96 / 158
五章、眠れる火竜と獅子王の剣
95、温泉日常回ってやつかもしれない
しおりを挟む
「きゅ、きゅぅ!」
「ほう、これがこの土地の『良さ』である温泉か」
僕が召喚した使い魔アザラシのキューイと、ハリネズミ=ステントスが一緒になって温泉で遊んでいる――。
「アハハハハ! いやあ、楽しいナア!」
バシャバシャとお湯を跳ねて戯れているのは、ハイテンションすぎるロザニイルだ。
いつもと違ってロザニイルは僕とちょっと距離をあけていて、近づいてこない。恥ずかしいんだ。気まずいんだ――僕はその気持ちを理解しつつ、ネイフェンに身体を泡だらけにされていた。
「ネイフェン、僕も泡だらけにしてあげるよ」
「坊ちゃん。私は従者ですから……、ごろごろ……」
あっ、気持ちよさそう。
僕は純白の泡でふわふわとネイフェンを包んで、ネコの毛をわしゃわしゃした。清潔な良い香りがする。楽しい。
「坊ちゃんたちは本当に一般的な貴族らしからぬ行動ばかり……」
「あははっ、魔女家は王族にすら不敬なのだもの。お湯を流すよ」
「……」
都市【ヘンドゥーク】の宿の大浴場は、とても広かった。
広々とした空間に濃ゆいメンバーが集まってぎゃあぎゃあ騒いでいた。
「アップルトン殿、浴場ではローブを脱ぎましょう。着たままは流石にいかがかと」
「わ、私は肌を晒すのに抵抗があるのです」
「浴場でござるぞ!?」
モイセスとアップルトンがローブを巡ってもだもだ争っている。
「御免!」
「あーれー!」
彼らの主君ノウファムは「この混沌とした空間はなんだ?」って顔で大浴場の入り口に佇んでいた。
ノウファムはお風呂があまり好きではない。
いつも「魔術で清めればいいだろ」って感じなのだが――、
「でん……お兄様! 僕が洗って差し上げます」
僕が洗い場に引っ張っていくと、ノウファムは大人しくついてきた。
僕は猛獣使いになった気分でノウファムを座らせて、泡でいっぱいにした。
純白の泡に引き立てられるような褐色の肌は、お湯に濡れて艶っぽい。
触れる感触は骨ばっていたり硬い筋肉質だったりして、雄々しい。
煽情的だ。おかしな気分になってしまいそうで、僕はロザニイルみたいにハイテンションになった。
「お兄様は、どうしてお風呂が苦手でいらっしゃるんですか」
「それは昔、意地悪な魔術師が催淫効果のある湯でいっぱいにした風呂に俺とロザニイルを押し込め……」
「あ、あっ、そのお話は夢ですねお兄様!? それは忘れましょうお兄様。そんな事件はなかったと思います……! 僕の記憶には、ないなぁ……!」
僕の罪深さがひとつ明らかになりそうだったので、僕は慌ててノウファムの発言を遮った。
――ちゃぷり、ざばり。
僕がお湯を流していると、遠くからロザニイルが茶々を入れてくる。
「エーテルゥ! なあオレさっき恥ずかしいこと言ったけどさ! オレ思い出したんだけど、お前のことムカついたりもしてたからぁ! こんにゃろーって思ってたからぁ! いいかっ、好きにも種類があって、お前らみたいなのとは違うっていうか! わかる!? そういうんじゃねえからぁ!」
き、聞いてるだけで恥ずかしい。
「何かあったのか、お前たち」
ノウファムが胡乱気に低い声を発している。
「な、何もないです。ロザニイルぅ……それは夢だよぉ……現実じゃないよぉ……! 夢と現実をごちゃまぜにしちゃ、だめだよぉ……っ!」
「そ、そうだった! 夢だ、夢だよなー!! アハハ!!」
「あ、あはは」
ああ、照れ隠し。ああ、ハイテンション。
笑う僕たちをノウファムはちょっと不機嫌な目で見比べて、「では体は洗ったので」と浴場から出て行こうとする。
「ああっ、お兄様! お湯に! お湯に浸かってください!」
「ノウファムお前、拗ねるなよぉ!」
僕たちの声が反響する浴場は、壁に密林の絵が描かれている。
ぺったりとした絵具の絵は、原色の緑や赤が多く使われていて、大胆な筆遣いで派手派手しい。
