157 / 260
10、守護竜不在の学院編
149、エリックはたくさん死ぬ。たまにオーガストも死ぬ。
しおりを挟む
再び巻き戻ったネネツィカは、毒虫暗殺未遂を防いだ後、犯人の捕縛やら何やら大騒ぎの現場にて、エリックのグループを巻き込んで情報共有をした。
「皆さま、お聞きください! この毒虫暗殺を防いで安心してはなりませんわ。エリック様は他の暗殺者にも狙われていますの」
割と全員が「エリック様が狙われてるのは知ってるよ、当たり前じゃないか」みたいな顔をしている。
「ご安心ください、護衛は王子殿下をお守りするためにいるわけですから」
(貴方たち、暗殺防げなかった癖に――)
ネネツィカはこの後狙ってくる暗殺者について説明をした。
「これから来るのは、とっても素早い暗殺者ですの。しかもその暗殺者はクレイになりすましているのですわ」
具体的に語れば、皆が好奇心を覚えたようだった。
「ほう、ほう。素早く剣を扱うクレイ様……拝見してみたいものですな」
「捕まえてみたいね」
オスカーとエリックが呑気に言って、オーガストは「やっぱりフィニックスを連れてくるべきだったかなあ」と眉を下げている。
「何故連れてこなかったんですの?」
「他国に勧誘されたら付いていっちゃうと思って……」
そんな理由で、とネネツィカが目を丸くするが、エリックは「うんうん」と頷いた。
「まあ、暗殺者に気をつけながら楽しもうではないか! お祭りは楽しむために開かれたのだし、王族とはとかく命を狙われるものなのだ。暗殺を恐れていては、俺はこの先何もできなくなってしまうよ」
いざとなったら返り討ち、と腰から下げた剣を叩く仕草は頼もしい。周囲の取り巻きたちも「俺たちがお守りするぞ!」と気勢を上げている。
(せめて、前回と違う道を通りましょう)
「殿下、縁日屋台を覗きませんか?」
ネネツィカは提案した。暗殺者が何処から現れても良いのように警戒しつつ、一行は縁日屋台に向かって移動を始めた。
階段を降りて、外に向かう。専用出入り口から中庭へ出ようとして、遠目にその景色が見えてくる。
不思議な郷愁を誘う雰囲気の縁日屋台は、手作り感満載の看板が並んで、とても賑やかだ。アッシュとデミルがたこ焼きを焼いているという話を聞いた覚えもあった。覗いてみたい――、
(前回、暗殺者と遭遇したのはこれくらいの時間だったかしら)
「本物も偽物も見つかりませんなあ」
オスカーが残念そうにしていた。
「殿下、校内放送で本物を呼び出してみてはいかがですか?」
「それはもうしたくない……」
今のところ暗殺者は影も形もない、とネネツィカは胸を撫で下ろした。と、その瞬間に――爆発音が轟いた。ドオン、と。
「何だ!?」
「敵襲かッ」
中庭の入り口で緊張を高める護衛たち。エリックが指で示した。
「あれを見ろ、火災だ」
向かい側の建物の四階の窓から火炎が立ち上り、もうもうと黒い煙が湧き上がっていた。縁日にいた人々もそれに気づき、騒然となる。建物からは続々と人が逃げてきて、燃え盛る焔に包まれる室内を背中に窓から助けを求める一般客のお母さんと小さな子供を見てエリックが駆け出した。
「俺は助けに行く!」
「殿下!!」
駆け出したエリックは疾風のようで、取り巻きが止める暇もなく雪崩れ出てくる避難者の流れに逆行して建物の中に入っていく。オーガストが先頭となり、それに続いた。
「お嬢さんたちはここでお待ちください?」
オスカーが取り巻きに女子の警護を任せて、遅れて追いかけていく。
少ししてから妖精や呪術の消火が始まり、火が消されていく。憔悴した顔のオーガストが窓から助けを求めていた母子を運び出して救急医師隊に引き継ぎ、「中で殿下が呪術を使い消火活動と救命活動を――」と告げて戻っていく。
そして、オーガストが戻った時、すっかり火勢が落ち着いた現場にて、主エリックは剣に刺されて暗殺されていた。
「ロードですわ……」
ネネツィカはぐったりとロードした。
「大丈夫ですか、お嬢様」
ティミオスがそっと気遣ってくれた。
「わたくし、慣れてきた気がするわ。けれど、これに慣れてしまうのは良くないですわね」
そして、ふと執事のずるに想いを馳せた。
「ティミオス、あの……前に使っていた、魔法の障壁をエリック様に使えて? 動き回るエリック様の周りに……」
それで解決するのでは? ずるだけれど――ネネツィカは思いついた。
「お嬢様、わたくしの障壁はお嬢様専用でございます。それに、あんなに奔放に動き回る方に合わせて障壁を巡らせるのは現実的ではないのでは」
「そ、そう。そうね……」
ネネツィカは再び同じ時間をやり直し、今度は「あちらの建物の四階で何かが爆発したり、火災が起きそうですの」と忠告して火災を防いだ。
縁日屋台では、アッシュとデミルがお揃いの竜の着ぐるみ姿で仲良くたこ焼きを焼いていた。
「デミル、その香辛料は入れちゃダメだよっ、アッー」
「あはは! デミルスペシャル!!」
――平和。とても平和……!!
