12 / 47
不本意な再会
しおりを挟む
「…何で、十日も…」
マシューから、自分が十日も寝込んでいたと聞いた理緒は、慌てて魔蟲の事を思い出していた。あの蟲は毒はあるが、一匹や二匹なら軽い熱が出る程度の弱いものだと聞かされていた。集団で襲われると命の危険もあるが、魔蟲の中では弱くて、単体なら理緒でも対処できるものだった。理緒はまだ魔蟲に刺された事はなかったが、他の冒険者が刺されているのは何度も見た事があるし、体力がある者なら熱すら出ずに終わるほどだ。
「それは…その…医師は、体質の問題で毒が過剰に反応したのではないかと…今後は蟲には十分気をつけられた方がいいと言っておりました」
「…そうですか…」
マシューの歯切れの悪さが気になったが、体質の問題と言われて理緒はアレルギーみたいなものかな、と思った。確かに蜂なんかは刺されて平気な人もいれば、死んでしまう人もいると聞く。ここは自分のいた世界ではないから、余計に反応してしまうのかもしれない。そうなると、薬なんかも危ないのだろうか…冒険者を続ける必要がある以上、今後はもっと慎重に動かないといけないなと理緒は思った。
「まだ暫くは無理をしない方がいいと医師も申しておりました。どうかここでゆっくり養生なさってください」
「お断りします」
これまでも面倒をかけたのに、これ以上世話になるなんて理緒には耐えられそうになかった。後で治療費を請求されるかもしれないが、そんな費用を払うお金など持っていない。そもそもここで治療してもらった事ですらも想定外で、自分には過ぎた事だと感じているのだ。目も覚めて熱が下がったのなら、一刻も早く自分の部屋に戻りたかった。
「いくらなんでも、これ以上お世話になるなんて出来ませんよ。滞在費払えるほど収入もないですし」
「滞在費など…ご心配には及びません。これもすべてルイ様を助けて頂いたお礼とお考え頂ければ…」
「お礼はもう十分頂きました。あれ以上は要らないって言ったのは自分です」
「そうは仰っても…ここで傷を治すのは領主様のご意向でもありますので…」
「その領主様とは金輪際!二度と!会いたくないんです。なのに世話になるなんて冗談じゃないです!」
「随分と嫌われたものだな…」
理緒とマシューの会話に、一段低くて静かな声が割り込んできた。その声は決して大きくはなかったが不思議とよく響き、ヒートアップしていた理緒を一瞬で凍り付かせた。ギギギ…と音がしそうな態で声の方に視線を向けると、たった今話題になっていた辺境伯その人が、ドアにもたれるように立っていた。
「…な…っ…」
今の会話を聞かれていたのだろうか…いや、確実に聞かれたのだろう。その証拠にこの屋敷の主はその秀麗な顔に薄い笑いを浮かべているのだ。この世界の法律がどうなっているのかは知らないが、今の会話は不敬罪に問われるものだったのではないだろうか…
「これはアルバート様。ノックもなしに入室はマナー違反でございますよ」
「そうか?だが、ドアが開いていたからノックのしようもないだろう?」
「そ、それは…」
どうやらドアを閉め忘れたのはマシューだったらしい。自分の失態を主に突っ込まれて、さすがのマシューもそれ以上は言い返せなかったらしい。最大の味方になりうるだろうマシューの形勢逆転に、理緒も自身の処遇を思って青ざめた。
「この屋敷で養生させるように言ったのは私だ。気にせずにここで身体を癒すと言い」
「…そ、それでしたら熱も下がりましたのでご心配には及びません。直ぐにでも出ていきます」
「残念ながら、そういう訳にもいかなくなったのだ」
そう言われて理緒は、ルイの子守にと目の前の男が言っていたんだっけ、と思い出した。ルイのためにここに残って世話をしろという事か…
「…大事な後継者に、不審者を近づけるわけにはいかないんじゃなかったんですか?」
「……」
「一時的なものならやめた方がいいですよ。またすぐに引き離されるのであれば、ルイ君が悲しむだけですから」
「……」
「それに、自分は貴族の常識など何も存じませんし?後で文句言われても困ります。それくらいなら、最初からちゃんとしたお世話係と教育係を付けてあげた方がいいです」
ここにいたくなかった理緒は、思いつく断る理由を挙げてみたが、目の前の領主はピクリとも表情を変えなかった。その無表情の意味が分からず、理緒はその不気さから不安が募った。
「私としても不本意ではある。だが、これは先々代のご意志だ。拒否は許されない」
マシューから、自分が十日も寝込んでいたと聞いた理緒は、慌てて魔蟲の事を思い出していた。あの蟲は毒はあるが、一匹や二匹なら軽い熱が出る程度の弱いものだと聞かされていた。集団で襲われると命の危険もあるが、魔蟲の中では弱くて、単体なら理緒でも対処できるものだった。理緒はまだ魔蟲に刺された事はなかったが、他の冒険者が刺されているのは何度も見た事があるし、体力がある者なら熱すら出ずに終わるほどだ。
