲ってきた火竜は倒されたのだと思っていたのだけれど。
……生きてたんだ。
ワゥランとズハオが動いたのは、同時だった。
武器を携え、配下の者たちに声をかけている。
状況に全く頭が追い付かない――僕がぽかんとしていると、ネイフェンが僕の腕を引いて移動するよう促してくれる。
「来るようです、逃げましょう!」
「来るって。火竜……?」
手を引かれて数歩踏み出したところに、サッと暗い影が差す。
陽光を遮る正体に気付いて、僕は眼を瞠った。
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