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第3章 Side 珠喜

第5話 初めての秘密の恋 前編

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「やめてっ!攻治さん!いやぁっ!」

下品な笑みを浮かべ、攻治さんはアタシを押し倒した。必死に抵抗するも服を脱がされそうになり、思い切り彼の体を突き飛ばしたその瞬間、アタシは飛び起きた。汗をびっしょりかいている。

「また悪夢……」

後味の悪い夢にモヤモヤした気持ちを抱えながら寝室の扉を開けると、玄関に小泉さんがいた。靴を履き終えて家を出ようとしているところだった。途端に昨日のことが蘇って、気まずい気持ちになった。

「あっ……えーっと、おはよう!」

「あ、ああ。おはよう」

「お仕事、頑張ってね!」

「ああ」

「いってらしゃい!」

「……いってきます」

小泉さんは目を逸らしながらそう言うと、さっさと出て行ってしまった。

「やっぱりアタシ、やらかしたかなぁ~」

出会ったばかりの男性に自分の生い立ちを語るのは早すぎたのかもしれない。アタシは自分の人生が他人とは違うことを理解している。だからこそ、同じような経験をしている小泉さんと痛みを分かち合いたいと思ったのだ。でも、彼はそう思わなかったのかもしれない。

「むしろドン引きされたのかなぁ……」

重い気持ちを抱えながらキッチンへ行くと朝食が置いてあった。卵焼き、焼き鮭、玉ねぎの味噌汁、五穀米、漬物。とてもヘルシーな和食メニュー。それに「家にあるもの自由に食っていいぞ」というメモ付き。

「……もしかして昨日の夕飯に魚を食べたから気遣ってくれた?いや、そんなまさか~!」

パジャマのままキッチンテーブルに座って手作りの朝食を味わった。相変わらずどの料理もプロ並みに美味しい。性格は不器用でも、手先は器用なのかもしれない。

ふと元の世界のことを思い出した。昨日、小泉さんはタイムリミットは二週間だと言っていた。それから『しばらくはここにいるつもりなんだろ?』と。確かにアタシは元の世界に戻るか悩んでいる。攻治さんとヨリを戻すつもりはない。かと言って好きな人も凄く仲の良い友達もいない。何よりたった一人の肉親である母はもういない。元の世界にアタシを待ってくれてる人なんていないのだ。

「あっちに未練なんてない。だったら……」

脳裏に浮かぶのは小泉さんの姿。彼がアタシのことをどう思ってるのかは分からない。だけど、もしも彼がずっとここにいてもいいと言ってくれるのなら元の世界に戻らずにここで生きていくのもアリかもしれない。

でも……昨日の身の上話にドン引きして嫌われてしまっていたらどうしよう。家を追い出されるかもしれない。そうしたらアタシはこの世界で露頭ろとうに迷うのだ。言葉も通じない、知ってる人もいないこの世界で……。それはとても恐ろしいことのように思えた。でも、引っ掛かってるのはそれだけじゃなかった。むしろ、もっと大きなこと――そこまで考えて思わずハッとした。

(小泉さんのことを本気で好きに……?)

短期間で人が恋に落ちるには「吊り橋効果」というものがあると、ネット記事で読んだ気がする。要するに不安や恐怖を感じる場所で出会った人を好きだと錯覚するということだ。

(もしかして、アタシ今まさにその状態……?非現実的な状況に突然置かれてアタフタしてるとこにいきなり目の前にイケおじが現れて錯覚さっかくしてんのかな。しかも、そのイケおじが自分と同じような境遇だったから尚更……)

果たしてこの気持ちが錯覚なのか、それとも本心なのかは分からない。いずれにせよ、彼に嫌われて追い出されてしまったら関係もそこで終わってしまうだろう。

「小泉さん……」

ーーーーー

母は男にやたらモテた。胸が大きくグラマラスで、目が大きく鼻筋がスッとしていてまるで女優かグラビアアイドルのような綺麗な人だったからだ。アタシの胸の大きさや顔立ちはそんな母に似たのだ。でも、母親譲りなのはそれだけじゃない。今思えば男との接し方もそうだと思う。

母は言い寄って来る男を全て受け入れ、こびを売り、依存した。家に連れ込んだ男に対して、母がどういう風に接しているのかを幼い頃から嫌でも目にしてきた。だから、自然と身についてしまったのだ。アタシがこうなったのは全部、母のせい。普通なら母を恨むのかもしれない。でも、母のことも自分のことも別に嫌いじゃない。むしろ大好きだ。

アタシは勉強が苦手で成績はイマイチだった。でも成長と共に母にますます似て来て、中学でも高校でも学校中の男子から視線を浴びた。思春期真っ只中の男子の視線は時に熱く下品だったけど別に嫌じゃなかった。告白されて断ることはなかった。だから初体験も割と早くて中学3年の時。相手は近所に住む高校生だった。

彼はアタシが通っている中学の卒業生で頭も良く運動神経も抜群、何よりイケメンで在学中から女子達にモテモテだった。彼を恋人にしてしまったせいでアタシは学校中の女子から陰口を叩かれ嫌がらせを受けた。でも、気にしなかった。何故なら母にこう言われたからだ。

「モテる男を物にしたあんたの勝ちよ。何を言われても何をされても堂々としてればいいの」

でも正直なところ、生徒達には男としての魅力をあまり感じなかった。先生達の方がずっと魅力的だった。それはきっとアタシが幼い頃から母が家に大人の男を連れ込んでいたからなのかもしれない。

高校2年生の時のこと。数学のテストで赤点を取ってしまい、補習授業を受ける事になってしまった。数学の担当は太宰君良だざいきみよし先生。バツイチの30代後半。細マッチョで背が高く、笑顔がとても素敵だった。分からないところを優しく丁寧に教えてくれて、何より大人の色気があった。アタシは彼に密かな恋心を抱いていた。また、太宰先生の方からも授業中に熱い視線を感じた。数学は嫌いだったけど、普段の授業以外で太宰先生に会えることが楽しみだった。

「先生!遅くなってごめん~ってもしかして、補習ってアタシだけ?」

「ああ、そうだ。残念だったな」

「マジか~真面目に勉強しとけば良かった!」

「ハハハッ、しっかり教えてやるからきちんと覚えて帰るんだぞ」

「はーい」

まさかの二人きり。口を尖らせながらも内心、舞い上った。最初は集中して補習を受けていたけど、彼からにじみ出る大人の色気に次第に心が乱れていった。黒いポロシャツ越しの厚い胸板や程よく筋肉のついた腕や肩、ゴツゴツとして大きな男らしい手。何より切れ長の涼し気な目に見つめられ、段々と自分の体が熱くなっていくのを感じた。ちょうどその頃、フリーだったから尚更だ。

彼が板書 ばんしょをしている間にブレザーを脱ぎ、リボンを緩め、シャツのボタンを少し開けた。ゆっくりと立ち上がって彼の背後に立った。気配を感じて彼は振り返り、アタシの姿を見てギョッとした。

「な、夏目?!何やってんだ?!」

「アタシね、先生のこと好きなの。ずーっと前から……」

はだけたシャツの隙間からわざとらしく豊満な谷間を見せて上目遣いでそう呟くと、彼は顔を真っ赤にして後退あとずさりした。両手を振って必死にアタシを止めようとしていたけど、視線は谷間に釘付けだった。

「な、夏目……やめろ、落ちつけって!」

「なんで?先生はアタシのこと好きじゃないの?知ってるよ?いつも授業中、先生がアタシの胸とか足とか見てくること。今だってそう。先生、さっきからずっとアタシのこと見てるでしょ?」

そう言って彼の腰に腕を回し、胸を押しつけた。

「そ、それは生徒がお前一人だからだ!授業中に教師が生徒の顔をみるのは普通だろ?!」

「違う。先生が見てるのはアタシの顔だけじゃない。ホラ、今だって……この辺り見てる」

シャツの前ボタンをもうひとつ開けて指で示すと、彼は思わず顔を逸らして狼狽うろたえていた。何も言い返して来ない。どうやら図星らしい。内心ほくそ笑むと、わざと甘い声で言った。

「ねえ、先生……アタシとしよ?」

「な、夏目……ダメだ。離れろ」

その目は揺れていた。今、彼は押し寄せる性欲と理性の狭間で激しく葛藤してる。だから、彼の欲望を解き放つ為にアタシは真剣な顔でこう言った。

「大丈夫だよ、誰にも言わないもん。先生の立場を危険にさらすようなこと絶対しない。だって、アタシ……先生のことが大好きなの。本気なの」

彼はしばらく黙っていた。やがて切羽詰まった表情を浮かべるとアタシの体を強く抱き締めた。

「夏目……っ!俺も……お前のことが好きだ……っ」

「先生……嬉しい」

彼の首筋に腕を回し、濃厚なキスを交わしたのだった。
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