ネネツィカは心から癒された。エイヴンとヴァルターが向こうから連れ添ってやってきて、見回りと言いつつ手にイカ焼きの串を持っている。とても美味しそうな匂い。
賑わいの中、ストリートピアノの調べも聴こえる。どこかに設置されたピアノを誰かが弾いているのだろう。太鼓の音が全然ピアノを気遣う事なく轟いていて、祭り囃しが楽しげだ。仮設ステージではダンサーが大胆な衣装で踊っている。
ヒュンッと何かが飛んできて、オーガストが素早くエリックを庇い、それを危なげなく受け止めた。
「毒塗りのナイフですね」
「こんなナイフくらい、大した事じゃない……」
ぐらりとエリックが倒れ込む。どうも、屋台で買った料理に毒が盛られていたのがこの時の死因。ロードして繰り返せばこの後ナイフが何度も来て、オーガストが犠牲になってやり直したりした。
「はあはあ……」
縁日屋台、危険。
なんとかその一帯を凌いだネネツィカは、エリックがクレイと一緒にスタッフタイムを過ごす予定だというお化け屋敷に向かうのだった。
「これで多分本物のクレイと合流できるね」
エリックは明るい顔でそう言った。オスカーも呑気に「お化け屋敷の後はぜひ! ケイオスレッグの試合も……」と売り込みつつ。
「本物と偽物が同時に出てきたら面白そうですな~」
と手に持った林檎飴を揺らした。危機感がない。
「お二人は何故お化け屋敷を……」
お化け屋敷は、暗殺にとても適した空間ではないだろうか。
「どんなお仕事をなさいますの?」
「中に入った人を脅かすだけだよ。楽しそうだろ?」
君たちも遊んでね! エリックはニコニコと道を譲りつつこちらに熱い視線を注ぐ一般来客や学生たちに手を振った。黄色い悲鳴が湧いて、お化け屋敷に向かう一行の後ろを学生や来客がついてくる。
曲がり角を曲がる。何かが爆発する。暗殺者がヒュンッとやってきてスパッと斬って任務完了していく。差し入れされたお菓子に毒が盛られている。
何度かロードをしながら、少しずつ時間が進んでいく。
(シャジャル第二王妃のお気持ちがとてもよくわかりますわ)
暗殺、怖い。とても――ネネツィカは心の底からそう思うのであった。
「あぁ~、全弾防がれました。わたくしったら、ナイフ投げが下手ですねえ」
ピエロみたいな扮装をしたエインヘリアの女性外交官、ファビアンがクスクスと楽しそうに笑って屋台で釣ったカラフルなヨーヨーを揺らした。
「ナイフ投げるのやめません? 割とうちが殺そうとしてるのバレバレじゃないですか……」
胃薬を水で飲みながら、繊細そうな将ヘルマンがテーブルに視線を落としている。
「俺も爆弾を仕掛けたりしてるんですが、なかなか爆発しないんですよね」
ファビアンと似た道化姿の青年外交官ダスティンがホットドッグをヘルマンの口に強引に押し付けつつ、優しげな微笑で告げる。
「しかし、さっきからこちらにもチラホラ暗殺が仕掛けられているようですよ。どこの国かわかりませんが、ヘルマンには尊き犠牲となってもらいましょうね」
「えっ」
ヘルマンが驚いた顔をしつつ、胃を抑える。
「こ、これはまさか毒――」
ファビアンが驚いた顔を大袈裟に作り、「おやおやぁ! なんという事でしょう!? わたくしたちの愛するヘルマン様がアイザールの魔の手に!」