「それは…その…医師は、体質の問題で毒が過剰に反応したのではないかと…今後は蟲には十分気をつけられた方がいいと言っておりました」
「…そうですか…」
マシューの歯切れの悪さが気になったが、体質の問題と言われて理緒はアレルギーみたいなものかな、と思った。確かに蜂なんかは刺されて平気な人もいれば、死んでしまう人もいると聞く。ここは自分のいた世界ではないから、余計に反応してしまうのかもしれない。そうなると、薬なんかも危ないのだろうか…冒険者を続ける必要がある以上、今後はもっと慎重に動かないといけないなと理緒は思った。
「まだ暫くは無理をしない方がいいと医師も申しておりました。どうかここでゆっくり養生なさってください」
「お断りします」
これまでも面倒をかけたのに、これ以上世話になるなんて理緒には耐えられそうになかった。後で治療費を請求されるかもしれないが、そんな費用を払うお金など持っていない。そもそもここで治療してもらった事ですらも想定外で、自分には過ぎた事だと感じているのだ。目も覚めて熱が下がったのなら、一刻も早く自分の部屋に戻りたかった。
「いくらなんでも、これ以上お世話になるなんて出来ませんよ。滞在費払えるほど収入もないですし」
「滞在費など…ご心配には及びません。これもすべてルイ様を助けて頂いたお礼とお考え頂ければ…」
「お礼はもう十分頂きました。あれ以上は要らないって言ったのは自分です」
「そうは仰っても…ここで傷を治すのは領主様のご意向でもありますので…」
「その領主様とは金輪際!二度と!会いたくないんです。なのに世話になるなんて冗談じゃないです!」
「随分と嫌われたものだな…」
理緒とマシューの会話に、一段低くて静かな声が割り込んできた。その声は決して大きくはなかったが不思議とよく響き、ヒートアップしていた理緒を一瞬で凍り付かせた。ギギギ…と音がしそうな態で声の方に視線を向けると、たった今話題になっていた辺境伯その人が、ドアにもたれるように立っていた。
「…な…っ…」
今の会話を聞かれていたのだろうか…いや、確実に聞かれたのだろう。その証拠にこの屋敷の主はその秀麗な顔に薄い笑いを浮かべているのだ。この世界の法律がどうなっているのかは知らないが、今の会話は不敬罪に問われるものだったのではないだろうか…
「これはアルバート様。ノックもなしに入室はマナー違反でございますよ」
「そうか?だが、ドアが開いていたからノックのしようもないだろう?」
「そ、それは…」
どうやらドアを閉め忘れたのはマシューだったらしい。自分の失態を主に突っ込まれて、さすがのマシューもそれ以上は言い返せなかったらしい。最大の味方になりうるだろうマシューの形勢逆転に、理緒も自身の処遇を思って青ざめた。
「この屋敷で養生させるように言ったのは私だ。気にせずにここで身体を癒すと言い」
「…そ、それでしたら熱も下がりましたのでご心配には及びません。直ぐにでも出ていきます」
「残念ながら、そういう訳にもいかなくなったのだ」
そう言われて理緒は、ルイの子守にと目の前の男が言っていたんだっけ、と思い出した。ルイのためにここに残って世話をしろという事か…
「…大事な後継者に、不審者を近づけるわけにはいかないんじゃなかったんですか?」
「……」
「一時的なものならやめた方がいいですよ。またすぐに引き離されるのであれば、ルイ君が悲しむだけですから」
「……」
「それに、自分は貴族の常識など何も存じませんし?後で文句言われても困ります。それくらいなら、最初からちゃんとしたお世話係と教育係を付けてあげた方がいいです」
ここにいたくなかった理緒は、思いつく断る理由を挙げてみたが、目の前の領主はピクリとも表情を変えなかった。その無表情の意味が分からず、理緒はその不気さから不安が募った。
「私としても不本意ではある。だが、これは先々代のご意志だ。拒否は許されない」
2
お気に入りに追加
222
あなたにおすすめの小説
転生して捨てられたけど日々是好日だね。【二章・完】
ぼん@ぼおやっじ
ファンタジー
おなじみ異世界に転生した主人公の物語。
転生はデフォです。
でもなぜか神様に見込まれて魔法とか魔力とか失ってしまったリウ君の物語。
リウ君は幼児ですが魔力がないので馬鹿にされます。でも周りの大人たちにもいい人はいて、愛されて成長していきます。
しかしリウ君の暮らす村の近くには『タタリ』という恐ろしいものを封じた祠があたのです。
この話は第一部ということでそこまでは完結しています。
第一部ではリウ君は自力で成長し、戦う力を得ます。
そして…
リウ君のかっこいい活躍を見てください。
万能ドッペルゲンガーに転生したらしい俺はエルフに拾われる〜エルフと共に旅をしながらドッペルゲンガーとしての仕事を行い、最強へと至る〜
ネリムZ
ファンタジー
人は仮面を被って生きている。
何も感じず、何も思わず、適当で淡々としてただの作業であった人生。
それが唐突に終わりを告げた。そして、俺は変なのに生まれ変わっていた。
対象を見ればそれに変身する事が出来、スキルも真似する事が出来る。
さらに、変身する先と先を【配合】する事で新たな姿を得る事が出来る。
森の中で魔物を倒しながら生活をしていたら、初めての人型生物で出会う。
それがエルフのヒスイ。
里の風習で旅をしているエルフと契約し、俺はエルフと旅をする。
そして、『影武者サービス』を始める事と成る。
現代の知識と科学で魔法を駆使する
モンド
ファンタジー
山奥に住む男は定年後、実家のあった田舎に移り住んだUターン者である。
古くなった母屋を取り壊し、自分で家を立て始めていたがその作業中に埋蔵金を掘り当てた、時価総額100億円以上。
そんな悠々自適な生活を送っていたところ、子供の頃から不思議に感じていた隧道が自宅裏山にあったことを思い出す、どこに通じているかと興味に惹かれ隧道に入ると、歩くほどに体が若返っていくのが分かる・・・、そのまま進むと突然、光に飲まれ気づくと石積みの部屋に立っていた。
その部屋には脇に机が一つ置かれてあり和紙の紙束と日本刀が一振り置いてあった。
紙束を開くとそこには自分の先祖と思われる人物の日記が書かれていた。
『この先はこの世でない世界が広がり、見たことも聞いたこともない人々や
動植物に恐ろしい魔物、手妻の様な技に仙人の様な者までいる、しかもその
世界において身に付いた技や力は現世に戻っても変わることがない。志ある
ならひと旗あげるのも一興、ゆめゆめ疑うことなかれ。』
最後のページにはこの言葉と「後は子孫に託す」との言葉で締められていた。
男は刀を腰に下げると出口と思われる方に歩きだした、10歩も歩かぬうちに光に包まれ森の洞窟の出口あたりに立っていた。
立っていた場所から車一台分の幅で未舗装であるがしっかりとした道路がなだらかな地形に沿って続いているのが見える、そこで男は食料や水を持っていなかったことに気付き一旦洞窟の方に歩き出すと、いつのまにか石室に立っておりそのまま歩くと隧道の入り口に立っていた、違っているのは17・8歳の若々しい身体の自分と腰に下げた刀が不思議な体験を事実と肯定していた。
冒険の準備を済ませ、自衛隊仕様のジープに荷物を載せて隧道に車を走らせると、あの石室を通過して洞窟の前にたどり着いた。
ここから男の冒険の始まり、セカンドライフよろしく21世紀の科学と不思議な世界で得たスキルで成り上がる男の物語。
囚われた娘を助け出してから惚れられている。しかし相手は十一歳だ。
松岡夜空
ファンタジー
ヒョウはとある任務で少女、リンを助けた。リンはそれからしばらくして、自分と同じ部隊、十狼刀決死組三番隊へと入隊した。
その時からリンは自分に好意を持ってくれているようだが、いかんせんリンは十一だった。受け入れられるはずもなく、ヒョウはのらりくらりとそのアプローチをかわしていた。
ある日、リンが北頭の魔術師学園に潜入する任務を受けた。義兄として、ヒョウはその任務についてくことになる。
同棲生活と学園生活を経て、ヒョウは自分の気持ちに気が付いていく。
二十二歳のヒョウと、十一歳のリンの、時折バトルのイチャイチャラブコメディです。
神様のミスで女に転生したようです
結城はる
ファンタジー
34歳独身の秋本修弥はごく普通の中小企業に勤めるサラリーマンであった。
いつも通り起床し朝食を食べ、会社へ通勤中だったがマンションの上から人が落下してきて下敷きとなってしまった……。
目が覚めると、目の前には絶世の美女が立っていた。
美女の話を聞くと、どうやら目の前にいる美女は神様であり私は死んでしまったということらしい
死んだことにより私の魂は地球とは別の世界に迷い込んだみたいなので、こっちの世界に転生させてくれるそうだ。
気がついたら、洞窟の中にいて転生されたことを確認する。
ん……、なんか違和感がある。股を触ってみるとあるべきものがない。
え……。
神様、私女になってるんですけどーーーー!!!
小説家になろうでも掲載しています。
URLはこちら→「https://ncode.syosetu.com/n7001ht/」
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
冤罪で山に追放された令嬢ですが、逞しく生きてます
里見知美
ファンタジー
王太子に呪いをかけたと断罪され、神の山と恐れられるセントポリオンに追放された公爵令嬢エリザベス。その姿は老婆のように皺だらけで、魔女のように醜い顔をしているという。
だが実は、誰にも言えない理由があり…。
※もともとなろう様でも投稿していた作品ですが、手を加えちょっと長めの話になりました。作者としては抑えた内容になってるつもりですが、流血ありなので、ちょっとエグいかも。恋愛かファンタジーか迷ったんですがひとまず、ファンタジーにしてあります。
全28話で完結。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる