金糸と鶯

皆中透

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信じると言う強さ

今世の意味

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「おおー、大日如来ってやっぱり派手だよなあ」

 ふと気づくと、隣にタカトが立っていた。

——幸野谷の子孫って、大日如来の子孫ってこと?

 そうだとしたら、タカトは大日如来の子孫だということになる。ただ、宇宙の理を人格化したとされる方の子孫だとしたら、タカトは人間ではなく、宇宙の理そのものということになる。

——え、どういうことだろう……。

 考えれば考えるほど、話が難しくなっていく。ただ、あまりその辺りをはっきりさせることを、貴人様は勧めていない。それに倣って、綾人はこれ以上深く考えるのはやめておくことにした。

「綾人、待って」

 先へ進もうと一歩踏み出そうとしたところで、タカトがその行く手を遮った。そして、綾人の前髪を手でかきあげたかと思うと、何かを見つけたようで、目を丸くしながら「やっぱり」と呟いた。

「綾人、これどうしたんだ?」

 鼻先が触れそうなくらいの距離まで顔を近づけられ、綾人の額をじろじろと見ている。タカトは時々、こうやって綾人の顔をじっと見つめる癖がある。

 眉間に何かを見つけたようで、それを見るために前髪を梳き上げられる。その腕が動くたびに、綾人の目の前でタカトの香りがふわりと舞った。それを吸い込むたびに動悸がして、その中に飛び込みたくなってしまう。

「なに? なんかついてる?」

 観光地で人がたくさんいるため、出来るだけ何でもないふりをしようと綾人は必死だった。それでも、タカトがあまりに近づいたままじっとしているので、ランチの時のことを思い出し、またキスをされるのかと思って身構えてしまう。

 ただ、タカトは近づいて前髪を上げただけで、それ以上は何もしなかった。綾人は自分が勘違いをしたことに気がつき、恥ずかしさのあまりその場で頭を抱えて悶絶した。バレないようにと視線を落としてやり過ごそうとしたが、それがタカトにバレないわけが無い。

「あ、キスしようとしたわけじゃないから。期待したの? ごめんごめん」

 揶揄うように返されてムッとした綾人は、「もう! うっさい!」とタカトの手を振り払った。綾人のその様子に、タカトはケラケラと笑っていた。

 ふと、そのやりとりを遠くから見ていた陽太が、口を開けて固まっているのが見えた。そして、なにやら慌ててバッグから鏡を取り出すと、綾人の方へバタバタと走り寄って来る。近くへ来ると、慌てながらも徐に「はい」とそれを渡してきた。

「ん? なに? なんか変なところあんの、俺」

 鏡を受け取りながら陽太へ訊くと、目を丸くした陽太が、自分の眉間を必死に指差しながら叫んだ。

「桂くん、眉間に違和感ないの? なんかデッカイあざ出来てるけど!」

 驚きすぎているのか、陽太の指は、ぐるぐると自分の眉間を擦り続けている。綾人は陽太のその指の動きを真似して、自分の眉間を指でくるくると回しながら、そこを確認してみた。

「えっ、ここ? さっき頭痛かったけど、でもぶつけたわけじゃ無いし、痛くは無……」

 そして、陽太から借りた鏡を覗いてみると、確かに眉間に目玉程度のあざが出来ていた。縦長の楕円形で、長さは3センチほどもあった。

「え、何この目玉みたいなあざ! こわ……」

 違和感など何も無かったが、かなり目立つあざがそこにはあった。これはちょっと恥ずかしい。額をスリスリと触って確かめたてみるが、やっぱり痛みは無いようだった。

 でも、ここでこれが現れたということは、目の前の像と関係があるのだろう。金剛夜叉明王にも、眉間に目がある。

「これ消えないのかな……結構恥ずかしいんだけど」

 ブツブツ呟きながら、再び鏡を見た。すると、奥の方にキラッと光るものが見えた。何かが反射したような光だった。なんだろうと気になり、そちらが見えるように鏡を動かしてみる。

 しかし、いくら角度を変えてみても、特におかしなものは映らない。気のせいだったのだろうと思い、お礼を言って陽太に鏡を返した。

「そういうのって、よく第三の目とか言うよね」

「あー、第六チャクラとか心の眼ってやつね……。 いくら凄いことが出来たとしても、このままじゃ恥ずかしいな」

 そう言ってまたそこをさすりながら、金剛夜叉明王の額にある目を見ていた。

——俺は、きっとあなたと関わりがあるんですよね?

