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二章、未熟な聖杯と終末の予言
13、魔女家の秘薬と王兄の剣闘会
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記憶が戻らないまま、時間が過ぎていく。
過ぎる時間の中で、僕は相変わらず何かを探さないといけないという念に取りつかれていた。けれど、何を探さなければいけないのかが、わからない。
【滅びの時が来る】―― 魔女家の魔術師たちが予言したのは、新国王が即位した直後だった。
ある者は、洪水に沈む都市を。
ある者は、空から光の槍が降り注ぐ光景を。
ある者は、流星のごとく地に落ちていく力尽きた飛竜の群れを。
ある者は、狂える妖精の姿を。
様々な終末の光景が予言され、終末が語られた。
それは、魔女家だけにとどまらなかった。
一年目、国中の魔術者が【滅亡】を預言した。
「暴君カジャが簒奪した直後に予言が相次いだのだ。これは、カジャの暴挙に天がお怒りということに違いない!」
同時に、国のあちこちで反乱が起きた。カジャはそれを予想していたように鎮圧していった。
「そのような預言は現実にはならない。愚か者どもが」
少年王カジャの途方もない魔力も、先読みしたような戦術も、異常としか言いようがない――大人たちは得体の知れない暴君少年王と不吉な滅亡の予言に慄いていた。
二年目、前王が進めていた富国開拓策の全てが中断された。未開の土地に派兵して国土を拡大し、大自然を拓いて整え、人が住める土地にする。生活を豊かにする――そんな政策が、一切の例外を許さず即時に中止された。
三年目、魔女家の養子が反乱を企てていると摘発され、義兄ノウファムが捕まった。魔女家が【聖杯】に僕を選んだのも、この年だった。
「少しずつ体質を変化させてまいります」
与えられた魔女家の秘薬の最初の一粒を口に入れた時は、まるで禁断の果実に触れたようにドキドキした。
「カジャは聖杯となったエーテルを娶り、さらに魔力を向上させるつもりに違いない」
ノウファムが呟く声が印象的だった。
四年目、魔女家が養子として匿っていた反乱の首謀者ノウファムが王兄だと公に知らされる。カジャは彼らしくもなく「兄弟の愛情」などを説き、実兄を安易に処刑して終わるのではなく更生させると言って贖罪の道を与えた――世の人が「見せしめ」とか「辱め」と囁く『王兄の剣闘会』が、この年から始まったのである。
五年目、六年目、……、
時間は残酷に過ぎていった。
……そして、現在。
「ノウファム殿下の勝利は約束されております、ご心配はいりませんぞ」
変わらぬ姿のネコ騎士ネイフェンが励ますように力強い声で言い聞かせてくれる。
「そうだね。いつも相手は、ギリギリ勝てるくらいの強さの相手なんだ」
鏡には、身支度途中の自分が映っている。僕は成年に達していた。
魔女家の秘薬に体を蝕まれて【聖杯】化が進行中の身体は、華奢で頼りない感じがする。よく寝込んでいたからだろう。
あくまでも性別は男性のまま、肚に少しずつ特殊な聖杯器官が生成されていく――自然ではありえない人為的で歪な変化に、多くの【聖杯】者は心身の虚弱病を多く発症するらしい。
「カジャ殿下から贈られたリボンがございますが、結わえますか?」
燃えるように鮮やかな赤い髪を丁寧に梳いて、ネイフェンが尋ねる。
「僕の髪、すこし長いね」
「とてもお美しいですぞ」
視界の隅に贈られたリボンが目に入る。黒いリボンは上質な生地で、触れ心地もよい。
「髪を伸ばせとかリボンをつけろという命令はなかった。だから、僕はリボンをつけない。ネイフェン、僕の髪を切ってくれる?」
「……承知いたしました」
鮮やかな髪がはらりと床に落ちると、気分が軽くなる。
長い髪など、リボンで結わえるなど――ただでさえ女々しい【聖杯】が外見まで貴婦人のように飾って、カジャに媚びるなど――恥ずかしいではないか。屈辱ではないか……。
