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それは一番好きなものが由来ですか?

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「叙爵……ですか? 俺が?」


 初めて身体を繋げたあの日から早数週間。
 今日も俺は公爵家の屋敷で、フレデリックとお茶をしていた。連れてきたエイミーはラビニアの部屋で一緒に本を読むらしく、今はいない。そのタイミングで告げられた“叙爵”という言葉に、俺は目を丸くした。


「きみの竜退治の功績が認められた。おそらく男爵位を賜ることになるだろう。今のうちに家名を考えておくといい」

「ちょっ、ちょっと待ってください男爵……? 準貴族を飛ばしていきなり男爵って、そんなのアリなんですか……?」

「きみは知らずに討伐したのかもしれないが、あの竜は数百年を生きた邪竜だ。かつて小国があの竜に滅ぼされたこともある。そんな邪竜を討伐した英雄には、相応の褒美を与えたいと陛下は仰っていた」


 いやあれが邪竜なのは知ってましたけども。
 竜の死骸を回収し、王宮に提出したことはすっかり忘れていた。

 それにしても、いきなり男爵である。実家と同じ爵位だ。両親に話したら大騒ぎだな。
 途方もない話に俺がぼけっとしていると、フレデリックが頬杖をついて苦笑した。俺の恋人は今日も最高に顔がいい。


「そう難しく考えるな。貰えるものは貰っておけ。叙爵の儀も適当にこなせばいい。陛下もそこまで礼儀にはこだわらない人物だ」


 そんなこと言われても、緊張するものはする。

 そして薄々思っていたが、フレデリックは国王陛下と親しい間柄らしい。叙爵のことを陛下から直接聞いたような口ぶりだったし、公爵ともなれば陛下とも付き合いがあるのかな。

 不思議に思って俺がフレデリックに尋ねると、彼は二、三度瞬きをして俺の顔を見た。


「言ってなかったか? 私と陛下は同じ乳母に育てられた乳兄弟で、幼馴染みだ。陛下の方が二歳上で、昔から弟のように可愛がってくれた」


 その話を聞いて、俺は「ああ、なるほど」と思った。原作ゲームで引っかかっていた疑問が解決したからだ。

 原作の国王陛下は、なぜ悪女と名高いラビニアを王太子の婚約者にしたのか。最終的に彼女が闇堕ちして聖女を殺そうとするまで、ずっと婚約者の地位に置き続けたのはなぜか。
 それはラビニアが、フレデリックの娘だったから。
 弟のように思っていた亡き幼馴染の忘れ形見。そりゃ多少性格が悪くても可愛く見えるわな。

 それに一応親戚筋らしい。フレデリックの曽祖母が公爵家に降嫁した王女様で、今代の陛下の曽祖父の妹なんだとか。


「今度陛下がきみに会って話してみたいと言っていた。あの方は結構な話好きで陽気な人柄だからな。覚悟しておくといい」


 ほんの少し。ほんの少しだけげんなりした顔をして、フレデリックは紅茶のカップに口をつけた。

 しかし俺は原作ゲームの国王陛下を思い出し、首を傾げる。原作でのセリフは僅かだったが、そこまでパリピな陽キャっぽい印象はなかった。モブキャラだったから、細かい性格の設定はされてなかったのかな。

 僅かな疑問を残して、この日のお茶会はお開きになった。






* * *






 更に数週間が過ぎ、俺は持っている服で一番良い物を着て王宮へと来ていた。今日は俺の爵位授与式の日だ。ガチガチに緊張して、右手と右足が同時に前に出てしまう。

 式自体はとても簡素で、宰相閣下に書状を読み上げられた後、陛下に刃を潰した剣を両肩に当てられておしまい。これからも王国の為にとかなんとかお言葉を頂戴したけど、頭真っ白の俺はなんとか返事を返すので精一杯だった。

 それよりも、である。
 式が終わった直後から、参列していた貴族たちが騒がしくなった。参列席にいるのは俺の家族と、親戚の準男爵家や男爵家、子爵家で、しかも殆どの家が当主の代理で夫人や子息令嬢たちが来ている。親戚以外は魔法師団の部下で貴族出身の者が、その家の当主の名代扱いで参列してくれてるぐらいだ。
 そんな下位貴族だらけの参列者の中に、とんでもなく高貴な人物がしれっと混ざっていたらそりゃ大騒ぎになるに決まってる。

 フレデリックが、涼しい顔をして参列席に座っていた。


(なんで普通にいるのあの人)


 今日のフレデリックは公爵としての正装で着たらしく、装飾のついた軍服風の豪奢な服に、公爵家の紋章が刺繍で施された黒いマントを羽織っている。本当に美形は何着ても似合うな。身長もあるから余計に目立っている。


「やだ、ちょっと、ロッドフォード公爵閣下よ。わたくし、こんな近くで見たの初めてだわ。本当に美しい方ね。男前だわ」

「ほんと目の保養ね。うちの旦那と比べるのも失礼なくらいだわ」


 うちの親戚筋のご夫人二人がコソコソと盛り上がっている。他の家のご夫人方やご令嬢方も、口には出さずともフレデリックの顔面に見惚れている。ご子息たちはこの場に公爵がいることに驚いていて、父上に報告を、とかなんとか言ってバタバタとしていた。

 ちなみに父さんは白目ひん剥いて立ったまま気絶してるし、母さんは平然とフレデリックに話しかけて談笑している。我が母ながら肝が太すぎないか?


「あらアレン。お疲れ様。もう、ロッドフォード公爵様がいらっしゃるなら先に言ってちょうだいな。お父さん気絶しちゃったじゃないの。ねえ、公爵様。ウチのバカ息子はいつもこうで……」


 やめてくれ母さんその人マジモンの公爵。
 授業参観の母親のノリでフレデリックに話しかける母さんに、俺の胃がキリキリと悲鳴をあげている。これ相手がフレデリックだから許されてるんであって、他の上位貴族にこのノリで行ったら罪人コースだよ。
 まあ、そのバカ息子は公爵様をめちゃくちゃに抱いた大馬鹿者なんですけど。

 父さんみたいに白目剥きかけてる俺を放置して、フレデリックは笑顔で母さんに応対していた。


「私の方こそ、ご子息にはいつも世話になっている。ご子息の暖かい人柄は、リーヴィス男爵夫人の教育の賜物だろう。どうか私のことはフレデリック、と呼んでほしい。……そうだ。少しご子息をお借りしても?」

「あらあらあらご丁寧にありがとうございます。どうぞどうぞ! 息子のことは煮るなり焼くなりお好きにしてくださいませ! それではフレデリック様、これからもよろしくお願いいたしますね」


 そう言って母さんは俺の首根っこを掴んでフレデリックの前に差し出すと、父さんを引きずって貴族たちの輪の中に帰っていった。帰って早速ご夫人方に質問攻めにされているけど、笑顔でかわしている。父さんは相変わらず気絶していて役に立ちそうにない。

 俺がげんなりした顔でその光景を眺めていると、横のフレデリックが口を開いた。


「きみの元気さは母君譲りだったか」

「え゛っ。あれと一緒にされるのは心外なんですけど」

「褒めたつもりなんだがな」


 そう言って苦笑するフレデリックは今日も美しい。恋人の贔屓目ではなく、あれだけ女性陣が盛り上がるんだから本当だ。
 いつもは前髪を軽く掻き上げて撫で付けたオールバックなのに、今日は七三分けっぽくかっちりと固めていて新鮮だ。どんな髪型も似合うとか最強の顔面だな。


「ところでアレン。覚悟はいいか?」

「へっ?」

「国王陛下がお会いしたいそうだ」


 気分はドナドナされる子羊である。






* * *






「よく来てくれたなリーヴィス魔法師団長! あ、いやもうリーヴィス家の一員ではないのか。新しい家名はヴァイオレットだったか? よし! 仕切り直しだ! よく来てくれたなヴァイオレット魔法師団長! さあ座れ! フレデリックもよく来たな! 相変わらずお前は男前だ! 乳兄弟の抱擁といこう! セオドアとラビニアは元気にしているか? 今度東国から買った珍しい布をわけてやるからそれで服でも仕立ててやるといい。そうそう、東国と言えばなんだが、あの国で最近発見された新種の木の実があるんだがそれが」

「陛下。それくらいにしておいてください。アレンが気圧されています」

「そうか? うん。よし、それじゃあ一先ず握手だ握手。よろしくな、ヴァイオレット魔法師団長」


 うちの母さんも顔負けの早口で捲し立て、俺を置いてけぼりに話を進めていたこの目の前の人物。銀色の顎髭を生やした大柄な紳士が、この国の第十九代国王ギルバート陛下だ。
 銀色の長髪に金色の目、そして日に焼けた褐色肌の偉丈夫で、確かに陽キャの雰囲気がある。趣味はサーフィンですって言われたら信じてしまうかもしれない。

 そんな陽キャな王様は勝手に俺の手を握ってブンブン振った後、眉間に皺を寄せているフレデリックの背中をバシバシと叩いて豪快に笑った。一つ一つの動作が大きくて、激しい人だ。ついでに声もめちゃくちゃデカい。


「まずは叙爵の祝いだな! おめでとう! あの場ではいろいろ言ったが、特に気にせずのびのびとやってくれ! あとはー、えーとそうだな。フレデリックのことを助けてくれてありがとう! コイツはオレの可愛い弟みたいなもんなんだが、自分を顧みないところが玉に瑕でな? いつか死ぬんじゃないかと思ってヒヤヒヤしてたんだが、キミが側にいてくれるなら安心だな! これからもコイツのことを頼んだぞ!」

「陛下! 頭を撫でるのは勘弁してください」

「なんだ。昔みたいにギル兄って呼んでくれてもいいんだぞ? まったく最近のお前はすっかり公爵サマじゃないか。難しい顔ばかりしていると、ラビニアに嫌われるぞ? 女は愛嬌、男も愛嬌だ! な!」


 フレデリックのかっちり固めた髪を遠慮なくぐちゃぐちゃに掻き乱し、皺の寄った眉間を親指でグリグリと揉んでいる。俺でもできないよこんなこと。さすが国王、怖いもの知らずだ。


「ところであの髭の長さを自由に変える魔法はすごいな! おかげで整えるのに失敗してもすぐやり直せる。キミの魔法の腕は世界一だな!」

「アリガトウゴザイマス」

「妻……王妃がこの髭を気に入っていてな? うっかり剃り落とすとガッカリした顔をされて心苦しかったんだが、キミのおかげでその心配もなくなった! キミのような稀代の天才が魔法師団の団長とは、この国も明るいな! はっはっはっは!」

「オソレイリマス」


 本当にあのバカ魔法に需要があったのか。
 というか陛下、この口ぶりだと自分で髭を整えているのか。すごいこだわりだ。
 聞けば陛下は髭が自慢らしく、逞しい顎をさすって髭を見せつけてくる。銀色の顎髭はもみあげと繋がっていて、どこからどこまで髭なのかわからなくなっていた。

 その後も陛下の髭自慢は続いたが、従者が陛下を呼びに来たことで今日はお開きにすることとなった。
 語り足りない様子の陛下は再び俺と強制握手をした後、フレデリックのぐちゃぐちゃになった髪を更に乱して帰って行った。
 すごい。どこまでも自由だ。


「大丈夫だったか? 言った通り賑やかなお方だろう?」


 乱された前髪を雑にかきあげながらフレデリックが言う。見慣れた髪型になった。

 賑やかを通り越して台風みたいな人だった、とは言わないでおく。一応国王陛下だから不敬罪とか怖いもんね。
 俺の感想を知ってか知らずか、フレデリックは苦笑した。


「ああ見えて仕事はできるし、民の声をしっかり聞いて行動に移せる賢王なんだ。ただ……なんというか、行動力がありすぎるというか……」


 フレデリック曰く、子どもの頃に二人で変装して城下へ降り、最終的にチンピラをボコボコにして騎士団に突き出したことがあったり。面白い魔法を試してみようとして城の自室を氷漬けにしたり。王立学園の高等部時代に幽霊の噂を確かめようとして塔を一つ爆破したり。
 国王陛下の武勇伝(?)は枚挙にいとまがないらしい。次から次へと出てくる。こころなしかフレデリックが遠くを見ていた。


「やんちゃ……だったんですね」

「あれをやんちゃで片付けていいのかはわからないけどな」


 そう言いつつも頬が緩んでいる辺り、フレデリックもなんだかんだで楽しんでいたんだろう。本当に仲のいい幼馴染みだったんだろうな。


「ところでアレン。どうして家名をヴァイオレットにしたんだ?」

「え?」


 まさかつっこまれるとは思っていなかった俺は、突然尋ねられて驚いてしまった。
 既存の貴族の家名と被らなければなんでも良いと言われて、迷わず“ヴァイオレット”にしたけど、理由を話すのは少し恥ずかしかった。


「えっと……ですね」

「ああ」

「内緒です」


 俺の言葉にキョトンとしたフレデリックが、菫色の目を丸くして俺を見ている。その目を見て、やっぱりこの家名にして良かったなぁ、なんて心の中で呟いた。

 それは一番好きなものが由来ですか?

 答えは“YES”である。
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