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10、守護竜不在の学院編
145、冒険者ギルドっていくらで買えるの?
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看板を塗る学生たちの笑い声が、塗料の匂いと一緒に風に乗って届いた。
(ティミオスが『セーブ』を勧めてたのよね……)
ネネツィカはその言葉にティミオスの心配を感じ取った。ヘレナやユージェニーによると、それは大きなイベントの前などにするものらしい。
(アローウィン……でしょうね?)
前夜あたりにセーブをしてみようかしら。そんな事を考えつつ学院敷地内の紅葉並木の間を歩いていたネネツィカは、ふと見知った顔が噴水近くのベンチに座って泣いているのに気付いた。
ケイオスレッグのメンバーで、アイザール人のシュナだ。
サイズ的にクレイと同じくらいの子で、すばしっこくて天真爛漫な雰囲気の子。
(まともにお話しするのは初めてですけれど……)
そろそろと近寄り、どうしたのと問えば、シュナはべしょべしょと泣きながら手紙を見せてくれた。
「ボクのママ、来る、プレイ見に」
ぎこちない言葉に、隣に座って頷いた。アイザール語を学んだのに、いざとなると喋れない。手紙を読むのも難しい――シュナがファーリズ語で喋ってくれるおかげで、二人は意思疎通できた。
「ボク、プレイミスでチームヒカエなった、試合ない……」
「ママに教えてナイ、……ママはボク試合出る思ッてる」
なるほど、とネネツィカはハンカチでシュナの顔を拭ってあげた。ケイオスレッグはユンク伯爵がオスカーのために作った『勝つための』チーム。他チームの花形選手をどんどん引き抜くし、ワンミス即スタメン落ちが珍しくない厳しいチームなのだ。
「わたくし、んん……多分ですけれど、シュナがママに試合見せられるようにできますわ」
ネネツィカはシュナを連れて、ウェザー商会の会長に会った。会長のルーファス氏は人の良さそうなお兄さんで、何故かとてもラーフルトン伯爵家贔屓。なんでも御用立てしますよ、商売以外でも雑用でもなんでも喜んでお手伝いしますよと常日頃から声をかけてくれるのだ。
「おお、これはこれはラーフルトンのお嬢様」
ルーファスは商会で一番偉いのに、いつもアタフタと飛び出して来る。わたくし、のんびりでも構わなくてよ?
「ルーファスさん、シュナが試合に出るところをママに見せたいの」
そう説明すると、ルーファスさんは笑顔で「ケイオスレッグを買収すればよろしいですか?」と恐ろしく簡単そうに言ってのけた。この人は、とてもお金持ちだ――ネネツィカはブンブンと首を振った。
「いえ、いえ。既存チームはそのままに。わたくしが所望するのは、シュナのための新しいチームを作ることなのです」
シュナが頑張ってリスニングしている様子で、「シュナ、チーず」と頷いた。理解できてる?
