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『月刊ジーランティア』クトゥルフ神話特集
極彩色の部屋と夢幻境の柱
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落ち着かない。
全くもって落ち着かない。
原因はふたつある。
ひとつはいきなりの来客だ。せめて4日ほど前に知らせてくれれば応接室を確保出来たのに。いや、わざわざうちの会社ではなくそれなりの場所を準備しておけたのだ。
もうひとつは私の格好。
グレーのビジネススーツに青いネクタイ、そして革靴。
そもそもこのスーツに青いネクタイはおかしくないのだろうか。スーツで出勤したのはいつ以来だ。
そこへ友人の藤原智宏がやってきた。
濃紺のスーツに赤いネクタイをして、その痩せぎすの顔は仏頂面をしている。
「おい、俺の格好はおかしくないか? あー。お前を見ればわかるか」
そう言いつつでかいカバンを私のデスクに置いて、中からカメラを取り出す。フリーのカメラマンでアマチュアのオカルト好き。私の友人のひとりである。
「本当に俺も同席していいのか?」
「逆に一緒にいてくれたほうが助かる。フォローしてくれよ」
来客はアーカムで知り合いお世話になった言語学の博士、ジョン・カーター教授と彼の連れが2人。全員ミスカトニック大学で研究をなされている。
連れのひとりは心理学の博士である黒人のダニエル・コーエン教授。
もうひとりは、その筋では知らぬ者のいない女性、神奈儀弓魅 教授である。
若干27歳で、精神医学、脳神経内科学、分子遺伝医学、計算論的精神医学の博士号をもっているのだ。その上、言語学、歴史学、考古学、物理学、自然史学等とまだまだ色々と修めているらしい。
どういう頭をしているのかさっぱり理解できない。どれかひとつの分野に集中すればノーベル賞間違いないと言われているほどだ。
もしかしたら宇宙人なのかもしれない。
しかしなんでそんなに沢山の分野に手を出しているのだろうか。
そこへ総務の岩崎知子さんか来て、くだんの3人が来たことを知らせてくれた。私は書類と金庫から出した箱を手にして、彼女と藤原智宏とともに受付に向かう。
「オウ、トオル。久しぶりだね。元気そうだな。まだ生きてたか」
ジョン・カーター教授はひどいことを言いながら私と握手する。こちらに気を使ってか日本語である。
「はじめまして。ダニエル・コーエンともうします。ほんじつはごめいわくをおかけします。わたし、すこしならにほんごわかります」
ダニエル・コーエン教授はそのごつい手で私の手を握りブンブンと上下に振る。
ガッチリとした身体はどちらかというと体育会系である。アメフトの選手と言ってもいいくらいだ。その身体にその頭脳。反則ではないのか。
そして神奈儀弓魅教授。ウェイブのかかったミドルロングの黒髪でかなりチャーミングな女性だった。
こう言っては失礼かもしれないが、どう見ても高校を卒業したての女の子に見える。とても博士号をいくつも取っているようには見えない。
「はじめまして。神宮寺透さん。いきなり押しかけて申し訳ありません」
「いえいえとんでもない。こちらこそ有り難い申し出です」そう言いつつ彼女と握手する。
「それではこちらへ」と岩崎さんが皆を促し、予約していた会議室へと連れて行く。
そして私達は着席すると名刺交換をした。
ちなみにあの変な儀式に見える日本の名刺交換ではない。アメリカ人はわざわざ席を立つこともないし、普通に資料を渡すような感じで名刺交換をするのだ。
多分他の国も。日本式の方がズレている。
名刺交換より自己紹介の方が重要なのである。
私は神奈儀教授の名刺を見てみる。普通の日本語の名刺だが、肩書は一切書かれていなかった。何気なく裏返すと英語で表と同じ内容が書かれている。なんだか格好いい。
そしてひと通り自己紹介を始めた。
ジョン・カーター教授はクトゥルフ神話にも興味があるらしい。
そしてダニエル・コーエン教授。今回の来日は彼の仕事のためである。
そして1番興味をそそる人物、神奈儀弓魅教授。彼女は現在ミスカトニック大学の客員教授をしているそうだ。
近々帰国するらしい。神奈儀教授はその程度の自己紹介で自分の修めた学問については何も語らなかった。
その辺をカーター教授がべらべらと話だそうとしたところで「カーター教授?」という彼女のひと言に彼はは罰の悪そうな顔をして黙ってしまう。
私は凡庸な一介の物書きなので、ここ六紋社に務めるライターであるとしか言いようがない。
藤原智宏は自分がフリーのカメラマンであることを印象づけるように話し出す。アメリカの頭脳とコネを築きたいのが見え見えだ。
彼はかなりのオカルトマニアでもある。アーカムに縁のある客人達が魅力的なのでしょうがない。
「今回無理を言って会いに来た目的のひとつは、ユミミがどうしてもトオルに会いたいと」とカーター教授がぶっちゃける。
神奈儀教授はすこし顔を紅くしてカーター教授に何か言おうとしたが、私の方を見て照れた顔を見せた。
彼女は自分カバンをを引き寄せると、数冊の雑誌と本を取り出す。
それはクトゥルフ特集号の掲載された『月刊ジーランティア』とその号外。そしてあろうことか私の本『アーカム不思議観光案内』である。
「神宮寺さん。失礼だとは思いますが、この本にサインをいただけますか」と神奈儀教授が恥ずかしそうに言う。
は?
何を言っているのかよくわからない。
彼女は真っ赤になりながら、それでもずずすいっと私の本を突き出してくる。
そこへ「失礼します」という声とともに岩崎さんが珈琲を持って入ってきた。
彼女はそんな神奈儀教授を見て、次に私に目を向けると怪訝そうな顔をする。珈琲を配り、ミルクとガムシロップが入った篭を置くと、また私と神奈儀教授をチラリと見て出ていった。
「ええと、私はサインなどするような人間ではないし、字も非常に汚いので……」
しかし神奈儀教授は本を差し出したまま「お願いします」と私の目を真っ直ぐにみる。カーター教授とコーエン教授は肩をすぼめ、藤原は面白そうに見ているだけだ。
「ええと、それでは」と言って、神奈儀教授が持っていた本を受け取り、奥付の部分にミミズののたくったような字で名前を書く。なんだかそれだけで立派なサインに見えるのが悲しい。
本を神奈儀教授に返すと、彼女は嬉しそうに私のサインを凝視した。そういうのはやめていただきたいのだが。
「はっはっは。よかったなユミミ」とまるで父親のようにコーエン教授が言う。
「ところで何故これらの雑誌と本ががアメリカに?」
「これはユミミの経歴にも関係あるのだが、彼女はクトゥルフ神話に魅入られているのだよ。なので日本の友人にクトゥルフ神話に関係あるものが出てきたら送ってくれと」
「ユミミ、ひとめでこれらのざっしにかかれていることはしんじつだといったね。それでどうしてもキミにあいたいと」
「ち、ちょっと、待って……」
神奈儀教授がまた遮ろうとしたが今度は無視された。
「ユミミはハイスクール……ええと、日本の中学生のころ読んだクトゥルフ神話の本に入れ込んで、無理矢理ブラウン大学に入って信じられないほど勉強したのだよ。クトゥルフ神話を科学的に解明するためにとね」とカーター教授は神奈儀教授の秘密をばらしてしまった。
「え? 中学生? あの飛び級とか、法律が……」
「中学生が書いたとは思えないほどの見事な論文をブラウン大学に送りつけたのだよ。その論文を見て大学の方がユミミを引っ張りこんだということだ。二重国籍やら飛び級制度の穴を突いてね」
はい? 法律無視? どんだけだ?