――みじめに口に出すことは、ないけれど。
過ぎる時間の中で、僕は相変わらず何かを探さないといけないという念に取りつかれていた。けれど、何を探さなければいけないのかが、わからない。
【滅びの時が来る】―― 魔女家の魔術師たちが予言したのは、新国王が即位した直後だった。
ある者は、洪水に沈む都市を。
ある者は、空から光の槍が降り注ぐ光景を。
ある者は、流星のごとく地に落ちていく力尽きた飛竜の群れを。
ある者は、狂える妖精の姿を。
様々な終末の光景が予言され、終末が語られた。
それは、魔女家だけにとどまらなかった。
一年目、国中の魔術者が【滅亡】を預言した。
「暴君カジャが簒奪した直後に予言が相次いだのだ。これは、カジャの暴挙に天がお怒りということに違いない!」
同時に、国のあちこちで反乱が起きた。カジャはそれを予想していたように鎮圧していった。
「そのような預言は現実にはならない。愚か者どもが」
少年王カジャの途方もない魔力も、先読みしたような戦術も、異常としか言いようがない――大人たちは得体の知れない暴君少年王と不吉な滅亡の予言に慄いていた。
二年目、前王が進めていた富国開拓策の全てが中断された。未開の土地に派兵して国土を拡大し、大自然を拓いて整え、人が住める土地にする。生活を豊かにする――そんな政策が、一切の例外を許さず即時に中止された。
三年目、魔女家の養子が反乱を企てていると摘発され、義兄ノウファムが捕まった。魔女家が【聖杯】に僕を選んだのも、この年だった。
「少しずつ体質を変化させてまいります」
与えられた魔女家の秘薬の最初の一粒を口に入れた時は、まるで禁断の果実に触れたようにドキドキした。
「カジャは聖杯となったエーテルを娶り、さらに魔力を向上させるつもりに違いない」
ノウファムが呟く声が印象的だった。
四年目、魔女家が養子として匿っていた反乱の首謀者ノウファムが王兄だと公に知らされる。カジャは彼らしくもなく「兄弟の愛情」などを説き、実兄を安易に処刑して終わるのではなく更生させると言って贖罪の道を与えた――世の人が「見せしめ」とか「辱め」と囁く『王兄の剣闘会』が、この年から始まったのである。
五年目、六年目、……、
時間は残酷に過ぎていった。
……そして、現在。
「ノウファム殿下の勝利は約束されております、ご心配はいりませんぞ」
変わらぬ姿のネコ騎士ネイフェンが励ますように力強い声で言い聞かせてくれる。
「そうだね。いつも相手は、ギリギリ勝てるくらいの強さの相手なんだ」
鏡には、身支度途中の自分が映っている。僕は成年に達していた。
魔女家の秘薬に体を蝕まれて【聖杯】化が進行中の身体は、華奢で頼りない感じがする。よく寝込んでいたからだろう。
あくまでも性別は男性のまま、肚に少しずつ特殊な聖杯器官が生成されていく――自然ではありえない人為的で歪な変化に、多くの【聖杯】者は心身の虚弱病を多く発症するらしい。
「カジャ殿下から贈られたリボンがございますが、結わえますか?」
燃えるように鮮やかな赤い髪を丁寧に梳いて、ネイフェンが尋ねる。
「僕の髪、すこし長いね」
「とてもお美しいですぞ」
視界の隅に贈られたリボンが目に入る。黒いリボンは上質な生地で、触れ心地もよい。
「髪を伸ばせとかリボンをつけろという命令はなかった。だから、僕はリボンをつけない。ネイフェン、僕の髪を切ってくれる?」
「……承知いたしました」
鮮やかな髪がはらりと床に落ちると、気分が軽くなる。
長い髪など、リボンで結わえるなど――ただでさえ女々しい【聖杯】が外見まで貴婦人のように飾って、カジャに媚びるなど――恥ずかしいではないか。屈辱ではないか……。
――みじめに口に出すことは、ないけれど。
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