僕の愚痴を聞いてほしい。

文字の大きさ
上 下
9 / 14

9.(レイモンドが泣いているためよく聞き取れない)

しおりを挟む

ふう。
大丈夫かい?
疲れてはいないかな?
ああ、ありがとう。
話し続けていると喉が渇くから助かるよ。
さて次は…高等部か。
まずは休暇中だな。


もはや恒例となっていた節目の度に起こるリチャードのミレーユさん閉じ込めたい衝動が、その年はすんなり終結したんだ。
ついに親の方が折れてね、ミレーユさんの進学を断念した。
中等部の大暴れは相当後片付けが大変だったようだよ。だろうね。
だからこの年は僕もゆっくりと過ごす事が出来たんだ。

妹がデビュタントの時期だったから、一緒にドレスを選んで、当日の日程を…決め…て………。
……あんなに小さくて泣き虫だった妹がね、いつの間にか立派な淑女になっていてね…。
「お兄様には華が無いのですから、タイは華やかにしましょうね」なんて僕の服まで選んでくれてさ、もう…、ね、今思い出しても込み上げてきてしまうよ…。
大きくなったなぁ…レイチェル……。
晴れ姿…綺麗だったよ…ううっ…。
す、すまない、最近、妹が嫁いだばかりなん…だ。
良い…男をっ…選んだ…な………うううぅ…。












……もう奴等の話には戻らなくても良い気がしてきたな。
聞くかい?
妹の結婚式の話。
後で?
ああ、それは確かにそうだな、話すとスッキリするものな。
楽しい話の前に胸の靄を吐き出しきるとしよう。


「良いだろう、このハンカチ。ミレーユが私の為に作ってくれたんだ。慣れない栽培に苦戦する姿も愛らしくてな。触るなよ、やらんぞ」
「取らないよ。ブーゲンビリアか。恐ろしく緻密な刺繍だな。うん? 栽培と言ったか?……綿を!?」
「紡いだのも織ったのもミレーユだ。どうだ、凄いだろう。ミレーユは手先が器用だからな」
「それは……凄いな、熱意が」

リチャードのミレーユさん自慢が喧しいくらいで、高等部生活は平穏そのものだった。
不用意にリチャードをつつく勇者はもう居ないから、リチャードの機嫌も頗る良くてね。
しかし一筋縄で行かないのがあの二人だ。
一年が過ぎた頃、安寧は意外な所から壊された。

ある日、学園内をきょろきょろしている見慣れない学生が居た。
その後ろ姿は知らない筈なのに厭に見覚えがあり、僕は比喩でなく血の気が引いた。
誰だかは全く分からなかったけれど、柔らかく波打つ金の髪といい、背格好や仕草といい、その人はミレーユさんの母堂によく似ていたんだ。
女性が振り向く前に僕は急いで背を向けた。

「あら、丁度良かったですわ。レイモ」
「呼ぶな!来るな!用件は分かる、頼むからそこで待っていてくれ」
「仮面を付けておりますからそう警戒せずとも」
「僕は何も聞いていない。何も聞こえない。間違いなく平気ではない。リチャード!おいリチャード!!今すぐ此処へ来い!!!」
「何だ騒々し…ミレーユ!?」

リチャードが呼んだその名に、様子を見ていた生徒や不審者の通報を受けやってきた教師等全員が脱兎の如く逃げ出した。
ミレーユさんはもう長いこと髪の毛一本晒していなかったからね、皆も仮面の人物が誰なのか分からなかったんだ。
当然、僕はその波に紛れて逃げた。

「ミレーユ、何故此処に……はっ、人払いをせねば!…おや? 誰も居ないな。先程まで居た者達は何処へ…」
「リチャード様」
「何だい愛しのミレーユ」
「わたくし、これ以上リチャード様と離れているなんて無理ですわ。耐えられません!もっとお側に居させて下さいませ!」
「それは……私だって夕から朝迄しか共に居られぬのは辛い!だが、野獣の巣窟で可愛いミレーユにもしもの事があったらと私は…」
「わたくしだって、わたくしの居ない場でリチャード様がどう過ごされているのか、毎日心配しておりますのよ」
「ミレーユ、そんなに私の事を…」
「リチャード様…!」