「まあ、まあ。クレストフォレスの可能性が高いと俺は考えているのですが」
ダスティンはゆるりと頷き、もう一本を口にした。
「ああ、女帝も悲しまれる事でしょう。ヘルマン様は良い方でした……」
「まだ生きてるんですが」
ヘルマンは部下に解毒薬の手配を命じるべきか悩んだ。正直、あまり体調に変化がない――「弔い合戦。敵討ち。盛り上がりますねえ! ああ、お涙頂戴な演説を考えなくては」ファビアンが盛り上がっている。
「俺、死ぬの確定なの? マジで? あまり死にそうな体調じゃないんだが……?」
ヘルマンが二人を交互に見やると、「それはそうですよ」とダスティンが笑った。
「ちなみにそれは毒ではないので、ご安心を」
ならば、なにが毒だったというのか――ヘルマンはとても気になった。
「えーっ、では、ヘルマン様はお亡くなりにならないのです?」
ファビアンが残念そうだ。ダスティンはまあ、まあと優しいお兄さん然とした声で宥めた。
「この後も暗殺は来るでしょうし、そのうち多分死にますから」
俺はそのうち死ぬ予定らしい――ああ、無情。ヘルマンは部下たちの同情の視線を感じながら、辞世の句を練り始めるのであった。
「ああ、ヘルマン様、死なないでください。わたくし、あなた様が好きなのでございますよ~?」
ファビアンがハンカチで目を拭う仕草をしながらヘルマンの命を惜しんでくれる。どう見てもただの演技だ。
「惜しい将を失くした……そう女帝に報せを送っておきましょう。先に。こういうのは、早めがよろしいでしょうから」
ダスティンは悲しそうに女帝への報告書を書き始めている。
「せめて死んでから書きません?」
ヘルマンは、そう言わずにはいられなかった。
「皆さま、お聞きください! この毒虫暗殺を防いで安心してはなりませんわ。エリック様は他の暗殺者にも狙われていますの」
割と全員が「エリック様が狙われてるのは知ってるよ、当たり前じゃないか」みたいな顔をしている。
「ご安心ください、護衛は王子殿下をお守りするためにいるわけですから」
(貴方たち、暗殺防げなかった癖に――)
ネネツィカはこの後狙ってくる暗殺者について説明をした。
「これから来るのは、とっても素早い暗殺者ですの。しかもその暗殺者はクレイになりすましているのですわ」
具体的に語れば、皆が好奇心を覚えたようだった。
「ほう、ほう。素早く剣を扱うクレイ様……拝見してみたいものですな」
「捕まえてみたいね」
オスカーとエリックが呑気に言って、オーガストは「やっぱりフィニックスを連れてくるべきだったかなあ」と眉を下げている。
「何故連れてこなかったんですの?」
「他国に勧誘されたら付いていっちゃうと思って……」
そんな理由で、とネネツィカが目を丸くするが、エリックは「うんうん」と頷いた。
「まあ、暗殺者に気をつけながら楽しもうではないか! お祭りは楽しむために開かれたのだし、王族とはとかく命を狙われるものなのだ。暗殺を恐れていては、俺はこの先何もできなくなってしまうよ」
いざとなったら返り討ち、と腰から下げた剣を叩く仕草は頼もしい。周囲の取り巻きたちも「俺たちがお守りするぞ!」と気勢を上げている。
