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5、北の大地と黒歴史編
20、第二王子のエリックですが婚約者に婚約破棄されるかもしれない件について
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エリック・ティーリー・ファーリズ。
それがこの国の第二王子に生まれた僕の名前だ。
僕には歳の離れた兄がいる。22歳のシリル兄上だ。兄上は幼い頃は病気がちでいらしたが、今は健康。とても聡明な方で、すでに王太子――次期王位継承者として指名済み。僕は優秀な兄上を家臣として支える人生なのだ。
そんな僕の伴侶になるのは公爵令嬢のユージェニーが妥当だと言われていた。ユージェニーも満更ではなかったようで、ままごとのように恋人めいた言葉をかけてくるようになり、僕にも同じ距離感の返事を求めるようになった。
騎士のオーガストは可愛いじゃないですかと笑っていたが、ユージェニーという令嬢は2歳歳下の親友によく似ているので、その顔と恋人ごっこをするというのは割と微妙な気分になる。可愛いと言われて可愛いと返せば、それすなわち親友を可愛いと言うのと変わらないのではないだろうか?
それってなんか微妙じゃないかな、といつも思うのだ。
僕には『ユージェニー』が外堀を埋められた逃げ場のない窮屈な人生の象徴のように思えてならなかった。
――まだ決まってないのに、決まっているような振る舞いをする。
それは、兄が王位継承者として確定する前な時期に感じていた周囲へのモヤモヤした気持ちに近い。
子供じみた反抗心と言われれば、それまでだけれど。
竜の国の中でも特殊な土地、ラーフルトンの孤児院を訪れていた時、初めて出会った少女ネネツィカは可能性の塊のようで、そこにいた子供たち一人一人をじっくり見て、身分にとらわれずに笑顔で話しかけ、時にはいじめをやめさせたり、瞳の色や顔立ちを誉めたり、能力次第で就職もできると励ましたり……明るくて、元気いっぱいで、可愛らしかった。
オーガストに聞いた話では、義侠心もあり民のためわざわざ幼い女性の身で場末でたむろする盗賊連中に恐れる事なく大胆に声をかけて、稀なる魔法の才で退治してしまったのだとか。
若干10歳の令嬢はまさにイレギュラーな存在で、とても刺激的だった。
ダンスを踊り、言葉を交わした時。ふわりと広がるドレスと煌めく髪が美しく、僕の言葉に応えて動く小さな唇と声が愛らしかった。
瞳に自分が映っているのを感じると、この年下の少女に格好良い姿を見せなくてはと思うのだ。
婚約を申込み、承諾された時は初めて自分で自分の未来を掴んだ感覚があって、あの愛らしい令嬢がダンスパーティでの僕に悪い印象を持たず、もしかしたら好意を抱いてくれたかも知れないと思ったら、嬉しくてたまらなかった。
オーガストが助言してくれたから、僕は彼女にもっと気に入ってもらえるように体を鍛えたり、剣術に熱心になったりもした。
努力すれば結果がついてくる、僕が行動する事で、行動しなかった時よりも望ましい結果を獲得できるんだ。そんな期待を抱いてがんばるのは、楽しかった。
なのに――「殿下はお返しします!」
えっ、お返しされちゃう? 婚約破棄されちゃうの?
「はあ……」
ため息をついて僕は剣を放り出した。オーガストが微妙な顔で黙り込んで何も言わないのは、僕に気を遣っているからだ。失恋した僕に。
「はあ……」
僕はもう一度ため息をついて、腰を屈めて地面に転がった剣を拾った。
「お続けになるので?」
おや、という顔で尋ねるオーガストに力無く笑って、僕は頷いた。
「やめたら、その瞬間に完全に失恋が確定する気がしてね」
確定する気も何も、彼女が僕に恋をしていないのはもうわかってしまったのだけど。
「殿下、まだまだ知り合ったばかりじゃないですか。これからですよ」
オーガストはそう言って、剣の稽古を再開してくれた。
体を動かしていると、少しずつ自信が湧いてくるような気がする。じっとしているよりは、前向きだ。
「僕は前向きに頑張る自分でいたい」
オーガストに言えば、素晴らしいお考えですねと笑ってくれた。
幼い頃は、生い立ちについてよく悩んだものだ。
もう少し早く生まれていたら、とか。
いっそ王家に生まれなければ、とか。
けれど今は、一人の女の子の事で頭がいっぱいで――そんな自分をこの大男に見透かされているのが少し恥ずかしい気もするけれど、理解して応援してくれる存在はありがたくもあった。
僕が感謝しているのは言わなくてもわかっているだろう。でも、こういうのは言葉にするのが大事なのだとも思うから、僕は口に出して微笑んだ。
「ありがとう、オーガスト」
そして、小声でこそりと誓うのだった。
「彼女こそを僕のヒロインとする。……そうしたい。そうでありますように」
――僕を加護する白竜ティーリーにだけ、その声と願いが届くように。
それがこの国の第二王子に生まれた僕の名前だ。
僕には歳の離れた兄がいる。22歳のシリル兄上だ。兄上は幼い頃は病気がちでいらしたが、今は健康。とても聡明な方で、すでに王太子――次期王位継承者として指名済み。僕は優秀な兄上を家臣として支える人生なのだ。
そんな僕の伴侶になるのは公爵令嬢のユージェニーが妥当だと言われていた。ユージェニーも満更ではなかったようで、ままごとのように恋人めいた言葉をかけてくるようになり、僕にも同じ距離感の返事を求めるようになった。
騎士のオーガストは可愛いじゃないですかと笑っていたが、ユージェニーという令嬢は2歳歳下の親友によく似ているので、その顔と恋人ごっこをするというのは割と微妙な気分になる。可愛いと言われて可愛いと返せば、それすなわち親友を可愛いと言うのと変わらないのではないだろうか?
