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8、夏の海底洞窟と罪人の流刑地編
94、黒煙と罪人の乱
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流刑地村に風が吹く。怒号と剣戟の音の彼方を霧が去る。
「空気読まない奴らだな!」
仮設テント周囲に飛び込んで来た荒くれの襤褸斧を受け止めるアドルフの右脇腹へと妹を殺した青年が鉄棒を突いてくる。ベルンハルトが後背から斜めに槍を突き上げてかち合わせ、高く耳障りな金属音を響かせて弾いた。
痩せた爺さんが倒れた家屋の泥付板を両腕で振り回し、テントに這いつくばって荷を漁ろうとしていた子供を追い払っている。ひゅんと風が唸る音がして、直線空間をひた走る火が駆け抜けた。火矢だと呟く誰かの声。爺さんが燃える板を離して布を叩きつけ、その頭めがけて追い払われた子供が石礫を投げる。がつんと鈍い音がひとつ。
「何故」
爺さんを庇うようにその軌道に割り込んで抱き抱えたテオドールが、血を流しながら喚いた。
「助けてもらえるんだぞ、暮らしぶりが良くなるんだ。人扱いして貰えるかもしれないんだぞ」
黒煙が上がった。一筋、二筋、足元から風の流れを見せるみたいに巻いて、視界を少しずつ侵略するような黒と赤の臭いが満ちる。血と炎煙。戦いの音が聴覚を支配していく。
「俺は無理だ、罪が重い」
誰かの叫びが悲鳴と重なる。その手がまた罪を数える。また増えたじゃないか。
「私は信じないわ、貴族なんて」
ヒステリックな声が笑う。感情だけに突き動かされるような火が揺らめいた。
「何故燃やす!?」
「火が見たい」
放火魔が笑む。
「お前らのおかげで思い出した。俺は、やってもメリットがないだろうと言われながら大事なものや未来の可能性を燃やして失くしてしまうのが気持ち良いんだ」
「やめて、やめてくれよ。これじゃあもう、」
顔色をなくして防戦に加わるのは、未来を夢見ていたこの村生まれの無実の民や罪を悔いて、やり直しを決意していた罪人たち。
「お前たちだけ幸せにさせて溜まるかよ」
「外なんか行かねえ! ここがおらたちの世界だ! 外なんてねえ!」
「オレの足を引っ張るな……!」
昨日までの運命共同体めいた仲間が吠え交わし、殴り合っている。
「偉そうに出世して、善良で立派になったみたいに笑ってよ。でもお前らは何も良い事してねえよな」
アドルフは胸元を狙う黒鉄の剣を避けてステップを踏む。独楽のように相手と回り、世界が廻る。マナはどこだろう、と草笛の音を探した。音は、聞こえなかった。
「逃げただけだろが。他人様から奪って暮らして、捕まってたまたま慈悲をかけられて美味い目みやがっただけだろが。幸運なだけだろうに」
怨嗟の声に頷いた。それは全く、その通りだったからだ。
「慈悲深い貴族様がたまたま目についたからという理由でお前に恵むのが許せない」
お前にも恵んでくださるよ、とテオドールが弱々しく息を吐いている。
何やら、とても惨めったらしい煙が立ち込めていた。
「坊ちゃんたちはどこに行ったというんです!? 坊ちゃん! ご主人様!」
レネンが半狂乱で探し回っている。ティミオスは上空で妖精を見ていた。
ゲームにはこんなイベントがなかったので、ティミオスは新鮮な気持ちだった。レネンと違い、主の心配はしていなかった。あの少年と二人きりでいる、と思えば、その点だけは若干気分が悪かったけれど。
「村を燃やしてどうすんだ! 皆生きていけなくなるぞ!」
笑い声と怒号が世界を彩る様は、実に混沌として未知に満ちていた。
「空気読まない奴らだな!」
仮設テント周囲に飛び込んで来た荒くれの襤褸斧を受け止めるアドルフの右脇腹へと妹を殺した青年が鉄棒を突いてくる。ベルンハルトが後背から斜めに槍を突き上げてかち合わせ、高く耳障りな金属音を響かせて弾いた。
痩せた爺さんが倒れた家屋の泥付板を両腕で振り回し、テントに這いつくばって荷を漁ろうとしていた子供を追い払っている。ひゅんと風が唸る音がして、直線空間をひた走る火が駆け抜けた。火矢だと呟く誰かの声。爺さんが燃える板を離して布を叩きつけ、その頭めがけて追い払われた子供が石礫を投げる。がつんと鈍い音がひとつ。
「何故」
爺さんを庇うようにその軌道に割り込んで抱き抱えたテオドールが、血を流しながら喚いた。
「助けてもらえるんだぞ、暮らしぶりが良くなるんだ。人扱いして貰えるかもしれないんだぞ」
黒煙が上がった。一筋、二筋、足元から風の流れを見せるみたいに巻いて、視界を少しずつ侵略するような黒と赤の臭いが満ちる。血と炎煙。戦いの音が聴覚を支配していく。
「俺は無理だ、罪が重い」
誰かの叫びが悲鳴と重なる。その手がまた罪を数える。また増えたじゃないか。
「私は信じないわ、貴族なんて」
ヒステリックな声が笑う。感情だけに突き動かされるような火が揺らめいた。
「何故燃やす!?」
「火が見たい」
放火魔が笑む。
「お前らのおかげで思い出した。俺は、やってもメリットがないだろうと言われながら大事なものや未来の可能性を燃やして失くしてしまうのが気持ち良いんだ」
「やめて、やめてくれよ。これじゃあもう、」
顔色をなくして防戦に加わるのは、未来を夢見ていたこの村生まれの無実の民や罪を悔いて、やり直しを決意していた罪人たち。
「お前たちだけ幸せにさせて溜まるかよ」
「外なんか行かねえ! ここがおらたちの世界だ! 外なんてねえ!」
「オレの足を引っ張るな……!」
昨日までの運命共同体めいた仲間が吠え交わし、殴り合っている。
「偉そうに出世して、善良で立派になったみたいに笑ってよ。でもお前らは何も良い事してねえよな」
アドルフは胸元を狙う黒鉄の剣を避けてステップを踏む。独楽のように相手と回り、世界が廻る。マナはどこだろう、と草笛の音を探した。音は、聞こえなかった。
「逃げただけだろが。他人様から奪って暮らして、捕まってたまたま慈悲をかけられて美味い目みやがっただけだろが。幸運なだけだろうに」
怨嗟の声に頷いた。それは全く、その通りだったからだ。
「慈悲深い貴族様がたまたま目についたからという理由でお前に恵むのが許せない」
お前にも恵んでくださるよ、とテオドールが弱々しく息を吐いている。
何やら、とても惨めったらしい煙が立ち込めていた。
「坊ちゃんたちはどこに行ったというんです!? 坊ちゃん! ご主人様!」
レネンが半狂乱で探し回っている。ティミオスは上空で妖精を見ていた。
ゲームにはこんなイベントがなかったので、ティミオスは新鮮な気持ちだった。レネンと違い、主の心配はしていなかった。あの少年と二人きりでいる、と思えば、その点だけは若干気分が悪かったけれど。
「村を燃やしてどうすんだ! 皆生きていけなくなるぞ!」
笑い声と怒号が世界を彩る様は、実に混沌として未知に満ちていた。
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