 そう問いかけたところで、もちろん答えは返って来ない。ただ、答えの代わりに像の周りに、ゆらりと何かが蠢くのが見えただけだった。

「そろそろ出よっかー。この後は清水寺に行くんだよね?」

 のんびりと仏像を見物していた桃花たちが、綾人たちの方へとやって来た。神様や自分についての気づきを得ていた綾人とは対照的に、ほのぼのとした雰囲気で、純粋に旅を楽しめているようだ。

——もし本当に過去の自分が悪鬼だったとしたら、この光景をどう思うんだろうな。

 それを思うと、今世の人生を与えてくれた貴人様に感謝の気持ちが湧いてきた。例え今の人生の終わりが決められていたとしても、元々歩んでいた人生についての記憶が戻るにつれ、その選択の正しさを理解して行った。

 悪鬼のまま殺されていたら、今の幸せは知らなかった。貴人様が転生させてくれたからこそ、この時間がある。これを知っているかいないかで、自分の魂が「生きている間」の価値が決まるような気がしていた。

 何度転生しても夢見ていた、仲間と過ごす楽しい時間。空腹に苦しまない生活。愛する人との生活。それが、今はちゃんとある。

「清水寺に行ってからはどうするんだったっけ?」

「えっとね、清水寺へ行ってからは……」

 綾人は、この旅行中に起きる全てのことを、しっかり目に焼き付けておこうと改めて思っていた。そう心に留めながらだと、予定の確認をすることさえ、すごく楽しく貴重なものとなっていた。

——ちょっとしたことも、全部覚えておくんだ。忘れるのかもしれないけれど、それでも。


◇◆◇


 東寺を出た後は、ゆっくり散策しながら清水寺へ行き、宝ヶ池方面でホテルに泊まる予定になっている。その後も、早めに夕食をとり、貴船神社へライトアップを見に行こうという計画になっていた。

「桜の季節とか紅葉の季節とかは割と来るんだけど、夏のライトアップってあんまり行った事がないから、行ってみたいの!」

 女性陣からの要望で、初日の夜は割とバタバタすることになっていた。しかも、明日は朝イチで法金剛院に観蓮会にも行きたいと言っている。早寝早起は必須になりそうだ。

 瀬川は陽太と二人部屋に泊まる予定なので、正直早寝は避けたかったらしく、かなり不服そうにしている。

 数百年の間探し続けた夫が見つかり、その男に記憶が無いにしろ、現世でも相思相愛で旅行中とあれば、そう思っても致し方ないだろうとは男性陣は理解していた。それでも、凛華の押しに勝てる者がいなかったので、一日目の夜は早く寝ると言う約束をしたのだった。

「突っ込める場所があるのに突っ込めない。辛い」

 瀬川は、綾人の目の前でそう言いながらしくしく泣いている。綾人としては、そんなことを平気で言えるような奴は、正直一生泣いていればいいという気持ちではあった。ただ、隣で同じ顔をしているタカトを見ていると、何とも言えずにただ困ってしまう。

「お前なあ……気持ちはわかるけど、頼むから外で突っ込むの突っ込まないのって口に出して言うな……」

 言いながら真っ赤になる綾人を見て、瀬川は嬉しそうな顔をした。いいおもちゃを見つけたとばかりに、ニヤニヤと下品な笑いを浮かべて揶揄って来る。

「なんだよ、お前。そのくらいで赤くなるなよなー!」

「うるっせえ! お前みたいな軽いやつと一緒にすんな! 俺は純粋なんだよ!」

「俺だって純粋です。一途だもんね」

「はあ!? あ、まあそうなのか……でも、なんか納得いかねえ」

 二人ででギャーギャーと騒いでいると、そのパートナー達が妬き始め、四人でややこしい言い合いが始まった。

「ちょっと、瀬川! 綾人に触りすぎ! 手ー離せよ!」

「えー、こんなのいつものことじゃんかー。なあ、綾人ー」

「え、岳斗やまといつもそんなに触るの? なんか嫌なんだけど……」

「え? なになになに、それは『綾人じゃなくて俺をもっと触って欲しい』ってこと? 誘うじゃん、陽太ー」

「瀬川、お前声でかいんだってば!」

 誰かが誰かに手を伸ばしては、それを他の人が払い落とすというように、もみくちゃになりながら言い争いをした。それは歩道に出てからも続いていて、周囲の通行人に迷惑をかけているにもかかわらず、四人は全く気が付いていない。

 いつか誰かにぶつかってしまうだろうと、水町が心配して声をかけようとしていたが、案の定、陽太がドンっと思いっきり人にぶつかってしまった。

「あ、ごめんなさ……」

 謝りかけた陽太の襟をガッと掴んで、ぶつかった相手の真っ赤なカーリーヘアが逆立っていった。

「いい加減にしろ! この色ぼけボーイズ! 食堂じきどうに行って写経でもして来い!」

 仁王立ちで一喝した凛華は、まるでさっき見た迦楼羅炎を背負った不動明王のようだ。大学生にもなって周りが見えずにはしゃぎ回る男たちを、怒りの炎を撒き散らかしてしっかりと叱り飛ばしてくれていた。
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