しかもクトゥルフ神話のためだけにあれだけの博士号やらなんやらを若いうちで修めたと?
まあ、ブラウン大学を選択したのはなんとなくわかる。ラヴクラフトが入学したかった大学なのだ。
「はっはっは」とコーエン教授は神奈儀教授の頭に手をやりブンブンと揺すった。もしかしてなでているつもりなのだろうか。
「も、も、もう! この話はこれでおしまいです! もうひとつの方を」と言ってコーエン教授の手を振り払うと、神奈儀教授はまたカバンの中に手をやり、花柄の巾着袋を取り出した。そしてザラリと中身をテーブルに出す。その巾着袋に似合わないものが幾つも出できた。
「こ、これって」
「やっぱりわかりますね。これは『旧神の印』です。ミスカトニック大学で今も制作されているものです」
私はそのひとつを手に取る。メダル状の金属が五芒星をかたどってくり抜かれている。そして中央には炎の様な文様。
間違いない。これは『旧神の印』を模したものだ。
かつて封印された邪神が復活したとき、キリスト教の聖人たちが『旧神の印』である石の力で撃退したという説話がある。
『旧神の印』を5箇所に埋めて五芒星形を描き、その中央に邪神を封じたとも伝わっている。邪神の眷属だけではなく、邪神本体にもダメージを与えられると言われているものだ。
「神宮寺さん、貴方はかなりクトゥルフの世界に足を踏み入れてしまったようです。これらを使って身を守ってください。効果は確認済みです」
神奈儀教授は打って変わって真剣な表情で私を見て、藤原智宏の方にも目を向ける。
藤原智宏は少し青ざめて口を開いた。
「おい、俺達かなりやばいんじゃ」
「ことの発端はお前だろうが」
「更に巻き込んだのは神宮寺、お前だ」
それを言われるとつらい。しかし重要な事をさらりと言ったような。
「効果は確認済みとはどのようなことをしたのですか」
「それは秘密です。教えてしまったことがバレるとミスカトニック大学の施設を利用できなくなりますので」
「そうですか……少し残念です。ではこちらを見ていただけますか」
私は手に取った『旧神の印』を置くと、持ってきた小箱を三人の教授が見えるように蓋を開けた。小箱の中には星型の石が3つ入っている。
「これは『ルルイエの封印』では? 本物ですか?」とカーター教授。
「カーター教授には悪いと思ったのですが、念の為手元に置いていたのです。どうやら本物のようなので、ミスカトニック大学に送ると二度と手元に帰って来ないかと。それでお守り代わりに内緒で……」
などと言い訳じみた事をしようとしたのだが、そんな些細なことはどうでも良かったようだ。いきなり神奈儀教授が問いかけてきた。
「これはどこで手に入れたのですか」
「私の友人がアーカムの骨董屋で見つけて私に送ってくれました」
「アーカムの骨董屋?!」
神奈儀教授とカーター教授は同時に声を発した。
そしてそのふたりを見たコーエン教授にカーター教授が今の会話の内容を教える。
「さわってもいいですか?」とコーエン教授。
「どうぞ、神奈儀教授もカーター教授も」
その言葉を聞いてふたりは私に目を向けると「失礼」と言って石を取り上げた。
「もしかして、雑誌の特集記事に書かれた物ですか?」
「そうです。これのおかげで藤原智宏が取り込まれるのを防げました」
その言葉にうんうんと頷く藤原智宏。
「この特集の記事にある通りですね」
神奈儀教授はそう言って、問題の特集記事の載った雑誌をめくった。
もともと今回返すつもりではいたのだが、まさか雑誌の特集を読んでいるとは思わなかった。
「多分マーチン・キーン教授が持っていた物だと思います。それでこの機会にミスカトニック大学に返そうかと思いまして。正当な所有者は大学の方かと」
そういう私の顔を見て、神奈儀教授とカーター教授が目を合わせた。
まあ、神話の事件に関わってしまったら、手元に置きたいものである。
「代わりにわざわざ私達の為に持ってきてくださった『旧神の印』があります。これだけの数なら結界も張れるでしょう。多分『ルルイエの封印』よりこちらの方が強力だと思います」
「本当に手放していいのですか? それに見返りなしで譲り受けるというのは。しかも既に送ってもらった物があるというのに」とカーター教授。
「まあ、これも寄贈ということで。代わりにこちらは遠慮なくいただきます」
私はさも余裕があるかのように『旧神の印』を巾着袋に戻した。
「ところでこの可愛い巾着はもしかして……」
「ええと、私が作りました」
テレっとした神奈儀教授がそういうと、突然妙な気配が漂ってきた。
私達5人は揃って立ち上がり、部屋の角に顔を向ける。
そこにはいつの間に入ってきたのか、黒いローブを身に纏った男が立っていた。
『重要な駒のほとんどが揃ったようですので、ご挨拶に伺いました』
その男の発する声だけで鳥肌がたってしまう。
「フアユー!」
最初に反応したのはコーエン教授である。身体もでかいが神経も太いようだ。
『この姿の時は[黒い男]と呼ばれていましたね』
『黒い男』だと?
全く持って信じられんが、突然姿を表したのは事実だ。
そして重要な駒とはどういう意味なのだ。
カーター教授と藤原智宏は身動きできないようだ。彼らはその『黒い男』に最も近くにいた。
「お前、馬鹿にしているのか。このメンツの前で『黒い男』を名乗るとは。まさか本物である訳がない」
私は心を落ち着かせる為にまくし立てた。
『本物かどうかは既に感じているでしょう?』
『黒い男』は瘴気を更に強め、妖気をも漂わせ始めた。
私達は思わず後ずさりする。やはり『こいつ』は本物と認めざるを得ない。
「やっぱり神宮寺さんを訪ねたかいがありましたね」
神奈儀教授は声を震わせながらも歓喜の表情を浮かべて一歩前に踏み出した。
「こんなに早く邪神そのものに遭遇できるなんて」
「神奈儀さん! 魅入っては駄目だ!」
私は思わず叫んだ。
『ふむ。ランドルフ・カーターの後釜はその女のようですが、貴様の方が厄介な存在のようですね。ヘンリー・アーミテイジをしのぐほどに」
『黒い男』がそういうと、いきなり会議室が極彩色の歪んだ空間に変貌した。
私達は天井と床を見失い驚愕する。そしてまるで船酔いしたかのような感覚に陥った。
『黒い男』が神奈儀教授の方を見ると、のローブの中から『なにか』が飛び出してきた。
『それ』はすりガラスをひっかくような声で鳴きながら巨大な身体で空を舞う。
その姿は霜と硝石にまみれた翼とたてがみの生えた馬のような頭部、象よりも巨大な身体には鱗に覆われていた。
ここは会議室だろ?! そんなでかい物が飛び回るどころか入れやしないはずなのに!
そこで「『シャンタク鳥』!」という神奈儀教授が叫んだ。
更に『黒い男』のローブの中から私に向かってくる『もの』を見た。『それ』は翼ある巨大な蛇のように見える。私は資料のイラストでその奇妙な姿を知っていた。
『忌まわしき狩人』そのものだ。
しかしそんなものを相手にしている暇はない。神奈儀教授に渡された巾着袋の中から数個の『旧神の印』を取り出して向かってくる怪物に投げつける。
その結果を確認せずに、私は『ルルイエの封印』を震える手で握りしめて硬直している神奈儀教授のもとに走り込んだ。
そして残りの『旧神の印』が入っている巾着袋を握った拳で神奈儀教授のほうに舞い降りてきたシャンタク鳥を殴りつけ、彼女の上に覆い被さり床に倒れ込む。
巾着袋はその一撃で張り裂け『旧神の印』が飛び散った。
手元には数個の『旧神の印』と花柄の巾着袋の切れ端だけになってしまった。明らかに使い方が間違っているような気がするが、そんなことを考えている場合ではなかった。
『旧神の印』を受けた2匹の怪物は奇っ怪な叫び声を上げてドロドロと崩れ落ちる。
無我夢中になったせいか極彩色の歪んだ空間に惑わされる事はなかった。
見た目はひどい事になってはいるが、床は存在するようである。現実と別世界が入り混じっているようだ。怪物どもは別世界の方で動き回っているのであろう。
ふたつの世界を繋いでいるのは間違いなくあの『黒い男』に違いない。
『ほほう。その[旧神の印]は効果があるのですか。だがこれで終わりではありませんよ』
『黒い男』はそういうと、無数の怪物をローブの中から産み落とした。
私は神奈儀教授に覆いかぶさったまま周りを見回した。
『ルルイエの封印』をまだ手にしていたカーター教授とコーエン教授は怪物を追い払おうとしている。
そして藤原智宏は私が最初に投げつけた『旧神の印』を上手いこと拾ったのか、それで襲い掛かる怪物と渡り合っていた。
彼らは極彩色の空間に惑わされて足元がしっかりしていない。3人ともやられてしまうのは確実に見えた。
更に私と神奈儀教授の方に無数の怪物が襲いかかってくる。この体勢と怪物の数では『旧神の印』を握った手だけで追い払うことができない。
私の下にいる神奈儀教授を護りきれるとは思えなかった。
(もう駄目だわ、これは)という諦めが脳裏を横切っる。
ならば神奈儀教授だけでもと彼女のシャツの中に手を突っこんで、残りすべての『旧神の印』を千切れた巾着袋ごと押し入れた。
その隙にシャンタク鳥の爪が私の背中を切り裂いて激痛がはしる。
その時である。別の怪物が『黒い男』が生み出した怪物に襲いかかったのだ。
怪物どもの叫び声が更にひどくなり、頭の中を揺さぶる。極彩色の空間と合わせてめまいを引き起こす。
新しく現れた怪物どもは……やはり資料の挿絵で見たことがある。
『夜の魍魎』またの名を『ナイトゴーント』。
西洋の悪魔そのものの姿に見える。そいつらは『シャンタク鳥』の天敵である。
そして『グール』。
蹄を持つ犬の様な姿をした『グール』が『忌まわしき狩人』に襲いかかる。
これは助けてくれたのか、それとも次に私達を喰らおうとするのか。
その時カッと激しい光が極彩色の空間を照らした。空間が更に歪み、私の頭の中が悲鳴を上げる。
それでも『黒い男』はもとより、全員が光を発した『もの』を見た。
神奈儀教授も私の下から頭を覗かせている。
視線の先には白髪で立派な灰色の髭をはやした『老人』が威風堂々と立っていた。突き出した右腕は銀色。掲げた左手には魔法使いが持っているような杖。
そして猫の頭をした人型の『なにか』がその『老人』の横に立っている。胃がむかつき吐きそうになったが、身体の下に神奈儀教授がいるのでなんとかこらえた。
私は彼女の顔を見る。その彼女と目が合った。どうやら意識を失ってはいないようだ。
『[終末の扇動者]よ、我が護る[ドリームランド]を何故穢す様な真似をする。[ドリームランド]に入ることができる人間は[夢見人]だけなのは知っておろう。勝手にこのような空間を作り出しおって』と『老人』が怒りのこもった声を発した。
『ナイトゴーント』と『グール』に囲まれた『黒い男』は動じてはいなかった。闇の様な視線を『老人』の方に向けているのが感じられるほどだ。
『この空間を作るため力を使いすぎたようだな。人の姿をとっているならば殺すこともできよう。倒されたくなければ早々に[カザス]へ帰れ』
銀の義手の『老人』はそう言って掲げていた左手をおろす。
『黒い男』が余裕を見けて言い返した。
『[大いなる深淵の主]よ。それはお互い様ではないか。ここに無理矢理入った為に右腕を失ったのであろう。銀の義手をしているならば、私と同様に全ての力を発揮出来まいが。大口を叩くな』
ふたりの奇っ怪な『者』はお互い譲らないと睨み合う。
狂気と恐怖か身体の中から更に湧き上がった。
他の4人も顔を青ざめさせていたが、まだ正気のようである。しかしおかしくなるのも時間の問題だ。
先に口を開いたのは『黒い男』でああった。
『[旧神]を護る者同士、この様なところで争う事もあるまい。人間共よ、また別の機会に相見えようぞ』
そう言って『黒い男』は姿を消した。『シャンタク鳥』と『忌まわしき狩人』も姿を消してゆく。
そしてそれを確認したかのように『ナイトゴーント』と『グール』の姿も見えなくなった。
『人間どもよ、助けられたと思うなよ。決して神族の事を探るな。早々にこの場を立ち去れ』と『老人』が我々に向かって言い放った。
いや、帰れと言われましても、強引にここへつれて来られた訳でして。どうやったら帰ることができるのでしょうか。
その『老人』に思いが伝わったのか、横の『猫頭』に頷いてみせる。
『仕方ない、私が帰してあげよう。ただしくれぐれも気をつけることだ。特にそこの男と女、[ドリームランド]に来るような事をしでかすなよ』
『猫頭』は私と神奈儀教授に向かってそう言うと右腕を振った。
それと同時に、私の、意識が……
耳元で「うぐう」という声を聞いて私は意識を取り戻した。辺りを見回すと、ここはもといた会議室のようだ。しかし何もかもめちゃくちゃになっている。
そして藤原智宏やカーター教授、コーエン教授が倒れているのを見つけた。
「あ、あの神宮寺さん」と私の下から声がする。神奈儀教授も我に帰ったようだ。
「と、とりあえず手を緩めてくれませんか」と、神奈儀教授はなんともいえない顔をして私に言った。そこで私は彼女を思いっきり抱きしめていることに気がついた。
「あ、いや、その」
何かとんでもないことをしているような気がして、神奈儀教授を放して起き上がる。
そして彼女に手を差し出すと、顔が青くなったり赤くなったりしている神奈儀教授が私の手を取り起き上がった。
その拍子に私が彼女の服の下に押し込んだ『旧神の印』がチャラチャラとこぼれ落ちる。シャツのボタンがはじけとんでいた。
「あ、これ、神宮寺さんが私の服の中に入れた……」
「いや、他意はないんでそこのところを理解してもらえるとありがたいのですが」などと私は間抜けな事を言ってしまう。
神奈儀教授はうんうんと頷くが、恐怖がぶり返してきたのか、もう声を出そうにも出せなくなったように見える。
私は彼女の手を離そうとしたが、その柔らかな手がぎゅっと握りしめてきた。その手がかすかに震えている。
もう一度会議室の中を見回すと、他の3人も意識を取り戻したのか「ううう」と言う声を上げて身体を起こし始めるのを見た。
どうやら全員無事のようだ。いや、私の背中はズキズキと痛む。それが今起こった事は現実であったのだと私に教えてくれた。
しかし何ということであろう。いきなり三柱の神に出会うとは。全員生き残れたのが奇跡のように思える。
そこへなんの騒ぎかと社内にいた連中が覗きにきた。
その集団の中には岩崎さんもいる。
岩崎さんはボタンが飛び散って胸元がはだけている神奈儀教授と、彼女と手を伝いでいる私の方へ目を向けた。
彼女は会議室に入ってくると、事情も聞かずにまだ神奈儀教授の手を握ったままの私の手をぴしりと叩く。
私と神奈儀教授が慌てて手を離すと、岩崎さんは私を睨みつけ、神奈儀教授を連れて会議室を出ていった。
それと入れ替わりに、私の上司の御子柴編集長を先頭に残る者が会議室に入ってくる。
「まずは全員病院に行って異常がないか調べてもらえ。話はその後じっくり聞かせてもらおう、って何だその背中の傷は。神奈儀教授に不埒な事をしてひっかかれたのか」
編集長、その冗談は笑えないです。
そうして我々5人は到着した救急車に乗せられて病院へ連れていかれた。
そして4日後、異常が無いと診察された4人と、思ったより背中の傷が軽かった私は退院した。
会議室の惨状も博士号を持った3人のおかげでたいした問題にはならなかったようだ。床下配線かなにかのせいだろうという事になって、フロア中の床下の確認をおこなっている。
それはともかく、災難にあった5人は会社の応接室に集まっていた。
珈琲を用意してくれた岩崎さんは荷物を持って戻ってきた。
それは『ルルイエの封印』の入った小箱と『旧神の印』の入った袋でのようである。
申し訳なく思ったが、無くしたら問題だと彼女に探してもらうよう頼んでいたのだ。
「言われた数と合っているとは思いますが、確認してもらえませんか」
彼女はそう言って箱と袋をテーブルに置く。
私は小箱に3つ入った『ルルイエの封印』を確認する。
そして袋から『旧神の印』をすべて取り出した。一応数えてみたが、神奈儀教授にも確認してもらう。
「問題はありませんね」
岩崎さんはそれを聞いて一礼をするという会議室を出ていった。
「それより神宮寺さん、背中の傷は私の為に……」と私の顔を心配そうに見る。
「いえ、問題無いですよ。みなさんと一緒に退院できる程度なので。それよりこれらを紛失しないでよかった」
実のところかなり痛いのであるが、これからの事を考えるとそうも言っていられない。
「あの出来事のせいでかなり時間を取ってしまいましたが、スケジュールなどに問題はありませんか? こちらで帰国の手配をしますが」
そう言う私に向かってカーター教授は笑った。
「ノープロブレム。実はねトオル、ユミミが君と色々話がしたくて余裕をもって日本に来たのだよ。まあ、コーエンの仕事のほうがおまけみたいなものだ。ユミミは残念だろうか帰国に支障はないよ」
「カーターさん! 余計な事を言わないでください!」と顔を火照らした神奈儀教授が声を荒げた。
「まあまあ。どうせ直ぐ日本に戻る事になるのだから、それからゆっくりデートでも何なりと」
神奈儀教授はカーター教授の言い草に声を失ってパクパクしている。
「日本に戻られるとは?」
「え、ええ。ミスカトニック大学での仕事が終わるので、東都大学の研究室に戻る事になりました。今回は諸々の手続きの為に丁度いいと、コーエン教授についてきたのです」と顔をほてらした神奈儀教授が私に説明してくれた。
「日本に戻られるのですか。あ、皆さんのお荷物の方は大丈夫でしたか?」
「私は問題ないね。大事なものはホテルにあずけてあるし」とカーター教授。
「おなじくもんだいありませんよ」とコーエン教授。
「わ、私は……」と神奈儀教授が言葉を濁す様に口を開いた。そういえば大きめの荷物を持ってきたのは彼女だけである。
「あの、これが……」
神奈儀教授が取り出したのはよれよれになって破けそうになってしまった雑誌と号外、それに私がサインした本だった。
「ああ、良ければ新しいのを差し上げますよ。交換しましょうか」
「いえ、これはこれで持って帰ります! 今回の出来事の記念に! ただこんなにしてしまって申し訳ないと」
今回の記念?