白い大きな獅子の像は口からお湯をドバドバと流していて、モイセスが「滝行を思い出しますな!」なんて言って背を打たれている。
「きゅっ、きゅう!」
「温泉はよいな。我が溜めた穢れや負の感情も薄らぐ心地がする」
「それ、温泉程度で薄らいでいいの!?」
「冗談だ」
ハリネズミ=ステントスは、なんと冗談を言えるらしい。
「大勢で同じ湯に浸かるのは、逆に不衛生では」
ノウファムはマイペースに湯船を選んで、かまくら状に周囲を丸みのある壁で仕切られた隠れ家みたいな浴槽に引き篭もる姿勢をみせた。
二人が浸かるのがせいぜいの狭いかまくら浴槽にちょこんと落ち着いている姿は、なんだか巣ごもりの熊さんみたいだ。
「きゅーう!」
枕サイズのキューイがすいすいと泳いでいけば、ノウファムは見慣れた様子で腕を伸ばして抱っこしてあげている。
「おい、オレたちの王兄殿下が引き篭もっちゃってるぜ! ヘイヘイノウファム、恥ずかしいのかよ、出てこいよ!」
「ロザニイルは前から思っていたが俺に無礼すぎないか」
「オレたち親友だろーっ!」
ロザニイルはかまくらの外側の壁を叩いたり、中を覗きまわったりしてウロチョロしてから僕をチラッと見た。
「なあ、エーテル? やられたらやり返すもんだよな?」
「んっ?」
意味ありげな声のあと、ロザニイルは僕をぐいっと抱き上げてかまくら浴槽の中にひょーいと投げ入れた。
「ふあっ!」
ばしゃあっと大きく湯をあげてかまくら浴槽に突っ込んだ僕は、ノウファムに受け止められてキューイと一緒に抱っこしてもらう姿勢になる。
「オレたち引き上げるからぁ、イチャイチャしてもいいんだぜー!?」
「そういう気の利かせ方はすっごく恥ずかしい! 恥ずかしいよ!? 引き上げなくていいよ!!」
「……そうか?」
真っ赤になって叫んだ僕の右耳を、褐色の指がつるりと撫でる。
濡れた感触にドキッと身を竦ませると、ノウファムは面白がるみたいに右耳を甘噛みしてから、ロザニイルに視線を送った。
「引き上げても構わんぞ」
挑戦的に言い放った声に、ロザニイルは一瞬意表を突かれた顔になってから、白い歯を見せて好戦的な笑みを返す。
「――引き上げてやらね! ちなみにこの後は、全員で枕投げだからな!」
その声はやんちゃな少年めいて、一瞬の色めいた気配をサッと拭い去っていって、僕はちょっと安心してしまったのだった。
「ほう、これがこの土地の『良さ』である温泉か」
僕が召喚した使い魔アザラシのキューイと、ハリネズミ=ステントスが一緒になって温泉で遊んでいる――。
「アハハハハ! いやあ、楽しいナア!」
バシャバシャとお湯を跳ねて戯れているのは、ハイテンションすぎるロザニイルだ。
いつもと違ってロザニイルは僕とちょっと距離をあけていて、近づいてこない。恥ずかしいんだ。気まずいんだ――僕はその気持ちを理解しつつ、ネイフェンに身体を泡だらけにされていた。
「ネイフェン、僕も泡だらけにしてあげるよ」
「坊ちゃん。私は従者ですから……、ごろごろ……」
あっ、気持ちよさそう。
僕は純白の泡でふわふわとネイフェンを包んで、ネコの毛をわしゃわしゃした。清潔な良い香りがする。楽しい。
「坊ちゃんたちは本当に一般的な貴族らしからぬ行動ばかり……」
「あははっ、魔女家は王族にすら不敬なのだもの。お湯を流すよ」
「……」
都市【ヘンドゥーク】の宿の大浴場は、とても広かった。
広々とした空間に濃ゆいメンバーが集まってぎゃあぎゃあ騒いでいた。
「アップルトン殿、浴場ではローブを脱ぎましょう。着たままは流石にいかがかと」
「わ、私は肌を晒すのに抵抗があるのです」
「浴場でござるぞ!?」
モイセスとアップルトンがローブを巡ってもだもだ争っている。
「御免!」
「あーれー!」
彼らの主君ノウファムは「この混沌とした空間はなんだ?」って顔で大浴場の入り口に佇んでいた。
ノウファムはお風呂があまり好きではない。
いつも「魔術で清めればいいだろ」って感じなのだが――、
「でん……お兄様! 僕が洗って差し上げます」
