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10、守護竜不在の学院編

149、エリックはたくさん死ぬ。たまにオーガストも死ぬ。

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 再び巻き戻ったネネツィカは、毒虫暗殺未遂を防いだ後、犯人の捕縛やら何やら大騒ぎの現場にて、エリックのグループを巻き込んで情報共有をした。
「皆さま、お聞きください! この毒虫暗殺を防いで安心してはなりませんわ。エリック様は他の暗殺者にも狙われていますの」
 割と全員が「エリック様が狙われてるのは知ってるよ、当たり前じゃないか」みたいな顔をしている。
「ご安心ください、護衛は王子殿下をお守りするためにいるわけですから」
(貴方たち、暗殺防げなかった癖に――)
 ネネツィカはこの後狙ってくる暗殺者について説明をした。
「これから来るのは、とっても素早い暗殺者ですの。しかもその暗殺者はクレイになりすましているのですわ」
 具体的に語れば、皆が好奇心を覚えたようだった。
「ほう、ほう。素早く剣を扱うクレイ様……拝見してみたいものですな」
「捕まえてみたいね」
 オスカーとエリックが呑気に言って、オーガストは「やっぱりフィニックスを連れてくるべきだったかなあ」と眉を下げている。
「何故連れてこなかったんですの?」
「他国に勧誘されたら付いていっちゃうと思って……」
 そんな理由で、とネネツィカが目を丸くするが、エリックは「うんうん」と頷いた。
「まあ、暗殺者に気をつけながら楽しもうではないか! お祭りは楽しむために開かれたのだし、王族とはとかく命を狙われるものなのだ。暗殺を恐れていては、俺はこの先何もできなくなってしまうよ」
 いざとなったら返り討ち、と腰から下げた剣を叩く仕草は頼もしい。周囲の取り巻きたちも「俺たちがお守りするぞ!」と気勢を上げている。

(せめて、前回と違う道を通りましょう)
「殿下、縁日屋台を覗きませんか?」
 ネネツィカは提案した。暗殺者が何処から現れても良いのように警戒しつつ、一行は縁日屋台に向かって移動を始めた。

 階段を降りて、外に向かう。専用出入り口から中庭へ出ようとして、遠目にその景色が見えてくる。
 不思議な郷愁を誘う雰囲気の縁日屋台は、手作り感満載の看板が並んで、とても賑やかだ。アッシュとデミルがたこ焼きを焼いているという話を聞いた覚えもあった。覗いてみたい――、

(前回、暗殺者と遭遇したのはこれくらいの時間だったかしら)
「本物も偽物も見つかりませんなあ」
 オスカーが残念そうにしていた。
「殿下、校内放送で本物を呼び出してみてはいかがですか?」
「それはもうしたくない……」
 今のところ暗殺者は影も形もない、とネネツィカは胸を撫で下ろした。と、その瞬間に――爆発音が轟いた。ドオン、と。

「何だ!?」
「敵襲かッ」
 中庭の入り口で緊張を高める護衛たち。エリックが指で示した。
「あれを見ろ、火災だ」
 向かい側の建物の四階の窓から火炎が立ち上り、もうもうと黒い煙が湧き上がっていた。縁日にいた人々もそれに気づき、騒然となる。建物からは続々と人が逃げてきて、燃え盛る焔に包まれる室内を背中に窓から助けを求める一般客のお母さんと小さな子供を見てエリックが駆け出した。

「俺は助けに行く!」
「殿下!!」
 駆け出したエリックは疾風のようで、取り巻きが止める暇もなく雪崩れ出てくる避難者の流れに逆行して建物の中に入っていく。オーガストが先頭となり、それに続いた。
「お嬢さんたちはここでお待ちください?」
 オスカーが取り巻きに女子の警護を任せて、遅れて追いかけていく。

 少ししてから妖精や呪術の消火が始まり、火が消されていく。憔悴した顔のオーガストが窓から助けを求めていた母子を運び出して救急医師隊に引き継ぎ、「中で殿下が呪術を使い消火活動と救命活動を――」と告げて戻っていく。
 そして、オーガストが戻った時、すっかり火勢が落ち着いた現場にて、主エリックは剣に刺されて暗殺されていた。

「ロードですわ……」
 ネネツィカはぐったりとロードした。

「大丈夫ですか、お嬢様」
 ティミオスがそっと気遣ってくれた。
「わたくし、慣れてきた気がするわ。けれど、これに慣れてしまうのは良くないですわね」

 そして、ふと執事のずるに想いを馳せた。
「ティミオス、あの……前に使っていた、魔法の障壁をエリック様に使えて? 動き回るエリック様の周りに……」
 それで解決するのでは? ずるだけれど――ネネツィカは思いついた。
「お嬢様、わたくしの障壁はお嬢様専用でございます。それに、あんなに奔放に動き回る方に合わせて障壁を巡らせるのは現実的ではないのでは」
「そ、そう。そうね……」

 ネネツィカは再び同じ時間をやり直し、今度は「あちらの建物の四階で何かが爆発したり、火災が起きそうですの」と忠告して火災を防いだ。

 縁日屋台では、アッシュとデミルがお揃いの竜の着ぐるみ姿で仲良くたこ焼きを焼いていた。
「デミル、その香辛料は入れちゃダメだよっ、アッー」
「あはは! デミルスペシャル!!」
 ――平和。とても平和……!!

 ネネツィカは心から癒された。エイヴンとヴァルターが向こうから連れ添ってやってきて、見回りと言いつつ手にイカ焼きの串を持っている。とても美味しそうな匂い。

 賑わいの中、ストリートピアノの調べも聴こえる。どこかに設置されたピアノを誰かが弾いているのだろう。太鼓の音が全然ピアノを気遣う事なく轟いていて、祭り囃しが楽しげだ。仮設ステージではダンサーが大胆な衣装で踊っている。

 ヒュンッと何かが飛んできて、オーガストが素早くエリックを庇い、それを危なげなく受け止めた。
「毒塗りのナイフですね」
「こんなナイフくらい、大した事じゃない……」
 ぐらりとエリックが倒れ込む。どうも、屋台で買った料理に毒が盛られていたのがこの時の死因。ロードして繰り返せばこの後ナイフが何度も来て、オーガストが犠牲になってやり直したりした。

「はあはあ……」
 縁日屋台、危険。
 なんとかその一帯を凌いだネネツィカは、エリックがクレイと一緒にスタッフタイムを過ごす予定だというお化け屋敷に向かうのだった。

「これで多分本物のクレイと合流できるね」
 エリックは明るい顔でそう言った。オスカーも呑気に「お化け屋敷の後はぜひ! ケイオスレッグの試合も……」と売り込みつつ。
「本物と偽物が同時に出てきたら面白そうですな~」
 と手に持った林檎飴を揺らした。危機感がない。

「お二人は何故お化け屋敷を……」
 お化け屋敷は、暗殺にとても適した空間ではないだろうか。
「どんなお仕事をなさいますの?」
「中に入った人を脅かすだけだよ。楽しそうだろ?」
 君たちも遊んでね! エリックはニコニコと道を譲りつつこちらに熱い視線を注ぐ一般来客や学生たちに手を振った。黄色い悲鳴が湧いて、お化け屋敷に向かう一行の後ろを学生や来客がついてくる。

 曲がり角を曲がる。何かが爆発する。暗殺者がヒュンッとやってきてスパッと斬って任務完了していく。差し入れされたお菓子に毒が盛られている。
 何度かロードをしながら、少しずつ時間が進んでいく。

(シャジャル第二王妃のお気持ちがとてもよくわかりますわ)
 暗殺、怖い。とても――ネネツィカは心の底からそう思うのであった。


「あぁ~、全弾防がれました。わたくしったら、ナイフ投げが下手ですねえ」
 ピエロみたいな扮装をしたエインヘリアの女性外交官、ファビアンがクスクスと楽しそうに笑って屋台で釣ったカラフルなヨーヨーを揺らした。
「ナイフ投げるのやめません? 割とうちが殺そうとしてるのバレバレじゃないですか……」
 胃薬を水で飲みながら、繊細そうな将ヘルマンがテーブルに視線を落としている。
「俺も爆弾を仕掛けたりしてるんですが、なかなか爆発しないんですよね」
 ファビアンと似た道化姿の青年外交官ダスティンがホットドッグをヘルマンの口に強引に押し付けつつ、優しげな微笑で告げる。
「しかし、さっきからこちらにもチラホラ暗殺が仕掛けられているようですよ。どこの国かわかりませんが、ヘルマンには尊き犠牲となってもらいましょうね」
「えっ」
 ヘルマンが驚いた顔をしつつ、胃を抑える。
「こ、これはまさか毒――」
 ファビアンが驚いた顔を大袈裟に作り、「おやおやぁ! なんという事でしょう!? わたくしたちの愛するヘルマン様がアイザールの魔の手に!」
「まあ、まあ。クレストフォレスの可能性が高いと俺は考えているのですが」
 ダスティンはゆるりと頷き、もう一本を口にした。
「ああ、女帝も悲しまれる事でしょう。ヘルマン様は良い方でした……」
「まだ生きてるんですが」
 ヘルマンは部下に解毒薬の手配を命じるべきか悩んだ。正直、あまり体調に変化がない――「弔い合戦。敵討ち。盛り上がりますねえ! ああ、お涙頂戴な演説を考えなくては」ファビアンが盛り上がっている。
「俺、死ぬの確定なの? マジで? あまり死にそうな体調じゃないんだが……?」
 ヘルマンが二人を交互に見やると、「それはそうですよ」とダスティンが笑った。
「ちなみにそれは毒ではないので、ご安心を」
 ならば、なにが毒だったというのか――ヘルマンはとても気になった。
「えーっ、では、ヘルマン様はお亡くなりにならないのです?」
 ファビアンが残念そうだ。ダスティンはまあ、まあと優しいお兄さん然とした声で宥めた。
「この後も暗殺は来るでしょうし、そのうち多分死にますから」
 俺はそのうち死ぬ予定らしい――ああ、無情。ヘルマンは部下たちの同情の視線を感じながら、辞世の句を練り始めるのであった。
「ああ、ヘルマン様、死なないでください。わたくし、あなた様が好きなのでございますよ~?」
 ファビアンがハンカチで目を拭う仕草をしながらヘルマンの命を惜しんでくれる。どう見てもただの演技だ。
「惜しい将を失くした……そう女帝に報せを送っておきましょう。先に。こういうのは、早めがよろしいでしょうから」
 ダスティンは悲しそうに女帝への報告書を書き始めている。
「せめて死んでから書きません?」
 ヘルマンは、そう言わずにはいられなかった。
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