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一章、狂王子と魔女家の公子(オープニング)

10、時計塔に隠されし赤竜の杖と妖精の涙、負け惜しみ

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 カジャからの手紙は、箇条書きだった。

『1、ノウファムが隠し持っている姿隠しの秘薬を飲め。
 2、フェアリス・クロウの時計塔に忍び込め。
 3、時計塔内部にある寝た切りの時計盤の針に「3時」と唱え、赤竜の杖を入手せよ。
 4、赤竜の杖を用いて魔術比べでロザニイルに勝利せよ。
 5、勝者に与えられる【妖精の涙】を献上せよ』

「5段階ステップだ。わぁ、めんどくさい」
 僕は思わず本音を漏らした。
 ネイフェンに視線をやれば、ネイフェンは真剣な顔で手紙の文章をにらんでいる。
「逆らえぬのですか?」 
「どうだろう……直接命令されたわけじゃないから」

 僕たちは、5段階ステップの内容について二人だけの会議を始めた。

「カジャ殿下は、要するに【妖精の涙】を献上せよって言いたいんだよね。そのための手段として1番から4番を書いてくれているだけで」
 【妖精の涙】は聖夜祭で行われる魔術比べの勝者に与えられる。
 魔術比べはローティーン以下のみが参加できて、ロザニイルは同年代の優勝候補だ。
 赤竜の杖という名前は知らないが、杖というからには魔術行使の役に立つのだろう。
 それがフェアリス・クロウの時計塔――魔女家西部に立つ魔塔にあるのだ。
「僕に獲らせるんじゃなくて、魔女家に『献上せよ』って言えばいいのに」 
 
 部屋の窓をちょうどノウファムが歩いている。
 隣にはロザニイルがいる……仲が良いようだ。
 
「恐らく、姿隠しの秘薬はいざという時――ノウファム様がお命の危機に瀕した時に使うためのものでしょう」
「そ、そうだね……」
 
 危機に使う秘薬は、とっておいた方がいいんじゃないだろうか?
 僕はネイフェンが差し出したホットミルクをひとくち啜ってから、立ち上がった。

「ネイフェン、僕はお父様に会いに行こうと思うのだけど」
「承知いたしました。ご当主様に面会の申し入れを致します」
 
 ネイフェンが準備を手伝ってくれる。
 清潔感のある真っ白なブラウスに黒のハーフパンツ、マント付きのローブをふわりと羽織って、僕はお父様のお部屋を訪ねた。

 ……というか、お父様は当主だったのか。

 僕はそんなことも知らなかったんだ。
 自分で自分にびっくりしつつ扉の中にお邪魔すると、全身すっぽりと黒ローブに包んだお父様らしき人が僕を出迎えてくれる。
 
 顔には仮面がつけられている。
 だからあんまり覚えてないのかな。なんだか、影が薄い感じの人だ――僕はそう思った。

「お父様、カジャ殿下がこのような手紙を送ってきたのです」

 お父様に手紙を見せると、お父様は魔術比べの勝者に与えるはずだった【妖精の涙】を献上用に包んでくれた。
「賞品は別のアイテムに変えればよい――赤竜の杖というのは初耳だが。時計塔にあるのだろうか。調べてみることにするよ」

 そう言って僕の頭を撫でるお父様の声は、優しかった。

「体調がよくなったようだが、エーテルは魔術比べに参加するか?」 
 僕は少しだけ迷ってから、首を横に振った。
「いいえ。僕は参加しません」
「そうか。それもいいだろう」
 

 僕には予感があった。
 参加しても、僕は勝てない――そんな予感だ。
 だから逃げたのだ。
 
「エーテル坊ちゃん、問題はサクっと解決しましたな!」
 ネイフェンがニコニコ笑っている。
「簡単だったね」
 もしも、カジャ殿下の言いなりに5段階ステップを踏んでいたら――僕はこっそりと妄想した。
 ……赤竜の杖とやらを手にして、僕がみんなの前でロザニイルを倒す光景を。
 

『カジャ殿下へ
 【妖精の涙】を献上します。
        エーテルより』 
 
 完結なメッセージカードをつけて【妖精の涙】をカジャ殿下に届けるよう手配した僕は、ベッドにころんと転がって魔術書を眺めた。


「ロザニイルに勝利する必要なんて、ないじゃないか」

 ぽつりと呟く声は、負け惜しみみたいだった。
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