抱き合う二人に、教室で息を殺す皆の気持ちは同じだった違いない。
廊下は邪魔だから帰って家でやってくれと。
僕達が帰れない。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

妻と夫と元妻と

キムラましゅろう
恋愛
復縁を迫る元妻との戦いって……それって妻(わたし)の役割では? わたし、アシュリ=スタングレイの夫は王宮魔術師だ。 数多くの魔術師の御多分に漏れず、夫のシグルドも魔術バカの変人である。 しかも二十一歳という若さで既にバツイチの身。 そんな事故物件のような夫にいつの間にか絆され絡めとられて結婚していたわたし。 まぁわたしの方にもそれなりに事情がある。 なので夫がバツイチでもとくに気にする事もなく、わたしの事が好き過ぎる夫とそれなりに穏やかで幸せな生活を営んでいた。 そんな中で、国王肝入りで魔術研究チームが組まれる事になったのだとか。そしてその編成されたチームメイトの中に、夫の別れた元妻がいて……… 相も変わらずご都合主義、ノーリアリティなお話です。 不治の誤字脱字病患者の作品です。 作中に誤字脱字が有ったら「こうかな?」と脳内変換を余儀なくさせられる恐れが多々ある事をご了承下さいませ。 性描写はありませんがそれを連想させるワードが出てくる恐れがありますので、破廉恥がお嫌いな方はご自衛下さい。 小説家になろうさんでも投稿します。

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

【完結】夫もメイドも嘘ばかり

横居花琉
恋愛
真夜中に使用人の部屋から男女の睦み合うような声が聞こえていた。 サブリナはそのことを気に留めないようにしたが、ふと夫が浮気していたのではないかという疑念に駆られる。 そしてメイドから衝撃的なことを打ち明けられた。 夫のアランが無理矢理関係を迫ったというものだった。

遠くに行ってしまった幼なじみが副社長となって私を溺愛してくる

有木珠乃
恋愛
休日、入社したての会社の周りを散策していた高野辺早智。 そこで、中学校に入学するのを機に、転校してしまった幼なじみ、名雪辰則と再会する。 懐かしさをにじませる早智とは違い、辰則にはある思惑があった。 辰則はもう、以前の立場ではない。 リバーブラッシュの副社長という地位を手に入れていたのだ。 それを知った早智は戸惑い、突き放そうとするが、辰則は逆に自分の立場を利用して強引に押し進めてしまう。 ※ベリーズカフェ、エブリスタにも投稿しています。

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

(完結)親友の未亡人がそれほど大事ですか?

青空一夏
恋愛
「お願いだよ。リーズ。わたしはあなただけを愛すると誓う。これほど君を愛しているのはわたしだけだ」  婚約者がいる私に何度も言い寄ってきたジャンはルース伯爵家の4男だ。 私には家族ぐるみでお付き合いしている婚約者エルガー・バロワ様がいる。彼はバロワ侯爵家の三男だ。私の両親はエルガー様をとても気に入っていた。優秀で冷静沈着、理想的なお婿さんになってくれるはずだった。  けれどエルガー様が女性と抱き合っているところを目撃して以来、私はジャンと仲良くなっていき婚約解消を両親にお願いしたのだった。その後、ジャンと結婚したが彼は・・・・・・ ※この世界では女性は爵位が継げない。跡継ぎ娘と結婚しても婿となっただけでは当主にはなれない。婿養子になって始めて当主の立場と爵位継承権や財産相続権が与えられる。西洋の史実には全く基づいておりません。独自の異世界のお話しです。 ※現代的言葉遣いあり。現代的機器や商品など出てくる可能性あり。

処理中です...