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番外編

7日間の恋 第2話

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北翔は燦の家に着いた後、シャワーを浴びた。そして、燦のベッドに寝転んだ後、1秒と経たない内に眠ってしまった。

「寝るのはやっ……」

彼のTシャツとスウェットに身を包み、布団を被って熟睡する彼女の姿を見ながら燦は呟いた。

(勢いでうち来る?なんて言っちゃったけど、まさか身元不明のアンドロイドとは……。これから俺はどうすればいいんだ?)

不安な気持ちが過ぎる。燦は先程、家に着くまでの道のりで聞いた彼女の話を思い返していた。

「……ってことは、君は記憶喪失ってこと?」

「そう」

「その、センターってのは何の研究をしてるとこ?」

「分からない」

北翔が頑なに首を横に振るので、燦は少し考えた。

「……もしかしてアンドロイドじゃない?政府中心に研究してる機関があるって聞いたことある。帰ったら調べてみよ」

「ふぅん」

北翔はそう言いながらも少しだけ興味深そうな顔をしたのだった。

燦はパソコンを起動すると、政府公認のアンドロイド研究センターについて調べてみた。活動内容や研究成果が書かれている記事はいくつかヒットしたが、肝心の所在地はいくら検索してもヒットしない。

(もしかして非公開ってこと?犯罪や盗難防止のために?それじゃあ、どこにあるのか見つけるのにかなり時間かかるじゃん……)

燦は大きなため息を吐いて考え込んだ。

(会社に場所を知ってる人がいるかもしれない。でも、身元不明のアンドロイドを助けたなんて言ったら大騒ぎになりそうな気がするな。それに……)

燦はテーブルに頬杖をつき、北翔の寝顔を見つめた。

(北翔のこと誰にも教えたくないな。俺だけの秘密にしておきたい……なんて。放っておけないっていうか独り占めしたい。この感じ、なんなんだろ)

アンドロイドである彼女に対して芽生えた微かな愛情に、燦は少し戸惑いを覚えた。

会社に入って2年目の彼は根っからの遊び人だった。端正なルックスが人気で昔から女の子にモテモテ。恋人は常にいる状態。しかし、どれも長続きはせず、少し遊んでは飽きて別れる。その繰り返しだった。最近も居酒屋で知り合った女の子と付き合っていたが、相手が本気になり結婚などと言い出した為、面倒臭くなって振ったばかりだった。次の出会いを探そうと歩き回っていた時に北翔に出会ったのだ。

街中にはもちろん人間に混ざってアンドロイドの女の子もいる。彼女達は人工知能によって人間と変わらないぐらい高度で円滑なコミニュケーションを取ることができる。中にはアンドロイドと人間という組み合わせのカップルもいる程だ。しかし、燦にとって彼女達はあくまでもアンドロイドだった。つまり、彼の中では彼女達は恋愛対象ではなかったのである。

それは壊れたアンドロイドの修理という彼の職業の影響でもある。燦は地球にいる頃、大学でアンドロイド研究をしており、壊れた個体を修理することに人一倍長けていた。その能力を買われて今の会社に入った。彼の会社が作っているアンドロイドは業務用で、工場や飲食店が人員を確保する為に供給されるものだ。女の子のアンドロイドを修理する時には当然、裸にしなければならない。が、性的な感覚を覚えたことは一度もない。いくら見た目が人間に近くても、中を開けば金属だのコンピュータだの一目でロボットだと分かるものが見えてしまうからだ。

(俺にとってアンドロイドはロボットに過ぎない。恋愛対象なんてあり得ない)

そう思っていた。だから、ほんの僅かでも北翔に対して抱いた愛情や性的な感覚を素直に認められないのである。

(もし仮に、俺が北翔とヤリたいって思ってもそれはムリじゃん。だって北翔はアンドロイド……セックスの機能なんかついてるワケない。ダッチワイフじゃあるまいし……ああ、クソっ!)

燦は金色の髪の毛をくしゃくしゃにすると、立ち上がった。

(メシでも買いに行こ。北翔はまだ寝てるし)

と、その時だった。

「……どこ行くの?」

驚いて振り向くと、ベッドの上で北翔が体を起こし、寝ぼけ眼で瞼を擦っていた。燦が貸した無地の白いTシャツの下に柔らかな膨らみや下着が透けて見えて、燦は不意に胸の高鳴りを覚えた。が、彼は微笑みながら言った。

「ちょっと買い物行ってくる。メシと……あと、北翔に服買って来てやるよ。トレーナーの背中、破けちゃってるしさ。どんなのがいい?可愛いの?」

北翔は首を横に振った。

「普通のでいい。今までと似たようなの。オシャレには興味ない」

「ええ~?!もったいないじゃん!」

「何が?」

「北翔、めちゃくちゃ可愛いのに。女の子らしい服着たらきっと映えるよ」

「ばえる?」

「そう。モテるよ、きっと。俺がコーデ考えてやるよ」

北翔は眉をひそめて尚も首を横に振った。

「そういうのいい。普通の買ってきて」

「ええ~!そっか。分かったよ。じゃ、行ってくるから留守番してて」


***


記憶喪失で殆どの知識を失っている北翔の為に、燦は色々なことを彼女に教えた。大気汚染と争いが激化した影響で地球に住めなくなり、宇宙船に乗ってメトロポリス星に移住してきたこと。地球はどんな星だったか、またメトロポリス星はどんな星で、今この国がどんな状態なのか……など。

