上 下
19 / 260
3、番外編:ヘレナの秘密

11、ヘレナの秘密

しおりを挟む
 11歳の誕生日を迎える貴族令嬢ヘレナ・マッキントンには、秘密がある。それは、自分が乙女ゲームの世界に転生した元日本人だという秘密だ。

 日本人の時の名前は、相川空音(あいかわ そらね)。平凡なパート従業員だった。勉強ができて優等生だった空音は大学までは出たのだが、人見知りと内向的気質を正社員としての就職ができず、かといって彼氏もいない。それどころか友達もいなかった。人生詰んでるなと思いながら生活のための労働(パート仕事)をしていた空音の寂しさを癒してくれるのは、非現実の世界だったのだ。

 日本中で感染症が流行した年。空音もまたウイルスに感染した。熱はなかったが咳を繰り返し、頭痛と耳痛を抱えて病院に電話すると、「流行の感染症の症状がある人は発熱外来へ」と言われて。そちらへ電話で問い合わせをすれば、年齢の若さと熱がないことから「症状の重い方を優先しているので自宅で様子を見てください」と検査も断られてしまった。
 孤立したまま、数日は耐えていただろうか。気付くと空音は転生していた。転生モノの小説が流行っていた時代でもあったので、空音はファンタジー世界で女の子に生まれ変わったと知った時、これは小説でよくある異世界転生だ、私はきっと死んだのだ、ヤッタァ……と思った。

 空音にとって、元の人生は詰んでいて、けれど死ぬのも怖いし、なんだか辛いけど罰ゲームみたいに希望のない道を絶望のエンディングに向けてひたすら歩くような生だったのだ。
「私、この世界で幸せになれるかなあ」
 いかにもファンタジー、貴族、といった部屋やお城みたいなお家。豪華なドレスに食事……しばらくそんな生活を満喫した空音は、ある時気付いた。

「アルマ様」
 自分がそう呼ばれる事に。

(……アルマ?)
 それを機に、空音は周りの人の名前や地名、国名を調べた。そして気づいた。
「私、乙女ゲームの悪役令嬢だわ!!」

 アルマは、ファーリズ王国の南西にあるアイザール共和国の皇女キャラクターだった。アイザール共和国の皇族は象徴的な存在で、権力はあまりない。
 とはいえ、アルマという悪役はエリック第二王子と婚約してファーリズ王国の学院に留学し、ファーリズ王国の聖女ユージェニーのライバルになり、ありとあらゆる嫌がらせをした後敗北して婚約破棄され、処刑されるキャラだった。
(そんなの絶対イヤ!!)


 空音は運命を回避するために、それからコツコツこっそり小遣いを溜めた。ちょうど良いイベントを知っていたから。

(誕生日の夜、城に賊が入り込んで騒ぎが起きるのよね)
 アルマはその時に賊に斬られて顔に怪我をしてしまうというのが、ゲームの隠し設定で語られていた。

 誕生日当日、騒ぎが起きるより早くアルマはこの日のために準備してした旅装に着替えて金目のものを持ち、城の秘密通路に駆け込んだ。ゲームではアルマに捕まった聖女が逃げるための通路だった。
 外に出て、逃げて。行く場所はぼんやりと、安全そうな村や町に、くらいに考えて。
 しかし、幼い体と世間知らずのアルマはすぐに道に迷い、体調を崩して、……気づいたら、どこかの孤児院にいた。記憶が曖昧になっていたが、どうも通りすがりの親切な旅人が奴隷商人に捕まりかけた所を保護してくれて、孤児院に預けたのだと後からわかった。アルマはそこで名を変えた。
 ヘレナ、と。

 幼いヘレナはそこで数ヶ月過ごしていたが、やがて優しそうな貴族の男が引き取って養子にしてくれた。新しい家族は穏やかで優しい人たちで、母も父も血の繋がりがあるみたいに愛情を注いでくれる。兄や姉も優しい。

 そして、友達ができた。

 文通で近況を語り合って、互いの兄同士をカップリング妄想してみたり、執事について語ったり、読んだ本の布教をして感想を語り合ったり。同じ趣味を持つ友達、ネネツィカはゲームには出てこないキャラだったから、ここで初めてヘレナは第二の人生を安心して楽しめるようになったのだった。

「ネネツィカ、私、友達って初めてなんです」
 互いの家に招待し合い、直接顔を合わせて他愛もない話やお茶を楽しむようになって、少しした頃。
 ヘレナは文章を、ネネツィカは絵を書いて、2人の合作とも言える薄い本を作って。
 一緒に作ったお揃いの本を抱きしめて、ヘレナはにっこりと笑った。
「あら。アタクシもですわ!」
 ネネツィカがそう言ってニコニコしてくれたから、ヘレナはこっそりと秘密を思った。

(違うのネネツィカ、私はもっとずっと長い年月、友達が初めてなの)
 この友達になら、いつか言えるだろうか。

 ――私の秘密を。

 ネネツィカと参加したイベントで、偶然お忍び中の聖女を見かけて、ヘレナはドキドキした。けれど、ネネツィカや家族がそばにいる今の自分、『ヘレナ』なら。

 ――きっと、大丈夫。
 そんな予感がするのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔王と王の育児日記。(下書き)

花より団子よりもお茶が好き。
BL
ある日魔族の王は一人の人間の赤ん坊を拾った。 しかし、人間の育て方など。  「ダメだ。わからん」 これは魔族と人間の不可思議な物語である。  ――この世界の国々には必ず『魔族の住む領土と人間の住む領土』があり『魔族の王と人間の王』が存在した。 数ある国としての条件の中でも、必ずこれを満たしていなければ国としては認められない。  その中でも東西南北の四方点(四方位)に位置する四カ国がもっとも強い力を保持する。 そしてその一つ、東の国を統べるは我らが『魔王さまと王様』なのです。 ※BL度低め

死に戻り騎士は、今こそ駆け落ち王子を護ります!

時雨
BL
「駆け落ちの供をしてほしい」 すべては真面目な王子エリアスの、この一言から始まった。 王子に”国を捨てても一緒になりたい人がいる”と打ち明けられた、護衛騎士ランベルト。 発表されたばかりの公爵家令嬢との婚約はなんだったのか!?混乱する騎士の気持ちなど関係ない。 国境へ向かう二人を追う影……騎士ランベルトは追手の剣に倒れた。 後悔と共に途切れた騎士の意識は、死亡した時から三年も前の騎士団の寮で目覚める。 ――二人に追手を放った犯人は、一体誰だったのか? 容疑者が浮かんでは消える。そもそも犯人が三年先まで何もしてこない保証はない。 怪しいのは、王位を争う第一王子?裏切られた公爵令嬢?…正体不明の駆け落ち相手? 今度こそ王子エリアスを護るため、過去の記憶よりも積極的に王子に関わるランベルト。 急に距離を縮める騎士を、はじめは警戒するエリアス。ランベルトの昔と変わらぬ態度に、徐々にその警戒も解けていって…? 過去にない行動で変わっていく事象。動き出す影。 ランベルトは今度こそエリアスを護りきれるのか!? 負けず嫌いで頑固で堅実、第二王子(年下) × 面倒見の良い、気の長い一途騎士(年上)のお話です。 ------------------------------------------------------------------- 主人公は頑な、王子も頑固なので、ゆるい気持ちで見守っていただけると幸いです。

俺は好きな乙女ゲームの世界に転生してしまったらしい

綾里 ハスミ
BL
騎士のジオ = マイズナー(主人公)は、前世の記憶を思い出す。自分は、どうやら大好きな乙女ゲーム『白百合の騎士』の世界に転生してしまったらしい。そして思い出したと同時に、衝動的に最推しのルーク団長に告白してしまい……!?  ルーク団長の事が大好きな主人公と、戦争から帰って来て心に傷を抱えた年上の男の恋愛です。

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

完結・虐げられオメガ側妃なので敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン溺愛王が甘やかしてくれました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

処理中です...