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三章、悪役の流儀

60、魔女家は箒で空を飛ぶんだ。

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「きゅぅう!」
 キューイがばしゃーんと海に飛び込んで、海中で溺れている人たちを救助している。

「船が沈むぞ!」
 港で駆けまわる人々が悲痛な声を響かせた。

 浸水して船首が海没していった客船は、沈む船首とは対照的に船尾が海面から高く上がっていった。
 高く上がった先に避難している人たちが遠目にわかり、港で見守る人たちが蒼褪めている。

「ママァ……あの人たち、助けられないの?」
「きっと助かるわ……」 
 家事の途中で飛び出してきたのだろうか、子供連れの母親がいる。
 僕は二人の傍に駆け寄った。
「すみません。そのほうきを貸してくださいませんか」
 女性が持っていた箒を貸してもらって、僕はひらりと箒にまたがって地を蹴った。

 ロザニイルが箒に跨って飛んでいたのを思い出したのだ。
 僕たち魔術師は、魔術の行使に理論と想像力、血統を必要とされる。
 空を飛ぶ術といえば飛竜に乗って追い風を作ったり、騎乗者の周囲の空調を整えたり、飛竜の肉体を強化してより羽搏きを強める術が一般的だが。

 ――ロザニイルが飛べたんだ。飛んでるところを見たのだもの。僕にだってできる。
 
 つまり、この箒を飛竜だと思えばいいのだ。視えない羽がばさばさと羽搏いていて――たぶん穂先が後ろに風をふしゅっと吐いて、推進力を得るんだ。
 イメージを強めて魔力を籠めれば、ふわりと箒が浮いて飛翔する。
 飛竜と比べると頼りなくて、なかなか不安だ。けれど、僕はふわりするりと天翔けた。
 
「――飛んだっ」
 地上で、女性と子供が似た顔をびっくりさせて僕を見送っているのがわかった。
 なかなか気持ちいい。
 
「魔女家は箒で空を飛ぶんだ。覚えておいてね!」
 鳥になった気分で言い放ち、疾風のように僕は高く持ち上がった船首に近付いた。
 滑り落ちそうになりながら必死にしがみついたり、床のような角度になった壁になんとか引っ掛かっている人たちが僕に気付いて次々と声をあげる。
 
「助けて!」
「私を助けて!」
「いいや、俺だ!!」
  
 人数は、結構多い。

「みなさん、落ち着いてくださぁい……」
 魔力を籠めてキューイを呼べば、船の下側にもふもふとした白いクッションみたいなものがにゅっと出る。

「えぇと、あの下の白いのが、僕の使い魔です。弾力性があってふかふかのぽよんぽよんなので、あそこにまず移動しましょう。全員が乗った後、港まで移動させます」

 優先順位をつけて、ひとりずつ箒にしがみついてもらってキューイのもとに降ろす作業を繰り返すうちに、ノウファムのアルマジロトカゲもどきの上に乗って魔力を光らせているのが見えた。
 魔力がぴかっとすると、直後にモイセスの「新しい剣でござる!」が聞こえる。とても作業めいた声だ。
 僕はノウファムが剣の数さえ足りれば余裕でアルマジロトカゲもどきを沈めるだろうと確信を抱いた。

「ややっ、殿下! 奴が自分の尻尾をくわえて丸くなっていますぞ! 身の危険を感じているようです!」
 モイセスの声にチラッと視線をやれば、アルマジロトカゲもどきはちょっとかわいいポーズを取って海に潜っていった。

「殿下っ、奴が逃げまする! トドメを!」
「あれは食えないし、この後は人を怖れて人前に姿を出さなくなるからいい」
「殿下ぁっ!?」

 潜って姿を消したアルマジロトカゲもどきの代わりにモイセスが漕ぐ小舟に乗り、ノウファムは剣をおさめた。
 剣を掻き集めていた兵士たちはそれをみてホッと胸を撫でおろし、歓声をあげようとして、言葉を失った。
  
 小舟の近くに、禍々しい剣を携えた幽鬼のような白ローブの男が浮かんでいたからだ。
 脚はある――が、靴裏は海面から離れて、ふわふわと浮遊しているようだった。

 男は一目でわかる異常な存在で、視ているだけで不安になるような怨嗟の塊みたいなオーラを纏っていた。
 
「何かいる……」
「あれは何かしら」
 キューイを港まで移動させ、救出した人たちを降ろした僕は、親子に箒を返してから風の魔術を行使した。

 離れた海上の声を港まで運ぶと、二人の会話がすぐ近くにいるみたいに聞き取れる。

 
「大陸を支配する者がここにいるときいた」
 白ローブの男の声は、聴いているだけで肌がぞわぞわと粟立つような声だった。
「俺だ」
 ノウファムはごく自然に、さもそれが事実であるかのように大陸の支配者を名乗った。

 
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