僕が洗い場に引っ張っていくと、ノウファムは大人しくついてきた。
僕は猛獣使いになった気分でノウファムを座らせて、泡でいっぱいにした。
純白の泡に引き立てられるような褐色の肌は、お湯に濡れて艶っぽい。
触れる感触は骨ばっていたり硬い筋肉質だったりして、雄々しい。
煽情的だ。おかしな気分になってしまいそうで、僕はロザニイルみたいにハイテンションになった。
「お兄様は、どうしてお風呂が苦手でいらっしゃるんですか」
「それは昔、意地悪な魔術師が催淫効果のある湯でいっぱいにした風呂に俺とロザニイルを押し込め……」
「あ、あっ、そのお話は夢ですねお兄様!? それは忘れましょうお兄様。そんな事件はなかったと思います……! 僕の記憶には、ないなぁ……!」
僕の罪深さがひとつ明らかになりそうだったので、僕は慌ててノウファムの発言を遮った。
――ちゃぷり、ざばり。
僕がお湯を流していると、遠くからロザニイルが茶々を入れてくる。
「エーテルゥ! なあオレさっき恥ずかしいこと言ったけどさ! オレ思い出したんだけど、お前のことムカついたりもしてたからぁ! こんにゃろーって思ってたからぁ! いいかっ、好きにも種類があって、お前らみたいなのとは違うっていうか! わかる!? そういうんじゃねえからぁ!」
き、聞いてるだけで恥ずかしい。
「何かあったのか、お前たち」
ノウファムが胡乱気に低い声を発している。
「な、何もないです。ロザニイルぅ……それは夢だよぉ……現実じゃないよぉ……! 夢と現実をごちゃまぜにしちゃ、だめだよぉ……っ!」
「そ、そうだった! 夢だ、夢だよなー!! アハハ!!」
「あ、あはは」
ああ、照れ隠し。ああ、ハイテンション。
笑う僕たちをノウファムはちょっと不機嫌な目で見比べて、「では体は洗ったので」と浴場から出て行こうとする。
「ああっ、お兄様! お湯に! お湯に浸かってください!」
「ノウファムお前、拗ねるなよぉ!」
僕たちの声が反響する浴場は、壁に密林の絵が描かれている。
ぺったりとした絵具の絵は、原色の緑や赤が多く使われていて、大胆な筆遣いで派手派手しい。
白い大きな獅子の像は口からお湯をドバドバと流していて、モイセスが「滝行を思い出しますな!」なんて言って背を打たれている。
「きゅっ、きゅう!」
「温泉はよいな。我が溜めた穢れや負の感情も薄らぐ心地がする」
「それ、温泉程度で薄らいでいいの!?」
「冗談だ」
ハリネズミ=ステントスは、なんと冗談を言えるらしい。
「大勢で同じ湯に浸かるのは、逆に不衛生では」
ノウファムはマイペースに湯船を選んで、かまくら状に周囲を丸みのある壁で仕切られた隠れ家みたいな浴槽に引き篭もる姿勢をみせた。
二人が浸かるのがせいぜいの狭いかまくら浴槽にちょこんと落ち着いている姿は、なんだか巣ごもりの熊さんみたいだ。
「きゅーう!」
枕サイズのキューイがすいすいと泳いでいけば、ノウファムは見慣れた様子で腕を伸ばして抱っこしてあげている。
「おい、オレたちの王兄殿下が引き篭もっちゃってるぜ! ヘイヘイノウファム、恥ずかしいのかよ、出てこいよ!」
「ロザニイルは前から思っていたが俺に無礼すぎないか」
「オレたち親友だろーっ!」
ロザニイルはかまくらの外側の壁を叩いたり、中を覗きまわったりしてウロチョロしてから僕をチラッと見た。
「なあ、エーテル? やられたらやり返すもんだよな?」
「んっ?」
意味ありげな声のあと、ロザニイルは僕をぐいっと抱き上げてかまくら浴槽の中にひょーいと投げ入れた。
「ふあっ!」
ばしゃあっと大きく湯をあげてかまくら浴槽に突っ込んだ僕は、ノウファムに受け止められてキューイと一緒に抱っこしてもらう姿勢になる。
「オレたち引き上げるからぁ、イチャイチャしてもいいんだぜー!?」
「そういう気の利かせ方はすっごく恥ずかしい! 恥ずかしいよ!? 引き上げなくていいよ!!」
「……そうか?」
真っ赤になって叫んだ僕の右耳を、褐色の指がつるりと撫でる。