「新しいチームですか、なるほど……」
ルーファスさんは少しは考えてから、「お嬢様のお望みのままに」と言ってくれた。
「チーム名はいかがなさいますか?」
問われて、ネネツィカは「うーん」とシュナを見た。
「わたくしは、シュナを紹介しただけということで――あとは、シュナの好みで全部決めたらいかがかしら」
シュナは嬉しそうにお礼を言って――理解できたらしい――「エンジョイ・フレンド」とチーム名らしきものを決めたのだった。
機嫌良く帰るお嬢様を見送り、ルーファスは「エンジョイチームの運営は金になるだろうか?」と検討しながら奥の部屋に行き。
「控えメンバーなら、まだ所属したままか。引き抜きみたいな形になりますかね……、交渉して移籍金を払うことになるだろうな……」
と、ため息を付いた。
「憂鬱そうなところすまないのだけれど、僕にはもう一つ興味のあるものがあるんだ」
奥で寛いでいた公爵令息が、「ファーリズには無いけれど、他国にある――冒険者ギルドなるものを買収してみたい。国を選べるならエインヘリアのギルドが良い」
あれは国家機関というわけではないのだろう、いくらで買えるの? と首を傾げて問うので、ルーファスは頭痛と胃痛を覚えるのだった。
ルーファス・ウェザーはとても有能で、クレイはたいそう気に入っていた。ルーファスの真似をして珈琲をブラックで飲むくらいのお気に入りだ。偽物と違ってお爺さまの保証付きだし、自分が遊んでる玩具の商会なのだとバレたりしないし、安心安全、道楽し放題なのだ。『これやりたい』と言ったらルーファスが全部叶えてくれる。神だ。
「ルーファス、僕はあまり詳しくないのだけれど、選手の『引き抜き』ってあまり印象がよろしくない言葉に思えるね?」
問えば、ルーファスは頷いた。
「厳しいとはいえ、ケイオスレッグは多国籍メンバーがわちゃわちゃしてる仲の良いブランドでも有名ですしねえ」
「ふうむ?」
少年はぼんやりと珈琲を啜った。苦い。美味しいかも知れない。そうでもないかも知れない――「控えメンバーがたくさんいるんだっけ」ポロリと問えば、商人は情報をくれる。
「スタメンは遠慮しておくとして……控えメンバーでシュナの仲良しを必要な数だけ引き抜いてこっちで仲良ししたら良いんじゃないかな? 『エンジョイ・フレンド』だもの」
移籍金が増えた――ルーファスは笑顔を引き攣らせた。言葉は続いていて、もう決めてしまったようだった。
「サバイバルマッチが楽しくてプレイしていた才能あるメンバー。夢と希望を胸に強豪チームに移籍したが試合に出れず、控えで短い選手生命の残り時間が浪費されていく。手に手を取り合って勇気を出して独立し、今度は勝ち負けにこだわらず仲間と楽しむ事を第一に……、そんなストーリーでブランド構築して支援者を募ろう」
少年は夢を見るような目をして、「それで元のチームに勝ったらとても盛り上がるよね」と語るのだった。
(ティミオスが『セーブ』を勧めてたのよね……)
ネネツィカはその言葉にティミオスの心配を感じ取った。ヘレナやユージェニーによると、それは大きなイベントの前などにするものらしい。
(アローウィン……でしょうね?)
前夜あたりにセーブをしてみようかしら。そんな事を考えつつ学院敷地内の紅葉並木の間を歩いていたネネツィカは、ふと見知った顔が噴水近くのベンチに座って泣いているのに気付いた。
ケイオスレッグのメンバーで、アイザール人のシュナだ。
サイズ的にクレイと同じくらいの子で、すばしっこくて天真爛漫な雰囲気の子。
(まともにお話しするのは初めてですけれど……)
そろそろと近寄り、どうしたのと問えば、シュナはべしょべしょと泣きながら手紙を見せてくれた。
「ボクのママ、来る、プレイ見に」
ぎこちない言葉に、隣に座って頷いた。アイザール語を学んだのに、いざとなると喋れない。手紙を読むのも難しい――シュナがファーリズ語で喋ってくれるおかげで、二人は意思疎通できた。
「ボク、プレイミスでチームヒカエなった、試合ない……」
「ママに教えてナイ、……ママはボク試合出る思ッてる」
なるほど、とネネツィカはハンカチでシュナの顔を拭ってあげた。ケイオスレッグはユンク伯爵がオスカーのために作った『勝つための』チーム。他チームの花形選手をどんどん引き抜くし、ワンミス即スタメン落ちが珍しくない厳しいチームなのだ。
「わたくし、んん……多分ですけれど、シュナがママに試合見せられるようにできますわ」
ネネツィカはシュナを連れて、ウェザー商会の会長に会った。会長のルーファス氏は人の良さそうなお兄さんで、何故かとてもラーフルトン伯爵家贔屓。なんでも御用立てしますよ、商売以外でも雑用でもなんでも喜んでお手伝いしますよと常日頃から声をかけてくれるのだ。
「おお、これはこれはラーフルトンのお嬢様」
ルーファスは商会で一番偉いのに、いつもアタフタと飛び出して来る。わたくし、のんびりでも構わなくてよ?
「ルーファスさん、シュナが試合に出るところをママに見せたいの」
そう説明すると、ルーファスさんは笑顔で「ケイオスレッグを買収すればよろしいですか?」と恐ろしく簡単そうに言ってのけた。この人は、とてもお金持ちだ――ネネツィカはブンブンと首を振った。
「いえ、いえ。既存チームはそのままに。わたくしが所望するのは、シュナのための新しいチームを作ることなのです」
シュナが頑張ってリスニングしている様子で、「シュナ、チーず」と頷いた。理解できてる?
「新しいチームですか、なるほど……」
ルーファスさんは少しは考えてから、「お嬢様のお望みのままに」と言ってくれた。
「チーム名はいかがなさいますか?」
問われて、ネネツィカは「うーん」とシュナを見た。
「わたくしは、シュナを紹介しただけということで――あとは、シュナの好みで全部決めたらいかがかしら」
シュナは嬉しそうにお礼を言って――理解できたらしい――「エンジョイ・フレンド」とチーム名らしきものを決めたのだった。
機嫌良く帰るお嬢様を見送り、ルーファスは「エンジョイチームの運営は金になるだろうか?」と検討しながら奥の部屋に行き。
「控えメンバーなら、まだ所属したままか。引き抜きみたいな形になりますかね……、交渉して移籍金を払うことになるだろうな……」
と、ため息を付いた。
「憂鬱そうなところすまないのだけれど、僕にはもう一つ興味のあるものがあるんだ」
奥で寛いでいた公爵令息が、「ファーリズには無いけれど、他国にある――冒険者ギルドなるものを買収してみたい。国を選べるならエインヘリアのギルドが良い」
あれは国家機関というわけではないのだろう、いくらで買えるの? と首を傾げて問うので、ルーファスは頭痛と胃痛を覚えるのだった。
ルーファス・ウェザーはとても有能で、クレイはたいそう気に入っていた。ルーファスの真似をして珈琲をブラックで飲むくらいのお気に入りだ。偽物と違ってお爺さまの保証付きだし、自分が遊んでる玩具の商会なのだとバレたりしないし、安心安全、道楽し放題なのだ。『これやりたい』と言ったらルーファスが全部叶えてくれる。神だ。
「ルーファス、僕はあまり詳しくないのだけれど、選手の『引き抜き』ってあまり印象がよろしくない言葉に思えるね?」
問えば、ルーファスは頷いた。
「厳しいとはいえ、ケイオスレッグは多国籍メンバーがわちゃわちゃしてる仲の良いブランドでも有名ですしねえ」
「ふうむ?」
少年はぼんやりと珈琲を啜った。苦い。美味しいかも知れない。そうでもないかも知れない――「控えメンバーがたくさんいるんだっけ」ポロリと問えば、商人は情報をくれる。
「スタメンは遠慮しておくとして……控えメンバーでシュナの仲良しを必要な数だけ引き抜いてこっちで仲良ししたら良いんじゃないかな? 『エンジョイ・フレンド』だもの」
移籍金が増えた――ルーファスは笑顔を引き攣らせた。言葉は続いていて、もう決めてしまったようだった。
「サバイバルマッチが楽しくてプレイしていた才能あるメンバー。夢と希望を胸に強豪チームに移籍したが試合に出れず、控えで短い選手生命の残り時間が浪費されていく。手に手を取り合って勇気を出して独立し、今度は勝ち負けにこだわらず仲間と楽しむ事を第一に……、そんなストーリーでブランド構築して支援者を募ろう」
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