(せめて、前回と違う道を通りましょう)
「殿下、縁日屋台を覗きませんか?」
ネネツィカは提案した。暗殺者が何処から現れても良いのように警戒しつつ、一行は縁日屋台に向かって移動を始めた。
階段を降りて、外に向かう。専用出入り口から中庭へ出ようとして、遠目にその景色が見えてくる。
不思議な郷愁を誘う雰囲気の縁日屋台は、手作り感満載の看板が並んで、とても賑やかだ。アッシュとデミルがたこ焼きを焼いているという話を聞いた覚えもあった。覗いてみたい――、
(前回、暗殺者と遭遇したのはこれくらいの時間だったかしら)
「本物も偽物も見つかりませんなあ」
オスカーが残念そうにしていた。
「殿下、校内放送で本物を呼び出してみてはいかがですか?」
「それはもうしたくない……」
今のところ暗殺者は影も形もない、とネネツィカは胸を撫で下ろした。と、その瞬間に――爆発音が轟いた。ドオン、と。
「何だ!?」
「敵襲かッ」
中庭の入り口で緊張を高める護衛たち。エリックが指で示した。
「あれを見ろ、火災だ」
向かい側の建物の四階の窓から火炎が立ち上り、もうもうと黒い煙が湧き上がっていた。縁日にいた人々もそれに気づき、騒然となる。建物からは続々と人が逃げてきて、燃え盛る焔に包まれる室内を背中に窓から助けを求める一般客のお母さんと小さな子供を見てエリックが駆け出した。
「俺は助けに行く!」
「殿下!!」
駆け出したエリックは疾風のようで、取り巻きが止める暇もなく雪崩れ出てくる避難者の流れに逆行して建物の中に入っていく。オーガストが先頭となり、それに続いた。
「お嬢さんたちはここでお待ちください?」
オスカーが取り巻きに女子の警護を任せて、遅れて追いかけていく。
少ししてから妖精や呪術の消火が始まり、火が消されていく。憔悴した顔のオーガストが窓から助けを求めていた母子を運び出して救急医師隊に引き継ぎ、「中で殿下が呪術を使い消火活動と救命活動を――」と告げて戻っていく。
そして、オーガストが戻った時、すっかり火勢が落ち着いた現場にて、主エリックは剣に刺されて暗殺されていた。
「ロードですわ……」
ネネツィカはぐったりとロードした。
「大丈夫ですか、お嬢様」
ティミオスがそっと気遣ってくれた。
「わたくし、慣れてきた気がするわ。けれど、これに慣れてしまうのは良くないですわね」
そして、ふと執事のずるに想いを馳せた。
「ティミオス、あの……前に使っていた、魔法の障壁をエリック様に使えて? 動き回るエリック様の周りに……」
それで解決するのでは? ずるだけれど――ネネツィカは思いついた。
「お嬢様、わたくしの障壁はお嬢様専用でございます。それに、あんなに奔放に動き回る方に合わせて障壁を巡らせるのは現実的ではないのでは」
「そ、そう。そうね……」
ネネツィカは再び同じ時間をやり直し、今度は「あちらの建物の四階で何かが爆発したり、火災が起きそうですの」と忠告して火災を防いだ。
縁日屋台では、アッシュとデミルがお揃いの竜の着ぐるみ姿で仲良くたこ焼きを焼いていた。
「デミル、その香辛料は入れちゃダメだよっ、アッー」
「あはは! デミルスペシャル!!」
――平和。とても平和……!!
ネネツィカは心から癒された。エイヴンとヴァルターが向こうから連れ添ってやってきて、見回りと言いつつ手にイカ焼きの串を持っている。とても美味しそうな匂い。
賑わいの中、ストリートピアノの調べも聴こえる。どこかに設置されたピアノを誰かが弾いているのだろう。太鼓の音が全然ピアノを気遣う事なく轟いていて、祭り囃しが楽しげだ。仮設ステージではダンサーが大胆な衣装で踊っている。
ヒュンッと何かが飛んできて、オーガストが素早くエリックを庇い、それを危なげなく受け止めた。
「毒塗りのナイフですね」
「こんなナイフくらい、大した事じゃない……」
ぐらりとエリックが倒れ込む。どうも、屋台で買った料理に毒が盛られていたのがこの時の死因。ロードして繰り返せばこの後ナイフが何度も来て、オーガストが犠牲になってやり直したりした。
「はあはあ……」
縁日屋台、危険。
なんとかその一帯を凌いだネネツィカは、エリックがクレイと一緒にスタッフタイムを過ごす予定だというお化け屋敷に向かうのだった。
「これで多分本物のクレイと合流できるね」
エリックは明るい顔でそう言った。オスカーも呑気に「お化け屋敷の後はぜひ! ケイオスレッグの試合も……」と売り込みつつ。
「本物と偽物が同時に出てきたら面白そうですな~」
と手に持った林檎飴を揺らした。危機感がない。
「お二人は何故お化け屋敷を……」
お化け屋敷は、暗殺にとても適した空間ではないだろうか。
「どんなお仕事をなさいますの?」
「中に入った人を脅かすだけだよ。楽しそうだろ?」
君たちも遊んでね! エリックはニコニコと道を譲りつつこちらに熱い視線を注ぐ一般来客や学生たちに手を振った。黄色い悲鳴が湧いて、お化け屋敷に向かう一行の後ろを学生や来客がついてくる。
曲がり角を曲がる。何かが爆発する。暗殺者がヒュンッとやってきてスパッと斬って任務完了していく。差し入れされたお菓子に毒が盛られている。
何度かロードをしながら、少しずつ時間が進んでいく。
(シャジャル第二王妃のお気持ちがとてもよくわかりますわ)
暗殺、怖い。とても――ネネツィカは心の底からそう思うのであった。
「あぁ~、全弾防がれました。わたくしったら、ナイフ投げが下手ですねえ」
ピエロみたいな扮装をしたエインヘリアの女性外交官、ファビアンがクスクスと楽しそうに笑って屋台で釣ったカラフルなヨーヨーを揺らした。
「ナイフ投げるのやめません? 割とうちが殺そうとしてるのバレバレじゃないですか……」
胃薬を水で飲みながら、繊細そうな将ヘルマンがテーブルに視線を落としている。
「俺も爆弾を仕掛けたりしてるんですが、なかなか爆発しないんですよね」
ファビアンと似た道化姿の青年外交官ダスティンがホットドッグをヘルマンの口に強引に押し付けつつ、優しげな微笑で告げる。
「しかし、さっきからこちらにもチラホラ暗殺が仕掛けられているようですよ。どこの国かわかりませんが、ヘルマンには尊き犠牲となってもらいましょうね」
「えっ」
ヘルマンが驚いた顔をしつつ、胃を抑える。
「こ、これはまさか毒――」
ファビアンが驚いた顔を大袈裟に作り、「おやおやぁ! なんという事でしょう!? わたくしたちの愛するヘルマン様がアイザールの魔の手に!」
「まあ、まあ。クレストフォレスの可能性が高いと俺は考えているのですが」
ダスティンはゆるりと頷き、もう一本を口にした。
「ああ、女帝も悲しまれる事でしょう。ヘルマン様は良い方でした……」
「まだ生きてるんですが」
ヘルマンは部下に解毒薬の手配を命じるべきか悩んだ。正直、あまり体調に変化がない――「弔い合戦。敵討ち。盛り上がりますねえ! ああ、お涙頂戴な演説を考えなくては」ファビアンが盛り上がっている。
「俺、死ぬの確定なの? マジで? あまり死にそうな体調じゃないんだが……?」
ヘルマンが二人を交互に見やると、「それはそうですよ」とダスティンが笑った。
「ちなみにそれは毒ではないので、ご安心を」
ならば、なにが毒だったというのか――ヘルマンはとても気になった。
「えーっ、では、ヘルマン様はお亡くなりにならないのです?」
ファビアンが残念そうだ。ダスティンはまあ、まあと優しいお兄さん然とした声で宥めた。
「この後も暗殺は来るでしょうし、そのうち多分死にますから」
俺はそのうち死ぬ予定らしい――ああ、無情。ヘルマンは部下たちの同情の視線を感じながら、辞世の句を練り始めるのであった。
「ああ、ヘルマン様、死なないでください。わたくし、あなた様が好きなのでございますよ~?」
ファビアンがハンカチで目を拭う仕草をしながらヘルマンの命を惜しんでくれる。どう見てもただの演技だ。
「惜しい将を失くした……そう女帝に報せを送っておきましょう。先に。こういうのは、早めがよろしいでしょうから」
ダスティンは悲しそうに女帝への報告書を書き始めている。
「せめて死んでから書きません?」
ヘルマンは、そう言わずにはいられなかった。
0
お気に入りに追加
60
あなたにおすすめの小説
安心してください、僕は誰にも勃ちませんから
サトー
BL
十八歳の夏、「お前のせいで俺はおかしくなったんだ」と好きだった男に首を絞められてから、俺のペニスは勃たなくなった。もう一生勃たなくたって構わない、これは呪いなんだから、恋を取り上げられたまま一人でいようとずっと思っていた。
勃起しない身体で女性用風俗で働く主人公が、高校時代の友人と再会し、ケンカをしたり、だらだらと時間を潰したり、時々触れあったりしながら、拗れていた関係を再構築していく話。
※ムーンライトノベルズにも掲載しています。
魔王と王の育児日記。(下書き)
花より団子よりもお茶が好き。
BL
ある日魔族の王は一人の人間の赤ん坊を拾った。
しかし、人間の育て方など。
「ダメだ。わからん」
これは魔族と人間の不可思議な物語である。
――この世界の国々には必ず『魔族の住む領土と人間の住む領土』があり『魔族の王と人間の王』が存在した。
数ある国としての条件の中でも、必ずこれを満たしていなければ国としては認められない。
その中でも東西南北の四方点(四方位)に位置する四カ国がもっとも強い力を保持する。
そしてその一つ、東の国を統べるは我らが『魔王さまと王様』なのです。
※BL度低め
死に戻り騎士は、今こそ駆け落ち王子を護ります!
時雨
BL
「駆け落ちの供をしてほしい」
すべては真面目な王子エリアスの、この一言から始まった。
王子に”国を捨てても一緒になりたい人がいる”と打ち明けられた、護衛騎士ランベルト。
発表されたばかりの公爵家令嬢との婚約はなんだったのか!?混乱する騎士の気持ちなど関係ない。
国境へ向かう二人を追う影……騎士ランベルトは追手の剣に倒れた。
後悔と共に途切れた騎士の意識は、死亡した時から三年も前の騎士団の寮で目覚める。
――二人に追手を放った犯人は、一体誰だったのか?
容疑者が浮かんでは消える。そもそも犯人が三年先まで何もしてこない保証はない。
怪しいのは、王位を争う第一王子?裏切られた公爵令嬢?…正体不明の駆け落ち相手?
今度こそ王子エリアスを護るため、過去の記憶よりも積極的に王子に関わるランベルト。
急に距離を縮める騎士を、はじめは警戒するエリアス。ランベルトの昔と変わらぬ態度に、徐々にその警戒も解けていって…?
過去にない行動で変わっていく事象。動き出す影。
ランベルトは今度こそエリアスを護りきれるのか!?
負けず嫌いで頑固で堅実、第二王子(年下) × 面倒見の良い、気の長い一途騎士(年上)のお話です。
-------------------------------------------------------------------
主人公は頑な、王子も頑固なので、ゆるい気持ちで見守っていただけると幸いです。
俺は好きな乙女ゲームの世界に転生してしまったらしい
綾里 ハスミ
BL
騎士のジオ = マイズナー(主人公)は、前世の記憶を思い出す。自分は、どうやら大好きな乙女ゲーム『白百合の騎士』の世界に転生してしまったらしい。そして思い出したと同時に、衝動的に最推しのルーク団長に告白してしまい……!?
ルーク団長の事が大好きな主人公と、戦争から帰って来て心に傷を抱えた年上の男の恋愛です。
完結・虐げられオメガ側妃なので敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン溺愛王が甘やかしてくれました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
【完結】『ルカ』
瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。
倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。
クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。
そんなある日、クロを知る青年が現れ……?
貴族の青年×記憶喪失の青年です。
※自サイトでも掲載しています。
2021年6月28日 本編完結
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
某国の皇子、冒険者となる
くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。
転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。
俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために……
異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。
主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。
※ BL要素は控えめです。
2020年1月30日(木)完結しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる