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二章、未熟な聖杯と終末の予言

20、猫の毛はさらさらのモフモフでふかふかで、肉球はぷにぷにだ。

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 視線を感じる。
 ――ネイフェンだ。

 僕は掛け布をもそもそと手繰り、二度寝するフリをした。続きが気になる夢だった。
 妙に生々しい――あれは、滅びの未来予知の夢ではないだろうか。国王カジャが王位簒奪した年に国中の魔術師が一斉にした預言ではないだろうか。

 あの夢には、ノウファムがいた。
 年齢的にそう遠くない未来のような――3年か、4年か――思ってたより世界って早く滅びるんだ?
 
 そして、僕の視界はちょっと高かった。身長が高かった。
 僕は、今現在の状態で一応は成年に達している。あと3、4年であれくらいの身長まで今から伸びるだろうか?
 それに、ノウファムは王様っぽいと僕には感じられたのだ。
 けれど、今の情勢的に――臣従の指輪付きで、過去何度も反乱の芽をくじかれ、身柄を完全に抑えられた彼がここから3、4年でカジャをどうやって討つというのか。
 
 それに、あのいかにも危機的な状況で僕はなんと言った?
 よりにもよって『ロザニイルを抱け』だなんて。
 
 どうも考えてみればみるほど不自然に思えて、ただの夢だったのではないかと思えてくる。
 あんなに、未来予知でもなんでもない……。

「……」
 覗き込まれる気配がしておずおずと目を開けてみれば、ネイフェンがじーっと僕を見つめている。
 猫の眼はとっても心配そうだった。

 眼が合うと、ぱちぱちと瞬きをして、数秒間言葉を探している様子。
 
「ご気分はいかがでしょうか」
 ようやっとかけられた言葉は、弱々しかった。

 招待された剣闘会がだったから、気に病んでいるのだ。僕が傷ついたと思っているのだ。どう接したものかと、狼狽えているのだ――そんな心の在り様が感じられて、僕はネイフェンに申し訳なくなった。

 
 ――というか、あの剣闘会はちょっと刺激的すぎた。

 思い出して、僕はブワッと頬を紅潮させた。
 大衆の面前ですごい醜態をさらした。しゅごいことをされた。あんなの、はじめて……。
 カジャはともかく、王兄の身分になってからはあまり接する機会もなかったノウファムにまであんなことを……えっ、飲んだ? 僕のあれ、飲んだ? 飲んだの?
 
 あの剣闘会の出来事のほうがよほど現実離れしている。
 あのとんでもない一日が夢だったらいいのに。
 
「僕、よく寝込むね、我ながら。ネイフェン、いつもごめんね」
 掛け布を顔半分くらいまで持ち上げて顔を隠しながら言えば、ネイフェンはつぶらな瞳を潤ませた。

「お、おいたわしいことです……お守りすることがかなわず、この身の無力さを恥じ入るばかり……」
「あ、ああっ、そういうのはいいよ! 湿っぽいのはだめだ……っ」

 僕は慌てて起き上がり、ネイフェンに手を伸ばした。
 意を察したように近付き、かがみこむ騎士の上半身をぎゅっと抱きしめて頭を撫でれば、ふわっとした毛並みの感触が心地よい。もふもふだ。

「あ……癒される……」
 
 さらさらのモフモフだ。
 ふかふかだ。
 猫っ毛、気持ちいい。

「エーテル坊ちゃんを少しでもお慰めできていれば、光栄でございます」
 猫耳をぴこっとさせて、ネイフェンはほわりと優しい気配をのぞかせた。

「うん。僕、いまとっても慰められてる」
「ごろごろ……」

 ネイフェンが喉をごろごろ鳴らしている。
 なんだかとても落ち着く、安心する感じの音だ。喉を優しく撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めるのがなんだか可愛い。

 それを聞いていて、僕はカジャが顎を撫でたのを思い出した。
 カジャは僕にごろごろ鳴いてほしかったんだろうか? 今度ニャアとでも鳴いてあげようか?

 そんな馬鹿らしい思いが湧いて――僕は「あぁ、僕は今確実に心を癒されているなあ」と思ったのだった。

 
「ネイフェン、ふかふか……っ、もふもふ……」 
 ああ、肉球もぷにぷにだ……! ありがとう触らせてくれて。気持ちいい。ちょっと恥ずかしそうに照れてるのも可愛いぞ! 僕の騎士、可愛い!
 
 
 ……ちょっとした現実逃避というやつだ。
 
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