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三章、悪役の流儀
48、この関係は、きっと記憶が戻ったら壊れてしまうんだ(軽☆)
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――流されている。
音は遮断されているが、外はきっと大騒ぎなのだ。
寝ていていいはずがない。それなのに、このぬくぬくした居心地の良い腕の中が僕を駄目にする。
頭の隅でそんなことを考えながら、僕は結局引っ付いた体温と呼吸の穏やかさに引きずられるように眠ってしまった。
再び目が覚めると、たっぷりと睡眠を貪って満足したらしきノウファムが着替えを済ませて首から下げたネックレスの革紐を指先で弄っている。
僕が身じろぎすると、ノウファムの青い瞳がハッとした様子で僕を流し視た。
「起きたのか。おはよう、エーテル?」
「おはようございます……」
僕は相手の呼び方で詰まった。
「……?」
どうしてだろう。
目の前の偉丈夫をお兄様と呼ぶことに、抵抗を感じる。
それが恥ずかしいことのように思えるのだ……。
「お前のお気に入りの騎士が迎えに来るから、騎士と一緒に行くといい。俺は別の仕事がある」
「はい、……殿下」
そっと殿下の敬称を呼ぶと、ノウファムは微かに眉を寄せた。けれど、もう「お兄様と呼べ」とは言わなかった。
ノウファムがネックレスを隠すのを見ていると、僕の脳裏には不思議な思考がふと流れる。
【惜しいことをした。寝ている間に奪うことができたのに】
「……っ?」
「どうした、エーテル?」
今、僕は変なことを考えた。
僕は自分の考えに困惑して目を瞬かせつつ、思考を切り替えた。
「いえ。なんでも……そういえば殿下は、不眠症を患っていらっしゃると聞いていました」
その割によく眠っていたけれど。
僕が首を傾げると、ノウファムは頭を振った。
「モイセスが話したのか?」
他に心当たりがないらしい。あとでモイセスが怒られてしまうのだろうか――僕は心の中でこっそりモイセスに詫びて視線を逸らした。誤魔化してあげないと。
「いえ。か……風の噂とか。なんとなく? モイセス卿ってどなたでしたっけ。僕、忘れちゃったなぁ……」
「エーテル、お前は誤魔化すのが下手だな」
ノウファムがくすっと笑って、僕の背中をぽんぽんと叩く。
あやされている子供のような気分だ。
「モイセスが薦めてくれたが、抱き枕というのは効果が高いようだな。お前を抱っこして寝るとよく眠れる」
「へっ」
冗談なのか本気なのかわからないことを言って、ノウファムは顔を寄せた。
近づく顔は昨夜の情欲を煽る気配を薄く纏っていて、ぞくりとするほど艶っぽい。
整った顔立ちが目を覗き込むように止まると、その眼差しが渇望みたいなものをまっすぐに隠さず露わにしていて、僕の胸がどきどきと騒ぐ。
捕食者に見つめられた被食者の気分だ。
「魔力が欲しい」
声が囁いて、僕の背筋がぞくぞくと震えた。
低く、温厚で、はっきりとした魅力的な男の声だ。
「俺の聖杯に口付けをしたい。構わないだろうか?」
一応、許可を窺うんだな――そんな感想がふわっと湧く。
俺の聖杯、だって――その一言がなんだか甘く聞こえて、頬にふわふわと血がのぼる。
視線を合わせていられない。みっともない顔を見られてしまいそう。
――困惑してしまう。
僕の中に、一も二もなく頷いて身を捧げたい自分と、それに反発する自分がいるようなのだ。
「……」
「口付けだけだ。それ以上はしない」
逡巡を感じ取ったように言葉が足されると、自然と首が縦に揺れる。
口付けがされると、僕の胸には違和感の芽が吹いていた。
【これは誰だ?】
そんな思いが頭の中を駆け巡る。
【ノウファムは、私が「聖杯に口付けしろ」と言っても嫌がるような男だったのに】
舌が絡まり、唾液を混ぜ合うみたいに口付けが深くなる。
背中を優しく撫でられて、腰をさすられる。
――気持ちいい。
頭がずきずきする。
何かを思い出しそう。嫌だ。
唇が離れて、甘い蜜みたいな唾液が糸を引く。
透明なそれが、部屋の照明にきらきらしてとても美しく視えた。
「っ……、や、やめないで……お兄様……」
僕は記憶の奔流を拒絶するように目の前のノウファムにしがみついて、自分から口付けを求めた。
「もっと……して」
ハァッと甘ったるく熱をはいて甘えるように舌を突きだせば、ちゅぷっと吸われて甘い痺れがぞくぞくと背を奔る。
……この関係は、きっと記憶が戻ったら壊れてしまうんだ。
本能みたいにそう感じて、僕は思い出したくないと思った。
強く、――強く、そう願った。
音は遮断されているが、外はきっと大騒ぎなのだ。
寝ていていいはずがない。それなのに、このぬくぬくした居心地の良い腕の中が僕を駄目にする。
頭の隅でそんなことを考えながら、僕は結局引っ付いた体温と呼吸の穏やかさに引きずられるように眠ってしまった。
再び目が覚めると、たっぷりと睡眠を貪って満足したらしきノウファムが着替えを済ませて首から下げたネックレスの革紐を指先で弄っている。
僕が身じろぎすると、ノウファムの青い瞳がハッとした様子で僕を流し視た。
「起きたのか。おはよう、エーテル?」
「おはようございます……」
僕は相手の呼び方で詰まった。
「……?」
どうしてだろう。
目の前の偉丈夫をお兄様と呼ぶことに、抵抗を感じる。
それが恥ずかしいことのように思えるのだ……。
「お前のお気に入りの騎士が迎えに来るから、騎士と一緒に行くといい。俺は別の仕事がある」
「はい、……殿下」
そっと殿下の敬称を呼ぶと、ノウファムは微かに眉を寄せた。けれど、もう「お兄様と呼べ」とは言わなかった。
ノウファムがネックレスを隠すのを見ていると、僕の脳裏には不思議な思考がふと流れる。
【惜しいことをした。寝ている間に奪うことができたのに】
「……っ?」
「どうした、エーテル?」
今、僕は変なことを考えた。
僕は自分の考えに困惑して目を瞬かせつつ、思考を切り替えた。
「いえ。なんでも……そういえば殿下は、不眠症を患っていらっしゃると聞いていました」
その割によく眠っていたけれど。
僕が首を傾げると、ノウファムは頭を振った。
「モイセスが話したのか?」
他に心当たりがないらしい。あとでモイセスが怒られてしまうのだろうか――僕は心の中でこっそりモイセスに詫びて視線を逸らした。誤魔化してあげないと。
「いえ。か……風の噂とか。なんとなく? モイセス卿ってどなたでしたっけ。僕、忘れちゃったなぁ……」
「エーテル、お前は誤魔化すのが下手だな」
ノウファムがくすっと笑って、僕の背中をぽんぽんと叩く。
あやされている子供のような気分だ。
「モイセスが薦めてくれたが、抱き枕というのは効果が高いようだな。お前を抱っこして寝るとよく眠れる」
「へっ」
冗談なのか本気なのかわからないことを言って、ノウファムは顔を寄せた。
近づく顔は昨夜の情欲を煽る気配を薄く纏っていて、ぞくりとするほど艶っぽい。
整った顔立ちが目を覗き込むように止まると、その眼差しが渇望みたいなものをまっすぐに隠さず露わにしていて、僕の胸がどきどきと騒ぐ。
捕食者に見つめられた被食者の気分だ。
「魔力が欲しい」
声が囁いて、僕の背筋がぞくぞくと震えた。
低く、温厚で、はっきりとした魅力的な男の声だ。
「俺の聖杯に口付けをしたい。構わないだろうか?」
一応、許可を窺うんだな――そんな感想がふわっと湧く。
俺の聖杯、だって――その一言がなんだか甘く聞こえて、頬にふわふわと血がのぼる。
視線を合わせていられない。みっともない顔を見られてしまいそう。
――困惑してしまう。
僕の中に、一も二もなく頷いて身を捧げたい自分と、それに反発する自分がいるようなのだ。
「……」
「口付けだけだ。それ以上はしない」
逡巡を感じ取ったように言葉が足されると、自然と首が縦に揺れる。
口付けがされると、僕の胸には違和感の芽が吹いていた。
【これは誰だ?】
そんな思いが頭の中を駆け巡る。
【ノウファムは、私が「聖杯に口付けしろ」と言っても嫌がるような男だったのに】
舌が絡まり、唾液を混ぜ合うみたいに口付けが深くなる。
背中を優しく撫でられて、腰をさすられる。
――気持ちいい。
頭がずきずきする。
何かを思い出しそう。嫌だ。
唇が離れて、甘い蜜みたいな唾液が糸を引く。
透明なそれが、部屋の照明にきらきらしてとても美しく視えた。
「っ……、や、やめないで……お兄様……」
僕は記憶の奔流を拒絶するように目の前のノウファムにしがみついて、自分から口付けを求めた。
「もっと……して」
ハァッと甘ったるく熱をはいて甘えるように舌を突きだせば、ちゅぷっと吸われて甘い痺れがぞくぞくと背を奔る。
……この関係は、きっと記憶が戻ったら壊れてしまうんだ。
本能みたいにそう感じて、僕は思い出したくないと思った。
強く、――強く、そう願った。
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