いや、忘れたほうがいい出来事だと思うのですが。
「そうですか。まあ、読み返すほどのものではないですからね」
「やっぱりください! いえ買わさせてください!! 雑誌や号外はもう手に入らないですし、神宮寺さんの本は何度でも読み返していますので!」
なにが琴線に触れたのだろうか、私よりよっぽど詳しいはずなのに。何度も読み返すようなものではないと自分でも思う。
「では帰国されたら会社の方へ連絡してください。大学までお持ちしますよ」
「え、あの、それより神宮寺さんのれ……」
「あははは。ユミミ落ち着け。日本に戻ればいくらでも会える」
「ユミミ、トオルさんのはなしになるともうこれね」
神奈儀教授はカーター教授とコーエン教授を睨むと私の方を見て情けない顔をした。
とんでもない目にあったが、神奈儀教授に出会えて良かったとつくづく思う。良い相談相手になってくれそうだ。
あれらの正体はもう解ってはいるのだが、記事にするかどうか迷う。何しろとんでもない話のうえに証拠と呼べるものが何もないのである。
御子柴編集長に一応報告するか。気が進まないが。
そうしたら間違いなく書けと言うに違いない。
全くもって落ち着かない。
原因はふたつある。
ひとつはいきなりの来客だ。せめて4日ほど前に知らせてくれれば応接室を確保出来たのに。いや、わざわざうちの会社ではなくそれなりの場所を準備しておけたのだ。
もうひとつは私の格好。
グレーのビジネススーツに青いネクタイ、そして革靴。
そもそもこのスーツに青いネクタイはおかしくないのだろうか。スーツで出勤したのはいつ以来だ。
そこへ友人の藤原智宏がやってきた。
濃紺のスーツに赤いネクタイをして、その痩せぎすの顔は仏頂面をしている。
「おい、俺の格好はおかしくないか? あー。お前を見ればわかるか」
そう言いつつでかいカバンを私のデスクに置いて、中からカメラを取り出す。フリーのカメラマンでアマチュアのオカルト好き。私の友人のひとりである。
「本当に俺も同席していいのか?」
「逆に一緒にいてくれたほうが助かる。フォローしてくれよ」
来客はアーカムで知り合いお世話になった言語学の博士、ジョン・カーター教授と彼の連れが2人。全員ミスカトニック大学で研究をなされている。
連れのひとりは心理学の博士である黒人のダニエル・コーエン教授。
もうひとりは、その筋では知らぬ者のいない女性、神奈儀弓魅 教授である。
若干27歳で、精神医学、脳神経内科学、分子遺伝医学、計算論的精神医学の博士号をもっているのだ。その上、言語学、歴史学、考古学、物理学、自然史学等とまだまだ色々と修めているらしい。
どういう頭をしているのかさっぱり理解できない。どれかひとつの分野に集中すればノーベル賞間違いないと言われているほどだ。
もしかしたら宇宙人なのかもしれない。
しかしなんでそんなに沢山の分野に手を出しているのだろうか。
そこへ総務の岩崎知子さんか来て、くだんの3人が来たことを知らせてくれた。私は書類と金庫から出した箱を手にして、彼女と藤原智宏とともに受付に向かう。
「オウ、トオル。久しぶりだね。元気そうだな。まだ生きてたか」
ジョン・カーター教授はひどいことを言いながら私と握手する。こちらに気を使ってか日本語である。
「はじめまして。ダニエル・コーエンともうします。ほんじつはごめいわくをおかけします。わたし、すこしならにほんごわかります」
ダニエル・コーエン教授はそのごつい手で私の手を握りブンブンと上下に振る。
ガッチリとした身体はどちらかというと体育会系である。アメフトの選手と言ってもいいくらいだ。その身体にその頭脳。反則ではないのか。
そして神奈儀弓魅教授。ウェイブのかかったミドルロングの黒髪でかなりチャーミングな女性だった。
こう言っては失礼かもしれないが、どう見ても高校を卒業したての女の子に見える。とても博士号をいくつも取っているようには見えない。
「はじめまして。神宮寺透さん。いきなり押しかけて申し訳ありません」
「いえいえとんでもない。こちらこそ有り難い申し出です」そう言いつつ彼女と握手する。
「それではこちらへ」と岩崎さんが皆を促し、予約していた会議室へと連れて行く。
そして私達は着席すると名刺交換をした。
ちなみにあの変な儀式に見える日本の名刺交換ではない。アメリカ人はわざわざ席を立つこともないし、普通に資料を渡すような感じで名刺交換をするのだ。
多分他の国も。日本式の方がズレている。
名刺交換より自己紹介の方が重要なのである。
私は神奈儀教授の名刺を見てみる。普通の日本語の名刺だが、肩書は一切書かれていなかった。何気なく裏返すと英語で表と同じ内容が書かれている。なんだか格好いい。
そしてひと通り自己紹介を始めた。
ジョン・カーター教授はクトゥルフ神話にも興味があるらしい。
そしてダニエル・コーエン教授。今回の来日は彼の仕事のためである。
そして1番興味をそそる人物、神奈儀弓魅教授。彼女は現在ミスカトニック大学の客員教授をしているそうだ。
近々帰国するらしい。神奈儀教授はその程度の自己紹介で自分の修めた学問については何も語らなかった。
その辺をカーター教授がべらべらと話だそうとしたところで「カーター教授?」という彼女のひと言に彼はは罰の悪そうな顔をして黙ってしまう。
私は凡庸な一介の物書きなので、ここ六紋社に務めるライターであるとしか言いようがない。
藤原智宏は自分がフリーのカメラマンであることを印象づけるように話し出す。アメリカの頭脳とコネを築きたいのが見え見えだ。
彼はかなりのオカルトマニアでもある。アーカムに縁のある客人達が魅力的なのでしょうがない。
「今回無理を言って会いに来た目的のひとつは、ユミミがどうしてもトオルに会いたいと」とカーター教授がぶっちゃける。
神奈儀教授はすこし顔を紅くしてカーター教授に何か言おうとしたが、私の方を見て照れた顔を見せた。
彼女は自分カバンをを引き寄せると、数冊の雑誌と本を取り出す。
それはクトゥルフ特集号の掲載された『月刊ジーランティア』とその号外。そしてあろうことか私の本『アーカム不思議観光案内』である。
「神宮寺さん。失礼だとは思いますが、この本にサインをいただけますか」と神奈儀教授が恥ずかしそうに言う。
は?
何を言っているのかよくわからない。
彼女は真っ赤になりながら、それでもずずすいっと私の本を突き出してくる。
そこへ「失礼します」という声とともに岩崎さんが珈琲を持って入ってきた。
彼女はそんな神奈儀教授を見て、次に私に目を向けると怪訝そうな顔をする。珈琲を配り、ミルクとガムシロップが入った篭を置くと、また私と神奈儀教授をチラリと見て出ていった。
「ええと、私はサインなどするような人間ではないし、字も非常に汚いので……」
しかし神奈儀教授は本を差し出したまま「お願いします」と私の目を真っ直ぐにみる。カーター教授とコーエン教授は肩をすぼめ、藤原は面白そうに見ているだけだ。
「ええと、それでは」と言って、神奈儀教授が持っていた本を受け取り、奥付の部分にミミズののたくったような字で名前を書く。なんだかそれだけで立派なサインに見えるのが悲しい。
本を神奈儀教授に返すと、彼女は嬉しそうに私のサインを凝視した。そういうのはやめていただきたいのだが。
「はっはっは。よかったなユミミ」とまるで父親のようにコーエン教授が言う。
「ところで何故これらの雑誌と本ががアメリカに?」
「これはユミミの経歴にも関係あるのだが、彼女はクトゥルフ神話に魅入られているのだよ。なので日本の友人にクトゥルフ神話に関係あるものが出てきたら送ってくれと」
「ユミミ、ひとめでこれらのざっしにかかれていることはしんじつだといったね。それでどうしてもキミにあいたいと」
「ち、ちょっと、待って……」
神奈儀教授がまた遮ろうとしたが今度は無視された。
「ユミミはハイスクール……ええと、日本の中学生のころ読んだクトゥルフ神話の本に入れ込んで、無理矢理ブラウン大学に入って信じられないほど勉強したのだよ。クトゥルフ神話を科学的に解明するためにとね」とカーター教授は神奈儀教授の秘密をばらしてしまった。
「え? 中学生? あの飛び級とか、法律が……」
「中学生が書いたとは思えないほどの見事な論文をブラウン大学に送りつけたのだよ。その論文を見て大学の方がユミミを引っ張りこんだということだ。二重国籍やら飛び級制度の穴を突いてね」
はい? 法律無視? どんだけだ?
しかもクトゥルフ神話のためだけにあれだけの博士号やらなんやらを若いうちで修めたと?
まあ、ブラウン大学を選択したのはなんとなくわかる。ラヴクラフトが入学したかった大学なのだ。
「はっはっは」とコーエン教授は神奈儀教授の頭に手をやりブンブンと揺すった。もしかしてなでているつもりなのだろうか。
「も、も、もう! この話はこれでおしまいです! もうひとつの方を」と言ってコーエン教授の手を振り払うと、神奈儀教授はまたカバンの中に手をやり、花柄の巾着袋を取り出した。そしてザラリと中身をテーブルに出す。その巾着袋に似合わないものが幾つも出できた。
「こ、これって」
「やっぱりわかりますね。これは『旧神の印』です。ミスカトニック大学で今も制作されているものです」
私はそのひとつを手に取る。メダル状の金属が五芒星をかたどってくり抜かれている。そして中央には炎の様な文様。
間違いない。これは『旧神の印』を模したものだ。
かつて封印された邪神が復活したとき、キリスト教の聖人たちが『旧神の印』である石の力で撃退したという説話がある。
『旧神の印』を5箇所に埋めて五芒星形を描き、その中央に邪神を封じたとも伝わっている。邪神の眷属だけではなく、邪神本体にもダメージを与えられると言われているものだ。
「神宮寺さん、貴方はかなりクトゥルフの世界に足を踏み入れてしまったようです。これらを使って身を守ってください。効果は確認済みです」
神奈儀教授は打って変わって真剣な表情で私を見て、藤原智宏の方にも目を向ける。
藤原智宏は少し青ざめて口を開いた。
「おい、俺達かなりやばいんじゃ」
「ことの発端はお前だろうが」
「更に巻き込んだのは神宮寺、お前だ」
それを言われるとつらい。しかし重要な事をさらりと言ったような。
「効果は確認済みとはどのようなことをしたのですか」
「それは秘密です。教えてしまったことがバレるとミスカトニック大学の施設を利用できなくなりますので」
「そうですか……少し残念です。ではこちらを見ていただけますか」
私は手に取った『旧神の印』を置くと、持ってきた小箱を三人の教授が見えるように蓋を開けた。小箱の中には星型の石が3つ入っている。
「これは『ルルイエの封印』では? 本物ですか?」とカーター教授。
「カーター教授には悪いと思ったのですが、念の為手元に置いていたのです。どうやら本物のようなので、ミスカトニック大学に送ると二度と手元に帰って来ないかと。それでお守り代わりに内緒で……」
などと言い訳じみた事をしようとしたのだが、そんな些細なことはどうでも良かったようだ。いきなり神奈儀教授が問いかけてきた。
「これはどこで手に入れたのですか」
「私の友人がアーカムの骨董屋で見つけて私に送ってくれました」
「アーカムの骨董屋?!」
神奈儀教授とカーター教授は同時に声を発した。
そしてそのふたりを見たコーエン教授にカーター教授が今の会話の内容を教える。
「さわってもいいですか?」とコーエン教授。
「どうぞ、神奈儀教授もカーター教授も」
その言葉を聞いてふたりは私に目を向けると「失礼」と言って石を取り上げた。
「もしかして、雑誌の特集記事に書かれた物ですか?」
「そうです。これのおかげで藤原智宏が取り込まれるのを防げました」
その言葉にうんうんと頷く藤原智宏。
「この特集の記事にある通りですね」
神奈儀教授はそう言って、問題の特集記事の載った雑誌をめくった。
もともと今回返すつもりではいたのだが、まさか雑誌の特集を読んでいるとは思わなかった。
「多分マーチン・キーン教授が持っていた物だと思います。それでこの機会にミスカトニック大学に返そうかと思いまして。正当な所有者は大学の方かと」
そういう私の顔を見て、神奈儀教授とカーター教授が目を合わせた。
まあ、神話の事件に関わってしまったら、手元に置きたいものである。
「代わりにわざわざ私達の為に持ってきてくださった『旧神の印』があります。これだけの数なら結界も張れるでしょう。多分『ルルイエの封印』よりこちらの方が強力だと思います」
「本当に手放していいのですか? それに見返りなしで譲り受けるというのは。しかも既に送ってもらった物があるというのに」とカーター教授。
「まあ、これも寄贈ということで。代わりにこちらは遠慮なくいただきます」
私はさも余裕があるかのように『旧神の印』を巾着袋に戻した。
「ところでこの可愛い巾着はもしかして……」
「ええと、私が作りました」
テレっとした神奈儀教授がそういうと、突然妙な気配が漂ってきた。
私達5人は揃って立ち上がり、部屋の角に顔を向ける。
そこにはいつの間に入ってきたのか、黒いローブを身に纏った男が立っていた。
『重要な駒のほとんどが揃ったようですので、ご挨拶に伺いました』
その男の発する声だけで鳥肌がたってしまう。
「フアユー!」
最初に反応したのはコーエン教授である。身体もでかいが神経も太いようだ。
『この姿の時は[黒い男]と呼ばれていましたね』
『黒い男』だと?
全く持って信じられんが、突然姿を表したのは事実だ。
そして重要な駒とはどういう意味なのだ。
カーター教授と藤原智宏は身動きできないようだ。彼らはその『黒い男』に最も近くにいた。
「お前、馬鹿にしているのか。このメンツの前で『黒い男』を名乗るとは。まさか本物である訳がない」
私は心を落ち着かせる為にまくし立てた。
『本物かどうかは既に感じているでしょう?』
『黒い男』は瘴気を更に強め、妖気をも漂わせ始めた。
私達は思わず後ずさりする。やはり『こいつ』は本物と認めざるを得ない。
「やっぱり神宮寺さんを訪ねたかいがありましたね」
神奈儀教授は声を震わせながらも歓喜の表情を浮かべて一歩前に踏み出した。
「こんなに早く邪神そのものに遭遇できるなんて」
「神奈儀さん! 魅入っては駄目だ!」
私は思わず叫んだ。
『ふむ。ランドルフ・カーターの後釜はその女のようですが、貴様の方が厄介な存在のようですね。ヘンリー・アーミテイジをしのぐほどに」
『黒い男』がそういうと、いきなり会議室が極彩色の歪んだ空間に変貌した。
私達は天井と床を見失い驚愕する。そしてまるで船酔いしたかのような感覚に陥った。
『黒い男』が神奈儀教授の方を見ると、のローブの中から『なにか』が飛び出してきた。
『それ』はすりガラスをひっかくような声で鳴きながら巨大な身体で空を舞う。
その姿は霜と硝石にまみれた翼とたてがみの生えた馬のような頭部、象よりも巨大な身体には鱗に覆われていた。
ここは会議室だろ?! そんなでかい物が飛び回るどころか入れやしないはずなのに!
