上 下
21 / 49

バレてないと思っていたとは…

しおりを挟む
(イケメンは癒しグッズ。恐怖とは無縁の筈…)

 頭に血が上って力に訴えようとした田島から庇われた形の美緒だったが、自分を庇ってくれた小林からの駄々洩れの威圧感に鳥肌は立ったままだった。イケメンは癒しであるべきで、そこから恐怖を感じるのは違うだろう…しかもそこに自分が当事者としてあるなど、間違っていると思う…

「美緒、大丈夫?」

 目の前の状況に呆気に取られていた美緒に、そっと声をかけたのは朱里だった。田島から美緒を守るように立つ姿は、まるで戦いの女神さまだな…と美緒はこんな状況にもよらず思った。でも実際、美人で背が高くて凛とした雰囲気の朱里は、戦いの女神に相応しいだろう。

「あ…うん、ありがと、朱里」
「危なかったわね。でも、後は巧に任せておけば大丈夫よ」

 どうやら朱里は事情を分かっているらしい、という事は美緒にもわかった。先日レストランで会っただけで連絡も取っていなかったが、おおよその事情は知っているように見えた。まぁ、小林兄弟とは幼馴染だし大石もいるから、そこから知ったのかもしれないが…

「ねぇ、早川さん。どうして志水に牧野さんの仕事を押し付けたの?」
「え…わ、私、押し付けては…」
「そう?でも、実際に志水に仕事させたよね?リーダーを通せと言った志水に、田島と二人がかりで。でも俺、牧野さんから何も聞いていないんだけど、どういう事?」
「え…あ、あの、その時間には、牧野さんも小林さんもいなくて…」
「そう?でも、君が志水に依頼のメールを送ったのは午前中だろう?その頃にはまだ、俺も牧野さんも事務所にいたけど?」
「そ…それは…」
「君が田島と志水に仕事を押し付けたのは十七時過ぎ。目撃証言も多数あるから間違いないよね。それまで君は何してたの?」
「それは…仕事が多くて…」
「そう?でもその割に昼休みはしっかり外に行ってたし、昼休み時間が終わってもまだ席に戻ってなかったよね。これは入退記録にも残っているよ」
「その日は…ちょっと離れたお店に行ってて…」
「でも、仕事が終わらないってわかっていたんだよね?志水に朝からメールするくらいだったんだから」
「え…と、その…」
「ちなみに志水はあの日、昼休みもろくに取らずに仕事してたよ」

 小林容赦なさ過ぎ…!と美緒は他人事ながらもその追及の厳しさに、逆に早川が気の毒に思ってしまった。早川はずっと小林狙いだっただけに、その当人からこうも厳しく追及されるとは思っていなかっただろうに。

「おい、小林!仕方ないだろう、凜香ちゃんはまだ慣れてないんだから。後輩が困っているのを助けるのは先輩として当然だろうが!」
「でも、早川さんは補佐になって三年だろう?もう助けて貰う時期はとうに過ぎているよ。それに志水は異動してまだ三か月余り。早川さんが志水を手伝うなら分かるけど、逆はないだろう」
「でも!志水は総務でも事務してただろうが」
「総務と営業の仕事の違いもわからない?だったらお前、今日から総務に行って一人前に働けるんだよな?」
「え…?いや、それは…」
「何で出来るって言わないんだ?他人には出来て当然だと言うのに」
「う…」
 
 さすが脳筋、美緒は田島にベストオブ脳筋の称号を贈りたい気分になった。まぁ、そんなものを貰っても嬉しくはないだろうが…そして小林、容赦なさすぎ。いや、こいつは色々と容赦ない奴だったな…と美緒は思った。何が…とは言わないが…

「それと、どうして課長に志水の欠席理由、急用だって伝えたの?」
「あ、あれは…」
「君のせいで残業になって行けなかったのに。それならそうと、ちゃんと課長に伝えるべきだよね。志水は何も悪くないんだから。それに、定時になっても終わらなかったなら、君が交代してやるべきだったんじゃない?」
「…」
「あと、あの資料だけど、あれ、どういう事?」
「え…?ど、どうって…」
「君が送った資料、見せて貰ったよ」
「え!」

 それまで俯いていた早川だったが、その言葉に弾けるように顔を上げて小林を見た。どうやら中身まで見られるとは思わなかったらしい。

「あれ、何の意味もないよね?元のデータは古いし、内容もぐちゃぐちゃだし」
「……」
「何で黙ってるの?君が志水に頼んだんでしょ?」
「…あ、あれは…」
「あれは…何?」

 再び俯いた早川に、いっそ優しいほどの声色で小林が尋ねたが、早川からの答えはなかった。どういう事だと美緒が訝しく思っていると、俯きながらもさまよわせていた早川の視線が美緒にぶつかると、早川は一瞬だけ表情を歪めた。

「ご…ごめんなさ…い…!あれは…志水さんが…」

 急に顔を手で覆って泣き始めた早川に、美緒を含めた周りの者が驚いた。まぁ、その内泣くかもしれないと美緒は思っていたし、女子社員の何割かは同じように思っただろうけど。立場が悪くなると泣いて自分の想い通りにするのは、早川の常とう手段だったからだ。

「志水が…何?」
「…し、志水さんが…そうしろって言うから…私…逆らえなくて…」

 はぁ?どういう事だよ?と美緒は思わず顔を歪めてしまったが、それを見た朱里がクスっと笑ったため、美緒は慌てて表情を戻した。しかし、どういう事だ?また訳の分からない言いがかりをつける気か?と身構えた。

「志水さんが、飲み会に行きたくないから…私に仕事を振るフリをしろって…それで、私…本当は私…こんな事、したくなかっ…」

 泣きながらもここぞというタイミングで小林を見上げるさまは、迫真の演技で天晴な程だった。可憐で守ってあげたくなるような容姿も相まって、何も知らなければ信じてしまうだろうな、と美緒は思った。

「はぁ…言いたい事はそれだけ?早川?」

 だが、そんな早川に小林は、大きなため息をついて冷たい視線を向けるばかりだった。泣き出した早川を田島が慰めようとしたが、早川は小林に縋りつくような目を向けていたため、躊躇しているように見えた。まぁ、早川のターゲットは小林だしな、と美緒は冷めた目で見ていた。

「いい加減にしろ、早川。お前があちこちで嘘ついて他の女子社員貶めてるの、ばれてないと思ってる?」
「…え?」
「そうやって泣けば騙されると思っていたなら、随分と甘く見られたもんだな。君の正体なんか、とっくの昔に気付いてるよ」
「え…あ…あの…?」

 豹変って豹が変わるって書くんだよね…まぁ、こいつは確かに豹っぽかもしれないけど…なんて思いながら美緒は目の前で起きている事態を眺めていた。小林がご乱心だ…いや、もしかしてこれが素なのだろうか?元より腹黒そうな感じはしていたし、何考えているのかわからない奴だし…そしてそんな小林の姿に、早川だけでなく周りの社員も引いていた。ただし、朱里と課長は苦みのある笑みを浮かべていたため、あの二人は知っていたのかもしれない…

「志水が飲み会に行きたくなかった?残念だけど、志水はあの店に行くの初めてだって、ずっと前から楽しみにしていたよ。それは朱里やうちの班のメンバーが何度も聞いている」
「え…」
「それに、あいつは同期の間では酒好きで有名だ。そんな志水が、ただで飲める機会を逃すわけないだろう」

 その通りだけど、確かにただで飲める機会は貴重だけど、わざわざここでいう事か?と美緒は思った。それじゃ自分が酒好きのケチみたいじゃないか…だが、さすがに話に割り込んでまで訂正する気にはなれなかった。

「それに、志水に頼んだ仕事、全く意味がないものだったよね。牧野さんに聞いたら、こんな仕事は頼んでないと言ってたよ。課のルール無視に仲間を引き連れての仕事の強要、上司への嘘の報告、そして無駄な残業をさせて会社に損害を与えた事。一つだけでも許しがたい行為だけど?」
「損害って…」
「残業代だよ。そんな事もわからない?最初から無駄になるって知っててやったよね。それ払うの、会社だからね」
「あ…」
「そして俺は経営者側の人間」
「…」
「俺、こういう事する奴、大っ嫌いなんだよね。まぁ、詳しくは個別に話を聞かせて貰うから。二人ともそのつもりでね」

 最後の声や表情は穏やかだったが、早川や田島を見下ろす目は冷たかった。ああ、こいつも一応会社の経営側の視点も持ち合わせていたのか…と美緒は変な方向で感心していたが、直ぐにそれくらい出来ない様じゃこの会社の将来が不安だよな…と思い直した。一先ず二人への断罪劇は終わったらしく、事務所内の空気がようやく緩むのを感じ、美緒もほっと息をついた。

「ああ、あと、志水は俺の恋人だから。何かしたらただじゃ済まないからね」

しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

結婚直後にとある理由で離婚を申し出ましたが、 別れてくれないどころか次期社長の同期に執着されて愛されています

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「結婚したらこっちのもんだ。 絶対に離婚届に判なんて押さないからな」 既婚マウントにキレて勢いで同期の紘希と結婚した純華。 まあ、悪い人ではないし、などと脳天気にかまえていたが。 紘希が我が社の御曹司だと知って、事態は一転! 純華の誰にも言えない事情で、紘希は絶対に結婚してはいけない相手だった。 離婚を申し出るが、紘希は取り合ってくれない。 それどころか紘希に溺愛され、惹かれていく。 このままでは紘希の弱点になる。 わかっているけれど……。 瑞木純華 みずきすみか 28 イベントデザイン部係長 姉御肌で面倒見がいいのが、長所であり弱点 おかげで、いつも多数の仕事を抱えがち 後輩女子からは慕われるが、男性とは縁がない 恋に関しては夢見がち × 矢崎紘希 やざきひろき 28 営業部課長 一般社員に擬態してるが、会長は母方の祖父で次期社長 サバサバした爽やかくん 実体は押しが強くて粘着質 秘密を抱えたまま、あなたを好きになっていいですか……?

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

【完結】エリート産業医はウブな彼女を溺愛する。

花澤凛
恋愛
第17回 恋愛小説大賞 奨励賞受賞 皆さまのおかげで賞をいただくことになりました。 ありがとうございます。 今好きな人がいます。 相手は殿上人の千秋柾哉先生。 仕事上の関係で気まずくなるぐらいなら眺めているままでよかった。 それなのに千秋先生からまさかの告白…?! 「俺と付き合ってくれませんか」    どうしよう。うそ。え?本当に? 「結構はじめから可愛いなあって思ってた」 「なんとか自分のものにできないかなって」 「果穂。名前で呼んで」 「今日から俺のもの、ね?」 福原果穂26歳:OL:人事労務部 × 千秋柾哉33歳:産業医(名門外科医家系御曹司出身)

独占欲強めな極上エリートに甘く抱き尽くされました

紡木さぼ
恋愛
旧題:婚約破棄されたワケアリ物件だと思っていた会社の先輩が、実は超優良物件でどろどろに溺愛されてしまう社畜の話 平凡な社畜OLの藤井由奈(ふじいゆな)が残業に勤しんでいると、5年付き合った婚約者と破談になったとの噂があるハイスペ先輩柚木紘人(ゆのきひろと)に声をかけられた。 サシ飲みを経て「会社の先輩後輩」から「飲み仲間」へと昇格し、飲み会中に甘い空気が漂い始める。 恋愛がご無沙汰だった由奈は次第に紘人に心惹かれていき、紘人もまた由奈を可愛がっているようで…… 元カノとはどうして別れたの?社内恋愛は面倒?紘人は私のことどう思ってる? 社会人ならではのじれったい片思いの果てに晴れて恋人同士になった2人。 「俺、めちゃくちゃ独占欲強いし、ずっと由奈のこと抱き尽くしたいって思ってた」 ハイスペなのは仕事だけではなく、彼のお家で、オフィスで、旅行先で、どろどろに愛されてしまう。 仕事中はあんなに冷静なのに、由奈のことになると少し甘えん坊になってしまう、紘人とらぶらぶ、元カノの登場でハラハラ。 ざまぁ相手は紘人の元カノです。

二人の甘い夜は終わらない

藤谷藍
恋愛
*この作品の書籍化がアルファポリス社で現在進んでおります。正式に決定しますと6月13日にこの作品をウェブから引き下げとなりますので、よろしくご了承下さい* 年齢=恋人いない歴28年。多忙な花乃は、昔キッパリ振られているのに、初恋の彼がずっと忘れられない。いまだに彼を想い続けているそんな誕生日の夜、彼に面影がそっくりな男性と出会い、夢心地のまま酔った勢いで幸せな一夜を共に––––、なのに、初めての朝チュンでパニックになり、逃げ出してしまった。甘酸っぱい思い出のファーストラブ。幻の夢のようなセカンドラブ。優しい彼には逢うたびに心を持っていかれる。今も昔も、過剰なほど甘やかされるけど、この歳になって相変わらずな子供扱いも! そして極甘で強引な彼のペースに、花乃はみるみる絡め取られて……⁈ ちょっぴり個性派、花乃の初恋胸キュンラブです。

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

ワケあり上司とヒミツの共有

咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。 でも、社内で有名な津田部長。 ハンサム&クールな出で立ちが、 女子社員のハートを鷲掴みにしている。 接点なんて、何もない。 社内の廊下で、2、3度すれ違った位。 だから、 私が津田部長のヒミツを知ったのは、 偶然。 社内の誰も気が付いていないヒミツを 私は知ってしまった。 「どどど、どうしよう……!!」 私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...