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幼児の住む屋敷
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案内されたルイが住むと言う屋敷は、オークスの町から馬車で一刻ほどの場所だった。さすがに小さなルイもいるし、道中飲まず食わずと言うわけにはいかないだろうという事で、自警団で簡単な食事をとってから出発となった。軽い食事とは言え、出されたものは理緒が普段食べている物の何倍も贅沢なものだった。
さすがにお腹が空いていたらしいルイは、にこにこしながらパンや果物を頬張っていた。ルイが理緒から離れないため、理緒は仕方なくルイの世話をしながら同じ物を貰ったが、何かとルイがパンや果物を理緒に食べさせようとするため、理緒は逆にルイの口に食べ物を運ぶ羽目になった。
泣き止んで機嫌がいいルイは文句なしに可愛らしかった。金色のカールのかかった髪も、青空の瞳も白い肌も整った顔立ちも、お人形の様で何をしても絵になるな…と理緒は思った。日本であれば子役として大人気になるのではないだろうか…うん、二十年後を見てみたい…
辿り着いた屋敷は、別宅と聞いていた理緒の想像をはるかに下回るものだった。森の中にある静かな屋敷で、次期領主が住むにはいささか侘しいのではないだろうか。自然が豊かなのはいいが、門や塀もなく、警備の面でも理緒が心配になるほどだった。
「…本当にここがルイ君の?」
こんな小さな子が住むには静か過ぎるし人気も少なすぎる気がして、思わず理緒はマシューに問いかけてしまった。こんな小さな子なら、まだ両親と一緒なのではないのか。
「はい。間違いなくこちらがルイ様のお住まいです」
「え…でも、ご両親とかは…」
「辺境伯様はお忙しいため、城にてお過ごしです。ただ、あちらは執務を行うための場所ですので、ルイ様が生活するにはいささか都合が…」
「そう、ですか。では、お母さんは?」
「お母君は、その…私からは詳細は申し上げられませんが、ずっと体調を崩されておりまして…」
「え?じゃ、ここにはいないんですか?」
「はい…以前はご一緒だったのですが、ルイ様の癇癪が酷くて…その、療養に差し障ると…」
「え?じゃ、ルイ君は一人でここに?」
「こちらでは、私をはじめとしたルイ様専属のお世話をするものがおりますので」
「でも…まだご両親を恋しがる年なのに…」
「そうでございますね。なので最近はより一層癇癪が酷くなられて…あんな風にルイ様が屋敷の者以外の方に懐くとは意外でございました」
「はぁ…まぁ、怖かったところを助けたから、でしょうね」
そう言いながらも、理緒は屋敷の玄関ホールを見渡した。中は確かに立派な造りだが、何というか静か過ぎて子供がいる環境じゃないな、と感じてしまう。こんなところではルイも寂しくて仕方ないだろうに…
「とりあえず、今日は客間をご利用ください。お食事になさいますか?ご希望であれば湯浴みもご用意できますが?」
「湯浴み?」
思わず理緒はその単語に食いついた。こっちの世界ではお風呂は庶民には一般的ではないらしく、理緒はこっちに来てからお風呂にまともに入った事がない。安全のために男の振りをしているのもあって、公衆浴場にも入れなかった。いつもは濡れたタオルで身体を拭くか、暑い時期なら川や池で水浴びをするのが関の山だった。
「はい、客間の続き間には湯浴みできる浴室を揃えてあります。ご希望とあればすぐに準備いたします」
「あ…でも…」
思わず食いついたが、時間帯を考えて理緒は躊躇した。もしかしたらこんなに遅くに準備をお願いするのは迷惑ではないだろうか。この世界のお風呂事情が分からない理緒としては、あまり面倒をかけるのは気が引けた。
「はい、何か?」
「あの…でも、準備が面倒なら無理には…」
「それでしたらご心配無用でございます。先にリオ様の滞在を連絡しておきましたので、既に準備は整っております」
「え?じゃあ…」
「はい。ご遠慮なくお使いください」
「うっわ~身に染みる~」
一年ぶりのお風呂は、まさに命の洗濯だった。日本では毎日の習慣でありふれたものだったが、こっちの世界ではお風呂一つ入るのですらも難儀していた。温かくいい香りのするお風呂にこのままずっと居たいくらいだった。
香りのいい石鹸で身体を洗ってゆったりと湯船につかると、日本に戻った気がした。どういう仕組みなのかはわからなかったが、お風呂には湯船もシャワーもあったのには驚いた。使い方は若干違ったが、教えて貰えばなんて事はなかった。
公衆浴場にはシャワーはなく、小さなバケツで湯船のお湯を汲んでかける必要があった。この世界ではお風呂もそうだがシャワーはぜいたく品なのだろう。つくづく元の世界は恵まれていたんだな、とその有難みを強く感じた。言っても詮無き事だが、日本に帰りたいと強く感じ、不意に涙腺が緩んできたため理緒は慌てて頭を振ってその感じを振り切った。まだ寝るわけでもないから、ここで泣いたら不審に思われると思ったからだ。
お風呂から上がると、シンプルなデザインの寝間着が用意されていた。こんな肌触りのいい服は久しぶりだな、とここでも格差を感じた。
客間のテーブルには温かい食事が用意されていた。マシューが夜も遅いので軽めに、と言ってくれたのは有難かった。そんなに量を食べられる方ではないからだ。パンや消化によさそうな具だくさんのスープ、果物などが用意されていたが、さすがに全てを食べきる事は出来なかった。食べきれなかった分は明日の朝に出して欲しいとにお願いした。この世界に来てからの理緒は、食べられない日もあるため、食べ物にはかなりシビアになっていたのだ。マシューは驚いた顔をしたが、直ぐに了承してくれた。
ルイが気になって尋ねると、ルイは湯浴みの途中で寝てしまったため、そのまま眠らせたと言う。既に用事が起きているには遅い時間だし、今日は怖い目に遭ったから疲れて当然だろう。リオ様も今日はゆっくりお休みくださいとマシューが言ったので、理緒はさっさとベッドに潜り込んだ。疲れたのはルイだけではなかったのだ。
さすがにお腹が空いていたらしいルイは、にこにこしながらパンや果物を頬張っていた。ルイが理緒から離れないため、理緒は仕方なくルイの世話をしながら同じ物を貰ったが、何かとルイがパンや果物を理緒に食べさせようとするため、理緒は逆にルイの口に食べ物を運ぶ羽目になった。
泣き止んで機嫌がいいルイは文句なしに可愛らしかった。金色のカールのかかった髪も、青空の瞳も白い肌も整った顔立ちも、お人形の様で何をしても絵になるな…と理緒は思った。日本であれば子役として大人気になるのではないだろうか…うん、二十年後を見てみたい…
辿り着いた屋敷は、別宅と聞いていた理緒の想像をはるかに下回るものだった。森の中にある静かな屋敷で、次期領主が住むにはいささか侘しいのではないだろうか。自然が豊かなのはいいが、門や塀もなく、警備の面でも理緒が心配になるほどだった。
「…本当にここがルイ君の?」
こんな小さな子が住むには静か過ぎるし人気も少なすぎる気がして、思わず理緒はマシューに問いかけてしまった。こんな小さな子なら、まだ両親と一緒なのではないのか。
「はい。間違いなくこちらがルイ様のお住まいです」
「え…でも、ご両親とかは…」
「辺境伯様はお忙しいため、城にてお過ごしです。ただ、あちらは執務を行うための場所ですので、ルイ様が生活するにはいささか都合が…」
「そう、ですか。では、お母さんは?」
「お母君は、その…私からは詳細は申し上げられませんが、ずっと体調を崩されておりまして…」
「え?じゃ、ここにはいないんですか?」
「はい…以前はご一緒だったのですが、ルイ様の癇癪が酷くて…その、療養に差し障ると…」
「え?じゃ、ルイ君は一人でここに?」
「こちらでは、私をはじめとしたルイ様専属のお世話をするものがおりますので」
「でも…まだご両親を恋しがる年なのに…」
「そうでございますね。なので最近はより一層癇癪が酷くなられて…あんな風にルイ様が屋敷の者以外の方に懐くとは意外でございました」
「はぁ…まぁ、怖かったところを助けたから、でしょうね」
そう言いながらも、理緒は屋敷の玄関ホールを見渡した。中は確かに立派な造りだが、何というか静か過ぎて子供がいる環境じゃないな、と感じてしまう。こんなところではルイも寂しくて仕方ないだろうに…
「とりあえず、今日は客間をご利用ください。お食事になさいますか?ご希望であれば湯浴みもご用意できますが?」
「湯浴み?」
思わず理緒はその単語に食いついた。こっちの世界ではお風呂は庶民には一般的ではないらしく、理緒はこっちに来てからお風呂にまともに入った事がない。安全のために男の振りをしているのもあって、公衆浴場にも入れなかった。いつもは濡れたタオルで身体を拭くか、暑い時期なら川や池で水浴びをするのが関の山だった。
「はい、客間の続き間には湯浴みできる浴室を揃えてあります。ご希望とあればすぐに準備いたします」
「あ…でも…」
思わず食いついたが、時間帯を考えて理緒は躊躇した。もしかしたらこんなに遅くに準備をお願いするのは迷惑ではないだろうか。この世界のお風呂事情が分からない理緒としては、あまり面倒をかけるのは気が引けた。
「はい、何か?」
「あの…でも、準備が面倒なら無理には…」
「それでしたらご心配無用でございます。先にリオ様の滞在を連絡しておきましたので、既に準備は整っております」
「え?じゃあ…」
「はい。ご遠慮なくお使いください」
「うっわ~身に染みる~」
一年ぶりのお風呂は、まさに命の洗濯だった。日本では毎日の習慣でありふれたものだったが、こっちの世界ではお風呂一つ入るのですらも難儀していた。温かくいい香りのするお風呂にこのままずっと居たいくらいだった。
香りのいい石鹸で身体を洗ってゆったりと湯船につかると、日本に戻った気がした。どういう仕組みなのかはわからなかったが、お風呂には湯船もシャワーもあったのには驚いた。使い方は若干違ったが、教えて貰えばなんて事はなかった。
公衆浴場にはシャワーはなく、小さなバケツで湯船のお湯を汲んでかける必要があった。この世界ではお風呂もそうだがシャワーはぜいたく品なのだろう。つくづく元の世界は恵まれていたんだな、とその有難みを強く感じた。言っても詮無き事だが、日本に帰りたいと強く感じ、不意に涙腺が緩んできたため理緒は慌てて頭を振ってその感じを振り切った。まだ寝るわけでもないから、ここで泣いたら不審に思われると思ったからだ。
お風呂から上がると、シンプルなデザインの寝間着が用意されていた。こんな肌触りのいい服は久しぶりだな、とここでも格差を感じた。
客間のテーブルには温かい食事が用意されていた。マシューが夜も遅いので軽めに、と言ってくれたのは有難かった。そんなに量を食べられる方ではないからだ。パンや消化によさそうな具だくさんのスープ、果物などが用意されていたが、さすがに全てを食べきる事は出来なかった。食べきれなかった分は明日の朝に出して欲しいとにお願いした。この世界に来てからの理緒は、食べられない日もあるため、食べ物にはかなりシビアになっていたのだ。マシューは驚いた顔をしたが、直ぐに了承してくれた。
ルイが気になって尋ねると、ルイは湯浴みの途中で寝てしまったため、そのまま眠らせたと言う。既に用事が起きているには遅い時間だし、今日は怖い目に遭ったから疲れて当然だろう。リオ様も今日はゆっくりお休みくださいとマシューが言ったので、理緒はさっさとベッドに潜り込んだ。疲れたのはルイだけではなかったのだ。
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