そこで「『シャンタク鳥』!」という神奈儀教授が叫んだ。
更に『黒い男』のローブの中から私に向かってくる『もの』を見た。『それ』は翼ある巨大な蛇のように見える。私は資料のイラストでその奇妙な姿を知っていた。
『忌まわしき狩人』そのものだ。
しかしそんなものを相手にしている暇はない。神奈儀教授に渡された巾着袋の中から数個の『旧神の印』を取り出して向かってくる怪物に投げつける。
その結果を確認せずに、私は『ルルイエの封印』を震える手で握りしめて硬直している神奈儀教授のもとに走り込んだ。
そして残りの『旧神の印』が入っている巾着袋を握った拳で神奈儀教授のほうに舞い降りてきたシャンタク鳥を殴りつけ、彼女の上に覆い被さり床に倒れ込む。
巾着袋はその一撃で張り裂け『旧神の印』が飛び散った。
手元には数個の『旧神の印』と花柄の巾着袋の切れ端だけになってしまった。明らかに使い方が間違っているような気がするが、そんなことを考えている場合ではなかった。
『旧神の印』を受けた2匹の怪物は奇っ怪な叫び声を上げてドロドロと崩れ落ちる。
無我夢中になったせいか極彩色の歪んだ空間に惑わされる事はなかった。
見た目はひどい事になってはいるが、床は存在するようである。現実と別世界が入り混じっているようだ。怪物どもは別世界の方で動き回っているのであろう。
ふたつの世界を繋いでいるのは間違いなくあの『黒い男』に違いない。
『ほほう。その[旧神の印]は効果があるのですか。だがこれで終わりではありませんよ』
『黒い男』はそういうと、無数の怪物をローブの中から産み落とした。
私は神奈儀教授に覆いかぶさったまま周りを見回した。
『ルルイエの封印』をまだ手にしていたカーター教授とコーエン教授は怪物を追い払おうとしている。
そして藤原智宏は私が最初に投げつけた『旧神の印』を上手いこと拾ったのか、それで襲い掛かる怪物と渡り合っていた。
彼らは極彩色の空間に惑わされて足元がしっかりしていない。3人ともやられてしまうのは確実に見えた。
更に私と神奈儀教授の方に無数の怪物が襲いかかってくる。この体勢と怪物の数では『旧神の印』を握った手だけで追い払うことができない。
私の下にいる神奈儀教授を護りきれるとは思えなかった。
(もう駄目だわ、これは)という諦めが脳裏を横切っる。
ならば神奈儀教授だけでもと彼女のシャツの中に手を突っこんで、残りすべての『旧神の印』を千切れた巾着袋ごと押し入れた。
その隙にシャンタク鳥の爪が私の背中を切り裂いて激痛がはしる。
その時である。別の怪物が『黒い男』が生み出した怪物に襲いかかったのだ。
怪物どもの叫び声が更にひどくなり、頭の中を揺さぶる。極彩色の空間と合わせてめまいを引き起こす。
新しく現れた怪物どもは……やはり資料の挿絵で見たことがある。
『夜の魍魎』またの名を『ナイトゴーント』。
西洋の悪魔そのものの姿に見える。そいつらは『シャンタク鳥』の天敵である。
そして『グール』。
蹄を持つ犬の様な姿をした『グール』が『忌まわしき狩人』に襲いかかる。
これは助けてくれたのか、それとも次に私達を喰らおうとするのか。
その時カッと激しい光が極彩色の空間を照らした。空間が更に歪み、私の頭の中が悲鳴を上げる。
それでも『黒い男』はもとより、全員が光を発した『もの』を見た。
神奈儀教授も私の下から頭を覗かせている。
視線の先には白髪で立派な灰色の髭をはやした『老人』が威風堂々と立っていた。突き出した右腕は銀色。掲げた左手には魔法使いが持っているような杖。
そして猫の頭をした人型の『なにか』がその『老人』の横に立っている。胃がむかつき吐きそうになったが、身体の下に神奈儀教授がいるのでなんとかこらえた。
私は彼女の顔を見る。その彼女と目が合った。どうやら意識を失ってはいないようだ。
『[終末の扇動者]よ、我が護る[ドリームランド]を何故穢す様な真似をする。[ドリームランド]に入ることができる人間は[夢見人]だけなのは知っておろう。勝手にこのような空間を作り出しおって』と『老人』が怒りのこもった声を発した。
『ナイトゴーント』と『グール』に囲まれた『黒い男』は動じてはいなかった。闇の様な視線を『老人』の方に向けているのが感じられるほどだ。
『この空間を作るため力を使いすぎたようだな。人の姿をとっているならば殺すこともできよう。倒されたくなければ早々に[カザス]へ帰れ』
銀の義手の『老人』はそう言って掲げていた左手をおろす。
『黒い男』が余裕を見けて言い返した。
『[大いなる深淵の主]よ。それはお互い様ではないか。ここに無理矢理入った為に右腕を失ったのであろう。銀の義手をしているならば、私と同様に全ての力を発揮出来まいが。大口を叩くな』
ふたりの奇っ怪な『者』はお互い譲らないと睨み合う。
狂気と恐怖か身体の中から更に湧き上がった。
他の4人も顔を青ざめさせていたが、まだ正気のようである。しかしおかしくなるのも時間の問題だ。
先に口を開いたのは『黒い男』でああった。
『[旧神]を護る者同士、この様なところで争う事もあるまい。人間共よ、また別の機会に相見えようぞ』
そう言って『黒い男』は姿を消した。『シャンタク鳥』と『忌まわしき狩人』も姿を消してゆく。
そしてそれを確認したかのように『ナイトゴーント』と『グール』の姿も見えなくなった。
『人間どもよ、助けられたと思うなよ。決して神族の事を探るな。早々にこの場を立ち去れ』と『老人』が我々に向かって言い放った。
いや、帰れと言われましても、強引にここへつれて来られた訳でして。どうやったら帰ることができるのでしょうか。
その『老人』に思いが伝わったのか、横の『猫頭』に頷いてみせる。
『仕方ない、私が帰してあげよう。ただしくれぐれも気をつけることだ。特にそこの男と女、[ドリームランド]に来るような事をしでかすなよ』
『猫頭』は私と神奈儀教授に向かってそう言うと右腕を振った。
それと同時に、私の、意識が……
耳元で「うぐう」という声を聞いて私は意識を取り戻した。辺りを見回すと、ここはもといた会議室のようだ。しかし何もかもめちゃくちゃになっている。
そして藤原智宏やカーター教授、コーエン教授が倒れているのを見つけた。
「あ、あの神宮寺さん」と私の下から声がする。神奈儀教授も我に帰ったようだ。
「と、とりあえず手を緩めてくれませんか」と、神奈儀教授はなんともいえない顔をして私に言った。そこで私は彼女を思いっきり抱きしめていることに気がついた。
