上 下
37 / 158
二章、未熟な聖杯と終末の予言

36、みんなを幸せにするんだ。僕が。

しおりを挟む
 温泉から上がり、部屋に引き上げるとノウファムが分厚い本を読んでいた。
 
「お前、まさか脳筋呼ばわりされたからって知的アピールしてるのか?」
 ロザニイルが失礼極まりないことを言っている。
「ロザニイルは、お兄様に無礼だと思うんです」

 ロザニイルを嗜めつつ、僕はノウファムに温泉を薦めた。
「お兄様、温泉はぽかぽかで、石の隙間からぶくぶく湧いていて、足を置くと楽しいのです」
 ノウファムは本のページから視線を移して、頷いてくれた。
「そうか。よかったな」
 
「お前も入ってこいって言ってるんだよ」
 ロザニイルは本当に敬意がない。
「さてはオレたちが二人で遊んできたから、拗ねてるな」
「俺は拗ねてない」
 友人同士の温度感で言って、ノウファムは「魔術で清めたから風呂はいい」と言って読書を続けるようとした。

「オレたち、寝るけど」
「ああ」
「ああ、じゃねえよ。雑魚寝で川するって計画ができないだろ」

 ロザニイルはベッドの右側をタシタシと叩いて、ノウファムに寝台入りを強制した。強い。

「エーテルは真ん中なんだ。そしてオレ様が左側でこうやって抱っこする」

 僕を真ん中に寝かせたロザニイルは、左側に寝そべって腕を伸ばしてきた。
 明るい声、楽しそうな表情。目を瞑った顔は邪気がない。

「……僕、そういえば言い忘れたけど」
 オチビなロザニイルを想像しながら、僕はロザニイルをよしよしと撫でた。

「僕も、夢をみたことがあるよ」

 何気なく言えば、二人分の視線を肌に感じる。
 モイセスが言っていたノウファムについての話を思い出して、浴場で感じたロザニイルの不安を思い出して、僕は夢見るように明るい声を紡いだ。

 
 預言者のように。
 あるいは、なにも怖いことのない無邪気な子供のように。
 
「僕たちみんな、十年後も平和な世界で仲良くしてた。みんなして賑やかに……」
 
 その言葉が真実、そうなるのだと信じることができるように、自信を滲ませて。
 僕は笑った。

「……みんなが幸せそうだった」
 
 
 そう言って目を閉じると、胸の奥からこんこんと熱い想いが湧いてくる。
 

 ――みんなを幸せにするんだ。僕が……。


 ああ、僕はそれをずっと胸に抱いていた。
 そのことを、とても長い間忘れていた。
 ……この時、僕はそう思った。


「おやすみ」

 僕の左と右に、がいる。
 その気配を感じながら大切に呟けば、左右から別々の声が同じ言葉を返してくれた。

「おやすみ、エーテル」
「おやすみ」

 僕はふんわりとあったかな気分になって眠りのふちに意識を遊ばせ――微睡みの中で一瞬だけ「ノウファムは眠れるだろうか」という心配を覚えた。

 けれど、朝になってみると僕はすやすやと熟睡するノウファムにがっちりホールドされる形で抱き枕みたいに抱きすくめられていて、ロザニイルが「途中で取られた」と悔しがっていたのだった。
 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【BL】婚約破棄で『不能男』認定された公爵に憑依したから、やり返すことにした。~計画で元婚約者の相手を狙ったら溺愛された~

楠ノ木雫
BL
 俺が憑依したのは、容姿端麗で由緒正しい公爵家の当主だった。憑依する前日、婚約者に婚約破棄をされ『不能男認定』をされた、クズ公爵に。  これから俺がこの公爵として生きていくことになっしまったが、流石の俺も『不能男』にはキレたため、元婚約者に仕返しをする事を決意する。  計画のために、元婚約者の今の婚約者、第二皇子を狙うが……  ※以前作ったものを改稿しBL版にリメイクしました。  ※他のサイトにも投稿しています。

処理中です...