濡れた感触にドキッと身を竦ませると、ノウファムは面白がるみたいに右耳を甘噛みしてから、ロザニイルに視線を送った。
「引き上げても構わんぞ」
挑戦的に言い放った声に、ロザニイルは一瞬意表を突かれた顔になってから、白い歯を見せて好戦的な笑みを返す。
「――引き上げてやらね! ちなみにこの後は、全員で枕投げだからな!」
その声はやんちゃな少年めいて、一瞬の色めいた気配をサッと拭い去っていって、僕はちょっと安心してしまったのだった。
0
お気に入りに追加
155
あなたにおすすめの小説
聖騎士ですがゲイビデオ出演がバレました
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
ファンタジー
ノンケ学生格闘家・天馬は、救国の聖騎士として異世界転移した。だが日本でホモビデオに出演していたことが発覚し、追放。デジタルタトゥーを抱えることに。
しかし天馬は、めげない・折れない・恨まない。独自路線での異世界救済をもくろむ。
王弟殿下は庭師である公爵令息を溺愛する
Matcha45
BL
弟にいじめられ、城勤めとなったクリス。着任した途端、庭に咲いていた花々が枯れていくのを見て心を痛め、庭師となったが、思ってもみない出逢いに心を乱されて?!
※にはR18の内容が含まれます。
※この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
何もかもを失っても手に入れたい者
覗見ユニシア
BL
何もかもを失っても手に入れたい者。
某大手企業の次期社長戸神(とがみ)は初めてセックスした相手忠成(ただなり)の事が忘れられず、どうしても手にいれたくて……。
【完結】元お義父様が謝りに来ました。 「婚約破棄にした息子を許して欲しい」って…。
BBやっこ
恋愛
婚約はお父様の親友同士の約束だった。
だから、生まれた時から婚約者だったし。成長を共にしたようなもの。仲もほどほどに良かった。そんな私達も学園に入学して、色んな人と交流する中。彼は変わったわ。
女学生と腕を組んでいたという、噂とか。婚約破棄、婚約者はにないと言っている。噂よね?
けど、噂が本当ではなくても、真にうけて行動する人もいる。やり方は選べた筈なのに。
私が2次元を嫌いな理由
本田ゆき
エッセイ・ノンフィクション
なんて事ない、些細な日常。
平穏な日々。
どうしてみんな、それを大切に出来ないのだろう?
当たり前に明日が来ると思っているから?
自分には関係ない世界に、みんな吸い込まれては嘆く。
分からない。
私には何も。
君だけを愛してる
粉物
BL
ずっと好きだった椿に告白されて幼馴染から恋人へと進展して嬉しかったのに、気がつくと椿は次から次へと浮気を繰り返していた。
すっと我慢してたけどもうそろそろ潮時かもしれない。
◇◇◇
浮気症美形×健気平凡
転生したら猫獣人になってました
おーか
BL
自分が死んだ記憶はない。
でも…今は猫の赤ちゃんになってる。
この事実を鑑みるに、転生というやつなんだろう…。
それだけでも衝撃的なのに、加えて俺は猫ではなく猫獣人で成長すれば人型をとれるようになるらしい。
それに、バース性なるものが存在するという。
第10回BL小説大賞 奨励賞を頂きました。読んで、応援して下さった皆様ありがとうございました。
ツイッター:@Ouka_shousetu
拝啓、風見鶏だった僕へ。
ちはやれいめい
現代文学
秤センリは30歳の会社員。
あるひ祖母のすすめで精神科を受診する。
医師の診断結果は、うつ病。
人の顔色を気にして意見を変えるセンリを見て、医師は「あなたは風見鶏のような人ですね」と評する。
休職して治療に専念することになったセンリは、自分の生き方を見つめ直すことになる。
鎌倉市が舞台の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる