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9、裏切りの勇者と妖精王の復活

124、花舟浮かべ、願いは無限

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 数日もしないうちに、勇者の劇は学院でも話題にのぼるようになっていった。

 しかし、ネネツィカが気にしていたのは劇よりも『花舟浮かべ』だ。ラーフルトン伯爵家には、有言実行で第二王子からのドレスや装飾品がどんどん届いた。山のように届いた。もう間に合ってますってぐらい届いた。毎日毎日、届いた。いつまで届くのってぐらいしつこく届いた。何故かわからないけど同じものが幾つもだぶって届いたりもした。ちょっと不気味だった。
「好きなものを選んでください、と。しかも、こっちの贈り物はいらないものやかぶったものは売っていいとまで」
 有難いやら、なにやら。ネネツィカは家族が「これはもう我が家は第二王子陣営確定だな」と語り合うのを耳に、美肌効果のある入浴剤入りのお風呂で美容マッサージを受けたり、学院の勉強と並行して淑女教育を受け直されたりして過ごした。

 ――そして、当日がやってきた。
 星空と湖がとても靜かで、互いの境目で湖水が風に微かなさざ波を立てていて、足元では素朴でちいさな花が揺れている。ぷかぷかと浮く風船みたいな灯りが幾つも咲いて、テーブルセットをちょっとムーディに照らしている。地表付近、会場の着飾った人々は華やぐ人工光で橙色にほんわか包まれている。けれど空の上にいくにつれて、人の明かりなんてちっぽけだと知らしめるように夜が深く暗い藍色から紺紫の彩を広げていて、無数の光の粒を散りばめたみたいに星が輝いている。その光が澄んでいて、遠くて、少し冷たく感じられる――そんな会場だ。
 ネネツィカのコーデは、会場の照明環境を意識してお母様とメイドと一緒に選んだもので、細やかに散りばめられたキラキラ光るスパンコールビジューが星の粉をまぶしたようにさりげなく控え目に、けれど印象に残る清楚な存在感を醸し出しているふっくら、ふんわり広がるボリュームフォルムのドレス。イヤリングは大粒で照明にキラキラして顔周りが華やか。ネックラインはシースルーで上品かつ健康的。白のアクセントベルトはきゅっとして、後ろに透け感のある妖精羽のようなリボンがついているのが、もう少し大人になったら着るのに抵抗が出てしまうかもしれない、今のうちに楽しんじゃいましょう、って感じのチョイス。ネイルはミラーグラデ―ションで、ちょっとギラギラしすぎかも?

「まるで妖精のお姫様だね」
 エリックは一瞬不思議そうな目をしてから、いつものように外向けの綺麗な笑顔で褒めてくれた。
 なんですか、その反応は――背後に控える騎士と、どうやら噂の医師らしき人物を見ながらネネツィカは楚々として地雷じゃないほうの扇を広げてエスコートしてもらった。国王と第一王妃に並んで挨拶をして、第二王子陣営は第三王子を失った内務陣営と慎重に距離を取りつつ位置取った。

「お願い事をして、浮かべるんだよ」
 エリックが教えてくれるので、両手で抱えられるサイズの函小舟を手にネネツィカは願った。
 ――ティミオスの彼氏が見つかりますよう……推しが燃料をたくさん投下してくれますように……お二人が仲良しに戻りますように――優雅な淑女になれますよう……欲張りすぎかしら?
 皆でそっと湖に浮かべれば、夜の湖畔がぼんやり小さな光の群れをゆらゆら揺らしていて、幻想的。

 しっとりと音楽がきこえてくる。
 バイオリン――とても優美な、けれど楽師にしては少し初々しい感じ。

「優しい調べ……心が癒されますわ」
 微風めいた貴婦人の声がきこえる。
「恥ずかしながらバイオリンはあまり得意なほうではないのですが、お心をお慰めしたいと思い、一生懸命練習して参りました」
「まあ、王甥殿下にそんなにお可愛らしい事を仰っていただけるなんて」
 健気な感じの少年の声色に、視線を向けると内務陣営のスペースにクレイがいた。オーガストとトラン医師が「移動しましょうか」と背を押している――おそらく、共にいるのはシャジャル第二王妃だろう。第二王子陣営の取り巻きの中に敵意のある囁きが零れるのを耳にして、ネネツィカは「幻想的だったのに、台無し……」と内心で溜息をついたのだった。
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