「あ、いや、その」
何かとんでもないことをしているような気がして、神奈儀教授を放して起き上がる。
そして彼女に手を差し出すと、顔が青くなったり赤くなったりしている神奈儀教授が私の手を取り起き上がった。
その拍子に私が彼女の服の下に押し込んだ『旧神の印』がチャラチャラとこぼれ落ちる。シャツのボタンがはじけとんでいた。
「あ、これ、神宮寺さんが私の服の中に入れた……」
「いや、他意はないんでそこのところを理解してもらえるとありがたいのですが」などと私は間抜けな事を言ってしまう。
神奈儀教授はうんうんと頷くが、恐怖がぶり返してきたのか、もう声を出そうにも出せなくなったように見える。
私は彼女の手を離そうとしたが、その柔らかな手がぎゅっと握りしめてきた。その手がかすかに震えている。
もう一度会議室の中を見回すと、他の3人も意識を取り戻したのか「ううう」と言う声を上げて身体を起こし始めるのを見た。
どうやら全員無事のようだ。いや、私の背中はズキズキと痛む。それが今起こった事は現実であったのだと私に教えてくれた。
しかし何ということであろう。いきなり三柱の神に出会うとは。全員生き残れたのが奇跡のように思える。
そこへなんの騒ぎかと社内にいた連中が覗きにきた。
その集団の中には岩崎さんもいる。
岩崎さんはボタンが飛び散って胸元がはだけている神奈儀教授と、彼女と手を伝いでいる私の方へ目を向けた。
彼女は会議室に入ってくると、事情も聞かずにまだ神奈儀教授の手を握ったままの私の手をぴしりと叩く。
私と神奈儀教授が慌てて手を離すと、岩崎さんは私を睨みつけ、神奈儀教授を連れて会議室を出ていった。
それと入れ替わりに、私の上司の御子柴編集長を先頭に残る者が会議室に入ってくる。
「まずは全員病院に行って異常がないか調べてもらえ。話はその後じっくり聞かせてもらおう、って何だその背中の傷は。神奈儀教授に不埒な事をしてひっかかれたのか」
編集長、その冗談は笑えないです。
そうして我々5人は到着した救急車に乗せられて病院へ連れていかれた。
そして4日後、異常が無いと診察された4人と、思ったより背中の傷が軽かった私は退院した。
会議室の惨状も博士号を持った3人のおかげでたいした問題にはならなかったようだ。床下配線かなにかのせいだろうという事になって、フロア中の床下の確認をおこなっている。
それはともかく、災難にあった5人は会社の応接室に集まっていた。
珈琲を用意してくれた岩崎さんは荷物を持って戻ってきた。
それは『ルルイエの封印』の入った小箱と『旧神の印』の入った袋でのようである。
申し訳なく思ったが、無くしたら問題だと彼女に探してもらうよう頼んでいたのだ。
「言われた数と合っているとは思いますが、確認してもらえませんか」
彼女はそう言って箱と袋をテーブルに置く。
私は小箱に3つ入った『ルルイエの封印』を確認する。
そして袋から『旧神の印』をすべて取り出した。一応数えてみたが、神奈儀教授にも確認してもらう。
「問題はありませんね」
岩崎さんはそれを聞いて一礼をするという会議室を出ていった。
「それより神宮寺さん、背中の傷は私の為に……」と私の顔を心配そうに見る。
「いえ、問題無いですよ。みなさんと一緒に退院できる程度なので。それよりこれらを紛失しないでよかった」
実のところかなり痛いのであるが、これからの事を考えるとそうも言っていられない。
「あの出来事のせいでかなり時間を取ってしまいましたが、スケジュールなどに問題はありませんか? こちらで帰国の手配をしますが」
そう言う私に向かってカーター教授は笑った。
「ノープロブレム。実はねトオル、ユミミが君と色々話がしたくて余裕をもって日本に来たのだよ。まあ、コーエンの仕事のほうがおまけみたいなものだ。ユミミは残念だろうか帰国に支障はないよ」
「カーターさん! 余計な事を言わないでください!」と顔を火照らした神奈儀教授が声を荒げた。
「まあまあ。どうせ直ぐ日本に戻る事になるのだから、それからゆっくりデートでも何なりと」
神奈儀教授はカーター教授の言い草に声を失ってパクパクしている。
「日本に戻られるとは?」
「え、ええ。ミスカトニック大学での仕事が終わるので、東都大学の研究室に戻る事になりました。今回は諸々の手続きの為に丁度いいと、コーエン教授についてきたのです」と顔をほてらした神奈儀教授が私に説明してくれた。
「日本に戻られるのですか。あ、皆さんのお荷物の方は大丈夫でしたか?」
「私は問題ないね。大事なものはホテルにあずけてあるし」とカーター教授。
「おなじくもんだいありませんよ」とコーエン教授。
「わ、私は……」と神奈儀教授が言葉を濁す様に口を開いた。そういえば大きめの荷物を持ってきたのは彼女だけである。
「あの、これが……」
神奈儀教授が取り出したのはよれよれになって破けそうになってしまった雑誌と号外、それに私がサインした本だった。
「ああ、良ければ新しいのを差し上げますよ。交換しましょうか」
「いえ、これはこれで持って帰ります! 今回の出来事の記念に! ただこんなにしてしまって申し訳ないと」
今回の記念?
いや、忘れたほうがいい出来事だと思うのですが。
「そうですか。まあ、読み返すほどのものではないですからね」
「やっぱりください! いえ買わさせてください!! 雑誌や号外はもう手に入らないですし、神宮寺さんの本は何度でも読み返していますので!」
なにが琴線に触れたのだろうか、私よりよっぽど詳しいはずなのに。何度も読み返すようなものではないと自分でも思う。
「では帰国されたら会社の方へ連絡してください。大学までお持ちしますよ」
「え、あの、それより神宮寺さんのれ……」
「あははは。ユミミ落ち着け。日本に戻ればいくらでも会える」
「ユミミ、トオルさんのはなしになるともうこれね」
神奈儀教授はカーター教授とコーエン教授を睨むと私の方を見て情けない顔をした。
とんでもない目にあったが、神奈儀教授に出会えて良かったとつくづく思う。良い相談相手になってくれそうだ。
あれらの正体はもう解ってはいるのだが、記事にするかどうか迷う。何しろとんでもない話のうえに証拠と呼べるものが何もないのである。
御子柴編集長に一応報告するか。気が進まないが。
そうしたら間違いなく書けと言うに違いない。
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