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四章、隻眼の王と二つの指輪

82、「俺と手を繋いでくれるか?」

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 ふわりと頬を微風が撫でる。
 外の空気だ。自然な大気の流れだ。
 長い階段の先から風が吹き込んでいるのだ。

 巨大な世界樹だ。信じられないくらい大きな樹木を、のぼっている。
 都市サイズの大樹の外縁にめぐらされた階段をのぼっている――

 家が数軒並んで建てられるぐらい太い枝があちらこちらから伸びて、家の屋根みたいな大きな葉っぱをたくさん茂らせている。
 ノウファムは僕が起きていることに気付いていないのだろうか?
 青い隻眼はただ、道の先を見つめていた。
 
 
 ――記憶の映像があっちでもこっちでもゆらゆらと揺れて、僕の情緒を刺激する。

 
「世界が滅びてしまうのです」
 国中に滅亡の預言が溢れる中、ノウファムが夢を観る。

 毎夜。
 毎晩。
 眠るたび、延々と最初の人生を追体験し、滅亡の悪夢にうなされる。
 
 僕が夢と同じように悪態をついて、無礼を申して、遺跡でピンチになる。
 最初の世界では誰にも庇われずに負傷した僕を、夢の知識を活かしてノウファムが僕を庇う。
 すると、僕は頬を染めて憧憬みたいな眼差しをノウファムに注いだ。

「……っ」
 ノウファムが息を呑み、剣を奮う手に力を籠めた。 
「バケモノじみている」
 僕が呟いた声に称賛を感じて、ノウファムは口元をゆるゆるとさせて嬉しそうな顔をした。
 その感情を悟られまいと顔を背けて、一層魅せつけるように剣を舞わせた。褒めてほしいとねだる子供のように、見た目を派手に、力をみせつけるように美しく豪快に剣を奮った。
 
「それに魔力を通せば、もっと破壊力が増すでしょうね」
 僕の思い付きをきいてノウファムは張り切って剣に魔力を通して――パキリと刃が砕け散った。
 

「え……なんだこのノウファム……なんか可愛い……」
 僕は思わず、ぽつりと声を零した。
 ちょっと喉が枯れた感じがする。
 すごくはしたない声をいっぱいあげて、啼いてしまったから――気を失うまでの行為を思い出し、僕はふわふわと赤くなった。

「……こほん、こほん」
 僕を抱きかかえている現在世界のノウファムが咳払いをして、耳を赤くしている。
 あっ、照れている――!?
 見てはいけないものを見てしまった……僕は正視できない気分になって縮こまった。
 
「俺が最初の人生と違う行動をすると、お前たちも最初と違う行動をするようになった」
 ノウファムは階段をのぼりきって、大きな枝の上で僕を降ろした。

 葉っぱが幾つも重なる葉天蓋の下、樹の枝がスプーンみたいになっているのが見える。スプーン状の先端には、不思議な泉があった。
 きらきらと水自体が光を放つような、青々としていてとても神秘的で清らかな泉だ。

 ゆらりと後ろで記憶が映像をみせている。
 
 協力関係を築き、手を繋いでノウファムに背を向ける二人――僕とカジャが、白い通路を歩いていく。
「滅亡を回避するんだ。この記憶を引き継いでやり直せば、きっとできる」
 姿を隠したノウファムは、時間を戻そうとする二人の後をこっそりと尾行した……。
 

「エーテル」
 現在世界のノウファムが僕に低く呼びかけてくる。
「歩けそうか?」

 身体を気遣うような声色に、僕はカクカクと頷いた。
 気遣われると恥ずかしい――
 
「歩けます」
 しかし、枝の上だと意識すると、ちょっと怖いかもしれない。
 僕がこわごわと周囲を見ていると、ノウファムが気持ちを読んだように呟いた。

「高いし、ちょっと怖いな」

 ノウファムも怖いんだ?
 僕は眼を瞬かせて、頷いた。

「うん。ちょっと怖いね」

 風が笛みたいな音をたてて木や葉っぱの隙間を吹くのが、怖さを誘う。
 僕が軽く身震いすると、目の前に褐色の手が差し出された。ノウファムの手だ。

「エーテル、俺と手を繋いでくれるか?」
 
 顔を見上げると、ノウファムの顔は全然怖くなさそうで、余裕な感じで、けれど切実な色を湛えていた。 
「……兄さんは、ひとりだと怖くて心細いんだ」 
 僕はなんだか胸が苦しくなって、その手を掴んで一生懸命笑った。

「うん。僕……僕が貴方と手を繋ぐから……」
 指先がちょっと冷たくて、指の付け根には剣の鍛錬でできた努力の証の感触がある。
「……ひとりじゃないよ」
 はっきりと告げると、ノウファムはとても安心したような、嬉しそうな目で微笑んだ。


 繋いだ手を仲良しの兄弟みたいに揺らすと、胸の奥がぽかぽかする。
 
 
 きっと僕は、仲良し兄弟のノウファムとカジャに憧れていたんだ。
 ……きっとノウファムは、世界に二人だけの戦友みたいに手を結ぶ僕とカジャをみて寂しく思っていたんだ。
 

 きらきら輝く泉のふちに辿り着いて、覗き込むようにしゃがみこむノウファムを見て、僕は自然と手を伸ばしていた。
 
 艶やかな黒髪を撫でてみると、さらっとした感触がする。癖になりそうだ。

 心を許したように大人しくされるままにしている王様は全然怖い感じがしなくて、僕は幸せな気分になった。
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