「燦も宇宙船に乗ったの?」

「うん。それがさ~うちの会社マジ鬼なんだよ」

「おに?」

「そう。うちめちゃくちゃ評価に厳しい会社でさ。俺は地球にいる時に入社したんだけど、成績や社内評価が良い順に宇宙船のパスを支給するっていうマジとんでもないルールが出来たの。そのリストに漏れた奴……つまり評価や成績がクソな奴は自力でパスを取れ的なスタイルだったワケ。それ発表になってからさ、もう会社中戦争だよ、戦争。みんな血眼になって仕事してた」

燦はそう言ってコンビニで買った弁当の唐揚げを頬張った。

「ふぅん。燦はどうだったの?」

「俺はめちゃくちゃ評価良かったから難なくパスゲット。結構早い便に乗ってこの星に来たの」

「ふぅん」

「北翔はどうやってこの星に来たんだろ?」

「分からない」

「だよね……。俺が思うに、北翔は政府のプロジェクトで作られたアンドロイドなんじゃないの?だから研究センターっていう単語を覚えてるんじゃないかな」

北翔は少し考え込むと、首を横に振った。

「分からない」

「ハハッ、そうだよね。さっき言ったけど研究センターの場所は調べても出て来ないから分からない。どうやって探すの?」

「人に聞くしかない。だから、回復したらここを出る」

「そっか……」

燦はその時、胸の奥に微かな痛みを感じた。それは彼女が自分の元を去ってしまうことへの寂しさや切なさから来るものかもしれないと彼は思った。

(今日会ったばかりじゃん。何で俺そんなに北翔のこと……)


***


それから北翔は数日間、燦の家に滞在した。彼女は燦のベッドで眠り、燦は床にごろ寝をした。燦は仕事の日も寄り道せずに真っ直ぐ帰った。そして、酒を飲みながら彼女にその日の仕事の話をした。彼女は無表情だったが、興味深そうに燦の話を聞いた。時折、一緒に街に出掛けて買い物や散歩をした。彼女が知らない色々なことを丁寧に優しく教えてあげた。

北翔と一緒に過ごす内に燦の中で着実に彼女への想いが強く、また大きくなっていった。感情表現は乏しいものの、素直で思ったことをハッキリ口にする彼女の人間らしい所に惹かれたからだった。

北翔が燦の家に来てから6日目の夜。彼女がシャワー浴びている間、燦は必死に葛藤していた。

(お、落ち着け俺。考えないようにすんの。北翔の裸なんて……ああっ!クソっ!)

深夜2時。ベッドで熟睡する彼女の安らかな寝顔を見ながら、燦は思った。

(俺、もっと北翔のこと知りたい。北翔の為に何かしてやりたい。北翔の記憶を戻す為にも……)

ふと、ある考えが閃いた。

(いっそのこと北翔についていくとか?会社辞めてさ。幸いにも貯金あるし……って、この気持ち、技術者としての興味なのか?)

燦はハッとした。

(いや、違う。これは恋だ。だって、俺、北翔ともっと一緒にいたいって思ってるもん)

そして、ぐっすりと眠る北翔の後ろ姿を見ながら思った。

(まさかこの俺がアンドロイドに対して恋心を抱くなんてな。いや、それだけじゃない。俺、本気なんだ……北翔のこと)

と、その時。寝返りを打った北翔がゆっくりと目を開けた。そして、仰向けの体勢から顔だけを横に向けて燦のことをじっと見つめた。そのグレーがかった美しい瞳に、燦の胸が大きく高鳴った。しばらくの間、二人は無言で見つめ合っていたが、先に口を開いたのは燦だった。

「……目覚めちゃった?」

「うん」

すると、彼女は再び口を開いた。

「わたし、明日にはここを出る」

「えっ?もう出て行くの?もう少し休んでけば?」

「平気。もう回復したから」

床に寝転んでいた燦は飛び起きて、咄嗟に北翔の腕を掴んだ。

「待って北翔。俺、まだ代金もらってない」

「だいきん?」

「俺は君の傷を治して休養の為に家を提供した。その見返りだよ」

「……ない。だって、お金持ってない」

「じゃあ、体で払うしかないじゃん」

「どういうこと?」

「セックスだよ。知らない?」

「知らない。どんなことするの?」

「男と女が愛を確かめ合う行為だよ。裸になって抱き合ったりキスしたり、お互いの大事なところを触ったりすんの」

燦は自分がどんなに最低な事を言ってるのか分かっていた。しかし、彼女を手放したくない。どうにか繋ぎ止めておきたい。そう思い焦ったのだ。北翔は純粋な、また興味深そうな顔で頷いた。

「ふぅん」

「やってみる?」

「うん」

「じゃあ、教えてあげる。北翔は基本的に何もしなくていいよ。俺についてきて」

「分かった」

燦はベッドに上がると、北翔の体をゆっくりと押し倒した。無地の白いTシャツを脱がせ、下着姿にした。カーテンの隙間から街灯の灯りが差し込み、彼女の白い肌と雪の結晶をぼんやりと照らす。燦は寝巻き代わりのスウェットを脱ぎ、下着姿になると彼女の胸元で光る雪の結晶にそっと触れた。

「ずっと気になってたんだけどさ、これ、自分で買ったの?それとも誰からもらった?」

北翔は少し考えると、燦の目を見つめて言った。

「分からない。けど、ずっとここにある」

「……肌身離さず持ってたってこと?」

北翔は何も言わずに頷いた。

「そっか……。きっとめっちゃ大事な物なんだろうなぁ。もし誰かくれた人がいたんなら、いつか会えるといいね」

北翔はまた少し考えた後、何も言わずに頷いた。燦は優しく微笑むと、北翔の唇に自身の唇を重ねたのだった。

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