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五章、眠れる火竜と獅子王の剣

95、温泉日常回ってやつかもしれない

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「きゅ、きゅぅ!」
「ほう、これがこの土地の『良さ』である温泉か」
 僕が召喚した使い魔アザラシのキューイと、ハリネズミ=ステントスが一緒になって温泉で遊んでいる――。

「アハハハハ! いやあ、楽しいナア!」
 バシャバシャとお湯を跳ねて戯れているのは、ハイテンションすぎるロザニイルだ。
 
 いつもと違ってロザニイルは僕とちょっと距離をあけていて、近づいてこない。恥ずかしいんだ。気まずいんだ――僕はその気持ちを理解しつつ、ネイフェンに身体を泡だらけにされていた。
「ネイフェン、僕も泡だらけにしてあげるよ」
「坊ちゃん。私は従者ですから……、ごろごろ……」
 あっ、気持ちよさそう。
 僕は純白の泡でふわふわとネイフェンを包んで、ネコの毛をわしゃわしゃした。清潔な良い香りがする。楽しい。
「坊ちゃんたちは本当に一般的な貴族らしからぬ行動ばかり……」 
「あははっ、魔女家は王族にすら不敬なのだもの。お湯を流すよ」
 
「……」
 都市【ヘンドゥーク】の宿の大浴場は、とても広かった。
 広々とした空間に濃ゆいメンバーが集まってぎゃあぎゃあ騒いでいた。

「アップルトン殿、浴場ではローブを脱ぎましょう。着たままは流石にいかがかと」
「わ、私は肌を晒すのに抵抗があるのです」
「浴場でござるぞ!?」
 モイセスとアップルトンがローブを巡ってもだもだ争っている。
「御免!」
「あーれー!」

 彼らの主君ノウファムは「この混沌とした空間はなんだ?」って顔で大浴場の入り口に佇んでいた。
 ノウファムはお風呂があまり好きではない。
 いつも「魔術で清めればいいだろ」って感じなのだが――、

「でん……お兄様! 僕が洗って差し上げます」
 
 僕が洗い場に引っ張っていくと、ノウファムは大人しくついてきた。
 僕は猛獣使いになった気分でノウファムを座らせて、泡でいっぱいにした。

 純白の泡に引き立てられるような褐色の肌は、お湯に濡れて艶っぽい。
 触れる感触は骨ばっていたり硬い筋肉質だったりして、雄々しい。
 煽情的だ。おかしな気分になってしまいそうで、僕はロザニイルみたいにハイテンションになった。
 
「お兄様は、どうしてお風呂が苦手でいらっしゃるんですか」
「それは昔、意地悪な魔術師が催淫効果のある湯でいっぱいにした風呂に俺とロザニイルを押し込め……」
「あ、あっ、そのお話は夢ですねお兄様!? それは忘れましょうお兄様。そんな事件はなかったと思います……! 僕の記憶には、ないなぁ……!」
 僕の罪深さがひとつ明らかになりそうだったので、僕は慌ててノウファムの発言を遮った。
  
 ――ちゃぷり、ざばり。
 僕がお湯を流していると、遠くからロザニイルが茶々を入れてくる。

「エーテルゥ! なあオレさっき恥ずかしいこと言ったけどさ! オレ思い出したんだけど、お前のことムカついたりもしてたからぁ! こんにゃろーって思ってたからぁ! いいかっ、好きにも種類があって、お前らみたいなのとは違うっていうか! わかる!? そういうんじゃねえからぁ!」

 き、聞いてるだけで恥ずかしい。

「何かあったのか、お前たち」
 ノウファムが胡乱気うろんげに低い声を発している。

「な、何もないです。ロザニイルぅ……それは夢だよぉ……現実じゃないよぉ……! 夢と現実をごちゃまぜにしちゃ、だめだよぉ……っ!」
  
「そ、そうだった! 夢だ、夢だよなー!! アハハ!!」
「あ、あはは」 

 ああ、照れ隠し。ああ、ハイテンション。
 笑う僕たちをノウファムはちょっと不機嫌な目で見比べて、「では体は洗ったので」と浴場から出て行こうとする。

「ああっ、お兄様! お湯に! お湯に浸かってください!」
「ノウファムお前、拗ねるなよぉ!」

 僕たちの声が反響する浴場は、壁に密林の絵が描かれている。
 ぺったりとした絵具の絵は、原色の緑や赤が多く使われていて、大胆な筆遣いで派手派手しい。

 
 白い大きな獅子の像は口からお湯をドバドバと流していて、モイセスが「滝行を思い出しますな!」なんて言って背を打たれている。

「きゅっ、きゅう!」
「温泉はよいな。我が溜めた穢れや負の感情も薄らぐ心地がする」
 
「それ、温泉程度で薄らいでいいの!?」
「冗談だ」

 ハリネズミ=ステントスは、なんと冗談を言えるらしい。

「大勢で同じ湯に浸かるのは、逆に不衛生では」 
 ノウファムはマイペースに湯船を選んで、かまくら状に周囲を丸みのある壁で仕切られた隠れ家みたいな浴槽に引き篭もる姿勢をみせた。
 二人が浸かるのがせいぜいの狭いかまくら浴槽にちょこんと落ち着いている姿は、なんだか巣ごもりの熊さんみたいだ。

「きゅーう!」 
 枕サイズのキューイがすいすいと泳いでいけば、ノウファムは見慣れた様子で腕を伸ばして抱っこしてあげている。

「おい、オレたちの王兄殿下が引き篭もっちゃってるぜ! ヘイヘイノウファム、恥ずかしいのかよ、出てこいよ!」
「ロザニイルは前から思っていたが俺に無礼すぎないか」
「オレたち親友だろーっ!」
 
 ロザニイルはかまくらの外側の壁を叩いたり、中を覗きまわったりしてウロチョロしてから僕をチラッと見た。

「なあ、エーテル? やられたらやり返すもんだよな?」

「んっ?」
 
 意味ありげな声のあと、ロザニイルは僕をぐいっと抱き上げてかまくら浴槽の中にひょーいと投げ入れた。

「ふあっ!」
 ばしゃあっと大きく湯をあげてかまくら浴槽に突っ込んだ僕は、ノウファムに受け止められてキューイと一緒に抱っこしてもらう姿勢になる。

「オレたち引き上げるからぁ、イチャイチャしてもいいんだぜー!?」
「そういう気の利かせ方はすっごく恥ずかしい! 恥ずかしいよ!? 引き上げなくていいよ!!」


「……そうか?」
 真っ赤になって叫んだ僕の右耳を、褐色の指がつるりと撫でる。
 濡れた感触にドキッと身を竦ませると、ノウファムは面白がるみたいに右耳を甘噛みしてから、ロザニイルに視線を送った。

「引き上げても構わんぞ」

 挑戦的に言い放った声に、ロザニイルは一瞬意表を突かれた顔になってから、白い歯を見せて好戦的な笑みを返す。

「――引き上げてやらね! ちなみにこの後は、全員で枕投げだからな!」

 その声はやんちゃな少年めいて、一瞬の色めいた気配をサッと拭い去っていって、僕はちょっと安心してしまったのだった。
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