それってなんか微妙じゃないかな、といつも思うのだ。
僕には『ユージェニー』が外堀を埋められた逃げ場のない窮屈な人生の象徴のように思えてならなかった。
――まだ決まってないのに、決まっているような振る舞いをする。
それは、兄が王位継承者として確定する前な時期に感じていた周囲へのモヤモヤした気持ちに近い。
子供じみた反抗心と言われれば、それまでだけれど。
竜の国の中でも特殊な土地、ラーフルトンの孤児院を訪れていた時、初めて出会った少女ネネツィカは可能性の塊のようで、そこにいた子供たち一人一人をじっくり見て、身分にとらわれずに笑顔で話しかけ、時にはいじめをやめさせたり、瞳の色や顔立ちを誉めたり、能力次第で就職もできると励ましたり……明るくて、元気いっぱいで、可愛らしかった。
オーガストに聞いた話では、義侠心もあり民のためわざわざ幼い女性の身で場末でたむろする盗賊連中に恐れる事なく大胆に声をかけて、稀なる魔法の才で退治してしまったのだとか。
若干10歳の令嬢はまさにイレギュラーな存在で、とても刺激的だった。
ダンスを踊り、言葉を交わした時。ふわりと広がるドレスと煌めく髪が美しく、僕の言葉に応えて動く小さな唇と声が愛らしかった。
瞳に自分が映っているのを感じると、この年下の少女に格好良い姿を見せなくてはと思うのだ。
婚約を申込み、承諾された時は初めて自分で自分の未来を掴んだ感覚があって、あの愛らしい令嬢がダンスパーティでの僕に悪い印象を持たず、もしかしたら好意を抱いてくれたかも知れないと思ったら、嬉しくてたまらなかった。
オーガストが助言してくれたから、僕は彼女にもっと気に入ってもらえるように体を鍛えたり、剣術に熱心になったりもした。
努力すれば結果がついてくる、僕が行動する事で、行動しなかった時よりも望ましい結果を獲得できるんだ。そんな期待を抱いてがんばるのは、楽しかった。
なのに――「殿下はお返しします!」
えっ、お返しされちゃう? 婚約破棄されちゃうの?
「はあ……」
ため息をついて僕は剣を放り出した。オーガストが微妙な顔で黙り込んで何も言わないのは、僕に気を遣っているからだ。失恋した僕に。
「はあ……」
僕はもう一度ため息をついて、腰を屈めて地面に転がった剣を拾った。
「お続けになるので?」
おや、という顔で尋ねるオーガストに力無く笑って、僕は頷いた。
「やめたら、その瞬間に完全に失恋が確定する気がしてね」
確定する気も何も、彼女が僕に恋をしていないのはもうわかってしまったのだけど。
「殿下、まだまだ知り合ったばかりじゃないですか。これからですよ」
オーガストはそう言って、剣の稽古を再開してくれた。
体を動かしていると、少しずつ自信が湧いてくるような気がする。じっとしているよりは、前向きだ。
「僕は前向きに頑張る自分でいたい」
オーガストに言えば、素晴らしいお考えですねと笑ってくれた。
幼い頃は、生い立ちについてよく悩んだものだ。
もう少し早く生まれていたら、とか。
いっそ王家に生まれなければ、とか。
けれど今は、一人の女の子の事で頭がいっぱいで――そんな自分をこの大男に見透かされているのが少し恥ずかしい気もするけれど、理解して応援してくれる存在はありがたくもあった。
僕が感謝しているのは言わなくてもわかっているだろう。でも、こういうのは言葉にするのが大事なのだとも思うから、僕は口に出して微笑んだ。
「ありがとう、オーガスト」
そして、小声でこそりと誓うのだった。
「彼女こそを僕のヒロインとする。……そうしたい。そうでありますように」
――僕を加護する白竜ティーリーにだけ、その声と願いが届くように。
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