上 下
14 / 158
二章、未熟な聖杯と終末の予言

13、魔女家の秘薬と王兄の剣闘会

しおりを挟む
 記憶が戻らないまま、時間が過ぎていく。

 過ぎる時間の中で、僕は相変わらず何かを探さないといけないという念に取りつかれていた。けれど、何を探さなければいけないのかが、わからない。


【滅びの時が来る】―― 魔女家の魔術師たちが予言したのは、新国王が即位した直後だった。


 ある者は、洪水に沈む都市を。
 ある者は、空から光の槍が降り注ぐ光景を。
 ある者は、流星のごとく地に落ちていく力尽きた飛竜の群れを。
 ある者は、狂える妖精の姿を。

 様々な終末の光景が予言され、終末が語られた。
 それは、魔女家だけにとどまらなかった。

 一年目、国中の魔術者が【滅亡】を預言した。
「暴君カジャが簒奪さんだつした直後に予言が相次あいついだのだ。これは、カジャの暴挙に天がお怒りということに違いない!」
 同時に、国のあちこちで反乱が起きた。カジャはそれを予想していたように鎮圧ちんあつしていった。
「そのような預言は現実にはならない。愚か者どもが」
 少年王カジャの途方もない魔力も、先読みしたような戦術も、異常としか言いようがない――大人たちは得体の知れない暴君少年王と不吉な滅亡の予言におののいていた。
 
 二年目、前王が進めていた富国開拓策の全てが中断された。未開の土地に派兵して国土を拡大し、大自然をひらいて整え、人が住める土地にする。生活を豊かにする――そんな政策が、一切の例外を許さず即時に中止された。

 三年目、魔女家の養子が反乱を企てていると摘発てきはつされ、義兄ノウファムが捕まった。魔女家が【聖杯】に僕を選んだのも、この年だった。
「少しずつ体質を変化させてまいります」
 与えられた魔女家の秘薬の最初の一粒を口に入れた時は、まるで禁断の果実に触れたようにドキドキした。
「カジャは聖杯となったエーテルを娶り、さらに魔力を向上させるつもりに違いない」
 ノウファムが呟く声が印象的だった。
 
 四年目、魔女家が養子として匿っていた反乱の首謀者ノウファムが王兄だと公に知らされる。カジャは彼らしくもなく「兄弟の愛情」などを説き、実兄を安易に処刑して終わるのではなく更生させると言って贖罪しょくざいの道を与えた――世の人が「見せしめ」とか「辱め」と囁く『王兄の剣闘会』が、この年から始まったのである。


 五年目、六年目、……、

 
 時間は残酷に過ぎていった。


 ……そして、現在。

「ノウファム殿下の勝利は約束されております、ご心配はいりませんぞ」
 変わらぬ姿のネコ騎士ネイフェンが励ますように力強い声で言い聞かせてくれる。
 
「そうだね。いつも相手は、ギリギリ勝てるくらいの強さの相手なんだ」
 鏡には、身支度途中の自分が映っている。僕は成年に達していた。

 魔女家の秘薬に体をむしばまれて【聖杯】化が進行中の身体は、華奢きゃしゃで頼りない感じがする。よく寝込んでいたからだろう。
 あくまでも性別は男性のまま、肚に少しずつ特殊な聖杯器官が生成されていく――自然ではありえない人為的で歪な変化に、多くの【聖杯】者は心身の虚弱病を多く発症するらしい。
 
「カジャ殿下から贈られたリボンがございますが、結わえますか?」
 燃えるように鮮やかな赤い髪を丁寧にいて、ネイフェンが尋ねる。
「僕の髪、すこし長いね」
「とてもお美しいですぞ」
 視界の隅に贈られたリボンが目に入る。黒いリボンは上質な生地で、触れ心地もよい。
「髪を伸ばせとかリボンをつけろという命令はなかった。だから、僕はリボンをつけない。ネイフェン、僕の髪を切ってくれる?」
「……承知いたしました」

 鮮やかな髪がはらりと床に落ちると、気分が軽くなる。
 
 長い髪など、リボンで結わえるなど――ただでさえ女々しい【聖杯】が外見まで貴婦人のように飾って、カジャに媚びるなど――恥ずかしいではないか。屈辱ではないか……。


 ――みじめに口に出すことは、ないけれど。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした

なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。 「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」 高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。 そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに… その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。 ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。 かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで… ハッピーエンドです。 R18の場面には※をつけます。

腐男子ですが、お気に入りのBL小説に転移してしまいました

くるむ
BL
芹沢真紀(せりざわまさき)は、大の読書好き(ただし読むのはBLのみ)。 特にお気に入りなのは、『男なのに彼氏が出来ました』だ。 毎日毎日それを舐めるように読み、そして必ず寝る前には自分もその小説の中に入り込み妄想を繰り広げるのが日課だった。 そんなある日、朝目覚めたら世界は一変していて……。 無自覚な腐男子が、小説内一番のイケてる男子に溺愛されるお話し♡

【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

何するでもなく終わっていく1日をただ僕等は愛しいと思った

のどかわいた
BL
「死ぬ前にやりたい事をまとめてみた」 「何したいの?」 ______は嬉しそうに微笑んだ 例え出来ないと知っていても、君が僕に優しいから だから、僕は 僕は 禁句は「余命」「残り時間」 例え死ぬとしても"今"を続けたい "もしかしたら"を祈ってしまう "病弱だと気づかないフリする"年下幼馴染 × "病弱に見せない"年上幼馴染 純愛BLストーリー 一度書いた作品を書き直したものです、多少設定が違う箇所があります よろしくお願いします

貢がせて、ハニー!

わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。 隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。 社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。 ※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8) ■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました! ■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。 ■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。

【完結】虐げられオメガ聖女なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

処理中です...