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9、裏切りの勇者と妖精王の復活

132、「ここに、英雄物語の英雄がいるよ」

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 公爵令息が旅立つ直前の学院では、歴史教師のエイヴン・フィーリーが窓際に立ち、学生たちが騒いでいるのを覗いていた。
 呪術を用いれば、その声はすぐ傍にいるかのようにありありと聞き取れる。

「ユンク先輩は、以前から思っていたのですが――なぜ、そんなに妖精をご支援なさるのでしょうか」
 おっとりとした柔らかな微笑は、公爵令息から。
 伯爵令息はそれに闊達な笑顔で、当然のように近付いて。
「それは、クレイ様が――「僕は妖精が、あまり」
 重ねた声と憂い含みに伏せた睫毛に、取り巻きたちが「ああ」と得心顔をした。
「ここは竜の国ですし、僕自身、守護竜の加護があるわけですから――それに、妖精ってなんだか、少しまだ怖いといいますか。慣れません。急に『仲良くできる』と仰られても……」
 いかにも『困ったなあ』という風情で、呟くのだ。
「お爺様も、『ユンク伯爵家は随分と斬新な事業をしているが、当家には相談などをせぬのだな』と仰っていたんです」

「ライン切りしてるね、わかりやすいな」
 馬車にさっさと乗っていくクレイを見送り、エイヴンは橙色の眼をネネツィカに移した。
「音を遮断してる、周囲を気にしないでお話できるよ」
 屋上に行こうか、とヘラりと笑い、エイヴンは少女を誘った。

 リアルな青空が白い雲をゆったり流していて、校庭の紅葉が揺れるさまが遠く俯瞰できる。学生たちが下を歩いていて、上を見る者はいない。

 ゲームではモブでしかない彼らひとりひとりに人生があり、家族がいて、過去があって未来がある。エイヴンはひとりひとりの名前と性格を覚えている。彼らが死んだ後も、きっと――忘れてしまうかもしれないけど、時折、最近そうするように思い出すかもしれない。或いは、自分が死んだあとも誰かが「エイヴン・フィーリーはこんな人物だった」と思い出してくれるんじゃないか。そう思って笑った。

 エイヴンは少女に微笑んだ。

「ラーフルトン君」

 その名前を呼ぶ時は、少し胸が痛くなる。遠い日々が帰ってこないから。希望を胸に、未知を手繰り寄せるみたいに一緒に空に手を伸ばした、友人を懐かしみながら。彼と語らう日は、未来永劫もう来ないのだと思いながら。

「勇者はね、犠牲を好まないんだ……」
 勇者は、そう語りはじめた。

「王侯貴族はさ、政治が好きだね。国を治めるってそんなもんだ。最小限の犠牲、最大の利――現実社会って、そんなものさ。御伽噺や英雄物語みたいに、超スゲーチートで無双して全部救ってやるぜ、なんて――なかなか大人は言えないよ」

 少女は、困っていた。
 エイヴンにはそれがわかった。

 ――この子も、まだたった13歳じゃないか。

 エイヴンは優しく微笑み、視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。すると少女もまた合わせるようしゃがんだので、なんだよ格好つかないな、君はお姫様みたいに立って見下ろしてなよ、なんて思ったものだ。

「ここに、英雄物語の英雄がいるよ」
 だから、エイヴンは楽しくなってニッコリと笑って立ち上がった。

「俺は、勇者なんだ。神様が作った、チートキャラさ。みんなが諦める場面でも、俺は諦めないんだ。どんなにピンチでも、俺がひっくり返すんだ。そういう設定なんだ……」

 少女が、特徴的な髪を揺らして親友に似た瞳にエイヴンを映すのが、誇らしい気持ちにしてくれる。
 エイヴンは頭に手を伸ばした。
 さらり、とした感触。お日様にあたためられた温度。
 守られるべき年頃の気配。

「君はさ、13歳で。子供だよ。お姫様で、勇者でも聖女でもない。大人を頼っていいのさ」

 大人になってから先生が困ってたら、逆に助けを求めちゃうかもしれない。
 そうしたら、助けてよ。
 人と人はそうやって助け合って生きるんだ。

 ――そうだろ?

「ラーフルトン君、俺に剣をくれるかな」
 少女は、こくりと頷いた。そして「現地まで我が家の馬車とゴレ男君で送りますわ」と、言ってくれたのだった。
 
「俺、あのゴーレムに乗るの? 初体験だな」
 勇者はワクワクした。
 ――それは、未知の体験だったから。

 
 旅は道連れ、とはよく言ったもので、変わる景色を楽しむうちに後ろからは別の馬車もついてくるようになっている。
 切っても切れないとはよく言ったものだ、とエイヴンは笑った。

「フランメルク城が見えてきたね」
 見通しの良い平原に、とても小さい綺麗な城が見えて、夕陽が城と周辺一帯の全てを呑み込むように沈む視界はとても穏やかで、絵画のようだった。
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